甘くなるとか思った、その考えが既に甘い
「――え? ディッグダッグ、ですか?」
なんとかテナントビルから脱出することに成功した太一と不破。ビルから飛び出してきた時にちょうど中に入ろうとしていた霧崎とも合流することができた。タイミングが無駄にバッチリである。
空は雨もすっかり上がっている。どうやら通り雨だったらしい。
駅前公園のベンチ。街灯に照らされながら、太一は頭に例のマスクを装着したまま、ベンチに腰掛けてアホ面を晒していた。
「そうだよ。何勘違いしたか知らんけど、西住から『お前一緒だと再生数えぐいんだよ』とか言われて、一緒に歌ってる動画撮らせてくれって言われたんだよ」
「ああ……ソウナンデスネェ」
盛大な勘違い。しかしよく考えてみればそりゃそうだ。今どきのカラオケはどこも部屋に監視カメラが設置されている。中でいかがわしい行為に及ぶのは勿論違反行為であり、見つかれば確実に面倒なことになるのは必至である。
それにしてもフッた相手に動画撮影を手伝わせるとは、西住の心臓はタングステン製のワイヤーで編まれているに違いない。
「うぁぁ~~~~……」
目の前に立つ不破から呆れた表情で見下ろされて太一は思わず頭を抱える。今すぐ削岩機とドリ〇ーを連れてきてほしい。今すぐにこの場から全力で消え去る手伝いをさせてやる。
ことの経緯を聞いていた霧崎は腹に手を当て肩を震わせながらうずくまり、ベンチをバシバシと叩いている。先ほどから笑い過ぎてお腹が本気で痛くなってくるレベル。
太一の勘違いに始まりその挙句のジェイ〇ンコスでの乱入。もはや笑わない方がおかしいというもの。
ちなみに太一の上着は近くの道路現場で作業をしていた作業員から拝借してきたものらしい。太一に詰め寄られた作業員は一にも二もなく作業服を手渡し、同時にコーンバーも一緒に持ち出したわけである。
マスクはカラオケ店の入り口でパーティーグッズとして販売さえていたものだ。お値段1200円。
取り合えず相手に自分が同じところの学生であるとバレるのを避けたかったがために、服装と顔を隠した結果が今の太一の姿というわけである。
「ちょっと! 待って! マジでやっばい! ウッディ! 今すぐ芸人目指そうよ! 絶対一発屋で成功するって! あははははっ!」
それは成功と言えるのか。霧崎の笑い声が夜の公園に木霊する。太一は余計に羞恥を刺激されて顔を上げることができなくなっていく。
「はぁ……ったく。マジでなにやってんだよあんたは……」
「すみません」
「いやいやキララ、ウッディけっこう頑張ったじゃんw、ぷぷぷ……まぁ、ちょっと面白すぎっけどさw」
「いやこっちは結構ビビったから! これがいきなり入ってきたら冗談抜きにやべぇってなっから!」
「ほんと、すみませんでした」
下げた頭を上げられない。今回の一件は完全に太一の暴走だ。責められるのも笑われるのも仕方ない。
俯く太一。と、彼の隣に不破はドカッと腰を下ろした。
「つか、宇津木はアタシのことつけてきたわけ? こないだあんだけボロクソ言っておいて」
「それは……」
「正直キモイ。関係終わらせたいって言ったのそっちじゃん。なのに追っかけてくるとか、マジでなんなん?」
不破の容赦ない言葉。太一は唇を噛む。数日前、彼女に太一は一緒にいることが「辛い」とハッキリ言った。
もはや吐き出した言葉をなかったことになどできないし、時間を巻き戻してやり直すなどというご都合展開だってありはしない。
しかし、どこにいるかも定かではなかった不破を、偶然とはいえ見つけることができた。底意地の悪い神が、太一に与えた小さなご都合主義。
しかし、ここから先は自分でなんとかするしかない。
霧崎は状況を見守っている。全てを太一の行動に任せるつもりのようだ。
「不破さん」
「なに?」
不機嫌な声に思わず怯みそうになる。不破は太一から顔を逸らしていた。ジワリと目じりに涙さえ滲みかける。男として情けない。それでも太一は、不破へと体を向け、
「ごめんなさい!!」
大きく頭を下げた。しかし、不破は太一に振り向かない。が、太一はめげずに声を掛け続ける。
「僕は、自分に自信が全然持てません……それを、不破さんで埋めようとしてました」
心の内を太一はもう一度吐き出す。惨めと思いつつ、過去の自分をひけらかす。
「不破さんは明るくて、人付き合いも上手くて……美人だし、カッコいいし……自信もあって、言いたいこともズバズバ言えて、行動が早くて……すぐに料理を覚えちゃうくらい、実は要領がよくて……僕を友達って言えちゃうくらい、度量も大きくて……本当に、僕とは全然違う……不破さんは僕にとって、本当に眩しいくらいにすごい人で……」
思いつく限り、たとえつたなくても、言葉を紡ぐ。
「だから、そんな不破さんが認めてくれるような言葉をくれる度に、僕は……不破さんなら、どんな僕でもきっと受け入れてくれるんじゃないかって、勝手に期待してたんです……」
不破は、振り返らない。もしかしたら元の関係にはもう戻れないのかもしれない。その可能性も十分に考えた。ただ、仮に不破から見限られても、伝えなくてはならない言葉がある。
自己中心的とも言える思いかもしれない。しかしせめて、自分がどうしたいのか、それを伝えるべきと……
太一は、勇気を振り絞る。
「不破さん、僕は本当に、自分に自信がありません……でも……でも! 不破さんと一緒なら、僕も変われるかもしれないって! あなたと友達でいられるように、変わりたいって!」
人は、自分にはないものに憧れる。
「都合のいいことを言ってるのは承知してます! でもどうか! 僕ともう一度だけ! 友達になってはもらえないでしょうか!?」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔で、太一は頭を勢いよく下げた。
なんの捻りもなく、真っ直ぐに。今の太一にできる、これが限界である。
あとはもう、不破の心に問うしかない。
今この場において人事を尽くした太一が祈るべきは神に非ず。いつだって人間関係の終着は互いの了解でしか成り立たないのだから。
それがいい結果であろうと、悪い結果であろうと……
果たして、不破は太一に振り返り、少し顔を下に向けたまま彼の頭からマスクを奪う。
「あの……不破さ」
「あんたさ、よくそうクサイ台詞平気な顔して言えんな。アタシだったらもう恥ずかしくて死んでんだけど」
彼女はマスク越しに太一に悪態をつく。しかしいつものような切れ味はない。
街灯の下、マスクからはみ出した耳が、少し赤くなっているような気がした。
「てかさ、ほんと都合良すぎ。アタシそこまでちょろいとか思われてたん? マジでムカつく」
「す、すみません」
「……別に、謝んなくてもいいけどよ」
「はい」
「うん」
どうにもお互いにちぐはぐである。妙にむず痒い空気の中、霧崎がこらえきれないといった様子で「まぁまぁ」とキララの背後に回る。
「てかさ、ウッディもちゃんと頑張って言いたいこと言ったんだからさ、ここはキララが大人になってあげるべきなんじゃね? つかさ、ウッディに友達じゃないって言われてめっちゃ愚痴ってたじゃん。『あんだけ一緒にいんだから普通に友達だったって思うじゃん』ってさ」
「はぁ!? ちょっ、マイなに言って――」
「あとさ……『一人で友達とか勝手に思い込んで、バカみて』だったっけ? なんかそんな感じで落ち込んでたじゃん」
「っ~~~~!」
「キララってさぁ、警戒心強いくせに一度相手を受け容れちゃうと拒否られた時けっこうダメージくらうよねw。今回イライラしてたのだって~、まぁそういうことだよねぇ? なんやかんや言いつつ、意外とウッディのこと気に入ってたり」
「マ~~イ~~!」
「あ、やっべ」
マスクの必要などなく、霧崎を見上げる不破の表情は殺人鬼のそれに変貌していた。指をコキリと鳴らし、ゆらりと立ち上がる。
霧崎は脱兎のごとくその場から逃げ去って行く。
「待てこら!」
「あの、不破さん」
「あん!?」
が、太一に呼び止められて不破は足を止める。
「僕……あの……あてっ!?」
いきなり、太一の額に不破はデコピンを決めてきた。
「……アタシと友達になりてぇんなら、まずはそのオドオドした態度やめろっての」
「あ」
その言葉で、太一は胸が一気に熱くなるのを感じた。
「まぁ、今回はけっこう頑張ったんじゃねぇの。あんたなりに。勝手に勘違いして暴走しただけってのが、カッコつかねぇけど」
「そ、それは忘れて下さい」
「それは無理だなぁ。こんな面白ネタ、忘れる方が無理だしw」
「う……」
「でもま」
不破は手にしたマスクを太一に押し付けて、
「変わるんだろ。なら、カッコよくなってみろよ、アタシみてぇに」
不破は太一から離れると、ニカッと女性にしてはカッコ良すぎる笑みを浮かべて見せた。
街灯をスポットライトのように浴びたその姿に、太一は思わず見惚れてしまった。
「ま、それはそれとして……アタシをビビらせた件はあとできっちり落とし前つけっから、覚悟しとけよ」
「……はい」
「うし。手始めに、マイからしめる」
などと、良い話風に締まらないのがこの二人である。
結局、二人の関係は、袖振り合うことすらなかった両者を、強引にくっつけて形にしているという、そんなバグで成り立っている……まぁ、そういうことなのだろう。
( ̄▽ ̄;)
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!!
読者の皆様のおかげで、ここまで参りました!!
次回、後日談的なナニかでございます!!
不破みたいな優しくないギャルもいい! 主人公もっと頑張れ! 霧崎との関係にバグはあるの? と思った方がいましたら!!!
作品の応援、どうぞよろしくお願いいたします!!!!
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