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【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない  作者: らいと
2:『鳴無亜衣梨は判らない』
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あーんするのは良いがちゃんと冷ましてくれ、芸人じゃねぇんだよ

 太一はとぼとぼとお盆にワカメうどんを乗せながら、目の前で解放された隅の席に落ち着く。


 周りは雑談する生徒でほぼ席が埋まっており、相席でもしない限りこの場を利用するのは難しい。


 ちょうど座席が空いてくれたのは僥倖だったと言えよう。さすがにまだ知らない誰かに「席一緒していい?」と声を掛けるだけの勇気はない。

 最悪立ち食いする羽目になることも覚悟していただけに、意外とまだ太一のツキも悲観したものでもないのかもしれない。


 とはいえ、あのレアメニューを買えなかったのにはほんの少しばかり心残りがある。


 ……まぁ、言っても仕方ないか。


 既に終わったこと。目の前のワカメうどんとてなかなかにうまそうではないか。


 そうだ、ここでこのメニューを頼むことは運命だったのだ。お値段400円。上に乗ったワカメの緑に七味の赤が映えて食欲をそそる。そもそもワカメうどんを頼んでハズレを引く確率は低いというもの。

 そう、これは安牌である。あの日替わりメニューに800円も出しておきながら、そこまでおいしくなかったのならただの払い損である。


 故にこれでOK。そういうことにしておく。決して悔しくなんかない。ないったらない。


 4人掛けの席。少し申し訳ない気もするが、ここを使わせてもらう他に選択肢はない。太一は奥の席に落ち着き箸に手を掛ける。


「あ、ここ空いてる。ねぇ、席一緒してもいい?」


 またしても声が聞こえて顔を上げる。


「あっ」

 

 そこにいたのは先程の割り込み女であった。手には太一が買い損なった日替わり限定メニュー。太一より先に注文を済ませていたはずだが、出汁とワカメをぶっかけて終わりのうどんと違い、盛り付けなどで時間が掛かり席に着くのが遅れたようだ。


 周囲を見渡すもやはり席はほぼ満杯状態。空いてるところもなくはないが定食を拡げて食べるには些か狭い。それに比べて太一の4人掛けテーブルにはまだまだ余裕がある。


 太一のようにうどんならともかく、この定食を立ち食いしろとはさすがに酷な話か。

 しかし彼女のせいで目の前の定食を食べ損ねたのだ。しかも完全に割り込まれた結果である。

 普通ならここで「いいですよ」と首を縦になど振れる筈もない。


 が、


「……どうぞ」

「よかった~。どこもキツキツでどうしようって思ってたんだよねぇ。ありがと」

 

 小心者の太一が求められた頼みを断れるはずもなく、そのままOKしてしまう。


 太一の座る位置とは対角線上に座った彼女。テーブルの上に乗せられた地元産牛肉の煮込みシチューが視界に飛び込む。食欲をそそるデミグラスソースベースの芳醇な香り、ごろっと入った主役の牛肉、それを彩るように野菜の鮮やかな色彩が視覚からも胃に刺激を与えて来る。添えられたサラダにライスも加わって非の打ち所がない。


 これは、絶対にうまいやつ。


 目の前のうどんが途端にしょっぱく見えてくる。むろん出汁がいい塩梅に甘じょっぱいのだがそういうことじゃない。

 

「う~ん♪ おいしい~♪」

 

 スプーンで牛肉を掬って口に運んだ。直後に見せつけられるそのあまりにも幸福そうな表情に太一の中でモヤっとしたものが広がってくる。


 と、あまりにもジッと見つめ過ぎていたせいか、不意に彼女と目が合った。すると、彼女は小さく小首を傾げ、「あ」と何かを思い出したように声を上げる。


「もしかして君、さっき券売機の前にいた?」

「え? まぁ、そうですけど」

「えと……もしかして、並んでたりした?」

「もしかしなくても、並んでました」

「あ~……うん。その、ごめん。ついでに訊くけど、コレ、頼もうとしてたり~、なんて?」

「……」

「……ごめん」


 少女は気まずそうに顔を逸らす。昔から食べ物の恨みは最上級に恐ろしいものではあるが、既にブツは彼女の手元。それを寄こせとは言えないし、そもそも太一にそんな度胸もない。


 せめて無言で非難を訴えるくらいか。


 とはいえ、苛立っていても食事がおいしくなるわけもなく、彼女もどうやら意図的に順番を飛ばしたわけではなさそうだ。

 いや券売機の前に太一が立っていたのだからその辺りは限りなく黒寄りのグレーか……しかし確定でギルティとするには本人の自白が必要だ。

 正直それを証明したからといって太一に得はない。無駄なカロリーが消費されるだけむしろマイナスと言っていいだろう。


「……次からは、ちゃんと確認してくださいね」

「あ、許してくれるんだ。君って見た目の割りにけっこう優しいんだ」

「……(じと~)」

「ごめんごめん。ちゃんと反省してるから。そんな目で見ないでってば」


 相手の軽い調子に触れてか、太一は普段なら表ではあまり見せない素の自分を出している。

 

 真っ黒な髪に不破にも負けず劣らず整った容姿。たれ目がちな目元の下には涙袋に泣き黒子、長い黒髪の隙間から覗く耳には十字架をあしらったピアスが下がる。

 学校指定の制服は胸元が大きく開いて谷間が覗く。開かれた胸元にもチラ見えするように黒子がひとつ。服を押し上げる胸部のサイズはおそらく涼子とためを張れるほどにたわわ。花弁のように小さな唇が妙に色っぽい。


 全体的に同年代とはとても思えない妖艶な色香を漂わせた女性。

 

 しかし彼女の纏う雰囲気は不破のように切れ味鋭く激しい激情とは違う、おっとりとして親しみやすい柔和な凪のようだ。


 垂れ目気味な瞳がそう感じさせるのかもしれない。


 だが、同時になにか掴みどころを迷わせるような、怪しい気配も同居させている。


「ねぇ、お詫びって言ったらなんだけど、これ、ちょっと食べてみる?」

「え? いいんですか?」

「うん。ちょっとだけ脂っぽいなって思ってたし、完食できるか怪しかったもの。どう?」

「え~と……」


 太一としては一口でも食べられるならやぶさかではない提案だ。味も気になっていたところである。食べられるなら是非とも食べてみたい。


「じゃあ、一口だけ」

「うん。はい、それじゃ……って、取り皿なんてないわよね……そのうどんの中に放り込むのもなんだし…………」

「あ、別に僕はなんでも」

「しょうがない。これもお詫びってことで……はい」

「え?」

 

 直後、太一は目が点になった。彼女はなにを思ったのか、巨大な肉の塊をスプーンで一個まるまる掬い、そのままそれを太一の前に差し出してきたのだ。


「ほら、こぼれちゃうから早く食べて」


 スプーンの下に添えられた手。五指は細くしなやか。綺麗に整えられた爪が男のそれとはまるで違う。斜め向かいから伸びた彼女の両手と、そこから伸びる牛肉が乗ったスプーン。

 それはついさっきまで彼女が使っていたものであり、当然のことながらそれを口に運ぶという事はいまだ中学生的な太一のピュアハートに強烈な一撃を見舞う例のアレが実行されてしまうわけで……

 しかもこれはその更に先を行く完全上位互換なラブコメチックなイベントが展開されようとしているわけで……


「口空けてってば。はい、あ~ん」


 言った。言ってしまった。もはや決定的。これはまごう事なきイベントシーン。ギャルゲならばスチル待ったなし。そもそも出会って一時間もしない相手からされるイベントじゃない。不破との接点以上にこれは完全に仕様がバグっているかシナリオに欠陥を抱えているに違いない。


 が、いつまでも突き出されたスプーンを前に硬直してもいられない。というか既に太一の脳は思考の回路やら理性のセーフティに故障をきたしている。


 太一は流されるままにスプーンに口を着ける。これがツイッターなら炎上かバズり案件である。


「どう?」

「はい……おいしいです」

「よかった……って、ワタシが言えたことじゃないわよね。もう一個食べてみる?」

「いえ、もうお腹いっぱいです」


 ……というかすっごい熱かった。口が痛い。


 思ったより肉は熱々だった。おでんを口に突っ込まれる芸人の気分をこの手のイベントで味わうことになろうとは。更には口の中が別の意味でも火傷しそうだ。

 既に胸やけ胃もたれ必至。これ以上イベントが続行されたら色んな意味で身が持たない。


 精神的にも肉体的にも、太一はきっちりとダメージを負わされる羽目になった。こういうのは深夜帯のバラエティだけでやってほしいもんである。

 芸人の皆さん、いつも体を張った笑いをありがとう。


 ただし二度と同じ目に遭うのは御免である。やはりこういうイベントもお笑いも見る側としての立場に限る。


 本日学んだ教訓はきっとこの先も忘れまい。


 太一は脳内メモに彫刻刀でぎっちりと刻み付けた。


 

 (゜Д゜ )

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