よそ見厳禁、対戦相手は前にいる
――不破視点。
試合開始前。
不破の視線は対戦相手ではなく、太一の方へ何度も移動していた。
向こうの対戦相手も、こちらと同じ3年。
同じクラスで男女と共に決勝まで進んだ自分たちは周囲からの注目を集めていた。
が、どうにもここに来るまでに先輩も関係なく屠ってきた自分たちに向けられる上級生からの視線には厳しいものが交っているように感じられた。
が、不破にとってはそんなことは些事でしかない。
彼女にとって重要なのは、この試合に勝って優勝を決め、得点を限界まで稼ぐことだけである。
「こんにちは~。今日はよろしくね~」
と、不破の意識がコートの中に引き戻された。
声に顔を向けると、正面には3年の先輩女子が立っていた。
ふわりとした柔らかい髪が背中で広がるゆるふわな雰囲気の女子生徒だ。
身長は不破と比べてもかなり低く、おそらく霧崎と同じ程度の150。しかし彼女と違い、胸部の発達が著しい。
「3年の水上奉華だよ~」
「不破満天、2年す」
「知ってる~。不破さんって結構な有名人だから~」
「そっすか」
別になんの関心もない。不破は生返事で応じた。
しかし、水上は特段なにも気にした様子もなく「お互い頑張ろうね~」と見た目通りの緩い雰囲気で手を振って離れていった。
訝しみつつ、不破はコートの中に入る。
これまで通り、ジャンパーは不破が担当する。
対面の3年生は不破には劣るもののやはり身長は高い。
そんな彼女のすぐ右側後方に控える水上。彼女は相変わらずぽやんとした柔らかい笑みを浮かべて試合の開始を待つ。
女性教師の短いホイッスルと共にボールが上がる。
不破は持ち前の身長を生かしてボールに触れ、自陣の会田がボールを確保――するはずだった。
「あはっ」
しかし、不破が流したボールは会田の手に触れることなく、割り込んできた小さな影に奪われてしまう。
ふわりとひろがる長髪。先程までジャンパーの右後ろに控えていた水上が、いつの間にかボールを奪って3ポイントラインにまで踏み込んでいた。
「っ!?」
不破は咄嗟に振り返り、大井と伊井野が慌てて水上を追う。
しかし、彼女はそのほんわかとした雰囲気とは裏腹に、キレのあるドリブルからのドライブで二人を抜き去り、
「まず先制……」
軽く掬い上げるような綺麗なフォームでレイアップを決め、ネットを揺らした。
「「「…………」」」
「うそ、速っ!」
会田、伊井野、布山が呆気に取られ、大井の表情が驚愕に歪む。
あっさりとゴールを決めた水上。ボールを拾い上げると、大井にボールを手渡す。
彼女はそのままゴールから距離を取り、不破とすれ違うと、
「どこを見て試合してるのか知らないけど、よそ見してると負けちゃうよ~?」
「……てめぇ」
不破の威圧的な視線にも臆した様子もなく、ニコリとした笑みを絶やすことなく、水上は自分のポジションにつく。
布山は「水上…………あ~」と、思い至ったように声を漏らす。
「思い出した~。どっかで見た顔だと思ったけど……水上って前の生徒会長じゃ~ん」
水上奉華……去年の生徒会選挙から会長に就任、本人の柔らかい印象とは裏腹に、ひとを引き込み引っ張っていくカリスマ性を持ち、学業や運動においてもオールラウンドにこなす、人呼んで完璧超人。
彼女は生徒会とバレー部を兼任していたという。お互いに体育館を利用する関係上、バスケ部とも懇意にしていた水上。休憩時間などにバスケ部とミニバスに興じることも頻繁だった。
「うへ~。マジか~。相手最悪じゃ~ん」
布山がげんなりと肩を落とす。
不破は敵意むき出しにして、そこに会田が駆け寄ってきた。
「どんまい。まだ2点じゃん」
「……」
会田の慰めに不破は応じない。
水上の気配を背後に感じながら、
……はっ、上等!!
自分の対戦相手を今一度、太一と『3年』に認識を改め、
――どっちもぶっ潰す!!
大井が伊井野にボールを放ち、伊井野は受けたボールを短い距離から会田にパス。
会田はドリブルでセンターラインを越え、後ろから全力で追い抜てきた不破にそのままボールを託す。
水上は瞬間的に爆発的な加速力を発揮して下手なパス回しは奪われてカウンターされる恐れがある。
会田たちはボールが確実に不破へ集まるように意識し、不破は相手チームの生徒を置き去りに独走。
しかし当然そこに水上は追い付き、不破の手からボールを奪おうと手を伸ばしてくる。
が、
「――えっ?」
不破はドリブルをやめてボールを確保。身長差からボールを掲げた不破に水上の手は届かず、3ポイントラインで不破が飛び上りシュートを放つ。
放物線を描くボールはリングに触れることなく、そのままネットに吸い込まれていった。
「わぉ」
今度は水上が呆気に取られたようにゴールを見つめる。
「取られたら、取り返す……先輩だからって舐めんなよ」
「ふふ……やられちゃった~。これは、点取り合戦になるかもね~」
不破の視線を受けても、飄々として笑みを崩さない水上。
――実際、
「――お返し」
今度は、チーム全体で大きくコートのサイドに広がった3年に綺麗なパス回しを披露され、水上が不破のディフェンスをその小さな体で躱すなりボールを受け取り、圧倒的なまでの足の速さでまたしての点を奪われてしまう。
「こんの~……」
「さすがに3ポイントは厳しいけど~、そっちが一回でも得点できなかったら私たちの勝ちは確定かもね~」
「できねぇとか思ってんじゃねぇぞ」
「ふふ……」
そこからは、水上の言うとおり、本当にお互いが攻防を入れ替えて点を取り合う試合へと発展していった。
不破の体格で強引に相手チームのディフェンスを突き崩し、自分に守りが集中すればフリーになった伊井野や会田、大井がゴールを決めていく。
逆もまた然り、全体の守りが分散されれば、不破と止めることができる者はおらず、ドライブで一気にゴール下まで潜り込まれてシュートを決められる。
しかし、3年生たちは不破たちのチームがディフェンスが不得意と見るやパスを回して翻弄。
水上のドライブを警戒し過ぎていたところに別の3年が死角から守りを突破して得点を稼いでいく。
次々と両チームのネットが揺れる光景に、観戦していた生徒たちから歓声が上がる。
不破たちに否定的な視線を向けていた先輩たちでさえ、今はどちらが勝つのか全く読めない状況に興奮した様子を見せていた。
「こ、のっ!」
「じゃまだ!!」
不破が最初のジャンプボールで対峙した生徒と向かい合う。
不破をずっとマークし続ける彼女は、しかし今日までずっと鍛えてきた不破の突進を止めることができずに何度も苦渋を飲まされる。
決してテクニックがあるわけではないのに、強引に守りを突破していくプレイスタイル。
一方、
「は~い、ごめんね~」
「ちょっ、また!」
大井がどれだけブロックしようと試みても、水上は小柄な体躯も利用して相手の隙を付き確実にゴールへと潜り込み、シュートを決めていく。
両者極端な剛と柔のプレイスタイルは互いに決定的な状況を作ることができず、試合は後半に差し掛かろうとしていた。
ディフェンス!ヾ(,,`・ω´・)ノシ ○⌒ヾ(・`д・´ヽ)シュート!!
次回は太一たちの試合風景をメインにお送りします。
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