勝つための努力を惜しみません、ええ惜しみませんとも
女子バスケの試合が盛り上がる中、隣のコートでは太一が額から大粒の汗を流して肩で息をしていた。
試合時間はまだ半分も残っている。
現在の得点は太一のチームが6、相手チームの得点は9…
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「いやぁマジ粘るじゃん。てか、おたく足速すぎ」
「それは、どうもっ」
柳津が太一に声を掛けてきた。
太一は彼のチームがパスをする瞬間を見計らい、その軌道に割り込むようにボールを奪ってどうにか凌いでいた。
西住たちも太一からボールを受け取ってどうにか得点を稼いでくれてはいるが、三崎が常にゴール近くで待機しているせいか攻めあぐねている印象だ。
しかも、太一のチームは他の二人が引け越しで先輩に強く当たりにいけないこともあって、現状は太一がほとんどの護りを担っている状況だった。
……今はどうにか防げてるけど。
しかし常に全力でコート内を右から左にとポジションをほぼ無視して駆け回った代償で体力を大きく削られてしまった。
しかもパスの相手を読み間違えると一気に攻められて得点されてしまうため、常に相手が動き出してから反応していることもあって後手に回らざるを得なかった。
それでも追い付けるあたり太一の瞬間的な脚の速さは3年をして目を見張るものではあるのだが……運動部所属の先輩たちと比べるとどうしても体力に差が出てしまう。
西住や仲持もどうにかディフェンスに加わって太一のフォローをしてくれているが、これ以上攻められるといよいよ逆転するのが難しくなってしまう。
……せめて、チームの二人がもう少し先輩に張り付いてくれるといいんだけど。
それだけで相手の動きはかなり制限される。
ボールを手に上がってくるのは基本的に3人。
柳津が中心になって他の3年がパスを回してゴールまで切り込んでくる。
最終的にパスが向かう先は基本的に柳津であることが多いため、タイミングさえ間違えなければどうにかカウンターできるのだが。
……でも、さっきは。
この先輩に気を取られすぎて、他の先輩が放った3ポイントシュートを決められてしまった。
下手にパスを回せば太一にボールを取られると彼らも学習。これはいよいよ太一だけでは本当に守り切れなくなってしまう。
「あっちのコート、めっちゃ盛り上がってんじゃん」
柳津に促されて顔を上げれば、そこには苛烈な点取り合戦を繰り広げる不破たちの姿があった。
不破たちが9点を獲得し、3年生側は8点。
「っ!」
途端に強い焦りが生まれる。
この試合、3年生に勝つだけでは買ったことにならない。
不破たちが特典をリードしているということは、どこかで番狂わせでも起きない限り不破たちが順当に点数を稼いで優勝を決めるだろう。
しかし、こちらは逆にリードを奪われ、3年生に勝てるかさえギリギリの状況だ。
……勝てない?
思わず、弱腰が顔を出す。
昔から、姉と比べられていつだって敗北の味しか感じられなかった。
母親から比較されるたびに虚しくなって、苦しくなって、いつかそれも感じなくなって、
――ああ、どうせ自分は今回も負けるんだ。
そうやって、勝つことへの渇望を忘れて負けることに慣れてしまった。
そうして彼は期待から自分を守ったのだ。
自分からも他人からも、なにも望まなければ辛いことはないのだと。
そうして今、彼は突き付けられた現実を前に、膝を折りそうになる。
『やっぱギリギリの限界まで行ってこその勝ちっしょ』
『なにと勝負してるんですか……』
ふと、そんな会話を思い出す。
あれはそう。不破と出会ってまだ間もないころ、彼女が足を怪我してサウナに通うようになった頃だ。
不破と一緒に訪れたスパリゾートで、彼女は、
『んなもん、自分に決まってんじゃん』
……ああ。
そうだ。
「はぁ~……」
呆れてしまう。
まさか、自分の相手がまた増えてしまったことに。
……自分自身も敵になるとか、笑えない。
「てか疑問なんだけどさ~。こんな行事にそんな息切らして全力で挑む価値とかあるか? なにそんなムキんなってるわけ?」
「……勝ちたいから、頑張るんじゃダメなんですか?」
「はい? 意味わかんね、」
「僕には、あります」
「いや話聞けよ」
「全力になる理由も、勝ちも、全部あります。だから、ムキにだってなるんです――」
先輩と言葉を交わす中、仲持がボールを西住にパスした。
しかし、それを読んでいた先輩に西住の進行を妨害される。
だが、
「西住くん!」
「っ!」
太一が声を張った。
破裂しそうな肺と筋肉を無理やり動かし、柳津を強引に振り切った。
後ろから焦った先輩が迫る中、西住からパスを受け取る。
「くっ、そ、マジ! なんて脚!」
柳津が背後から追ってくる気配を感じつつ、太一は不格好なドリブルでセンターラインを越えた。
しかし、さすがに前で守っていた先輩に行く手を塞がれてしまう。
「太一!」
仲持が後ろから駆け抜け、太一はパスを繋いだ。
狙ったところからわずかにズレたものの、仲持はボールを確保してほぼフリーの状態に。
「三崎先輩とガチるほど馬鹿じゃないんで……」
言うなり、仲持は前と後ろから三年生が迫る中、3ポイントシュートを放ち、
「入れよマジで」
珍しく真剣な表情を見せる仲持の視線の先、ボールは静かにネットを揺らした。
「っし!!」
仲持が小さくガッツポーズ。駆け寄ってきた西住とハイタッチを交わした。
これで、ふりだし。
不破チームとの点差も縮まった。
……まだ、追い付ける!!
しかし、太一の体力は限界一歩手前。このままでは先輩チームの追い上げでまた点を奪われる可能性が高い。
「仲持君」
「ああ?」
「ちょっとお願い、してもいいですか?」
「あんま時間ねぇぞ」
「すぐに終わりますから」
そう言って、太一は彼と共に、現在ほぼ戦力になっていない二人へ振り返った。
(◉ω◉`) ジーーーッ
――試合時間は残り3分を切った。
点差は2。あの3ポイントから太一たちは先輩の攻勢からボールを奪い、カウンターに成功。逆転に成功していた。
そして試合も佳境に迫ってきた中、つい先ほどまで消極的だったクラスメイト二人組。
彼らは冷や汗を垂らしながら「すみませんすみません!」と謝罪しながら先輩に張り付いている。
『お前らさ、マジ真剣にやってくねぇかな~?』
『見てわかんね~? トオリさ、この試合ガチなわけなんだけど?』
『俺も。あと……あいつも』
『先輩にビビんのまぁしぁねぇし、わかんねぇでもねぇけどさ~』
『お前らさ、トオリと……不破のお気にの太一に目ぇつけられて、明日から教室で普通に生活できっと思うか~?』
『先輩には今度会わねぇかもだけどよ~。トオリと太一はクラス替えまで毎日顔合わせんだけど……どっちに気ぃ使うべきかわかんねぇかな~?』
と、いう具合に、クラスでも影響力のある西住のグループに所属する仲持から遠回しに脅しを掛けられた二人。
しかし仲持にその役目を頼んだのは、太一である。
顔に威圧感はあるが言葉巧みに相手を誘導する能力など太一は持ち合わせていない。
ただ挑発すれば乗っかってくる不破とは違う。
二人は先輩に目をつけられることを恐れ、なおかつ体育祭にかける意気込みも消極的。結果的に先輩に対して強く当たることができず、カカシ以下の存在となってしまっていた。
が、そこに先輩たちへの恐怖と、クラスメイトへの恐怖という天秤を用意。
人は合理性で動く生き物だ。付き合いもほぼない二人に心情で訴えてやる気を出させることは難しい。
ならば、真面目に試合に挑まなければ不利益がある、と思わせて動いてもらえばいいわけだ。
時間がなかったため、ほぼアドリブで仲持に負担を強いる格好になってしまったが、結果から見れば太一の守備はかなりやりやすくなった。
人数合わせとはいえ、自分の身に危険が迫っているとなればなかなかにやれるものらしい。
押し込まれはしても先ほどとは打って変わって本気でボールを奪いに来るようになれば、確実に相手は攻めづらくなる。
フリーになった先輩も見つけやすく、太一は格段に動きやすくなった。
「――ッ!!」
守りを強引に突破してきた先輩の一人がフリーになる。
仲持と競り合っていた先輩がパスを出すも、
「おまっ、バカ!」
パスコースはかなり読み易く、既に太一は走り出していた。
同時に西住が前に振り返り駆けだしていた。
太一はパスの軌跡に割り込みボールを奪取。
柳津が表情を険しくして太一を追いかける。
しかし既に走り出していた西住にパスが通り……
「ぜってぇ負けねぇ」
背後から三崎に迫られる中、西住は相手にブロックされてボールは柳津の手に渡った。
「くそ……!」
振り返ってボールを追う太一と西住。
仲持はセンターで柳津と対峙しようとするも、別の3年に進路を防がれてそのまま抜かれてしまう。
しかも、
「さすがに後輩に負けらねぇっしょ」
柳津に3ポイントシュートを決められてしまった。
これで逆転。
試合時間は残り1分を切った。
今の時点で得点は太一たちが16点、先輩チームが17点……
ゴール一つでまだ逆転優勝できる。
時間はないがまだ諦めるには早い。
しかし、
不意に、不破たちが試合をしているコートから歓声が上がった。
チラと視線を向けると、そこにはゴール下でシュートを決める不破の姿があった。
得点は、不破たちが19点。相手の女子チームは17点。
「っ!?」
ここにきて、再び太一の中で強い焦りが生じた。
――ダメだ。
先輩たちに逆転するには2点……ゴール一回で事足りる。
しかし、不破たちのチームに勝つには、3ポイントシュートを決めてもまだ同点。
……ダメだ。
同点では……引き分けでは、ダメなのだ。
しかし、太一たちが不破のチームに勝つためには、圧倒的に時間が足りていなかった。
(;゜Д゜)
お待たせして申し訳ありません!
次回、体育祭バスケ決勝戦、決着です!
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