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【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない  作者: らいと
2:『鳴無亜衣梨は判らない』
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友達がそれほど親しくない相手と楽しそうにしてるとモヤッとするアレ

 五時限目の休み時間。


「おも……」


 太一は担任の倉島から、


『宇津木、わりぃんだけど職員室の俺のデスクにお前らの課題ノート置いてっから、回収してクラスの奴らに返却しといてくんね? 俺このあと別件で放課後もいないんだよ。てなわけで、よろしく』


 と、一方的に雑用を押し付けれられて今しがた例のノートを回収して来た次第。

 しかしこれがなんと1教科ではなく3教科分ときた。大方、他の教師からホームルームに返却してくれとでも頼まれたか。しかしこのブッキングはひどい……


 クラスの人数は40人弱程度。内数人は課題ボイコットの常習であるため実質100冊くらいのノートの束が積み上がる。これが意外にずっしりとした重みで腕をいじめてくるのだ。一冊120~30グラムだとしても100冊も積み重なれば10キロ超えだ。


 目の前にそびえる階段を前に眉根が寄る。ここをこの紙束ウェイトというハンデつきで上らされるなど罰ゲームを超えてもはや刑罰である。


 僕なにかしちゃいましたか、と素で返したくなるというもの。


 確かにここしばらく小さな学校への反逆行為に若干手を染めた覚えはある……主に授業のサボタージュ。


 基本的に杓子定規を旨とする校則の在り方からいえば、青春にひた走り小さな社会的反発を是とする生徒の生き様などなんら考慮されるはずもない。


 それを不真面目と捉えるか自由と捉えるかは個人の自由であり、社会はそれをただ不適合者と一括りにするだけの話である。


 尤も、今のところ表立って太一になにかしら学校側からのペナルティーが科されたわけでもなし。これも要するに、いつもの天上におわす太一のガチアンチ共が嫌がらせをしてきた結果に違いない。


 正直な話、倉島がノートの返却を太一に任せたのは単に現在のクラス内の状況下(男女間冷戦)で比較的穏便にノートを返却できそうな生徒が太一だけだったから、という理由なのだが……


 しかし倉島も存外あの緩い雰囲気でクラスのことをよく見ている。アレでなかなか能力的には優秀な人材らしい。が、能力と人格が比例しない好例とでも言おうか。

 見た目は大人、中身は子供。某メガネの探偵少年もブチギレ必死のにっこり案件である。きっと華麗なる殺人シュートを決めてくれるに違いない。


 とはいえそんな大人が意外と世の中じゃ上にのぼり詰めたりするのかもしれない。真面目な奴ほどバカを見る時代なのだ。

 いっそ開き直ってそんな上にいるバカどもの髪の毛をむしり取ってやろうか。世の中不条理なことこの上ない。


 まぁそんなことはどうでもいい。今はこのクソ重い紙束を携帯し階段をのぼらせた色んなあんちくしょうに物申してやりたい気分で一杯だ。のぼるならいっそもっと快適な栄光の架け橋だけにしてもんである。


 えっちらほっちら。足を一歩また一歩と上に進めていく。えっちらほっちらってなんか微妙にエロくない、とかどうでもいい思考に現実を逃避させてみたり。


 半袖で肌が剥き出しの腕にノートの角が食い込むのが煩わしい。すれ違いざまに顔面をしかめる彼に道を譲る生徒を横目に、階段の踊り場に足を掛けると、


「――随分と重そうね」


 階段の上から声が掛かる。顔を上げるとそこには昼休みに学食を共にしたあの女生徒が手を後ろに組んで立っていた。というか下から見上げる構図の太一は彼女の短いスカートの中身が今にも『ハーイ』と軽快にご挨拶してしまいそうである。


 神様イキな計らいをありがとう。せめてもうちょっと角度を付けて中身まで見えれば言う事なしだ。


 しかし初心な童貞には過ぎたプレゼント。じっくりとその中身を観察する度胸などあるわけもない。


 太一は相手の顔を見上げつつついでにチラリズムが過ぎる太腿に視線を引き寄せられて動揺を露わにする。


「あっ!?」


 しかしそれがまずかった。手の中のノートたちが傾きバランス崩して床へと落下。バササと擦れた音を立ててぶちまけられる。


「あらら~」


 少女はそんな有様を前に階段を下りてくる。太一は慌ててノートをかき集めた。


「はい」


 と、散らばったノートの一部が差し出される。綺麗に整えられた桜貝のような爪に長い指。その先を辿れば件の少女が膝を曲げてノートを手渡してくる。髪を片手で抑え、こちらを見下ろしてくる少女の姿は相変わらず無駄に色香を漂よわす。


「ありがとうございます。すみません」

「いいよ。なんか驚かせちゃったみたいだし」


 彼女は膝を折って散らばったノートを回収していく。視界には彼女の開いたシャツから覗く魅惑の谷間。太一は慌てて視線を床に落とし、しかしその先も少女のふとももと視線に逃げ場なし。思春期高校生にハニートラップ包囲網を敷いてくるとはけしからん。


「一緒に運ぶよ。君のクラスまで運べばいいの?」

「え? いいんですか?」


 それは助かるが、知り合って間もない相手に手伝わせるのは少し気が引けた。しかし彼女は人好きする笑みを浮かべ、「いいのいいの」と太一からノートを3分の1程度強引に奪って腕に抱える。


「あ、ありがとうございます」

「なんか危なっかしかったからね」

「すみません」

「ふふ」


 隣でノートを一緒に運んでくれる名も知らぬ少女。口下手な太一はなにを話していいかもわからずしばらく無言。こういう時の沈黙は本当に居心地が悪い。

 が、ふと先ほど彼女と別れた時のことを思い出し、思い切って話題を振ってみる。


「あ、あの。そういえばさっき、僕の名前……えっと、僕あなたとどこかで会ってましたっけ?」

「え? ああ、違う違う。こっちが一方的に知ってただけ。君、最近じゃちょっとした有名人だよ?」

「僕が、ですか?」

「そ。不破満天が最近やたらと絡んでる目つきの悪い生徒がいるって話……前のカレシのことをボロクソに言ってフッた挙句、君に乗り換えた、ってね。君、今は不破さんのカレシってことになってるんだよ」

「ええっ!?」


 思わず声を上げる。不破とはあくまでも友達関係であり、カップルなどという甘い関係性では一切ない。そもそもあの不破満天のカレシ役など荷が勝ちすぎてとてもじゃないが勤まるとは思えなかった。


 男女が一緒にいるイコールでカップルという方程式はどこで成立しているというのか。恋愛脳が勝手に新たな公式を生み出さないでほしい。数学じゃないのだから何事にも公式以上の例外があるのは当然のこと。


 よって、太一と不破に男女関係はない。


 太一はその辺りのことを捲し立てるように隣の少女に力説した。


「え~? でも朝も放課後もずっと一緒、かつ自宅でご飯を一緒してるって……これ男女間での友達って枠から完全に逸脱してると思うんだけどなぁ」

「そう、なんでしょうか……」


 そもそも男女のお付き合いなどしたこともなく、かつ周りにそういったことを話すような友人も皆無だった太一にとって、今の距離感がどれだけの親密さを表しているかなど判るはずもない。


 が、感情的な部分でいうなら太一にとって不破は憧れの存在でこそあるものの、女性……異性としての好意を寄せているかと言われればそれは断じて『否』と答えられる。


 太一は自分の気持ちを素直に彼女に話して聞かせる。すると少女は「ふ~ん」とどこか含むようなニュアンスで返事してきた。


「でも、それも時間の問題じゃないかな。相手への憧れが恋愛感情にならない保証もないし。一緒に過ごしてるうちに少しずつ、なんてのはよくあることだしね」

「そういうもの、ですか?」


 言われ、実際に自分が不破に好意を寄せる場面を想像してみる。しかし、あの常に自分至上主義の不破を好きになる場面がまるで思い浮かばなかった。


「でも、ワタシはあまり彼女との恋愛はおススメしないかなぁ」

「え?」

「だって宇津木君と不破さんとじゃ接してみた感じタイプが違うっていうか。一緒になっても考え方とかが噛み合わなさ過ぎてすぐにギクシャクしそうな予感がするのよねぇ」

「まぁ、それはありますね」


 今でも彼女と太一の思考回路が噛み合ってるとは言い難い。合わない歯車同氏を無理やり隣り合わせにしたところでうまく回るはずもなし。最悪どちらの歯も欠けて壊れてしまうことだってあり得る。


「その点で言えば、逆にワタシと宇津木君の相性ってそんなに悪くないって思えないかな?」

「え? それは、どういう……」

「……こう言っちゃうと軽いオンナって思われるかもだけど、君のこと、ちょっと気になってたり……みたいな?」


 一瞬、時間が止まったように感じられた。咄嗟に彼女の放った言葉の意味を理解しようと、太一の脳がミキサーも目じゃないほどに高速回転。しかし回し過ぎた回路は結果を吐き出す前にオーバーヒート。


 太一は間の抜けた顔を晒して隣を歩く少女に視線をロック。ついでに太一の上半身もビキッとロック。足だけが自動操縦のように勝手に前に進む。


「宇津木君?」

「っ!」


 名前を呼ばれて我に返る。見れば教室のすぐ近くまで来ていた。


「こ、ここまでで大丈夫です!」


 太一は目つきに似合わない赤面でノートを少女から受け取り「ありがとうございました!」と、ノートの山で下げられない頭の代わりに体を傾けその場を立ち去ろうと速足になる。


「あ、宇津木君」

「はい!?」


 背後で名前を呼ばれ、大声で振り返る。途端に廊下に出ていた生徒の視線を集めてしまった。

 しかし今の太一に周りを気にしている余裕などあるはもない。


「ワタシ、鳴無おとなしっていうんだ。宇津木君と同じ2年……あのさ、よかったら放課後、少しだけ時間もらえるかな?」

「え……あの」

「ちょっと話したいことがあって……時間は掛からないから。どう?」

「え、と……」


 今日の放課後。日課になっている不破とのプールは明日。急いで帰らなければならない予定もとくにない。不破に自宅マンションの鍵を渡しておけば、先に向かってもらうこともできる。


 別に、断る理由は何もない……


「はい。大丈夫、です」


 太一は承諾の返事をした。鳴無はそれにホッとした様子で、「よかった」と小さく呟いて後ろ手に手を組む。その仕草一つ一つが妙に目につき、熱っぽい。


「それじゃ放課後に。西棟2階の空き教室前で待ってるから。あ、そうだ」


 彼女はふっと軽い足取りで、ずいっと太一に顔を寄せてくると、


「できればこっそり……誰にも見つからないように来てくれると嬉しいな」


 こちらを見上げる仕草で、太一にだけ聞き取れるように呟かれた言葉。


 この時、太一は不破にはあまり感じたことのない、女っぽさを意識させられた。


「わ、分かりました」

「うん♪ またね、宇津木君」


 鳴無の細められた瞳が太一を見つめながら横に流れ、そのまま背を向ける。彼女のはずむような足取りはあどけなく、しかし纏う気配は怪しく女くさい。


 太一も初めて接するタイプの女性。


 彼女が廊下でたむろする雑踏に姿を隠すまで、彼はしばらく金縛りのようにその背を目で追い……腕がノートの重みでしびれてようやく我に返った。


 あと3分の猶予もなく次の授業へと突入する。


 太一は鳴無のことを一時あたまの中から追い出し、せっせとノートを律儀にもクラスメイト一人一人に返却していく。


 西住たちと顔を合わせる際は多少気まずさを覚え、最後に不破のグループにノートを持っていく。ついでに、今日の放課後は少し用事があることを伝えておこうと考える。


「あの、ノート持ってきました」

「うん? ああ、適当にアタシの席にでもおいといて」

「あ、じゃああたしも~」

「よろ~」

「はい。あ、不破さん」

「うん?」

 

 一瞬、グループ全員の視線を集め、太一の胃がきゅっと締まる。が、ここで伝えておかないともうタイミングはない。


「あの、今日は少し用があって、帰るの、遅くなると思います。えと、今日も家に来るなら、鍵、渡しておきますけど」

「ふ~ん。じゃあとりま借りとくかな」


 と、不破が太一から鍵を受け取ろうとしたとき、


「え~? じゃあ今日は久々にあたしらと一緒に遊び行かね?」

「ああ、いいじゃん。ここんとこずっとキララ抜きだったし」

「だよね。どうどうキララ? たまには男だけじゃなくて私らとも付き合えよ~」

「ええ~。でもお前らと一緒だとほぼ食べ歩きじゃん。アタシリバウンドとかしたくねぇんだけど」

「ちょっとくらいいじゃん。てかそんなすぐ戻んないってw。キララいない間にみつけたショップあってさぁ、絶対キララ気に入るから!」


 周りからしつこく誘いをかけられ、不破は「じゃあ行ってみっか」と首を縦に振った。


「てことだから、鍵はいいや。どうせこいつらに付き合ってから遅くなるし、別に買いもんしねぇとだから、今日はりょうこんにも晩飯はいいって伝えといて」

「うん。分かった」

「ごめんね~。今日はキララ借りてきま~す♪」


 太一に見せつけるようにグループ女子の一人が不破の腕に絡まる。「あっち~んだから寄るんじゃねぇ!」とぐいぐいと引っぺがされるが、「キララつれな~い」と全く懲りた様子はない。

 その遠慮のないじゃれないを前に、太一は少し疎外感を覚える。


「じゃあ、ノートおいとくから」


 太一はそれだけ言ってノートをそれぞれの席に戻す。クラスの中心からは、彼女たちの妙に軽快で弾むような声が聞きとれた。


 振り返る。グループ内でじゃれ合う不破は、太一に見せるより自然な態度をしているように思え……


 少しだけ、彼女の存在を遠く感じた。



 …(・ω・ )

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