人は外見が100%、でも…いつかは中身も問われていく
今では想像も難しいが、まだ幼かった宇津木太一は活発な性格だった。
少なくとも小学校低学年までは……
それがいつの間にか内向的な性格に転じ自宅に引きこもるようになってしまう。いつ頃からそうなってしまったのか、時期はハッキリとしない。
だが、なぜそうなってしまったのかはハッキリと判る。
「うちの親……ていうか母親か。あの人がよく私と太一を比べちゃってたのよ。たぶん無意識だったんじゃないかな。父親は基本的に仕事人間で、あんまり家族間のコミュニケーションがうまい方じゃなかったから、ほとんど不干渉だったし」
太一の小学校時代の成績は決して低くはなかった。むしろそれなりに上位にいた方だろう。ただ、涼子はそれに輪をかけて優秀だった。
年に差のある姉弟。しかし二人の母親は能力の差を指摘しては太一に「もっと努力するように」と促した。「このままじゃお姉ちゃんみたいになれないわよ」とは母が太一を諭す際によく使った言葉だ。
幼かった太一は良くも悪くも純粋で、姉への憧れ、そして母の期待に応えるべく努力した。外で遊ぶ機会も減り自宅の机に向かう時間が増える。
……それでも、太一が当時の姉の成績を超えることはなかった。決して成績は低くない。むしろ褒められてしかるべき成果を上げてきたと言ってもいいはずだ。
それでも、一度でも上を知ってしまった人間はそれより下をなかなか認められないものなのか……
母が太一の努力を認めることはなかった。徐々に太一は自分への評価を下げていき、『自分はなにをやらせてもダメな奴』というレッテルを自分でぶら下げるようになってしまったのだ。
「それでも、小学校の時はけっこう仲の良かった友達がいてね。その子と遊んでるときだけはまだ太一も楽しそうにしてたのよ。でも、太一が小学校5年生に上がった時だったかな。その子が転校しちゃって……それからかな。あの子が一気に自分の殻に閉じこもるようになっちゃったのは。私も、その時期は親の期待がすごすぎて、かなり荒れちゃってね。弟を気に掛けてる余裕もなくて……」
母の太一への期待が薄れ、それはそのまま全力で涼子へと向けられた。
当時で高校2年生。反抗期も手伝って親とは頻繁に衝突していた。あの時は学業そっちのけで遊びまわっていた涼子。今の不破と同じように髪をいじったり制服を着崩したり、授業も日常的にボイコットしたりと相当にやんちゃしていた。
それでも成績だけは一定をキープできていたのはやはり涼子の持つ能力の高さゆえだろう。が、以前と比べれば当然のことながら成績は下がった。それが元で親と大喧嘩。一時期は家を出て友人の家を転々としていたほどだ。
そんなある日のことだ。
「着替えとか取りに私が家にこっそり戻ってくると、平日の日中なのに太一が家にいてね……無視して出て行ってもよかったんだけど、その時のあの子の顔がもう死人みたいで、つい『どうしたの?』って声を掛けちゃったのよ……そしたらあの子」
『お姉ちゃん……僕がいなくなったら、みんな幸せになるかな……?』
「……って、真っ黒な目でそう言ったのよ。自分がダメな奴だから家族が喧嘩してるって、本気で思ってたみたい」
ぞっとした。後から分かったことだが、友人の転校を機に太一は不登校になっていたのだ。少し前まではなんにでも一生懸命で、少し騒がしいくらいに思っていた弟が、膝を抱え、姉のことを虚ろな目で見上げて来た。
「まぁそんなわけで、さすがに見過ごせなくなっちゃってね。家に戻って来たのよ。まぁ親とはしこたま喧嘩した挙句、かなり関係は悪くなっちゃったけど。でもさ、あんなになるまで実の息子をほっといた親なんてどうでもいいって感じで、好き勝手にさせてもらったわ。大学も奨学金使って通ったしね」
「なんか、思ってたよりギクシャクしてたんすね。りょうこんのとこ」
「まぁね。でも今は父さんの海外出張にお母さんも着いて行ってくれたから、おかげで気分はかなり楽かな。で、なんとか弟を半年くらいでやりこめて、6年生になる前に学校には行かせたのよ。でもそれからは、誰とも関りを持たないまま、中学校からは暴飲暴食を繰り返して、この前までのおデブなあの子のできあがりってわけ」
家にひきこもってゲーム三昧。太一の周りで涼子だけが唯一の拠り所だったのだ。
ただ、それも太一にとっては茨の紐を握っているようなものだ。姉は太一の道標であり、同時に太一の劣等感を常に刺激し続ける存在。
それは涼子も理解しつつ、太一の傍にい続けた。親は期待できない。だったら自分があの子の近くにいるしかない。
「りょうこんって、けっこうブラコンすね」
「そうよね~……でも、ちっちゃい時に『お姉ちゃん、お姉ちゃん』ってついてこられたらねぇ……あの時は可愛かったのよ、ほんとに」
「う~ん」
なんとも微妙な表情の不破。尊敬し始めていた相手の意外なマイナスポイント。
返ってきた反応に涼子は苦笑した。
「別に、だからってわけじゃないんだけど……あの子のこと、あんまり嫌わないであげてくれると嬉しいな、っていうね。必要以上に仲良くはしなくてもいいから。適当にあの子に絡んであげて。多分、満天ちゃんくらいグイグイ行くタイプの方が、あの子にはちょうどいいのよ」
「……まぁ、あいつにもそれなりに世話んなったとこはありますし、それくらいなら」
「ありがと。満天ちゃん、なんやかんや面倒見良さそうだもんね」
「はぁ!? そんなことないから! 面倒なのとかマジで無理! 今回は……えと、りょうこんとかに、色々と世話んなったからってだけで」
少し顔を赤くして否定する不破の姿に、涼子は思わず笑みがこぼれる。不真面目そうで、軽薄そうに見えても、根っこの部分は、きっと優しい少女なのだ。すくなくとも涼子には、不破がそう見えた。
「なに笑ってんすか! ああ、もう! 次のサウナ、アタシ先に入ってるから!」
「ふふ……」
荒っぽい足取りで露店スペースを後にする不破。彼女の後姿に思わず涼子は口に手を当てて笑みをこぼし、続いてサウナへと向かった。
が、まるで当て付けのように、2度目のサウナは15分きっかり付き合わされる羽目になり、涼子は危うく目を回すところであったという。
……あまりからかいすぎちゃダメね、この子は。
汗だくで飛び出しながら、涼子は少しだけ反省した。
【サウナ】ε=ε=(:ノ;゜;Д;゜)ノもう我慢でき~ん!
そして、その頃の太一はと言えば、
「……(ウロウロ)」
美容院入り口前の通りを行ったり来たりを繰り返していた。完全に不審者である。
道行く人々も眼光鋭く(緊張で目つきが悪くなっているだけ)店を睨みつける太一と目を合わせないよう、彼を避けて通り過ぎて行く。
先日の駅ビルに続いて、目の前の美容院もまた、空気、空間が妙なオーラに覆われているかのようだ。太一のA〇フィールドがアレには決して触れてはならないと警告している。あの張られたオーラを通り抜けることを許されるのは今まさに扉を潜って入って行った、いかにも人生充実してまっせ、といった風格を漂わせる選ばれた人間だけ。
日陰を歩く自分のような人間では、あの扉に触れるだけで肌を焼かれるに違いない。
しかしいつまでもこうしてはいられない。時刻は現在13時56分。まもなく14時になろうとしているのだ。
涼子から14時にここの予約を入れておいたと言われている。残りカップラーメン一個分くらいの時間しかない。それとも銀色の巨人の地球活動可能時間の方か。ならば敵と戦う勇気を分けてくれ。太一にとって美容院などラスボス級に入ることが難しい店なのだ。いっそ暴走状態になってあのオーラを突き破れたら楽なのだが、生憎となんのセーフティも太一には掛かっちゃいない。完全に素面である。
実はここには20分前についていた。ただいざ美容院を前にした途端足がすくみ、「まぁ、まだ時間より早いし」などと言い訳した挙句に時間はもうギリギリ。
時刻は13時58分。残り2分を切った。
「あの~……どうかしましたか……?」
「っ!?」
と、いつまでもウジウジしていた所に中から美容院のスタッフと思しき女性スタッフが顔を覗かせた。
太一の顔面に彼女の顔面が引きつっている。あと少しでも妙な真似をすれば通報待ったなし。外見は土佐犬、中身はチワワ。太一は急に話しかけれて完全に固まってしまう。別に銃を突きつけられて『フリーズ!』などと言われたわけでもないのにセルフで硬直をやってのけるあたり太一の肝の小ささが窺い知れるというものよ。
だが初対面の相手同士。人は見た目が100%。今の太一はどう見てもスタッフにガンを飛ばす危ない人でしかない。
こんな不毛な見合いもない。いつまでたっても動きなし。互いに相手にビビッてリアクションを起こせない。
が、意外にもここで最初に動いたのは太一であった。
「あの……」
「はい!」
「その、予約をしてて」
「え? あっ! そ、そうでしたか! お、お名前は……」
「あ、と……宇津木、です。宇津木太一」
「か、確認してきます! あ、中でお待ちください!」
スタッフに促され、オーラ全開の扉を潜り抜ける。途端にふわりと香る整髪料やシャンプー特有の香り。店内は外などよりも遥かに太一に場違い感を与えてくる。
待合スペースでファッション誌に目を落とす他の客たちの堂々とした振る舞い。いずれも髪型や着ている服装にも『気を使ってます』という言外の圧が感じられる。
太一は思わず自分の髪の毛に触れる。最低限くしで寝ぐせくらいは直してきたがそれ以外のセットなどはまるでしていない無造作ヘア。別に誰も何も言っていないというのに、その場から責め立てられているような気分になり気持ち悪くなってきた。
……帰りたい。
一人で勝手に針のむしろに立つ太一。思わず背中が丸まりそうだ。だがここで隙を見せたらヤラれる、といもしない敵の存在を警戒し背筋を伸ばす。
「お、お待たせしました。14時でご予約の宇津木様、ですね。こ、こちらへどうぞ」
「は、はい!」
先程のスタッフが太一を案内する。思わず大きな声が出てしまい周囲の注目を集めてしまった。これはかなり恥ずかしい。
通された椅子に腰かけると、男性のスタッフが現れた。
「こんにちは。涼子さんの弟さんなんだってね。はじめまして。今回はカットとシャンプーだけって聞いてますけど、それで大丈夫ですか?」
「は、はい。お願いします」
「こういうとこは初めてなんだってね。髪型はなにか希望はありますか?」
「えと、その……よく、分からなくて」
「それじゃ雑誌を持ってきますから、どんな髪型がいいか、その中から一緒に選びましょうか」
どうやら彼は涼子とは顔見知りらしい。彼女のカットはいつも彼が担当しているそうだ。事前に涼子から弟をフォローしてくれ、と伝えられていたこともあり、ぎこちないながらもなんとかやりとりはスムーズに行っている。
事前に太一が涼子の弟であるというバイアスがかかっているおかげか、最初の女性スタッフのようの太一の顔を見て固まるという事もなかった。
「う~ん。なるほど。確かに目元とか涼子さんに似てるね。でもけっこう全体的にがっしりした印象だから、ロングよりはショートとか……例えばこれなんかどうですか?」
雑誌を見ながら髪型を決めていく。しかし太一にとってはどれがどれだか見分けがほとんどつかない。髪の長さが同じものなど、もうなにがどう違うのかまるで判別不能だ。
が、いつまでも迷ってはいられない。太一は思い切って、なんとなく選別してもらった選択肢から一つを選ぶ。
「えと、これはどうですか? 僕でも、似合うと、思いますか?」
「ええと。ああ、アップパングですね。ボクは太一君に似合うと思いますよ」
「そ、それじゃ、これで。あ、あと、どういう風にセットするのかも……」
「やり方ですね。それじゃ、カットしてシャンプーしたあとに、形を作りながら説明していく、ってことで」
「お願いします」
そして、いよいよ人生で初となる、太一の美容院でのカットは始まった。
無造作に伸ばされていた髪がバッサリとカットされえいく。これまで髪に隠れていた輪郭が徐々に浮き上がってきた。
肩を緊張で固めつつ、太一はカットの間に振られる世間話にたどたどしく答えながら、髪を整えてもらっていった。
帰り道――
……なんか、それなりに話せた気がする。
カットやセットの最中。普段の太一からすれば、初対面の相手に随分と会話を繋げられた方である。
最も、相手はプロの理容師。会話スキルがそもそも高いこともあり、太一でも話しやすかったというのはあるのだろう。が、少し前の太一ならきっと狸寝入りでも決めて、そもそも話すことすらしなかっただろう。これはやはり、普段から不破というコミュニケーションの劇薬に触れて来たことが、大なり小なり太一に影響を与えた結果であることは間違いない。
とはいえ、もしあの場に不破がいたなら『アウト~』の言葉と共に何発のデコピンが飛んできたか分からないが……
なんとなく自分の髪に触れる。ツンと上に逆立てた髪。長かった髪は思い切り短くなり、こめかみ部分を刈り上げたツーブロック。心なしか頭が軽くなった様な気がする。
「なんか、色々ともらっちゃったな……」
初の美容院。セットの仕方を教わったあとに、試供品だと言ってワックスとスプレーをもらった。それにアップバンクのセット方法が書かれた雑誌も一緒に手渡された。
『廃棄する予定だったバックナンバーだから気にしないで』
とのことらしい。確かに表紙の月は6月となっている。ファッション誌のほとんどが表紙に翌月が記載されていることから、これは先月号ということなのだろう。ご丁寧に該当ページに付箋までつけてくれるというおまけつきだ。
「いい人だったな」
『髪が伸びるとセットしにくくなるから、2,3カ月に一回くらいのペースで利用してくれると髪型をキープしやすいと思いますよ』
帰り際に、アドバイスと共にリピーターとして太一に店を利用するよう促すのを忘れないあたりは強かさも見せていたが。
とはいえ、太一の中でだいぶ美容院イコール恐怖という図式は崩れつつあった。
帰宅途中。家を出た時と同じようにカーブミラーで自分の姿を確認する。
「いい感じ、ってことなのかな?」
不破がいたら『調子乗り過ぎ』と一蹴されただろうか。或いは、もっと違う言葉が聞けるのだろうか。
「っ……!?」
彼女からの評価を期待した自分に驚き、太一は頭を振った。
「帰ろ」
うぬぼれるな、と自分に言い聞かす。期待がどれだけ自分を惨めにするか、それを太一はよく知っている。だからこそ、太一はなににも期待しない。相手にも、もちろん、自分自身にも。
それでも、もしかしたら……
「ただいま」
玄関を開ける。靴が二組。涼子と、不破のもの。それと、もう一足。最近になって宇津木家に出入りするようになった霧崎のものだ。二人とも既に帰宅していたらしい。そこになぜ霧崎が合流していのるかは謎だが、大方暇を持て余して遊びに来たといったところか。心臓がドクドクと脈打つ。リビングからは楽し気な会話が聞こえていた。
どんな反応が返ってくるか。
リビングの扉を、意を決して開け放つ。
「ただいま」
「おかえりなさい。あら」
「はろ~。お邪魔してるよウッディ……おっ」
涼子と霧崎が最初に太一に視線を向ける。途端に二人は声を漏らし、それに少し遅れて不破が太一を見遣った。
「へぇ……」
不破と一瞬、目が合う。太一はすぐに目線を外した。思ったより薄いリアクション。太一は胃がキュッと締まるような息苦しさを覚え……
……や、やっぱり……こういう髪型は、僕には似合わな、
と、後ろ向きな感情が完全に顔を覗かせる直前、
「なかなかいいじゃん。少なくとも前よりは何倍もマシって感じ」
「だよね! へぇ、ウッディ髪切ったんだ~。うん、そっちの方が何倍もいいって。前のはさすがに陰キャ丸出しだったしねw」
「思ってたより悪くないわね。でも、それをちゃんと今後も継続できなきゃダメよ」
「あ、う、うん」
と、太一は想像していたよりも前向きな感想を頂戴し、思わず呆けた返事をしてしまう。
が、当然それは不破には目ざとく見つけられるわけで、
「はい宇津木~、アウト~」
「えぇ!?」
「それじゃ、デコピン一発ね」
「ちょっ、まっ」
「ていっ!」
「いった!?」
髪を上げて丸見えになったおでこに、不破の指が炸裂する。涼子のいる前でもお構いなし。
「カッコばっかじゃなくて、中身もカッコつけてけよ、宇津木♪」
などと、不破はデコピンを空打ちしながら、妙に良い笑顔を太一に向けた。
( ´艸`)
いつも応援! ありがとうございます!!!
外見の改造はもう最終段階!!
ヘアセット初心者にアップバンクってどうなんだ……?
まぁでもカッコよければいいんです!! 多分!!
この際! 主人公君には四苦八苦してもらいましょう!!
次回はいよいよ……!?
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
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