「やったか」という名の継続フラグ、もうお腹いっぱいです
太一が髪を切った翌日。
これまで、太一の劇的な体形変化にクラスを始め、授業を担当する教師たちは、彼が不破からいじめをうけているのでは、と囁いていた。
が、週末を経て学校に現れた太一の姿に教室は一瞬静まり返ることになる。
これまで適当に伸ばされていた髪はバッサリと短くカットされ、悪い意味で無造作だった髪型はきちんとセットされている。
今までのイメージと全くことなる太一の姿。クラスは彼に注目し、しかしそのすぐ近くに不破がいるために話しかけることを躊躇わせる。ついでに言えば、これまで日陰者だった彼の顔つきが、髪型と相まってかなり凶悪さを増したこともまた、太一へ声を掛けるのに足踏みさせる要因として働いてしまったのは間違いないだろう。
それに、不破も5月の頃と比べれば明らかに体形が元に戻ってきていることは誰の目にも明らかであった。しかし、前述したように強面化した太一がセットでくっついているせいで、やはり声を掛けづらい。
太一が視線を感じて教室を見渡せば、ほとんどの生徒が顔を背ける。クラスでカーストトップだった元不破のグループに所属していた女生徒も、西住たちのグループでさえ様子を窺っているようだった。
当然、担任や各教科担当の教師たちも太一の変化には目を丸くした。
ここにきて、学校での太一と不破の関係性に新たな噂が立つこととなったのは必然的な流れであっただろう。
不破と太一は、付き合っている――
かつては面白半分に囁かれていたカップル説が、今では信憑性が高いと言わんばかりに勢力を拡大させていき、いじめられているという話は少しづつ鳴りを潜る結果となった。
――さて、ここまでが学校での、本人たちには与り知らぬところで起きていた出来事である。
それよりも、もっと重要なことが彼等にはあった。
まず一つ。不破の足の怪我の完治について。結論から言ってしまえば、こちらは問題なく治り切っていた。放課後に訪れた病院での診断結果、医者からのお墨付きである。これからは、改めて運動のために走り回ることが可能となる。
そしても一つ……学校から宇津木家に帰ってきた不破。彼女は珍しく神妙な面持ちで脱衣所に置かれた体重計を前に眉を寄せる。
5月の始め。西住から『太った』という理由で振られてから1カ月と半月。
これまで太一を巻き込み、彼のダイエット計画や提案、涼子とのヘルシーダイエットメニューにより劇的にその体を絞ってきた不破。5月の時に撮った自分の写真と、今の自分とを比べればその変化は一目瞭然。
不破は着ていた制服を脱いで下着姿となる。わざわざ今日という節目に着るために買ったものだ。身軽になった状態で体重計に足をかける。
不破の身長は現在173センチ。かつての体重(健康診断時)は正確には54.6キロだった。増加後の体重は65.8キロ……果たして、現在の不破の体重は――
なんとなく呼吸を止めて体重計に乗る。デジタル標記のディスプレイにはすぐさま彼女の現在の体重が表示された。
そこには、
「『56.4』……よっしゃ!」
確かな成果の証が刻まれていた。
依然と比べると確かに体重は増えたままではあるが、不破の筋肉量が増加しための体重増であり、実際のところ見た目にはほぼ影響を与えてはいない。むしろ引き締まった体が以前よりもより彼女のボディラインを美しく見せている。心なしかバストラインやヒップラインも上に持ち上がり、体にもメリハリが出たように思える。胸筋、大殿筋が発達した証だろう。
不破は下着姿もそのままにリビングでパーティゲームをプレイ中の太一と霧崎の下へと走り、
「9キロ落ちた!」
と、溌溂とした笑顔で報告した。正確には9.4キロ減である。
「ちょっ!?」
「おおっ! やったじゃんキララ!」
「おう! これはもうほぼ完全勝利っしょ!」
キャイキャイと太一そっちのけで不破と霧崎がはしゃぐ。霧崎はソファから不破に近付いてお腹を撫でたり二の腕にペタペタ触れたりと興奮状態(変態的な意味ではない)である。不破も「くっすぐってぇよw」とまんざらでもなさそうだ。実に楽しそうで結構なことである。
が、
「分かりましたから服を着て下さい!」
「ん? ああダイジョブダイジョブ。別にこれ見せてもいい下着だから」
「見せてもいい下着!?」
なんだその新概念は? 不破がダイエットを成功させたこと以前に太一の関心はむしろ彼女の着用した下着へと向いてしまう。普通下着とは衣服の下に隠すものではないのか? だが不破の堂々とした立ち居振る舞いを前にしてはそういうものもあるのかと納得せざるを得ない。あとでググっておこう。
しかしながら太一にとっては見せていいかダメかなどそもそも関係ない。どっちも視界に入れば恥ずかしい代物である。
「ちょっと宇津木w、あんた顔真っ赤じゃんww。こんなんこないだの水着とそう変わんねぇじゃんよw」
「まぁまぁキララ、さすがにウッディには刺激が強いってw。ダイエット成功は分かったから、さっさと服着てあげなって」
「ええ~、それはさすがにつまんないっしょ~」
などと言いながら、不破はソファで顔面トマト状態の太一に近付いていく。その表情は完全にいたずらを思い付いた悪ガキのソレだ。
「おりゃ」
「~~~~~~~っっ!?!?!?」
太一の背面に立つと、そのまま後ろから太一の背中へソファごしに抱き着いた。太一はガチンと完全硬直。某ポケットなモンスターの技のごとく身じろぎ一つしない。やわらかい、なんかしっとりしてる、妙に良い匂いがしてくる、ここはきっと死後の世界か。現在太一の脳内は宇宙猫が盛大に乱舞中である。
「あちゃ~……キララ~、それはさすがにやり過ぎ~」
「ええ~、別にいいじゃん。なんかこいつ、いちいち反応がでかくて面白いしw」
「いやいや……反応以前にウッディ見てみなって」
「あん? ……お」
不破は太一を解放し、彼の正面に回り込む。すると、
「しんでる……!」
太一は、瞬き一つすることなく、目を完全に見開いたまま意識を彼方にぶっ飛ばしていた。
( ・-・ )スン
「ダイエット達成! おめでと~!」
「「いえ~い!!」」
「おめでとうございます、不破さん」
その日の夜。宇津木家では不破が無事にダイエットを成功させたということで、妙にテンションの上がった女性陣によりかなり豪勢な食事が用意された。先日に不破の怪我が治った時もそれなりにはしゃいだばかりだというのに。イベントごとが好きなのか、連日に関わらず彼女たちは大いに騒ぐ。
メンバーはここ最近固定の不破、霧崎、涼子、太一の4人。
豪勢とはいえ、テーブルに並ぶ献立は基本的にヘルシーメニューだ。しかも品数こそ多いが一つ一つが小さく腹を満腹にするような食事量ではない。ここにきてもまだ油断してないあたり彼女たちのダイエットへの本気度合いが窺い知れる。
それでも、あまりにも賑やか過ぎる食卓。普段であれば太一はこの空気に居心地悪そうにしているのだが、今日は少し違った。
……やった! ようやく不破さんのダイエットが終わった! これでようやく!
不破との関係が解消される。事の始まりは不破が太ってしまったがためにカレシからフられたことが切っ掛けだった。
咄嗟とは言えフられた理由に太一は吹き出し、それに激おこ状態になった不破により校舎裏へと連行され、強引にダイエットに付き合わされることになった。
怒鳴られたりたまに蹴られたり、安息の地であった自宅にもいつの間にか不破は侵食し、あろうことかそこに霧崎まで加わって毎日バカ騒ぎの日々……
太一に心休まる時はなく、常に不破の様子を窺って緊張していた。
……でも、それももう終わり!
ダイエットさえ成功させてしまえばもう不破は太一に用はないはず。太一の存在はあくまでもダイエットのサポート役。それも今となっては不要。
……色々と想定外の事態はあったけど。
終わってみれば呆気ない。不破は見事なプロポーションを取り戻し、副次的に太一も外見が盛大に改造された。
過ぎ去ってみれば、辛かった日々も既に遠い過去。笑い話の類にエヴォリューション。不破の怪我も無事に完治。今日という日さえ終われば、また悠々自適な生活が戻ってくる。
完全に、勝った……
不破でなくとも、太一はこの状況に勝利を確信した。明日という日が待ち遠しい。今日はゆっくりと眠ることが出来そうだ。
気分は既に夏休み前か修学旅行を前にした学生のような浮かれ具合。
今日ばかりは太一もテンションが上がる。風呂では鼻歌が弾み、ここしばらくで定着したソファという寝心地微妙な簡易ベッドの上でもロマンティックが大暴走。
さぁこい明日! 心の準備はできている! いざ行かん、自由の向こう側へ!
( ˘ω˘)スヤァ……ZZZ
――翌日。学校を終えた放課後。
「――あの、なんでまだウチに来てるんですか?」
「「は(え)?」」
そこには、前日と同様、宇津木家に出入りする不和と霧崎の姿が、変わらずリビングにあった。
「なんでって、言われても……ねぇ、キララ」
「うん。意味わかんねぇし。てかさっさと今日のプレイやっちまおうぜ!」
「おっしゃ! 今日はミニゲーム新記録出しちゃる!」
ゲームの音楽が盛大に垂れ流されるリビングで、太一は顔を覆って天を仰いだ。
「………OH~」
これは、まさしく「やったか」と思った瞬間にまだ戦闘が継続されるという、アレで間違いなかった。
(ノ)゜Д。(ヽ)Oh!NO!
まだだ! まだ終わらんよ!!
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