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【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない  作者: らいと
2:『鳴無亜衣梨は判らない』
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目に映らなくて基準もない、見えざるソレの正体なんぞや?

 放課後の喧騒の中、せわしなく行きかう学生たちの隙間を縫うように、鳴無亜衣梨おとなしあいりは昇降口にたどり着く。

 

 すれ違う男子生徒たちが彼女に思わず振り返る。意識的に、或いは無意識に彼女に引き寄せられている。


 下駄箱から学校指定のものではないスニーカーを取り出し、目線だけを校舎側に向けて小さく口の端を持ち上げる。


「さすがに急ぎすぎちゃったかな……反省、反省っと」


 乱暴に靴を床に投げ捨てて足を押し込む。

 鞄を肩にかつぐと彼女は校門を目指した。ふと立ち止まって背後を振り返る。

 

 校門までの通りからは先ほどまで太一と会っていた空き教室の窓が見えていた。カーテンを閉め切られて中の様子を窺い知ることはできない。


 鳴無は踵を返して校外へ。自宅とは全く違う方角へ進路を取り、通りを歩きながら先ほどの出来事について思い返していた。


『――ごめんなさい!!』

 

 ひとけのない、物置と化した空き教室。そこで鳴無は太一とキスする一歩手前までいきかけた。


 首に手を回して顔と顔を寄せ合い、教師の乱入から大人の情事を聴覚という形で見せつけられるという、ある意味でレアなシチュエーションとの遭遇……若い男女の気分を盛り上げるには十分すぎる雰囲気が出来上がっていた。

 

 あのままいけば、流れで互いの唇が触れていてもおかしくはなかっただろう。


 だというのに、


「まさかあそこまでいって逃げられちゃうなんてなぁ」

 

 鳴無と唇が触れるギリギリのタイミング。太一はハッと我に返ったように鳴無の腕から抜け出し『ごめんなさい!』の一言と共にその場から逃げ出しのだ。


 ……せっかくお膳立てしてあげたのに。


 鳴無は歩道に転がっていた空き缶を足蹴にする。口は笑みの形になっているものの、その瞳だけがまるで笑っていない。まるで蝋によって固められているかのようだ。


 あの教師二人が空き教室で密事に耽っているという噂。実は数か月前から一部の生徒の間で良く知られた話だった。実際の目撃例もあり、その頻度や時間帯もそれなりに正確な情報が出回っていた。

 正直な話、よく問題にならずにいるものだと鳴無は呆れと同時に関心を覚える。

 

 が、そんなことはどうでもいい。鳴無はあの空き教室に、あの時間帯になれば教師が来るかもしれないことを知りつつ、太一をあそこへ呼び出した。


 実際、太一たちが教室で話している最中に二人は現れ、秘め事をなんの躊躇いもなく始めたわけだ。 

 映像でも録画しておけば今後の有効なカードにもなりそうだったが、鳴無の目的はそこにはなく。太一をあの場に居合わせることが彼女の狙いだった。


 ……雰囲気で流してあげれば乗ってくると思ったけど。


 完全にアテが外されてしまった。あそこまですれば太一をこちらに夢中にさせることができるかと思っていた。

 少なくとも、今日の一件で確実に彼の心を自分に引き寄せるつもりで接触した。


 優しく、理解を示すような態度、そして女性の方から積極的に迫っていく。大抵の男なら落とす自信があった。

 だが、今回は直前にお互い吐息が当たるほど密着までしたというのに、得られた結果はまさかの敵前逃亡ときた。


 鳴無は自身のルックスが男受けすることを理解している。ところどころ隙も見せておけば相手に『行ける』と思わせられる。

 そうして、鳴無はこれまで男と関係を作ってきたのだ。


「久しぶりの学校だったし、ちょっと感覚が鈍くなってたのかな、ワタシ」


 今日のは少しばかり詰めが甘かったかもしれない。事前に収集できた情報も精査に欠けるものだったし。

 なにより相手との接触が午後から。しかも1時間程度という短さだ。それでいけると思ったのはさすがに慢心だったか。

 

 お互いの自己紹介も放課後まで後回しにしてしまったのも失敗した原因の一つだろう。人間、固有名詞を知らないモノには関心を抱きづらい。


 しかし放課後のタイミングまで、太一のクラスに自分の存在を知られるわけにはいかなかった。なにせ、彼のクラスには『彼女』がいる。もしもこちらの存在を気取られると少々面倒だ。身動きが取りづらくなる。


「さ~て、次はどうしよっかなぁ……」


 ここ最近になって急激に上がり始めた気温。照り付ける太陽が嫌味なほどに眩しい空を見上げ、鳴無は思案する。


 太一を落とすのは彼女にとって既に確定事項。しかし相手には逃げられ、彼との連絡手段さえ獲得できていないのが現状だ。


 しかし、


 ……ちょっと遠回りだけど、仕方ないか


 今回獲得し損ねたのはあくまで『一般的な連絡先』である。


 鳴無は近くのファミレスに入ると、席に腰を落ち着けてスマホを取り出した。


 注文もそこそこに、彼女は肘をつき、微笑を浮かべてスマホを操作し始めた。


「~~♪ ……ふふ……」


 軽快に鼻歌を口ずさみ、彼女はファミレスの隅で怪しく笑う。



 ♪(^ε^)


 

 宇津木家。マンションの一室にて。


「はぁ……」

「ちょっと太一、あんたさっきからため息多いわよ? なによ? また満天ちゃんとなんかあったの?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど……はぁ……」

「あんたねぇ……言ったそばから」


 話しながらまたしてもため息をこぼす弟に涼子は呆れる。むしこちらの方がため息をつきたいところだ。

 しかし帰ってきてからというもの、太一の様子がどうもおかしい。なんというか、心ここにあらず、といった感じである。

 天井を見上げたり窓の外をじっと見つめたりと若干呆けているように涼子の目には映った。

 それでいて繰り返されるため息。既に数えるのもバカらしいほどに何度も何度も吐き出されている。酸素の無駄遣いも甚だしい。


「具合でも悪い?」

「ううん……」

「そう」


 なにかおかしい。不破との一件の時もなかなか重傷だったが。今はあの時のように落ち込んでいるというのとは違う気がする。


 今日は不破も霧崎も来ていない。久しぶりに二人きりの夕食だ。普段からそこまでお互いに口数の多い方ではないが、今日は輪をかけて会話が少ない。

 というより、涼子から話しかけなければおそらく皆無だっただろう。


「ごちそうさま……食器、流しに置いとくから」

「それも今日はいいわ。あんたはとにかくお風呂入って、早めに休みなさい」

「うん……そうする……」

「なんなら、今日は久々にお姉ちゃんと一緒にお風呂入ろっか?」

「う~ん……いいや」

「そ、そう……」

 

 別に本気で弟と一緒に入る気などない。少しからかってやれば反応が返ってくるかと思っただけだ。正直「うん」と頷かれても「ば~か」の一言で済まてしまうつもりだった。

 

 しかしいつもなら「そこまで子供じゃないから!」と怒り出すのに。素で返されてしまい、むしろ涼子の方が調子を崩される。本当にどうしたというのだろうか。


 まるで酒にでも酔っているかのような危なっかしい後姿を見送り、


「ほんと、どうしちゃったのかしらね、あの子……」


 と、残ったご飯を口に運んだ。静かすぎた食卓は、なんとも味気なく感じた。



 (´~`)モグモグ



 湯船につかり、太一はぼうっと天井を見上げる。

 しかし視界に映る情報より、彼が見ているのは脳内で再生され続ける今日の出来事ばかりだ。


 ……アレは、なんだったんだろう。


 鳴無と名乗った同学年の少女。やたら大人っぽい見た目に、男を多角的に虜にする不可思議な魅力を秘めた彼女。


『君のこと、ちょっと気になってたり』

 

 その言葉が幾度も脳内で再生される。如何に人付き合いに難を抱えている太一とて、その言葉の意味するところに思い至れないほど鈍感主人公してはいない。

 

 むしろこれまで女性に対して碌な目に遭ってない彼からすれば、素直に自分への興味を示してくれた鳴無の言葉はいやに耳に残り続けた。


 それに加えて放課後に起きた怒涛の色事ラッシュである。人とまともにコミュニケーションを取ることすらままならない太一が、関係性の極致である男女関係に首を突っ込むことになろうとは。本当に人生わからないもんである。


 とはいえ、とてもじゃないが心の平静を保っていられるはずもない。


 湯船に浸かりながら、お湯がもたらす以上の保温効果でもって体が火照ってくる。脳裏をよぎるは数時間前の鳴無との接触。あのまま雰囲気に流され身を任せていたのなら、いったい自分はどうなってしまっていたのだろうか……


 思わず唇に意識が向かう。


 まるで、彼女の吐息が顔にまだ残っているかのような錯覚。太一はぼっと首筋までを真っ赤に染めて湯船に頭を沈めた。


 ……鳴無さん、どういうつもりであんな。


 思考の堂々巡り。しかしながらあの展開はもはや誤魔化しようもない。


『宇津木君って、一目惚れってしたことある?』


 どう考えてもこの確認が示す彼女の内心などひとつである。

 しかし今一つ信じられない。いったいなにが彼女の琴線に触れたのか。お世辞にも太一は見た目がイケメンだとも、男らしさに溢れているとも言い難い。


 鳴無はよほどの好き者ということなのか。ならば彼女が男運が悪いと言っていたのも納得だ。あまり趣味がいいとは言えない。が、自分で言ってて悲しくなるのでそこはほどほどに。


 しかしそれはまた別として、もしもまた彼女と顔を合わせた時、どんな反応をすればいいのかわからない。


 気まずいなんてもんじゃない。不破の時とはまた違う、別種のストレスが太一を襲う。

 世の中ほんとうに、恋だの愛だの随分と難解な問題に多くの男女は積極的になれるもんである。

 こんなぐちゃぐちゃ思考もままならない感情にあえて振り回されるなど、恋愛してる人間はある種のマゾではないかとさえ思えてくる。


 なにを考えているのか分からない相手に対し、好きだの愛してるだのと囁き体を重ねていずれは結婚。暗中模索の代表例。神様は随分と手厳しい繁殖システムを人間に課したもんである。


 とはいえまだ太一はそこに至ったわけではない。あそこ(キス直前)までいっておきながら、まだ彼女が『冗談』と太一をからかっていただけという可能性も残されている。


 なにせお互いに決定的な言葉は避けていた。ただ雰囲気で『そういう感じ』の流れになっただけ。

 

 相手の真意はいまのところ予想の範囲を出てはいない。が、これがただの思考放棄であることを太一は理解していた。


 ……もし仮に鳴無さんがその気だったら。


 結局行きつくのは己の感情だ。どう動き相手とどうなりたいのかを決めるのは自分でしかない。太一は不破との一件でそのことをしっかりと学んだはずだ。


 鳴無と名乗った少女。確かな美貌に抜群のスタイル。接する態度も柔らかく、いまのところ目に見えた欠点も見えてこない。

 そんな、ある種完璧とも言える女性から、好意じみた態度を向けられたのだ。男として揺れないはずがない。ましてや相手はキスすることを躊躇っている様子もなかった。これはもはや決定的。俗にいう据え膳である。潔癖症でもないのなら、あのまま身を任せてよかったはず。


 ……でも、


 だがしかし、ならばなぜ太一は逃げたのか。


 ……あの時、僕は。


 互いの唇が触れんとせん、まさにその瞬間とき……太一の脳裏には、目の前の鳴無ではなく、別の誰かの顔が浮かんでいた。



 ○o。(>.<)ブクブクブク・・・

はてさてキスは未遂で終了。

しかしてこの先どうなるか?

待ち受けるのはピュアか、それとも…


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