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【Web版】毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない  作者: らいと
5:宇津木太一は負けられない
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若い時こそ身動き取れず、若い時こそなんでもやれる

 不破は表彰式と閉会式をボイコットした。

 彼女は制服に着替え、スマホ片手に学校の屋上にひとり佇む。

 屋上は立ち入り禁止だ。

 しかし内鍵のため出ようと思えば誰でも外に出ることができる。申し訳程度に机を並べて立ち入り禁止の札をぶら下げているだけ。

 それでもほとんどの生徒は何もない屋上に用などあろうはずもなく、好きこのんでここに立ち入る者は稀だ。


 夏は暑く、冬は寒いとくれば、くつろぐ目的で使うこともできない。屋上の居心地は悪いのだ。

 

 そんな中、不破はスマホの画面を見下ろして人を待つ。


 10月も後半。肌寒い空気の中、待つことしばらく。

 不破の背後でキィと軋むような扉の開く音が聞こえた。


「おせぇ」

「悪かったな。てか女バスで優勝してんのに閉会サボってんじゃねぇよ……ほら」


 振り返った先にいたのは西住だ。彼は不破にホットレモネードを押し付け、自分はホットココアに口をつける。


「甘党じゃん」

「うっせ。悪いかよ」

「別に~」


 久しぶりのまともな会話。

 不破は、太一の試合が終わってすぐ、西住にLINEで連絡を入れた。


『話あんなら屋上来い』


 完全に上から目線。

 しかし西住は『了解』とだけ応じた。

 しばらく、二人は飲料を口に黙したまま、最初に言葉を発したのは西住だった。


「俺は、お前をフッたことについては謝らねぇ」

「あっそ」

「どんだけお前らに言われても、やっぱ俺は見た目が大事って考えは変わらねぇんだよ」


 西住は、とつとつと自分の考えを、ゆっくりと不破に肩って聞かせる。


 外見を整えることは相手に対する気遣いだ。


「顔がいいとか悪いってのは元をどうにもできねぇ以上は仕方ねぇって思う……けどよ」


 相手に自分を少しでも良く見せること、それをサボるのは、相手に妥協を強制することだと西住は考えてきた。


「お前が2年上がってから太り始めた時よ、俺はお前に舐められるって思った。この程度の自分でお前は満足するんだろ、って」

「そうかよっ、そいつは悪かったなっ」


 隣に並ぶ西住の肩に、不破が口を曲げて軽い拳を入れる。

 本気で怒っているというのとも違う。

 確かにあの時、自分は太ってきた自覚はあったし、そのことを当時はそこまで重く捉えていなかったのも事実だ。

 

「でも、アタシあん時いったよな? ちゃんとダイエットするってよ」

「信じらんなかったんだよ。いっかい妥協した奴は、どっかで甘えてまた妥協した結果で満足しようとすっから」


 太った不破を、西住は姉と重ねて見ていた。

 西住がどれだけ苦言を呈しても、一向に改善の兆しが見られなかった姉。


「まぁ、でも悪かった。フるにしても、発破かるにしろ、もうちょい言葉選ぶべきだったかもしんねぇ。リキヤたちからも後で色々言われたしな」

「かもじゃねぇよタコ。一方的に話しやがって」


 言い方や伝え方が悪かった、それは西住の甘えだ。

 相手に望むモノがあるのなら、相手への理解を示し、寄り添い、否定するよりもまずは肯定する。

 否定され続ければ、反発心で奮起するなんていうのは稀だ。

 しかし西住は自分の中に在る理想を相手に押し付けるばかりで、結局は感情に任せて言葉を吐きかけてしまった。


 それでは、なにも改善などされない。

 西住の失敗の原因は、そこを理解できていなかったことにある。


「はぁ~……マジで、ナイ」


 それは、西住自身か、彼と付き合っていた過去か、彼を選んだ過去の自分か、その全部か……不破はレモネードを手の中で転がしながら、再び溜息を吐き出す。


「キララ」

「んだよ」

「俺ら、もっかい付き合わね」

「は?」

「お前が痩せた時、ああこいつって妥協とかしねぇんだな、って思ったんだよ」


 いや、むしろ不破は西住の想像以上だった。

 ダイエットを終えてからも、彼女は常に自身の体形を維持するどころか、前にも増して自分を磨き続けている。


「一回考えてくんねぇ?」

「やだね。お前とより戻すとか、マジでナイ。それ以前に、お前はその相手に全部要求するとこをどうにかしろってんだよ」


 相手に変化を求める以上に、自分が変わる努力を怠るな、という話だ。

 西住は外見はともかく、中身を見直して改善しない限り、同じことを繰り返す。


 ……アタシはもう、お前のことなんかなんとも思ってない。


 いや、これは違うな。

 そうだ、違うんだ。


「アタシ、お前のこと、大っ嫌いだから」


 ああ、これだ。前に、教室で彼をやり込めた時以上に、スッキリした。

 なんとも思ってないと、自分を偽っていた。

 不破はずっと、彼に言ってやりたかったのだ。


 大嫌い、と。


 相手を揶揄するのではなく、自分を否定してきた相手を、否定してやりたかったのだ。


 無関心というモヤモヤした状況に、嫌い、と公言することで関係性がハッキリした。


「ああ、そっか。最初からこう言ってやれば、お前ともうちっと上手く付き合えてたのかもな」

「マジでいい性格してるよな、お前」

「トオリに言われたくねぇよ、バーカ」


 これで、終り。

 二人の関係は決着した。

 付き合っていた過去は清算され、お互いの心の内にある物を吐き出した。


 お互いに脚を止め合っていた二人は、わだかまりというブレーキを外し、次の一歩を踏み出していく。


「ふぅ……そんじゃ、この際だから訊くけどよ」

「あん?」

「キララ、宇津木のことどう思ってんだ?」

「――……」


 不意に、不破はレモネードを強く握りしめ、西住から顔を逸らした。


「別に、お前に関係ねぇだろ」

「いや、そうでもねぇっていうか……」

「はぁ?」

「うちのバカ……姉貴が、家でずっと宇津木の話ばっかしてんだよ……」


 と、西住は疲労感に包まれたような顔をして、肩を落とした。


「マジで勘弁してくれって話だ。歳考えろってんだ」


 家に戻ってからというもの、これまでまともに会話もしてこなかった姉から、やたらと学校での太一の様子を聞かれる弟。


 ハッキリ言って、ウザいとかそういう感情を通り越して、ドン引きだった。


「付き合うならさっさとしてくれって感じなんだよ。そしたら、あのバカもさすがに諦めんだろ」


 そう言って、西住は扉に向かって踵を返す。


「急げよ。お前、マジで出遅れてかっらな」


 などと残し、西住は屋上を去った。

 後に残された不破は、レモネードを口につけ、その場に勢いよくしゃがみ込んだ。


「~~~~~~~~~~~~っっっ!」


 空気は肌寒いというのに、顔が一気に熱くなってくるのを自覚する。


「……やべぇ」


 これは、本気の、ガチで、マジで、やばい。


 西住と話している時は落ち着いていた感情が、またしても大きく高ぶっていく。

 ここまでの衝動を、不破はかつて感じたことはなかった。

 脳裏に浮かぶのは体育祭の決勝戦で太一が見せた執念に満ちた顔。


 勝利への渇望を滾らせた、男の貌だ。


「は? マジか? マジでアタシ、あいつのこと……?」


 なんでいきなりこんな、まるで噴き出すように感情が溢れてくるのか。


 いや、いきなりではないのか?

 だとしたら、いったいいつから――この感情は不破のなかで生まれ、育っていたのだろう?


 予兆のようなものはあった。あったように、思う。

 太一が自分以外に、自分以上に親しい異性の友人がいたことを知って、胸の中がモヤっとした。

 それが切っ掛け?


 いや、違う気がする。

 それより、もっと前から……


 強引に記憶を手繰り、自分の感情が生じた瞬間を追い掛けようとしたが、ハッキリとしたものは分からなかった。


 自然と、本人の気付かれることもなく、この気持ちは不破の中で発生し、小さく、些細に、変化を気取られることなく、今日まで至り……


 あの体育祭の決勝での場面を迎え、遂に臨界点を超えたのだ。


 薄い膜がいくつも積み重なるように、厚くなった気持ちは体の中で本当に存在しているような質量で以て、不破を一つの結論へと至らせた。


「アタシ、あいつのことが……――好き?」


 言葉にした途端、体温がさらに上昇した。

 感情の赴くままにスマホを取り出し、彼とのトーク画面を開く。


 しかし、そこで不意に手が止まった。


 今更どの面下げて、彼になにを話すつもりなのか?

 周囲から彼に対する感情について何度も指摘されておきながら、ずっと否定し続けてきたことを思い出す。


 不破にとって太一とはなんだったのか。


 一緒にいることがいつの間にか当たり前になり過ぎて、好きとか嫌いとかそもそも考えてすらいなかった。


 それが、最近になって妙に彼に色気を出すオンナが増えたことで、不破も徐々に意識するようになっていき……


「ダセぇ……」


 あれだけ『ない』と口にしておきながら、今になって自分の気持ちに気付いてしまった。


 しかし、ならば諦めるのか?


 自覚した気持ちに蓋をして、これまで通りの関係性を貫き通してこの感情をなぁなぁでやり過ごす……


 ――バカか!


 不破はスマホのトーク画面から太一に通話を入れた。

 閉会式も終わって既に放課後。繋がるはずだ。仮に繋がらなくても何度も何度も掛けてやる。彼が出るまで、何度でも。


『あ、不破さん? 今どこにいるんですか? 閉会式にもいなかったのでみんな探して』

「宇津木、今すぐに校庭に出てこい」

『え? なんでそんな急に』

「いいから! 今すぐ!!」

『え~……』


 声から困惑が読み取れたがどうでもいい。

 不破はスマホ越しに聞こえてきた彼の声に……声だけに顔を熱くして、鼓動が早くなっていた。


 自分は、大きく出遅れている。


 夏休み、彼を好きと公言した大井はもちろん、生徒会選挙以降からは霧崎も好意らしき感情を見せ始め、更には西住の姉である秋穂まで太一を狙っている素振りを見せている。


 それに比べて、自分は誰より彼と共にいたというのに、この中の誰よりも後になってからのスタート。下手をすれば周回遅れまである。


 だったら――


『もしもし。出ましたけど……不破さん、ほんとに今どこにいるんですか?』


 屋上から、下校する生徒たちに交じって太一の姿が見えた。

 スマホに手にしたまま、辺りを見渡している彼。

 不破は落下防止用のフェンスに手を掛け「屋上の方、見ろ」と伝える。


 太一が振り返り、こちらを見上げてくる。

 向こうから自分は見えただろうか? 気付いただろうか?


 いや、仮に見えていなくとも気付いていなくとも、


 ――今から確実に気付かせる、目を離せないようにしてやる。


 不破はスマホの通話を切り、フェンスを両手で鷲掴みにすると、大きく息を吸い込んで、あらん限りの声を張り上げる。


「――宇津木太一~~~~~~~~~~っ!!!!」


 突如響いた声に、下校途中の生徒たち全員が動きを止めた。

 そして、そんな集団の中で太一は呆気に取られたように屋上の不破を見つけて目を見開いた。


 これでいい。

 ここからだ。


 このあふれ出た感情を、スマホ越しに彼へ伝える?


 否!


 彼を呼び出して、二人きりの状態を作って告白する?


 否!!


 そんなまだるっこしいことをしていたら、自分は誰にも勝てない。


 この太一という少年を巡る、戦争に――

 

「アタシは~!! 宇津木太一!!!

 お前が――――

 マジで好きだ~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


 勘違いなどさせない、許さない。

 誤解などといった逃げ道など決して与えてなるものか。


「アタシと!!

 男と女として!!!!

 付き合え~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


 不破満天は、宇津木太一が――


「『太一』!!!!!

 好きだ~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」


 少女の告白は、夕闇に染まるそらへと、どこまでも吸い込まれていった。



 スキ━・:*(・ω・ )*:・━!!!!!

色々と賛否あるかと思いますが……

不破はやはり引かず媚びず顧みず、思い立ったら全力投球するキャラなので、これでいいと思ってます!

次回、【WEB版】についてちょっと重要なお知らせをさせていただきます


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色々な情緒が丸ごと吹っ飛ぶ尊さ…。 この作品に出会えたことに改めて感謝したいです。
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