空き教室に潜む者、これはフラグかルルイエか
放課後。不破とは今回別行動。こういうことはこれまでにも何度かあった。が、今日はいつもと何か違う。
ただ、何がどう違うのか、具体的にそれを説明するのは難しい。知り合いが自分とは別の誰かと親しくしている。
なのにその輪へ自分が入っていくことができない疎外感……不意の瞬間、確かに繋がっていたと思っていたナニかが揺らぐような、そんな感覚に襲われる。
よくあるぼっちあるあるである。
霧崎も今日はバイトらしい。教室で不破がグループの女子たちと一緒に消えていく姿を目で追って、しばらくしてから太一も教室を後にした。
廊下や別クラスの教室、窓の外に拡がる校庭や、緑が映える中庭は、複雑に絡み合う人の流れで埋め尽くされていた。
部活で青春する者、友人とたむろし無駄話で盛り上がる者、どつき合いでバカしてる者、男女で仲睦まじく寄り添う者、そそくさと帰路に着く者……
皆、視界の中で各々の自分を演出し、好き勝手に現れては消えていく。
太一とすれ違った生徒は少しギョッとして道の端に寄ったり顔を逸らしたり。
別に何かしたわけでもない。しかし不破に付き合わされてダイエットを果たした太一は生来の三白眼がきつく際立つようになり、彼を知らない人間からはガラの悪い生徒と勝手に認識されるようになってしまっただけの話である。
きっと夕焼けの綺麗な崖の上に立たされたなら、何の咎がなくとも自白タイムが始まること請け合いだ。もはや罪の捏造、冤罪どころの話じゃない。誰か弁護士を呼んでくれ。
せめてもの救いは、彼がこじらせボッチであるが故に、自身の現状をほぼ把握できていないことか。自分が赤の他人から避けられているなどとはまるで思い至ってない。喜べばいいやら涙すればいいやら判断に困るところである。
が、さすがに自分の目つきが他より悪いことはいい加減太一も判ってきた。あとは時間の問題。
尤も、太一が自分で他人に避けられていることに気付くのが先か、或いは周りの生徒が太一の本性に気付くのが先か。
お互いに相手が分からずちょびりちょびり探り合う様はなんとも滑稽である。
まぁどちらにしろ、この目つきが将来的に彼の不利になることはもはや確定事項。せめてもの情けに面倒事にだけは巻き込まれてほしくないもんである。
が、それを望む相手が例の性悪お天道さんであることがなんとも不安を誘う。
しかしこればっかりは仕方ない。いっそこの眼光でガンを飛ばしてサイコロの出目にいかさまでも仕込ませてしまえば話は簡単なのだが。
はてさて不破の一件でちょっとばかしナーバス気味のこの太一ではあるが、いざ面会の時は近い。
教室を出てから東西それぞれに設置された階段の内、西側の階段を下って約束の空き教室を目指す。
西階段は昇降口から距離があるため生徒の姿は少なく閑散としている。
静かな空間に太一の上履きがダンズリ、ダンズリと二つの音を刻んだ。さすがに教室が近づいてくると、太一も不破のことが頭の片隅へと追いやられ、昼休みに出会ったばかりの少女のことに思考のリソースが割かれていく。
『君のこと、ちょっと気になってたり』
などとこんな時ばかりは無駄に発揮される記憶力。5限休みに彼女が紡いだ言葉が不意に思い出させた。
ゆるゆる状態の引き出しは勝手に彼女に関する記録ばかりを太一の脳内でばら撒き始める。
背に流れ、頬にけぶるような艶やかな黒髪、年齢不相応に色香を宿した目元、蠱惑的な唇……しかし話してみれば親し気で角がなく、こんな太一でも接しやすい。
彼女は見た目の派手さこそ不破や霧崎と比べて控えめだが、それに負けないほどの強い存在感を放っている。
もしも彼女に当て嵌まる適当な記号的言葉があるとするならば、『清楚系ギャル』といったところであろうか。
「あ」
階段から外れて廊下に出る。しばらく進んだ先に、彼女はいた。
窓から差し込む日差しをまるでスポットライトのように浴びて、壁に背を預けて誰かを待つその姿が奇妙なほど様になっている。
爪を気にするように指先を見つめる瞳。物憂げに佇む彼女のことが、太一にはやけに大人びて映った。
彼女は顔を上げてこちらに気付くと、微笑を浮かべて軽く手を振ってきた。
「こんにちは。来てくれてありがとね」
特別な感情などなくとも、今の彼女を前にすれば心惹かれる男は多いだろう。純粋な憧れも好意も、不純で邪な欲望も隔てなく、一括りに魅了してしまうに違いない。
美と愛。もしもこの二つに目に見えるパラメーターが与えられたなら、彼女はきっとそのどちらも極端に数字が振り切れているに違いない。
或いは人間という種族であることすら疑ってしまう。
仮に彼女が自分のことを人外の類であると言ってきたとしても信じてしまうのではないか。
ここまで男にとっての『理想的』な女性像が目の前にいるというのもある意味恐ろしい。
だが今の太一は、ここに来るまでに思い出した『気になってる』などという彼女の意味深な言葉が脳内でリフレイン。既にまともな思考は期待できない。
しかし孤独に生きて来た彼の本能が『期待するな』とささやかな警告を告げている。
しかしそれはテレビの画面越しに向けられる警報のようなもの。我がこととして捉えるには太一の対人経験値はあまりにも不足しすぎていた。
が、果たして彼女は何の目的で太一をここへ呼んだのか。
まさか本当にフラグイベントの回収などではあるまいな。あまりにも性急すぎる。
まるでブリッツクリークでも仕掛けられている気分になりそうだ。
いっそ『冗談でした』と軽くバカにされる程度であれば、よっぽど太一にとって精神的ダメージが少なく済む可能性すらある。
「こんにちは……えっと、それで話って……?」
「うん。まぁここじゃなんだし。話すなら中でしようよ」
鳴無が教室の扉を開けて太一を中へと促す。
咄嗟に太一は教室内を見渡した。カーテンで日差しは遮られ、机と椅子が部屋の奥に積み上げられている。
向かい合うようにポツンと教壇が一段高い段差に置かれ、背後の黒板は薄暗い教室でその名の通り真っ黒な板としてチョークではなく埃で汚れていた。
薄暗く、しんと静まり返った教室。随所に見られる雑多に物が詰め込まれた段ボールの存在がここが物置であることを物語る。
空き教室の存在は知っていたが実際に訪れのは初めてだった。後から続いた鳴無は背後で扉を閉め、太一を追い越しくるりと視線を合わせてくる。
「少し埃っぽいね。宇津木君はアレルギーとか大丈夫? ハウスダストとか」
「は、はい。大丈夫です」
「そっか」
そこから少しだけお互いの間に無言の時間が生じた。妙な緊張感が太一を襲う。
女子と二人きり。不破との時は感じることのなかった、妙に空気が熱く甘ったるく感じるような錯覚。
ふと、鳴無は太一に苦笑を浮かべて見せた。
「まず、先に謝っておくね。ごめん」
「え?」
なぜ謝られたのか分からない太一は首を傾げる。別に彼女からなにかされたわけでも……いや、昼休みの食券購入の割り込みは一歩間違えば最終戦争すら勃発させかねない所業である。
が、今この場の雰囲気でまさかそこを蒸し返すとも思えない。
「宇津木君って、一目惚れってしたことある?」
「い、いえ……まだ……」
「そうなんだ。じゃあ、誰かと付き合ったことは? もちろん、男女関係として」
「そ、それも、ないです」
「ふ~ん。そうなんだ」
二つ目の質問の後、彼女は口元と目元を柔らく緩め、「よかった」と呟いた。
誤魔化す気もない言葉は当然太一の耳にも届き、さすがに恋愛経験に乏しい……どころか絶無ですらあった彼も鳴無の発言の裏に見え隠れする感情の正体にアタリを付け始める。
「太一君って、ちょっと独特の雰囲気あるよね。なんていうのかな……見た目はすごく男らしいのに、オラついてないっていうか。どこかほわっとした和かい感じっていうかさ」
後ろ手に腕を組み、僅かに差し込む日差しを受けて耳のピアスが鈍く輝く。決して小奇麗とは言い難い教室ではあったが、カーテンの隙間からの陽光をバックに背負った彼女を前にしていると、こんな場所でも幻想的な空間に見えてくる。
「嘘とか吐きたくないから最初に言っちゃうけど。ワタシ、男女でのお付き合いは何度かしてきたんだ。まぁ要するに、恋人がいた、ってこと」
「は、はい」
彼女の見た目なら別に告白などされずとも想像はしていた。美人で性格も良くて話もうまい。そんな相手に異性のパートナーがいなかった、などと伝えられる方がよっぽど噓くさい。
「でも、ワタシって男運ないのかなぁ。最初はいいんだけど、少しすると相手の本性とが見えてきて、大抵の場合は波長が合わなくなって、喧嘩して、ひどい時は浮気とかされっちゃり……で、結局は関係消滅。ま、こっちもちょっとずつ相手に遠慮しなくなっていってたところはあるから、全部が相手のせい、ってわけでもないんだけど……」
太一には未知の世界の話だ。しかし彼女が表情に陰りを見せると、少しだけ同情するような気持ちになってくる。
「なんかごめんね。急にこんな愚痴なんか聞かせちゃって……でも、うん。なんていうのかな。宇津木君には誤解なく、全部のワタシを知ってほしいなって、そう思っちゃって……」
「いえ。気にしないでください」
「ありがと。うん、君ならそう言ってくれんじゃないかなって思ってた……」
ふと、彼女は自然な足取りで太一との距離を詰めて来る。
「うん……やっぱり、君がいいかな」
「え?」
反応することもできず、心臓が大きく跳ねる様な鼓動を刻む。太一よりも小さな身長。
こちらを見上げて来る黒曜石を彷彿とさせる瞳は、まるで深い穴のようであり、同時にこちらの姿を映す鏡のようでもあった。
(((( ;゜д゜))))アワワワワ
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