自分の気持ちとか感情って本当にわからなくなるものだよね
サウナからの帰宅。しっかりと汗を流し、外気浴までこなして体の調子を整えた二人。
時刻は夕方の5時半を少し回ったあたり。
太一のマンションの前では、なぜか霧崎が壁に背を預けてスマホをいじっていた。その姿は不破にも負けず劣らずに着崩された制服姿だ。やたらとスカートの丈が短い。少しの高低差で中が見えてしまいそうである。
「あ、やっと帰ってきたし。どこ行ってたんだよ~、こちとら1カ月ぶりにガッコ行ったってのに二人とも来ないとかさ~」
唇を尖らせて愚痴りながら近づいてきた霧崎。
不破が足首を痛めてしまい、それをフォローする意味で学校に出てきたらしい。なかなか友達想いのギャルである。
しかしいざ登校してみれば全く二人が姿を見せることなく放課後を迎え、一言文句を言ってやろうと待ち構えていたようだ。
「さぁ中でキリキリ吐いてもらおうじゃないの。ウチをハブってどこで乳繰り合ってたのかをさ!」
なんともじじ臭いことを口にする。しかし初心な太一には効果抜群だったようだ。
「ち、ちちっ!?」
「バカ言えっての。宇津木がなんか足首痛めてもできるダイエットがあるっていうからそれを試してきただけだし」
「いやそれでなんで二人してバックれてんのよ」
「だってどうせ2限だけ受けても意味なくね? なんか時間の無駄っていうか。だったらもうやっちまえって感じ?」
「はぁ……キララって一度こう、って決めたらほんと一直線だよねぇ……で、どこ行ってったん? あ、もしかしてホテルでウッディとセッ――」
「サウナです! スパリゾートのサウナ!」
なにやら妙なことを口走りそうになっている霧島に先んじて太一は先ほどまで自分たちがどこにいたのかを暴露した。
が、それに霧島は「なんだぁ」とどこかつまらなそうな反応を返してきた。
「二人きりで消えたからてっきりホテルでそういうダイエットしてるのかと思ったのに~」
「いやいやいや! そんなダイエットあるわけないじゃないですか!」
ちなみに後から調べてみたらそういうダイエットもあるのだと知り太一は盛大に赤面することになった。意外とホルモンの関係など科学的な根拠が列挙されていたのには驚いた。
「つかそもそも宇津木とヤルとかはマジでないから。さすがにその発想はマイでもキモイわ」
「いやそこまで言うか!? ただのヤッたかどうかの確認じゃん!?」
「もうこの話やめません!?」
少なくとも往来でする話はない。太一は不破と霧崎を普段では見られない強引さでマンションの中に押し込んでいく。
……なんか疲れた。
片足が不自由な不破を支えつつエレベーターで上に上がっていく。
女子二人は相わからず姦しい。「てかサウナ行くならウチも誘えし」、「いや完全にマイのこと忘れてたわ」、「ひどっ! ガッコでフォローしてやんねぇかんなち!」などと、たった数十秒で一気に盛り上がる。
女三人寄れば姦しい、など嘘っぱちである。そもそも何人だろうが騒がしい奴は騒がしい。キンキンと耳に響く騒音レベルの会話に心の耳を塞ぎつつ、エレベーターが目的の階層に到着する。
と、扉が開いたところで一人の女性が立っていた。
「あ」
女性がこちらに気づくと声を漏らした。長くのばされた黒髪、厚く化粧を施しているが目元からは疲労の色が強く滲み出ていた。
「満天ちゃん」
「……ママ、なにしてんのこんなとこで?」
「え? あの、不破さんのお母さん?」
太一は目の前の女生と不破とを交互に見比べる。確かに言われてみればどことなく面影が見て取れる。
太一たちはエレベーターを降り、改めて不破の母親と対峙した。
「こんにちは。満天の母の燈子です。娘がいつもお世話になってます」
「あ、宇津木、太一です。その、はじめまして」
「ああ、あなたが涼子さんの弟さんですね。この度は、娘がご迷惑をおかけして、本当にごめんなさいね」
「い、いえ、そんな」
優し気な笑みを浮かべ、丁寧かつゆっくりとした話口調で頭を下げる燈子。不破の母親という話だが、親子で性格はまったく似ていない。が、霧崎が前に言っていたような、可愛さ、の部分に関し太一はよくわからなかった。なんとなく、綺麗な人だな、とは思ったが。
「で、ママはほんとここに何しに来たわけ?」
母親との仲があまり良くないのか、不破の表情は硬く声もどこかピリピリしている。
「娘を預かってもらう以上、ご挨拶はしなきゃいけないでしょ。それと、あなたの着替えとかを持ってきたのよ」
「そう……じゃあもう用は終わったんだからさっさと帰れし」
「はいはい。あまり、宇津木さんの家にご迷惑をお掛けしないように気を付けるのよ。あなた色々とガサツなんだから」
「ウザ……それくらいわかってっから」
「全くこの子は……太一さん、こんな娘ですが、どうかよろしくお願いします」
「は、はい」
燈子に顔を向けられ、思わず目を逸らして太一は後頭部を掻いた。
「ああもういいだろうが! ママもう仕事なんじゃないの!? おい行くぞ宇津木!」
「あ、ちょっと不破さん! 急に動くと危ないですって!」
燈子の脇をすり抜けて、不破は太一たちの部屋に片足を引きずりながら急ぎ足で入っていく。霧崎が「じゃ、またねキララママ」と軽く手を振って二人の後に続いた。
燈子は「ふぅ」と小さく息を吐いて、娘たちが消えた部屋を見送りながら苦笑する。
腕時計で時間を確認し、エレベーターを待つ傍ら、スマホを取り出すと彼女は、勤め先に「少し遅れます」と連絡を入れた。
その日の夜、不破は妙に口数少なく、黙々と一人でフィットネスゲームのコントローラーをソファに座りながら操作していた。
オラ、イクゾ!
!(Д ゜ )┓( д ゜)//エエ!? (^^;
翌日。太一は担任の倉島から呼び出しを受けていた。相変わらずの無精ひげにやる気のない表情。ぼりぼりと首の後ろを掻きながら「はぁ」と彼は盛大にため息を吐き出す。生徒の前で見せる教師の態度ではない。
呼び出された理由……先日の学校をサボタージュした件……ではないようだ。通されたのは職員室ではなく人気のない視聴覚室だ。
「まぁそう堅くなんなよ。適当に座れ」
「は、はい」
一体何の用で呼び出されたのか。太一は戦々恐々としつつ、手近なところのパイプ椅子を引き出して腰を下ろした。
「お前、最近ずっと不破と一緒にいるだろ」
「え? ああ、はい。そうです、ね」
唐突に切り出された話題に太一は首を傾げて曖昧に返事した。
「いやな、別にお前がどこの誰と絡もうが俺はいいんだけどな。なんかお前、最近一気に痩せただろ? 他の教師からやたらと『大丈夫なんですか?』と聞かれまくってんだよ。俺が」
「は、はぁ……」
『大丈夫』とは、具体的になにを指して『大丈夫』なのか?
倉島はさも面倒くさいといった様子で顎を手の甲で支えながら、「ぶっちゃけ」と探るような目で太一を見据えてきた。
「お前、不破からいじめらてんじゃねぇの?」
「え? いじめ、ですか?」
唐突に切り出された担任からの『いじめ』というキーワードに、太一は思わずオウム返しに返してしまう。
「僕、いじめられてるんですか?」
「いや、それを俺に訊くなっての……」
ことの発端は、各授業を担当する教師陣が太一の急激な体系の変化、及び不破との行動を常に共にしているという状況を耳にしたことである。
問題行動の多い不破と、目立つことのない真面目な生徒。普段であれば接触することなどない二人。しかし例の5月にあった不破が教室で衆人観衆の前でフラれると言う事件。その場に居合わせ、しかもフラれた理由を聞いて吹き出してしまった太一が不破に拉致らていていったという情報も得ている。
総合的に見て、太一がいじめを受けていると教師たちは判断し、問題になる前にまずは本人に確認しようとこうして呼び出したわけなのだが……
その肝心の太一が首を傾げている状況に倉島は面食らうことになったわけだ。
「お前、不破からこっぴどくいじめられてんじゃねぇの? んな一気に痩せて」
「あぁ、え~と……どうなんでしょう?」
言われて太一は自分の状況を思い返す。
強制的に不破のダイエットに付き合わされて、最初のころはパシリのようにこき使われて、自宅に押し掛けてきた挙句に通いつめるようになって、色んな場所に連れまわされて(半分は太一の自業自得)、毎日のようにからかわれたり……
……アレ、こうして考えると、僕ってやっぱりいじめらてる?
客観的に見れば太一の置かれている状況はいじめ以外の何物出ないような気がしないでもない。
が、太一は担任に指摘されてなお、自分がいじめられているという実感が沸いてこない。
確かに不破との関係は太一にとってはストレスである。それは間違いない。
だからこそ、彼は必死になって不破のダイエットを成功させ、関係を断ち切るための努力をしているのだから。
「ああ~……いやまぁ、そのな。別にいじめられないってんなら、それでいいんだけどな。こっちもその方が面倒がなくていいわけだし?」
「はぁ……すみません?」
教師として問題のある発言をぶっこみつつ、気勢を削がれたようになんとも微妙な表情を浮かべる倉島。
太一もどう応じていいかわからず思わず癖の謝罪を口にしてしまう。
「取り合えず、なんかあったら相談くらいには乗ってやっから。つか、マジで問題起きる前に言えよ? 今はちょっとしたことでメチャクチャ色んなとこからクレームくんだからよ」
「わ、分かりました」
と、妙にぎこちない雰囲気のまま、その場は解散となった。
太一は「う~ん」と唸りながら教室を目指す。
「ね、ねぇ、宇津木君」
「?」
背後から声を掛けられて振り返る。そこには二人の女性の姿があった。二人は太一と顔を合わせるなり頬を引くつかせたが、なんとか表情を取り繕う。
「えっと、矢田さんと、円城さん?」
二人の顔に太一は見覚えがあった。話したことはほぼないが、二人とも太一のクラスメイトである。
「あのさ、最近、ずっと不破さんと一緒にいるけど、大丈夫?」
「そうそう。あの子ってホラ……けっこうアレじゃん? キツイっていうか、なんていうかさ……」
「だから、もし宇津木君が不破さんからその、いじめ、とかされてるなら、ちゃんと先生に言った方がいいかなって思って」
聞くところによれば、彼女たちが教師に不破がカレシにフラれたという話をばら撒いたようだ。それと併せて、太一と不破がここ一ヶ月以上行動を共にしていることも……
「不破さんって、かなり自分中心っていうか、そういうとこあるじゃん?」
「うん。なんでも自分の思い通りじゃないと気が済まないって感じ」
「だからさ、カレシにフラれた時は結構スカッとしたんだよね」
「それね。でもそれで、太一君が不破さんの標的になっちゃったみたいだし」
「自分のせいでカレシにフラって言うのにさ、それを他の人に八つ当たりとか、さすがにないわ~、っていうか」
女子二人の、太一を心配するような流れから始まった不破の陰口。
確かに不破の傍若無人な振る舞いは擁護のしようがない。彼女の目立つ行動は教師からの受けも悪く、太一自身も彼女にはいつも振り回されている口だ。
故に、彼女たちの言葉には同調する部分があるのだが……
……なんか、気持ち悪い。
太一のは、自分をダシにして不破を貶めてやりたいという彼女たちの思惑が見え隠れしているようで、胃の奥がむかつくような嫌悪感を覚えてしまった。
別に、不破への同情心があるわけじゃない。彼女の評価は彼女自身に責任があり、太一がとやかく言うことではない。
が、彼女の、それも悪い部分だけをこれでもかとピックアップして捲し立てる彼女たちのことを、太一は好きになれそうにはなかった。
「あ、ありがとう。でも、僕は大丈夫だから」
「ほんとに? なんか無理してない?」
「う、うん。本当に、大丈夫だから。あ、ありがとう。気に掛けてくれて」
「ううん。全然だよ。だって、私たち同じクラスじゃない」
「そう、だね」
これまで、まったく絡んでも来なかったというのに……
まるで共通の敵を得た仲間のように振舞われ、太一はいよいよ、その場にいることに苦痛を覚えた。
「そ、それじゃ……僕、少し用事があるから」
「あ、そうなんだ。ごめんね呼び止めちゃって。またね」
「う、うん、また」
太一は速足にその場を去る。
自分の胸のうちにでぐるぐるとわだかまる、この不可解な気持ち悪さを払いのけるように。
「ああ、もうっ!」
わけのわからない憤りに苛まれながら、太一は教室へと戻ってきた。ふと視線が一か所に吸い込まれる。
そこには、霧崎と二人で談笑する、不破の姿があった。
チラッ|ू•ω•)ちらり
『総合評価1000ポイント達成』!!
これもひとえに応援して下さる皆様のおかげです!!!
本当にありがとうございます!!!!
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見、感想もお待ちしております。




