よくあるミステリーとかでやたらもったいぶる感じのヤツ
色んな意味で熱々のあーんイベントも終わり……かと思ったのもつかの間。
「う~ん。なんかそっちのうどんも気になってきちゃった。ねぇ? ちょっともらっていいかな?」
厚かましいとはまさにこのこと。割り込みの末に狙っていた限定メニューを完売させたばかりか物理ダメージ付きのラブコメもどきイベントを発生させてなおもこちからか搾取しようというのか。
これは一言もの申さねばなるまい。
「はい……どうぞ」
なんてことがこの宇津木太一にできるはもなく、あっさりとうどんの入った容器を献上する。
「ありがと♪ あ、お箸借りちゃっていい?」
「……」
太一の手の中にある箸。これを貸せと彼女は言う。これは完全に気にした方が負けのゲーム的なナニかである。
別に太一は潔癖症でもなんでもない。そもそもここしばらくそういうことに無頓着な不破と何度もペットボトルの回し飲みをしてきたのだ。今更この程度の疑似的粘膜接触で動揺すると思っているなら大間違いである。
「あの、新しいの、持ってきます」
しかしこじらせた思春期男子である太一はいつだって初心なのである。
「え? 別にいいよ。ワタシそういうの気にしないから」
こっちが気にすんじゃい。とはいえここで自分だけが羞恥心を覚えていると思われるのもみみっちいプライドが許さない。
太一は「はい」と箸を手渡した。彼女は「ありがと」となんの躊躇いもなく箸を受け取りうどんを一口すすってしまった。
「うん、こっちもおいしいね。ありがと」
返ってきた器と箸。もうここまでくると逆に一人で恥ずかしがってる自分が馬鹿らしくなってきた。精神的な疲労も手伝い感覚も感情も麻痺。
太一はそのまま残ったうどんをたいらげていく。
と、不意にポケットのスマホが震える。
取り出すと不破からのメッセージが届いていた。
『今日ちょい買い物してからあんたんち行く』
文面を確認し太一はスマホをポケットにしまう。しばらくするとまた不破からメッセージが送られて来た。
『既読スルーすんなし』
「えぇ……」
思わず声が漏れる。
以前不破から『そっちから絶対に連絡はしてくるな』と言われていたからこそ、これまで太一は不破へメッセージを送っていなかったというのに。
小さく理不尽を覚えて太一は珍しく言い返してみる。
『前に僕からはメッセージ送るなって言ったじゃないですか』
『んなこと言ったっけ?』
「むっ……」
こういうことは案外言った方は忘れているものである。が、太一は少しだけ眉間にしわが寄った。
『言いました』
『そだっけ?
まぁいいや
じゃあそれなし』
いつもの不破節。しかし関係性が少しだけ近くなった影響か太一は思わずイラっと来てしまった。
こっちは律儀に約束を守っていたというのに、守らせた方から適当になかったことにされるというのは気分が悪い。
「どうかした?」
「え? あ、いえなんでも」
太一は不破に、
『とりあえず分かりました』
とメッセージを送ってアプリを閉じる。
「なに? 友達と喧嘩でもした?」
「別に、そういうのじゃないです」
「隠すな隠すな。お詫びついでに話だけは聞いてあげるよ」
よほど顔に出ていたのか、彼女はしつこく話を聞き出そうとしてくる。
「こういうのって、案外口にしちゃうとさっぱりしちゃうもんだよ。内側に引っ込めたままだと、モヤモヤってしつこく居座っちゃったりするしね」
「……」
僅かに躊躇する。しかし彼女は知り合って間もないと言うのに、妙にこちらの懐に入り込んできて警戒心を紐解いてくる。
「えっと、実は……」
遠慮気味に、太一は彼女に不破に対する愚痴を語った。想像以上に溜まっていたのか、それとも彼女がずっと聞きの姿勢を貫いてくれたからか……太一は思った以上に不満をぶちまけていた。
「そうなんだ。君も大変だね。いつもその子に振り回されて」
「ええ。それはもう毎日。ちょっとしたことで怒るし、たまに手が出るし……あと使った物を片付けないでそのまま放置して帰っちゃり……それくらい自分でやってくださいって感じです」
「確かにね。君はよく耐えてるね。素直に感心しちゃうよ。ワタシだったらすぐ喧嘩になっちゃってるかなぁ。そう考えると、君ってば忍耐強いんだね」
「そ、そんなことないですよ」
「ええ? そんなことあるって~」
彼女はとにかく話しやすかった。適度な相槌に分かり易いリアクション、話下手な太一の会話もしっかりと内容をくみ取って租借し、的確に話題を広げてくれる。
「――へぇ、君もスマホゲーやるんだ? どんなの?」
「え~と、これなんですけど」
「ああっ、これ知ってる。今CMやってるよね。興味はあるんだけどワタシはやったことないなぁ」
「少し覚えれば結構簡単ですよ。フレンドとか登録してキャラを借りれば攻略とか比較的簡単です」
「そうなんだぁ……じゃあやってみようかな。それで、君にフレンド登録してもらっちゃおうかな」
「あ、え? 僕ですか?」
「そりゃ勧誘してきたんだから協力してもらわねいとねぇ」
「わ、分かりました。それじゃ、僕のID教えますので、気が向いたら登録してください」
「うん、ありがと」
出会いがしらの悪印象はどこへやら。彼女は太一の内側に自然に、不自然なほどあっけなく、するりと入り込んでいた。極めつけは……
「君ってけっこう面白いね」
「そ、そうですかね?」
「うん。ワタシと君、意外と趣味も合うみたいだし。話してて楽しいよ」
「あ、ありがとうございます」
あまり肯定的な言葉を聞いてこなかった太一には、彼女の何気にない好意的な発言がいとも容易く心に届く。
そっと目元を細めて淡く微笑み、ひじをついた仕草でさえ妙に色っぽい。けぶるような女っぽさ。そこに親しみやすさを併せ持って太一を見つめてくる。
「ワタシ、君のことけっこう気に入っちゃったかも。ワタシのやらかしもサラっと流せちゃうし、話し方は優しい感じがする」
「あ、と……ど、どうも」
「体とか鍛えてるの? けっこう体格がっしりしてるよね」
「はい。実は少し前から走ったり、プール行ったり。色々とできる範囲で体は動かしてます」
「やっぱり。腕とかちゃんと筋肉ついてるもんね。へぇ、思った通り真面目なんだ、君って」
不破のダイエットに参加させられた結果の副産物ではあるが、こうして改めて変化後の自分を褒められると悪い気はしない。
「いえ、僕は不破さん……えと、友達のダイエットに付き合っただけで、自分だけだったら体を鍛えようとか思わなかったと思います」
「……不破さん」
と、彼女は不破の名が出た途端、急に声のトーンを落とした。先ほどまで朗らかに微笑んでいた相手の分かり易い変化に太一は戸惑う。
「ねぇ、もしかしてさっき話してた君をよく振り回してくる相手って、2年1組の不破満天さん?」
「そ、そうですけど……もしかして、知り合いだったりするんですか?」
「ええ……彼女とは前にちょっと揉めたことがあってね」
「そう、だったんですね」
不破は何かと問題行動の目立つ生徒だ。彼女との間に何があったのかは気になるが、プライベートかつデリケートな話題であるように思えて太一は相槌だけにとどめた。
「って、湿っぽくなちゃってごめんね。まぁワタシと彼女が喧嘩しちゃったのは確かだけど、今はそこまで気にしてないから」
「そうですか?」
「うん。なんか気を遣わせちゃったかな? ほんとにごめんね」
「いえ、大丈夫です」
それきり不破の話は出なくなり、代わりにこれまで実践してきたダイエットの話に内容はシフトしていく。やはり彼女も女性だからか、これまで以上に話への食いつきがいい。
こなしてきたメニューや涼子手製のダイエット料理についてなど、直近の話題であるだけに太一も話していて楽しくなってくる。
が、学食のひとけもまばらになってきたあたりで、昼休み終了5分前を告げる予鈴が鳴った。
「あ、もうそんな時間なんだ。残念、もうちょっと話を聞いてみたかったのに」
「食器、片付けましょうか。教室に戻らないと」
「そうね。うん、久しぶりに楽しかったわ。相席、ありがとね」
「いえ、僕も楽しかったです」
二人で食べ終えた食器を返却口に移動させ、学食を後にする。
「それじゃ、あたしは別のクラスだから」
彼女はそう言って、廊下で太一に振り返る。
「また話せたらいいね、宇津木君」
それだけ残し、彼女は踵を返す。その背中を見送りながら、太一も自分の教室へと足を向けた。
が、そこでふと、小さな疑問に首を傾げる。
……僕、あの子に名前、教えたっけ?
σ(・ω・,,`)?
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。




