ダサい服って大抵はお母さんが5割センスが5割だと思う
さて、時を戻して現在へ。
エスカレーターで駅ビルの上層を目指す。正面の女子2人が一階で展開されていた店内屋台の新作やら小物ショップの商品について談笑している。
相変わらず太一の存在は半分以上が蚊帳の外である。しかし太一としてはその方がありがたい。下手に話しかけられたところでできることといえば適当に返事を返すくらいが関の山。そろそろ本格的に会話術の本でも買うべきかと迷う今日この頃。しかし太一の性格からいってそもそも他人と積極的に関わっていくスキルを会得することに意味を見出せない。
悲しきかな、ボッチ陰キャコミュ障の性分よ。
不意に不破の足元に視線が落ちる。ほどよく絞られてきた美しいおみ足、ではなく、太一の視線の向かう先は彼女の足首である。
いまだに固定用のテーピングが痛々しい印象を抱かせるが、その実ほとんど完治している。あくまで念のため、といったところだ。
太一としても一安心。今日まで特に怪我の原因について彼女から叱責されるようなことはなかったが、間接的に怪我の原因に自分が関わっているという事実が、小心者の太一に常時罪悪感を抱かせた。
怪我が回復し普通に歩くことも問題なく、あと数日もすれば走ることだってできるようになるだろう。
……また、一緒に走るのかな。
思わずそんなことを考えて、ふと自分が自然と彼女と一緒に走ることが当たり前のような思考に陥っていることに驚いた。
習慣とは恐ろしいものである。それが個人の形を良くも悪くも作っていると言っても過言ではない。ここ一ヶ月でできあがってしまった彼女とのランニングの習慣。それがいつの間にか太一にとっての当たり前になりつつあった。
ふと、スポーツメーカーのロゴが入ったジャージに身を包む不和の姿を思い出す。最初はピチピチで見るに堪えなかった一月前。今ではそのシルエットも綺麗に収まり走る姿も様になっている。
ダイエットに真摯に取り組む姿は学校で見せる不真面目な印象とはかけ離れていて……そのひたむきさに思わずカッコいいと思ってしまう。なにかに熱中したことのない太一にとって、どこまでも一直線な彼女の姿は目を焼くほどに眩しく映った。
しかしそれをかすませるほどに自由奔放にこちらを振り回すのはやめていただきたいものである。遠心力で伸びるのはピサ生地かヨーヨーだけで充分だ。太一をこれ以上ぶん回したところで得られるものなど目を回した彼のキラキラくらいなものである。
人間一長一短というが彼女はあまりにも極端すぎる。良いところと悪いところが極端に目立ちすぎて太一にはまるで彼女が極彩色のように見えてしまう。
惹き付けられる、しかし目に痛い……そんな感じ。
駅ビルの3階は服飾関係のテナントが軒を連ねるエリアとなっている。
太一たちはエスカレーターを降りると、正面に展開されている有名アパレルショップへと真っ直ぐに入って行く。ゲートから既に太一は場違い感に襲われて二の足を踏んでしまう。
しかし止まることを許さないとばかりに、
「うし、んじゃ適当にトップスとパンツだけ見てくか」
「アウターとかはどうする?」
「いやこれから夏本番だし別によくね? つかシューズもってなったらかなりキツイっしょ」
「まぁ予算的に厳しいよね」
「……」
この時点で不破と霧崎が何を言ってるのか分からない。なぜこうも世の中、横文字ばかり発展していくのか。着実に欧米化が進む日本の明日は明か暗か。日本人なのだから日本語で話してくれ。
基本的なアパレル用語にすら疑問符を浮かべるファッションビギナーの太一。
しかしこれで太一は自分の服は中学からずっと自分で買っている。これは彼の姉である涼子が、
『いずれ社会に出た時に自分でまともに服くらい選べないとヤバいわよ』
という発言に端を発している。
しかし太一の服装はどれでも決定的にセンスを外すこともないが、かといって的を得ることもない。
なんとも微妙な仕上がりになることが多く……しかしそれを姉である自分が面と向かって『ダサい』と口にしては今後絶対に自分で服を買うことなどなくなるだろう、という涼子の配慮によって今の太一の服装ができあがってしまったという背景があった。
最も、いずれにしろ服にほぼ無頓着な太一にとっては着られればなんでもいい、のスタンスなわけで……涼子の心遣いはほぼ無意味だったと言わざるを得ない。せめてもの抵抗にと「お母さんが買ってきてる」をギリギリ回避しているに過ぎない有様だ。
しかしそんな彼にもようやく外から忖度なく切り口が非常に鋭い意見を口にしてくれる知人ができた。
金曜に服を買いに行くと言った時など、
『追加予算よ。これでばっちり決めてきなさい』
と、目を輝かせた涼子から1万円を手渡されたほどである。
しかし、このやりとりが行われたのは不破の目の前で、である。結果……
『あんた、それはさすがにない……』
という、今まで見たことない表情を浮かべる不破を前にさすがの太一も、
『来月のお小遣いの前借ってことにしてください』
と、矮小なプライドを守って涼子から1万円を受け取った次第である。
あの時ばかりはインドア派うんぬん関係なくバイトを始めるべきかも、と本気で考えた。自分で使う小遣いくらいは自分で稼ぐ。果たしてそれが太一にできるかはともかく検討の余地は十分であろう。
「じゃあ下から決めてくか~。ウッディってどんな感じが好みってのある?」
「え? ああ、いや……」
いきなり霧崎から話を振られてどもる太一。途端、
「はいアウト~。デコピン一発ね」
「それここでもやるの!?」
相変わらず不破からのチェックが入る太一。店の中で額に一発貰って軽く悶絶する。
「つかこいつにそもそも好みとか聞いても意味ないって。これだぞこれ」
と、不破は先日撮影した太一の所持している服がほぼ全て映った写真をスマホに表示させる。
くたびれて年代物化した衣類たち。さすがに霧崎も「ごめん」と苦笑いである。
やめてくれそういう反応が一番傷付くんだぞ。
「てかこいつに任せたら全身真っ黒コーデ確実じゃん?」
「まぁそれはそれでアリだけど。そればっかってのもね……せめてワンポイントほしいかなぁ」
「つうわけで宇津木は試着室の前から動くなよ。アタシとマイで適当に服選んでくっから。文句ねぇな?」
「はい……ありません」
試着室前で制服の上着を脱がされて写真を撮られ、太一は居心地悪く二人の背中を見送ることになった。
思わず周囲をキョロキョロと見まわしてしまう。田舎から出て来たお上りさんか、或いは明らかに挙動のおかしい変質者である。
近くを誰かが通り過ぎて行く度にギョッと震える太一。なんなら通り過ぎて行く相手すらもギョッとした末にそそくさと彼の前から消えていく。
太一の内心は店のスタッフに声を掛けられたらどうしよう、という思い、更には周囲で服を選ぶ者たちの姿と、自分の姿を比べて勝手に後ろめたさを感じるというダブルパンチに苛まれていた。
しかし彼の心配事をよそに店のスタッフが太一に近付いてくることはなかった。
いや、実際には何度か彼に声を掛けようとしたスタッフは数名いた。しかしそのいずれも彼のあまりにも険しい表情を前に敵前逃亡していただけである。
なんなら他の客たちも試着室を使いたいのに眉間に皺を寄せる太一がそこにいるものだから近付くことに躊躇する。もはや太一の存在はそこにいるだけで営業妨害と化していた。
だが本人にそんな自覚はない。自分の三白眼がまさか他をこれほどまでに威圧するなどとはまるで思い至っていないのだ。これもまさしく、彼がこれまでボッチを貫いてきたが故の弊害と言えるのかもしれない。
はてさて、太一もスタッフも他の客たちにとっても非常に居心地悪い時間が過ぎること30分。想像以上に長いこと待たされた末にようやく不破と霧崎が戻って来た。
腕にはいくつもの服が掛かっておりかなりの量である。まるで腕の部分だけが十二単のような有様だった。
「おっまたせ~! いや~ウッディになに着せるかけっこう迷っちゃってさ~」
などと中途半端十二単の片割れ霧崎が重そうに腕を上げて見せる。一体何着あるのやら。まさかアレを全部着せる気ではあるまいな。本当にここで着せ替え人形兼ファッションショーをやらされる羽目になろうとは。こんな野郎の誰得になるかもわからないショーなどどこに需要があるというのか。腐のつく人種とて太一を前にすれば撤退必至だろうに。
「ひとまず適当に組み合わせてマシなヤツ買うって感じか。これ終わったら下降りて靴見に行くから」
テキパキと予定を組みたてる不和。まずはどれから着せるか、などと試着室の前で霧島との談義が始まった。
「宇津木はガタイいいからなぁ……とりあえずでかめのTシャツに……ショートパンツ合わせてみっか。ほら、まずはこれ着てみ。サイズ合わなきゃ別のヤツもってくっから」
「……わかりました」
不破の示した服を彼女の腕から引き抜いて試着室へと入る。自分では選ぶことのない白のTシャツ。サイズは今の太一が着てもやや余裕のあるくらいにゆったりとしている。ベージュのパンツ。ショート丈の物を自宅以外で履くなど小学校以来記憶がない。
制服を脱いで袖を通す。新品特有のニオイがする服、着慣れないコーディネートに太一は気分が落ち着かない。
『どうだ~? きつくねぇか~?』
「あ、はい! 大丈夫です!」
『軽く出来栄え確認したいからちょっと出てきて!』
霧崎に促されて多少の躊躇いと共に試着室のカーテンを開けた。
「どう、ですか?」
「「……」」
二人の視線が突き刺さる。ついでに周囲の客たちの「はよどっか行って!」な視線も乱舞する。
「悪くはねぇけど……」
「ちょっとウッディのイメージじゃないかなぁ」
「パンツだけ替えてみっか」
「じゃあこっちのストレートで」
言われ、今度は縦にラインが入った黒のパンツを手渡される。
すぐに中へ入ってまた着替える。ぱっとした見た目はタイトなイメージだがおもったよりゆとりがある。太一が痩せたのもあるが生地自体にも伸縮性があって履き心地がいい。とはいえ、少しウエスト周りのサイズが合ってないようだった。
「おっ、けっこういいんじゃん?」
「だね。これならアウター合わせればシーズン跨いで使える感じじゃん」
「とりま候補1ってことで、次はこっちのロンT合わせてみっか」
「あ、ウチこのベストいいなって思ったんだけどちょい着てみてよ」
「宇津木の体形だとやっぱテーパードがベターっぽいか? 靴下もあとで色合わせてみっか」
「う~ん……オールブラックはちょっとウッディのイメージだと重すぎるから……無難に白のシャツで行ってみる?」
「別に黒のシャツも中にさっきの白いロンT着れば良くね? 下は取り合えずネイビーのテーパード合わせて靴下は好みで明るめの差し色入れてさ。てかアタシ的にはそっちの方がしっくりくんだけど」
「最初のスレート合わせるならジャケット一枚欲しいかも?」
「時期悪いだろうが。暑くて着てらんねぇって。せめてさっきのカーディガンまでじゃん?」
「あそっか」
などなど、同じ服でも別のトップスとパンツの組み合わせを試し、太一はまるで早着替えのごとき勢いで色んな服の試着を試すことになった。忙しいなんてもんじゃない。着ては脱ぎ着ては脱ぎ。本職のファッションモデルとてもっと落ち着いて着替えているのではないか。
……女子の買い物がめっちゃ長いって言われるわけが分かった気がする。
結局、その後もサイズを替え品を替え、太一は合計で30分……待ち時間も合わせれば1時間以上も服選びに付き合わされることになった。自分の着る服とはいえ既に息切れ気味である。
しかしこれで終わりではない。この後にはシューズの購入も控えているのだ。
……これ、いつ終わるんだろう。
女子2人からコーディネートされる太一。
だが以外にも、派手な二人はその見た目に反し、かなりシンプルかつ見た目も落ち着いた印象の服を選んだ。Uネックの白いシャツ、同じ色のロンT、ネイビーのカーディガン。それと合わせのテーパードパンツ、イージーパンツを1本ずつ購入。太一としては組み合わせという概念自体になじみが薄いこともありよくわからなかったが、
……なんか、けっこう普通?
イージーパンツはスーツのような縦のライン(センタープレス加工)が入ったものながら、ベルトを使用しないこともあり部屋着としても外出着としても使えそうだ。が、これら一式を揃えるには若干だが予算が足らなかった。
しかし、
「たんねぇ分はアタシが出すから…………これでこないだの件はチャラな」
と、太一が何か言う前に、不破はさっさと代金を支払ってしまう。
「あ、ありがとうございま――いてっ!」
礼を言う太一に不破からのデコピンが飛んでくる。「なんで!?」と抗議の声を上げるも、不破は太一に振り向くことなく……
「…………次からはちゃんと自分で服くらい選べよ」
それだけ言って、さっさと店を後にしてしまう。
訳も分からず取り残される太一。すぐさま不破の後ろにつていった霧崎は、
「素直に助けてくれたお礼って言えばいいのに……あてっ!」
「うっさい」
「いった~……なんでウチにまでデコピンすっかな~」
「マイがウザ絡みしてくっからだろうが」
「せきにんてんかしてるよこいつ~」
「もう一発いっとくか?」
「ちょっ!? 暴力反対なんですけど!?」
「うるっさい! てか宇津木! 突っ立ってねぇで次行くぞ!」
「あ! ちょっと待ってくださいよ!」
駅ビルの中で騒ぐ女子2人。太一は両手に荷物を抱えて、彼女たちの後を慌てて追いかけた。
そんな2人の様子を見ていた霧崎は、口元に手を当てて笑いを堪えているようだった。
(≧ω≦。)プププ
お買い物編!
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