主人公不在の時の方がサービス回がしっかりと機能してる…
6月下旬――
中旬に不破が足を負傷し、宇津木家で療養すること実に1週間以上。本日は日曜日。盛大に振り回された金曜日から2日後の朝。
不破は足首の調子を確かめるようにリビングで足踏みをしたり片足立ちをしてみせる。
「うん、良い感じじゃないかしら。でも、まだ無理は禁物。明日もう一回病院で診てもらって、それで問題なければ運動を再開してもいいかもね」
涼子が不破の様子を見つめながら満足そうに頷く。太一は少し離れた位置で二人のやりとりを観察。
「いやぁマジ、ほんと泊めてもらって感謝っすね。家で一人だったらアタシ多分不貞腐れてドカ食いしてたかもしんねぇす」
「それなら良かったわ。せっかく綺麗になってきたのにここでリバウンドしちゃったらもったいないもの」
「おだてても料理くらいしか出せないすよw」
「あら、それじゃ今日は満天ちゃんに昼食の準備、全部お願いしちゃおうかな?」
「問題ないすよ。つかなんなら夕飯もアタシ準備してもいいすよ?」
「それはダ~メ。お夕飯は満天ちゃんの快気祝いでちょっと豪勢にするんだから」
「おおっ! りょうこんマジ最高!」
まだ油断はできないが足の怪我はほぼ完治したと診て問題なさそうだった。不破の機嫌も良いいようで、これなら今日は理不尽な絡みも少なくて済むかも、と太一は内心でホッとする。
「さて、今日は日曜日だけど……二人はなにか予定は入ってるのかしら?」
涼子が2人に問い掛ける。
しかし二人は顔を見合わせ「「とくに」」と声を被らせる。そんな太一たちの様子に「あら♪」と涼子は表情がニヤついた。
「そう。なら今日は満天ちゃん、一緒に午後から銭湯に行かない? 最近サウナに通ってるって言ってたし、アタシもととのえたいなぁ、って思ってたのよ。どうかしら?」
「お、いいすね。てか外でりょうこんとスーパー以外で絡むとか何気に初じゃん?」
「それじゃOKってことでいいかしら?」
「もち!」
「よかった。あ、それと太一」
「うん?」
唐突に涼子から呼ばれた。不破は「準備してくる~」と気も早く自分の荷物が置いてある涼子の部屋に走っていく。
「あんたさ、せっかく満天ちゃんたちにマシな服選んでもらったんだから、髪も一緒に整えて最低限のセットくらい覚えてきなさい」
「え? なんで急に?」
「急じゃないでしょ。いつも髪の毛もっさ~って伸ばして。満天ちゃんが好きなんだったら身だしなみくらい整えられないと今より嫌われちゃうわよ」
「……」
……まだその勘違い続いていたんだ。
涼子は太一が不破に恋をしていると思い込んでいる。弟がダイエットを始めたきっかけを一人で想像し妄想が暴走列車状態のまま今日まできてしまったわけだ。
とはいえもはや今の太一にとって不破が小さくない影響を与えていることは間違いのない事実でもある。
それが良いモノか悪いモノかは、いまだ本人にすらわかっていないのだが……
「お待たせ~、つっても午後からだけど……って、なに話してんの?」
「あ、満天ちゃん。ちょうどいいから、この際この愚弟を徹底的に魔改造してやろうと思ってね。ひとまず私の行ってる美容院にでも送り込んでやろうって思って」
「おお、面白そうじゃん! でも宇津木髪型わかってんの~? なんならアタシがどれが似合いそうか見てやろっか~?」
「ああ、それいいわね! 満天ちゃん、お願いしていい?」
「りょ!」
「ちょっと!? 僕の意見は!?」
「却下」
「あると思ってるの?」
……ひ、ひでぇ。
全力でピエンしてやろうかこの二人。
実の姉が不破とダッグを組んで太一にダブルラリアット決めにきやがった。思わず出るとこ出てやろうかと考えちゃう太一。どうにも最近の涼子は不破のノリに感化されているように思えて仕方ない。
が、不破もまた涼子の影響を受け始めているのかだいぶカドが取れてきている印象はある。
二人はリビングにノートパソコンを持ち込んでさっそく太一の髪型について談義し始めた。
今の髪の長さをそのまま生かすスタイルか、或いはバッサリと切ってしまうか。
しかしやはり長髪はやぼったい上に重たく見えるという結論に行きついたようで、無難なところでツーブロックにすることが決定、更に細かい髪型までいくと実際に切ってセットしてみなけば印象が決め辛いということもあり、理容師に相談することで決まったようだ。
が、いずれも太一本人の意思がほぼ介入していないのは果たしていかがなものか。
しかし太一の知識ではどんな髪型があるかすらわからない上に、そもそも髪に時間を掛ける、ということ自体にあまり必然性を見いだせていないのが現状だ。
涼子はさっそく行きつけの美容院に電話し、予約を入れてしまった。
どうやら午前の予約にキャンセルが出ているらしく、すぐに対応してもらえるとのこと。なんともタイミングが良いやら悪いやら。
太一にとっては先日の駅ビル同様か、或いはそれ以上に美容院などという施設にはまるで縁がない生活を送ってきた。あの如何にもオシャレという言葉を体現したかのような空間に突貫するなど、もはや自爆特攻を仕掛けに行く兵士のような精神的領域にでも突入しなければできるとは思えない。
ちなみに大手チェーンの喫茶店も太一にとっては同様に足を踏み入れるのに相当の覚悟を要するエリアである、とだけ付け加えておく。
「今月に渡したダイエット資金ってまだ残ってたわよね?」
「うん。5000円くらいかな」
「それだけあればカットとシャンプーくらいは余裕ね。学割も利くし。でも、どんな髪型でもいいけど、ちゃんとセットの仕方、聞いてきなさいよ。私の方でも、あまり美容院に馴染みのない子ってことで、それとなくフォローしてもらえるように話しておいたから」
「りょうこん、ちょい宇津木に過保護すぎじゃね?」
「……私もそう思うわ……さぁ太一は出かける準備だけしておきなさい! 午後の2時に予約入れてもらったから。この前買ってきた服着てけばそこまで浮いちゃう心配はないから胸張って!」
結局、お昼に不破の作った料理を食べてすぐ、太一は涼子に尻を叩かれ、なかば家から追い出されるように送り出された。美容院の場所をスマホで検索。太一は着慣れない服とシューズに身を包み歩き始める。
未知の領域にこれから足を踏み入れる緊張に思わず背中が丸まった。
『あんたさ、もうちょっと姿勢くらい上げてろって』
ふと、先日にサウナで不破から指摘された言葉を思い出す。
……なんでこんな時に。
あの時張り手を喰らった箇所がジンと痺れるような感覚に襲われる。太一は顔を上げ、お腹に少しだけ力を入れた。それだけで、少し視線が持ち上がった様な気がする。
カーブミラーに映った自分の姿が目に入る。
自信なんてない。持てるはずもない。小学生の頃からずっと、太一の内を満たすのは自身への劣等感だ。
一朝一夕で消えてくれるような軽いシミではない。本気で除去しようと思うなら、それそこヤスリで地肌ごと削り落とす覚悟が必要だ。それは血を流すことと同義で、痛みを伴う。
「悪くない、のかな」
これまでの、どことなく疲れた印象の自分とは違う、新しい姿。
不破と霧崎が、太一の苦手とするギャルたちが、見つけ出してくれた形。
「……よし」
少しだけ、太一は痛みに立ち向かう覚悟を決める。たかが美容院に行くだけの、本当に微細な覚悟だ。緊張している。コミュニケーションが取れなくて失敗するかもしれない。いやな想像は太一の得意とするところだ。それらを完全に無視なんてできない。
それでも太一は、足を止めずに、前に進めた。
視線を鋭く正面に、肩で風を切って……いるように見える太一の姿に、近隣住民はビクッと震えて道の端に寄り、犬が吠える。
吠えられた拍子に思わず立ち止まってしまい、いまだに威嚇する愛らしいワンチャンと目が合う。
「(い、犬とメンチ切ってる……?)」
その姿は、周囲から犬と睨み合っているかのように見えていた。本人はただビクリと震えて思わず立ち止まった末にワンコと目が合ったに過ぎないのだが。
どこまでいっても、妙に締まらない太一である。
ビクッ!?(ΦωΦ)ジ~
太一が家を出たのと入れ替えに、
「それじゃ、私たちもいきましょうか。こんな時間にお風呂に入るなんて何年ぶりかしらねぇ」
「アタシはほとんど放課後とかにしか行かないから何気に初なんすよね」
マンションから出る二人。トートバックに必要な物一式を入れていざ行かん、ご近所の銭湯へ――
歩いて15分圏内。最近リフォームしたとかで外観も内装も比較的新しい。入り口の券売機で入浴券を購入。不破の快気祝いということで料金は涼子もちだ。
脱衣所。不破は羞恥なくぱぱっと服を脱ぎ捨てる。彼女の思い切りの良さを横目に涼子も籠の中に服を入れていく。
「う~ん……やっぱり満天ちゃんってスタイルいいわねぇ。身長も高いし、羨ましいわ」
不破の全身を上から下まで視線を滑らせる。一か月前とは別人かと思うほどに絞られた体。顔も小さく頭身も高い。腰の位置が高く脚のラインが非常に美しい。さすがにモデル業のバイトをしていただけあるということだろう。
賛美を受けて不破は涼子に向き直り、お返しとばかりに彼女の全体像からの印象を口にする。
「って言いつつ、りょうこんってばアタシよりかなり胸でかいじゃないすか。なのに腰ほっそいし。服の上からでも相当だなぁとは思ってたすけど……これは想像以上だわ。オンナとしてはちょっと羨ましいすね」
「まぁね~……でも全体的にバランスわるいのよね、これ……そのくせちょっと隙見せるとすぐに視線だけは集めるし……」
「ああ、でもしかたないんじゃないすか? これは見ちゃいますって」
バスタオルで体を隠しつつ苦笑する涼子。昔からこの妙に発育のいい胸は彼女にとってのコンプレックスだ。
いらぬ関心を引き、同性からの羨む視線や妬み、或いは思春期男子の欲望が透ける視線を浴びて来た。足元も見づらい上に、重く肩に負債がつねに課せられる。着られる服にも制限が掛かりきちんと着こなさないと太って見える。そのくせ真面目に着こなすと胸が強調されるのだから最悪だ。不破のように好意的な目で見てくれる女性ばかりではない。中には男に媚を売っていると陰口を叩く者もいる。
視線に快感を覚えられればまた違ったのだろうが……猿のような男どもからの視線など苦痛でしかない。涼子にとって、この胸部にぶらさがる代物は邪魔な肉塊でしかなかった。
「私は満天ちゃんくらいの大きさがよかったわ」
過不足なく、ほどよい感じに女性らしさが主張されている。
同性から見ても、非常に綺麗なラインが描かれている。涼子からすれば、不破のスタイルの方がよほど羨ましい。
「まぁ胸の話はその辺にして。さっそくお風呂に行きましょ」
「うす。あ、その前に」
と、不破は籠の中のバックから帽子のようなものを取り出した。
「なにそれ?」
「サウナハットす。これしてるとサウナで髪が痛みにくいみたいすよ」
「へぇ、そんなものもあるのね。サウナなんてただ入るだけだと思ってたわ」
「あ、ならアタシが入り方教えるすよ」
「そう? なら、お願いしちゃおうかな」
「っす」
不破は太一から聞いたサウナでの整え方をそのまま涼子に伝えていく。
体を洗い、湯船に浸かり体を温めたのち、サウナに入る前に水気をしっかりとふき取って……
「いざ、突入!」
不破がサウナの扉を勢いよく開ける。昼間ということもあってか人の姿はまばらだ。
「満天ちゃ~ん。扉は静かにあけようね~」
「ああ~……すんません」
やんわりと涼子に注意され、不破はバツが悪そうに後頭部を掻く。派手なギャルの登場に驚いた数人の先客に頭を下げ、タオルをお尻に敷いて端の方に二人で腰掛ける。
「りょうこん、よければ使わないすか?」
不破は涼子にサウナハットを手渡す。
「いいの? だって髪が痛まないようにするんでしょ?」
「別に一回くらいでどうにかなったりしないすから大丈夫っすよ。それより、りょうこんの方がサウナ慣れないんすよね? なら、ほい」
「うん、ありがとう」
「いえいえ」
不破からサウナハットを借りて被る。心なしか頭部に当たる熱が遮断されて少しだけ楽になった気がする。
「あ~……あっつ~……」
「そうね~……私、10分も我慢できるかしら……」
「無理しなくていいすよ~」
などとやりとりしつつ、最終的に10分間サウナ室で我慢した二人。
「かはっ~! もう無理~!」
「出たら汗流して水風呂っす!」
サウナから飛び出す不破と涼子。浴室の温度でさえ今はかなり涼しく感じられた。全身汗まみれの二人はシャワーで全身を洗い流す。
「あちゃ~……ごめんね満天ちゃん。サウナハット私の汗でぐっしょりになっちゃった……ちゃんと洗って返すから」
「いいすよ、あんま気にしないで。いつも世話になりっぱなしんでこれくらいは」
シャワーから流れるように水風呂へ。
「「~~~~~~~っ!!」」
キン、と身が締まるような冷たさに、二人は絞り出すような声と共に息を吐いてゆっくりと身を沈める。
「こ、これは相変わらず……なかなか、利くわね」
「っすね……マジで心臓とまりそ~」
しかし、しばらくするとジンジンと肌を刺す冷気が和らいでくる。水風呂に浸かること数十秒。吐き出す吐息が冷たくなってきたように感じる。
「そろそろ出るっすよ」
不破に促され、二人は水風呂から出て露天エリアへ。並ぶビーチチェアに寝転がり、
「「はぁ~~……」」
極限状態で追い込まれた体を外気浴で休ませた。
「なんだかこのまま寝ちゃいそうね~」
「分かる~……この前、マジで危うく落ちるところだったすね~……」
限界まで温められ、限界まで冷やされた体が外の空気に触れて何とも言えない解放感を生む。完全に顔を蕩けさせた二人。体が弛緩して心地良い。
「つか、りょうこんお風呂に入ってるときも水風呂んときも、その胸めっちゃ浮いてたっすね~。アタシ初めて見たっすよ~」
「やだ、どこ見てるのよ。ていうか大人をからかわないの」
「えぇ~。アタシは素直にすげ~って思っただけっすよ~……やっぱでかいの、素直に羨ましいなぁ」
「そんなにいいもんじゃないってば」
タオルに包まれた胸を抑える涼子。
不破はそんな彼女の様子を横目に確認し、話題を変える。
「そんじゃ、ここで15分休憩して、またさっきのサイクルでサウナ入るっすよ。さっきのと合わせて3セット行くすから!」
「は~い。いや~……ちゃんとしたサウナの入り方なんて初めてよ~。これは流行るの、分かる気がするわね~」
チェアの上で更に体から力を抜く涼子。
が……ふと、彼女は体を横にし、不破へと向き直る。
「ねぇ満天ちゃん、休憩の間、少しだけ訊いてもいいかしら?」
不意に涼子から振られた言葉に、不破も体を横向きにして対面する形をとる。
「なんすか?」
「うん……その、あの子……太一の学校での満天ちゃんの印象って、どうかしら?」
「ああ~……あいつ、すか……」
「ええ。できれば、素直な満天ちゃんの感想を教えてくれる?」
「そうすね……まぁ、暗いっすね、なんつっても。それに、言いたいことも言わないで、いつもオドオドしてるっていうか、自信なさすぎじゃね、っては思うすね。りょうこんには悪いすけど、見たまんまの陰キャ、って感じすよ」
「そう……やっぱり、そうなのよね……はぁ……」
涼子は深い溜息をつく。
不破はそれを見え少し慌てたように付け加える。
「あ、でもすよ! 最近はちょいマシになってきたって思うすよ! 前よりは声も出ててるっていうか……つっても、なんか妙に自分に自信がない感じは、ずっとそのままって気がしてるすけど。なにするにしてもオドオドしてて……それだけは、ちょいウザいかな、って」
不破のハッキリした物言い。しかし彼女なりに言葉を選んでの太一の評価であると涼子は理解できた。
「そうよね。うん。私も、満天ちゃんと同意見。あの子は、ちょっと自分を卑下し過ぎるきらいがあるから」
涼子は仰向けになり、腕で目を隠し、隙間から空を仰ぎ見る。
「でも、あの子も昔は、ああじゃなかったのよ」
と、不意に太一の過去を、語り始めた。
( _ _ )..........o
主人公の改造の行方や如何に!?
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見、感想もお待ちしております。




