普段やらないことをやると驚かれるが案外うっとうしい
財布の中身を確認して太一は盛大にため息を漏らした。
今日だけで2千円近く吹き飛んだ。このままいくとあっという間に素寒貧である。
不破と別れてからの帰り道、汗でドロドロになったジャージは冷え切って肌を凍えさせる。
なんなら財布の中身も一足先に冬が訪れそうだ。残金2311円。小遣いまであと2週間。バイトなどしたこともない太一にとって今日のような出費はあまりにも痛手過ぎた。
……どうしよう。
不破のダイエットがいつ決着するかまるで予測できない。スマホで見せられたすらりとした体系の彼女と今の彼女とではあまりにも体格差があるように思える。
いつ終わるとも知れないダイエット。終わりの見えないゴールに太一の絶望感はより募っていく。
ふと自宅マンション近くの書店が目に入る。正面のディスプレイにはビジネスや金融、自己啓発や話題の小説などがずらりと展開されていた。その中の一つにふと視線を吸い込まれる。
【短期で効果的に痩せるストレッチ!】
タイトルを確認した宇津木は書店の中に入っていく。紙の放つ独特の匂いに包まれた店内。先ほど目にしたタイトルの本は店の中央に展開された話題作コーナーに分かり易く陳列されていた。
周囲をチラチラと確認しながら手を伸ばす。特にシュリンクなどはされていなかった。太った自分がダイエット関連の本を手にしている気恥ずかしさに耐えながら内容に目を通す。
図説と解説を交えながらストレッチのやり方が記載され、どのような効果があるのか一目でわかるようになっている。
「へぇ……」
なんのけなしにページをパラパラと流し見ていく。もしかしたらこういう本があれば意外とあっさり痩せることができるのではないか。
それに今日のランニングでも思ったがただ走るだけで一体どれだけ痩せられるのかがわからない上に、どれだけ走れば効果が出てくるのかも不明瞭だ。
それに先ほどの本にはただ走るだけではなかなか痩せない、という記載も見受けられた。
効率的に痩せていくにはもっと別の形で体にアプローチしていく必要があるようだ。
……このままずっと効果の薄いダイエットを続けて、ずっと不破さんにいびられるくらいなら。
そう。今の状況を抜け出すには不破にダイエットを成功してもらうほかないのだ。
どうすれば彼女との関係が終わるのか、それだけは明確にわかっている。
「よし」
太一は手にした本を閉じてひっくり返す。とりあえずこの本を買ってまずは自分でストレッチを試してみよう。そう思い値段を確認すると、
税別1800円!
所持金の大半がふっとぶような金額に、太一はそっと本を棚に戻した。
\\¥1,800//
|本| (д` |||)ズーン
「姉さん! お小遣いを前借させてください!」
帰宅し玄関を開けた途端、涼子は床に手をつき土下座する弟に出迎えられた。
「ちょっと、いきなりなんのなのよあんた」
「どうしても、どうしてもお金が必要なんです! だからお金を前借させてください!」
「敬語ってあんた……はぁ、いったいなんに使うつもりよ? 言っとくけど、ゲームとかそういう無駄遣いなら」
「ダイエットするために! どうしてもお金が必要なんだよ!」
太一の言葉に思わず涼子は目を丸くした。これまで全くと言っていいほど自分の体系や見てくれに興味のなかった弟が急にダイエットなどと言いただしたのだ。
涼子は探るような目つきで太一を見下ろした。
「ダイエット~? あんたが? なに、どういう心境の変化よ?」
「僕、このままじゃダメなんだ。ダメだって気づいた」
不破との関係を解消するためには一刻でも早いダイエットの成就が必要。しかし自分にはその知識がない。ならば仕入れるしかない。自宅に帰ってからネットで調べてみたが逆に情報があまりにも多すぎて何を参考にすればいいか分からなかった。
その点、帰り道に読んだ本の内容は僅かでも頭の片隅に情報としてインプットされている。つまり何かを本気で調べるならネットより本の方がいいのでは、と太一は思い至ったのだ。
それにはどうしても今の手持ちでは心許ない。金銭的な援助が必要だった。
「え? もしかしてあんた、好きな子でもできたの!?」
「ふぇ!? いや、ちがっ!」
「お? 慌てるってことは怪しいわねぇ」
涼子は何か勘違いしてニヨニヨし始めた。しかし太一は事情を説明するのに躊躇い口をパクパクさせるだけ。まさかクラスのギャルに絡まれてそこから脱却するためにダイエットを頑張るとは言いづらい。
言い淀む弟を前に涼子は完全に勘違いをしたまま悪戯っぽいを笑みを口元に浮かべる。
「いやぁ、あんたもついにそういうことを自覚するようになったかぁ……姉としては嬉しい限りだわ。いっつもひきこもってお菓子と炭酸をガバガバかっくらうブタ野郎だとばかり思ってたけど。そ~う、あんたに好きな子ね~。しかもそのこのためにダイエットまでしようと」
加速する勘違い。しかし姉の思い違いを訂正しようにも真実を語ることができない弟。なにやらこのままいくと涼子のおもちゃにされそうな気配を感じる。
「そういうことなら、前借なんてしなくてもお姉ちゃんがしっかりとサポートしてあげるわ」
「え? いや、僕はただダイエットの本が欲しくて」
「どんなヤツ? 物がわかればお姉ちゃんがネットで注文しておいてあげる。あ、なんなら今回はゲームも買ってあげるわよ。ほら、CMでやってたやつあるじゃない? 体ガシガシ動かすやつ。アレなら買ってあげる。幸いこのマンション防音はしっかりしてるし、多少騒いでも近隣に迷惑は掛からないでしょ」
なにやら指を一本ずつ折りながら今後の方針を練り始める涼子。
トントンと進む話に太一は置いてけぼりを食らっていた。
「え? え?」
「さ~てそれじゃ手始めにあんたを太らせる原因のお菓子と甘ったるい炭酸系は全部廃棄するけど、問題ないわよね?」
涼子は困惑する太一を前に、全然笑ってない目で確認してくる。妙な迫力に太一は頷く以外の選択肢を取れなかった。
「それで、あんたが買いたいって言ってたのはどんな本なのよ?」
「あ、えと、確か」
太一はスマホで書店で見かけた本のタイトルを断片的に検索、表示された表紙を前に「これ」と姉に画面を見せた。
「ああ、これね。最近話題になってたやつ。へぇ、ダイエットしたいってのはあながち嘘じゃなかったわけね。関心関心。いいわ。これは急ぎ便ですぐに買ってあげるから。明日には届くでしょ」
「あ、ありがと、姉さん」
とはいえ、実際に痩せたいの自分ではないのだが……などと口にできる雰囲気ではすでになく、涼子は家じゅうの菓子類や炭酸を本当に廃棄し始めた。未開封のお菓子は近隣に配ったり会社の同僚とのおやつにするつもりらしい。
その行動はあまりにも早く、太一が買い込んでいたお菓子はものの数十分ですべて戸棚から消え去ってしまった。
「なんでこんなことに……」
空っぽになった戸棚の中や甘い飲料の一切が消失した冷蔵庫を眺める。
しかし姉はやりきった感の表情で額に汗を浮かべていい笑顔だ。
ノートPCを開いてさっきからせっせとネットショッピングにいそしんでいる。本当に太一のダイエットのために色々と買い込んでいるようだ。
――翌日。不破に理不尽な怒りをぶつけられながらくたくたになって帰ってくると、玄関には某大手通販サイトのどでかい箱が届いていた。
一体何をどれだけ買ったのか。姉は嬉々とした笑みを浮かべながら、太一が希望していた本を手渡してきてきた。
しかし、何はともあれ目的の本は手に入った。
「あ、そうそう。はいこれ」
と、そういって涼子は太一に1万円札を渡した。
「無駄遣いすんじゃないわよ。それはとりあえずのダイエット資金。その本みたいに気になった本を買うのでもいいし、運動施設を利用するのに使ってもいいし、とにかく、そういう意味での軍資金だから。ありがたく使いなさい」
「う、うん! ありがとう姉さん!」
お金は貰えないという話だったはずだが、涼子はなんやかんやと弟のダイエットを本気で応援するつもりなのだろう。
太一は姉の心遣いに感謝し、手にした本に視線を落として、
――待ってください不破さん! 絶対にあなたを痩せさせて、僕はあなたから必ず逃げてみせますから!!
太一は涼子から手渡された1万円を掲げて、心の中で前向きなんだか後ろ向きなんだかわからない決意をした。
|¥10000|
( `Д´)ノ 自由へ向けて!!
次回の更新は夜21時から22時を予定。
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