2人の関係で築かれたモノ、それはこういう風に使われました…
『たぶんカラオケかゲーセンじゃないかな? キララって不機嫌な時って基本的にそこでストレス発散してるから』
霧崎と連絡先を交換してから後。彼女の言葉を受けて太一は最寄駅前を訪れた。隣には霧崎の姿もある。中途半端に逃した5限は完全に無視。6限だけ受けて担任からの小言ムーブが発動する前に太一は教室を飛び出し今に至る。
明日の登校が今から憂鬱で仕方ない。とはいえ今は学校よりも優先しなくてはならないことがある。
「キララに連絡入れてみたけどなんかスルーされてるっぽい。既読無視は重罪だっての」
唇を尖らせて霧崎はスマホ画面を睨みつける。駅前は下校する生徒やまだまだお仕事中の生気の抜けた社会人とで溢れかえっている。思わず金髪の女生徒を見かけて目で追った。しかし振り返った顔は全くの別人だ。
「う~ん……連絡がつけば一発なんだけど……てかさ、ウッディはキララの連絡先知らないの? ウチよりもウッディから連絡入れた方が反応ありそうじゃない?」
「いやぁ……前に連絡先交換したとき、僕からは絶対に連絡してくるな、って言われてまして」
「ああ……キララなら普通に言いそう。ってなると、多分ウッディが連絡してもガン無視決める可能性高いかなぁ、これ」
「おそらく」
「うわぁ……改めてキララめんどくせぇ」
「あはは……」
太一は苦笑するしかできない。二人はとりあえず不破がいそうな場所を回ってみることにする。とはいえ場所に心当たりがあるのは霧崎だけなので、太一は彼女の後をついていくだけだが。
よく霧崎と一緒に訪れていたという小物関係のショップやブティック、行きつけの美容院、ゲーセン……思いつく限り候補を少しづつ潰していく。
最有力候補のゲーセンの中を二人でくまなく探し回る。
爆音が垂れ流される施設内は薄暗く、目を凝らして不破の姿を探す。キン、とゲームの音に紛れて聞き取れた女性の甲高い声を拾うたびにそちらへ反応する太一。しかし視線の先にいるのは全く別のギャル。彼女たちは太一と視線が合うと「やべ、ウチらうるさかった?」と気まずそうにそそくさその場を去って行った。
別に彼女たちになんの罪があるわけではないのだが、別人と判るたびに太一は落胆の色を隠せない。
――ひとしきりゲーセン内を見て回り、途中で霧崎と合流したものの、彼女も首を横に振るだけだ。どうやらここに不破はいないようである。だとすればあとこの周辺で残っているのはカラオケ店になるが。
「う~ん……この辺りってカラオケ3つくらいあるんだよねぇ。しかも全部キララの行きつけだし……全部見て回ってるうちに帰られる可能性大……ってかそもそもカラオケにいるかも怪しいし……どうする?」
「取り合えず近くから回ってみませんか? お店の人に訊けば教えてくれるかもしれませんし」
「だね。じゃあ手分けしよっか。ウッディは一番近いとこ。ウチはちょっと別のカラオケ行ってみる」
「分かりました」
「じゃあ、見つけたら連絡よろ」
霧崎と別れて太一は何度か訪れたことのある猫手招きへ向かった。
駅中を通り抜けつつ裏へ回る。今日は道路の夜間工事が実施されるのか既に一部が封鎖されている。カラーコーンの脇を通すり抜け、道中でも不破の姿がないかを確認しつつテナントビルを目指した。
もうすぐ空と地上の灯りが逆転する。霧崎と駅周辺を探し回り、時刻はもうすぐ7時に差し掛かろうとしていた。さすがに涼子に連絡を入れておくべきだろうとスマホを取り出し、『今日は少し帰るの遅くなる』と短くメッセージを送った。
スマホをポケットに押し込み、テナントビルが視界に入るのと同時に太一は思わず足を止めた。
「っ!?」
咄嗟に身を隠す。視線の先、そこには西住のグループがビルの正面にたむろし、輪の中に探していた不破の姿もあった。
駅周辺にそもそもいるかも怪しいと思い始めていたが、霧崎の言う通り彼女はカラオケを利用しようとしていたのかもしれない。
見つけられたことにホッとするも、なにやら西住グループ……というよりは西住と対面した不破の表情が非常に険しいことが太一には気になった。
確かにあの二人はここ最近なにかと因縁のある相手ではあるが、数日前に不破はもう西住のことはどうでもいい、という旨のことを話していたのではなかったか。
距離があるため会話の内容は聞き取れない。状況的には西住がなにやら必死に不破に話しかけているような印象を受ける。周囲の男子生徒は西住の後ろで様子を窺っている、という感じか。
少なくとも不破を集団で囲んでいる、という構図ではなさそうだ。
ひとまず太一はスマホを取り出し、西住に『不破さんを見つけました』と送る。すかざず返信があり、『すぐそっち行く』とのこと。
が、視界の先で状況が動いた。
西住たちが不破を伴ってテナントビルへと入っていってしまったのだ。相変わらず不破の機嫌は悪そうだが、周囲の男子生徒たちが彼女を宥めながら姿を消していく。
一瞬、霧崎の到着を待って一緒にカラオケに行くかどうか迷ったが、太一は不破の態度が気になり、あとを追った……
――が、
……どうしよう。
不破たちがカラオケに入って行くところまではよかったが、その後が問題だった。
手招きに入って行ったのは確実だが、そこから先を追いかけるにはカウンターをすり抜ける必要があった。不破たちが受付を済ませた後、彼女たちの姿が消えたのを確認。太一は人生初のカラオケ利用のために慣れない受付に四苦八苦。結果、太一は不破たちを完全に見失ってしまったのである。
……どこに行ったんだろう、不破さんたち。
宛がわれたルームに入ることもせず、太一はズラリと並ぶ扉を前に右往左往していた。
駅裏の手招きはワンフロアのみではあるが全部で20以上の部屋数がある。その一つ一つを確認するというのはさすがに行動が不審者過ぎて通報案件である。
こうなるともう一つの手段として取れるのは不破たちがカラオケから出てくるのを待つことだ。
受付を済ませてしまった以上お金は取られるが仕方ない。太一の判断ミスと泣き寝入りするしかない。
「う……トイレ」
妙な緊張感に尿意を催してしまう。ここのトイレは施設の一番奥に設置されているため部屋によっては距離があるのが難点だ。膀胱との我慢比べを演じながらトイレへと走る。
廊下を奥へ進んでいくといくつかの部屋から歌声が聞こえてくる。ハイトーンで熱唱する者、調子っぱずれな音程を全力で披露する者、音など関係なしにワイワイ賑やかに合唱する者たちなどなど、皆思い思いにカラオケを楽しんでいるのが伝わってくる。
が、そんな中にあって、妙に険しい雰囲気を滲ませる声が聞こえる部屋があった。
『――だから! 嫌だつってんじゃん! いい加減しつこい!』
……この声。
音の出所を探る。すると丁度トイレへと曲がっていく角部屋から声が聞こえてくるのが分かった。
『ってもさ、お前も一緒にここまで来たわけだし、まんざらでもないって感じなんじゃねぇの?』
『はぁ!? 勝手に押しかけてきただけだろうがよ! 誰があんたの相手なんかするかっての!』
太一は膀胱からの尿意も忘れ、そっと足音を殺して部屋の扉に近付いた。顔を出せば影で外に誰がいるか分かってしまう。扉の脇に陣取り、中の様子を窺う。
『まぁそう言わねぇでさ。別に俺らの相手すんのなんて今更じゃん。前は一緒に何度も』
『だからもうそういうのはなしつってんだよ!』
『でもせっかく久々に集まったんだしよぉ、なぁ不破』
『だ~か~ら~!!』
明らかに和やかな雰囲気とは言い難い不破の声。しかし先ほどから彼らはなにを話しているのか。もっぱら声を発しているのは不和とグループのリーダーである西住のようだが。
そもそも、相手をする、とはどういう意味なのか。カラオケですることなど普通は歌を歌う以外にありえない。
『てかもうアタシと昇龍なんの関係もねぇじゃん! そっちからフっておいて今更そういうことやるとか都合よすぎんだよ!』
……やる? 『やる』ってなんだ?
『ったくよぉ……アタシもう帰るわ。あんたらと一緒にいっとなんかすっげぇイライラしてくる! ぜっんぜん楽しくねぇし!』
『ちょっと待てって! ここの払い俺らが持ってやんだから一回くらいいいじゃねぇかよ!』
『はぁ!? ってこら、腕掴むんじゃねぇっての!』
「っ!?」
……ま、まさか不破さん、こんな場所でエッ!?
だが、不破の方はどうにも乗り気というわけでもなく、西住が一方的に言い寄っているだけのような感じである。
太一の中で嫌な想像がどんどん膨らんでいく。不破は西住と既に『経験済み』であることは5月の段階で分かっている。つまりは……
太一の脳内にかなり最悪なシーンが想像される。しかしそこからの動きは太一とは思えないほどに早かった。
……不破さん! ちょっとだけ待っててください!
太一は踵を返すと全速力で店の外へと走る。テナントビルから飛び出した時、空には分厚い雲が広がり、激しい雨が降り注いでいた――
ε≡≡ヘ( >Д<)ノ
不破の苛立ちはピークに達しつつあった。
今日は一人で喉が枯れるまで全力歌唱してやるつもりでいたところに、偶然西住たちと合流し一緒にカラオケに入る流れになった。
一人よりももしかしたら盛り上がるかとも思ったし、なにより『奢り』という言葉につられてしまった。
が、それが失敗だったことにすぐ気が付いた。西住がやたらと絡んできてウザいったらない。
一度はこっぴどくフっておきながら、そんなことなどなかったかのような態度で馴れ馴れしい。
不破のイライラは徐々に募り、いよいよ臨界点を超えようとしていた。
……ああ、くそっ! どいつもこいつもクソばっかか!
そして、いよいよ西住が不破の肩に手を回してきた瞬間のことだった。
――なんの前触れもなく、部屋の扉が開かれたのだ。
「「「???」」」
その場にいた全員の頭の上に疑問符が躍った。誰も何もまだは注文していない。スタッフが無断で中に入ってくることなどまずないはずだ。よっぽど中でまずいことでもしない限りは。
不破を含め、全員の視線が扉の外に引き寄せられる。
途端、文字通り不破たちの体は固まった。
扉の前には一人の人物がいた。顔は分からない。某有名ホラー映画御用達のアイスホッケーな被り物をしているせいだ。手に持っているのは工事現場などで見かける黄色と黒の縞模様が特徴的なコーンバーである。
謎のマスクマン。土木関係者が着るような作業着に身を包んでいるが、なぜか下はスラックス。それも妙に見覚えのあるヤツだ。
が、そんなことはどうでもよく、まるで全力疾走でもしてきたかのような荒い呼吸、全身から雫を滴らせるほどに水浸しのその姿は、さながら本当に映画から飛び出してきたのかと思えるほどに異様であった。
マスクの奥でぎらつく眼光は手負いの獣じみており、一介の高校生には目の前の人物はあまりにも非日常的過ぎた。
「こ…………す……」
マスクマンはコーンバーを構えて中に入ってくる。
先程相手が発した言葉、断片的ではあったが、
「「「『殺す』って言った!?」」」
そう聞こえたような気がした。
なにがなんだか分からないまま、動揺する不破たちの前で、マスクマンはコーンバーを振り上げ、
「うぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
と咆哮を上げて前のめりにコーンバーをテーブルに叩き付けた。
「「「っ!?!?」」」
もはや阿鼻叫喚。西住たちグループは「やべぇ!」、「殺される!」と脱兎のごとく荷物もそのままに逃げ去って行く。しかし、不破は咄嗟のことに反応できずその場にとどまってしまった。
マスクマンの脇をギリギリすり抜け、部屋を飛び出す男子生徒たち。誰一人、不破を気に掛けている者はいない。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
西住たちが消えた部屋で、マスクマンは乱れた呼吸を繰り返す。
が、不破は意外なことに、最初の時よりも動揺することなく、おもむろにシートから立ち上がると、
「――なにしてんのだよ、あんた」
アイスホッケーのマスクに手を掛け、そっと外す。
その下からは、涙か雨か、ぐちゃぐちゃに表情を崩す、太一の顔があった。
「ぶわ”、ざん”……僕……」
「いや、なんであんたが泣いてんだよ。泣きてぇのはむしろこっちだっての……つか、何その格好?」
「ご、ごれは……」
涙声でほとんど何を言ってるのか分からない。不破は髪を掻き、呆れたように太一を見下ろす。
「不破さんが、もしかして、襲われてるかもしれないって、思って……」
「は? え? なにそれ?」
「え?」
「ん?」
話が噛み合わないといった様子の二人。が、部屋の外がにわかに騒がしくなり、
「やっべ……! おいとりあえず逃げっぞ! その辺の荷物回収しろ! 早く!!」
「え?」
「顔は隠しとけよ! バレッと色々めんどい!!」
「え? え?」
不破は頭からタオルを被り、太一は再びマスクを装着させられて二人は部屋を飛び出した。その際に部屋に残された西住たちの手荷物もできる限り持ち出す。不破と太一で分担しているがかなり重い。
不破と太一はこちらに駆け寄ってくるスタッフの脇を強引にすり抜ける。受付カウンターに伝票と2万円札を置いて、
「え!? お客様!?」
と呼び止めるスタッフの声も無視し、二人はカラオケ店から飛び出していく。
ランニングで鍛えられた体力は、またしても無駄なところで、無駄にその威力を発揮した。
ε≡≡ヘ( ´Д`)ノヘ( ・Д・)ノ
深夜の投稿となり、申し訳ありません。
さて、読者の皆様に(切実な)お願いです。
どうか、この後の二人の行く末を見守っていただけたら、
とても嬉しいです。
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見、感想もお待ちしております。




