ひねくれ者にはひねくれ者なりの理由があるんです
……アタシは負けない。
どんな相手だろうが喧嘩を売ってきたなら徹底的に叩き潰す。
「ぉらっっ!!」
敵陣へ強引に侵入しシュートを叩き込む。
ボールはゴールネットを揺らして得点になった。
相手チームがボールを手に攻め込んでくる。
決勝トーナメントまで出てきただけあって予選の時より切り返しがスピーディーでパス回しもうまい。
しかしドリブルでのドライブの技術はなく、ゴール下でもたついているところを大井と布山にあっさりとボールを奪われてカウンターを決められてしまう。
相手チームは陣形を組みなおす暇も与えられず、不破によってまたしても点を奪われてしまった。
「ふぅ~……」
試合時間も残りわずか。獲得した点数を見ても相手チームがここからどれだけ追い上げようと時間が足りない。
――そして、試合終了のブザー代わりのホイッスルが大きく鳴り響いた。
次は準決勝だ。
「やっば今年順調すぎんだけど!」
「これガチで優勝いけんじゃないウチら!」
「まぁキララがいるんだから当然って感じはするけどね~」
「……」
会田たちが勝利に浮かれている中、不破はおもむろに男子バスと女子バスとを隔てるネットの向こう側に目を向ける。
そちらでは太一たちとは別のチームが現在準決勝を争って試合をしていた。
勝ち抜いたのは3年のチーム。
顔も名前も知らない連中が、ハイタッチを決めたり肩を組んだりとこちら同様に浮かれている。
しかし不破の視線は、彼らの近くで次の試合を待つ太一に向けられていた。
彼の所属するチームも決勝トーナメント進出を決め、今もこうして着実に勝ち進んでいる。
ふと、不破の視線と太一の視線が交差する。
すると、不破はふいと顔を背けてその場を後にした。
「見てかないの、たいちゃんの試合」
声に振り返る。
大井が不破を見ることなく、太一を見つめたまま声を掛けてきた。
「別に、必要ないだろ」
「なんで?」
「アタシに啖呵きったんだ。決勝まで勝ち上がってくんのは当然だろ」
もはや不破にとって優勝する以外の未来は存在しない。
決勝などただの通過点だ。
特に今回の体育祭、自分は本気だ。
万に一つも自分たちのチームが相手の女子敗北するなどありえない。
ならば、こんなベスト8を決めるような前哨戦ともいえない試合など勝って当然。それができないようなら……
「ちょっと昼寝してくる。試合の時間なったら連絡よろ」
「はいはい」
大井は手をヒラヒラと振って応じる。
彼女がどこで何をしていようと構わない。ただ試合にさえ出てくれればそれでいい。
不破は次の試合が始まった合図を背に、体育館を後にした。
何も心配はしていない。太一たちのチームは次へ勝ち進む。西住と仲持がいるならたとえ相手が3年でも善戦するだろうし、そもそも太一の顔にビビる様な連中なら間違いなく敗北はない。
ダムダムとボールが跳ねる音に靴の裏がキュッと擦れる音が背中から聞こえる。
校舎はすでに自分の競技を終えた生徒たちが各々好き勝手に過ごしている。
不破はそんな彼らを横目に人けのない保健室を訪れた。
養護教諭も今は出払っているのか、何は誰もいなかった。
体育祭の喧騒もどこか遠く、不破は適当なベッドで横になる。
……アタシは、ぜってぇ負けねぇ。
目を閉じ、少し昔を思い出す。
不破は、自分の父親の顔を知らない。
物心ついた時から、彼女の傍にいたのは燈子ひとり。
父親の存在について尋ねたこともあったが、母親はただ「死んだ」と娘に伝えただけだった。
しかし墓参りはおろか遺影さえも見たことがない。
だが、不破にとって父親とは最初からいないものであり、親という存在は母の燈子が全てだった。
それに不満を抱いたことはないし、そういうものだと受け入れていた。
ある日、そのことを教室でからかわれた。
小学生の時だ。
燈子は授業参観も学校行事にもほとんど参加しない。当時の燈子は、不破に負担を掛けまいと、朝から晩まで働き詰めだった。
片親……それが幼い彼らには異端に映ったらしい。
心が育つ前の、無邪気で無知な、悪意なき排斥。
しかし、好奇の視線を向けてくる相手はなにも子供だけに限った話ではなかった。
不破の母親である燈子にも、周囲からの心無い言葉は吐きかけられた。
『小さい子供ひとりにしてなにやってるのかしら?』
『可哀そうに……あれじゃご飯もまともに食べられてないんじゃない?』
『まったく。母親としての自覚があるのかしら?』
『ちゃんと育てる気がないなら産まなければよかったのに』
うるさい……
見知らぬ誰かが、よく知りもしないこと訳知り顔で語る。
燈子は確かに不破をそこまで甘やかすことはできなかったかもしれない。
しかし家に帰ってくれば笑顔で娘に惜しみない愛を注ぎ、疲れた顔ひとつ見せず体に鞭打って家事をこなしていた。
休みの日には遊んでくれた、少ない時間をやりくりして毎食作って食べさせてくれた。
そんな母親を、何も知らない周りがいたずらに攻撃してくる現実に不破は耐えられなかった。
――ママはなにも悪いことしてない!
不破は、いつしか自分たちの領域に踏み込んでくる外敵を攻撃するようになった。
一切の容赦などしない。手加減などすれば相手はつけ上がりまた同じことを繰り返す。
やるなら徹底的に、こちらに手を出せば噛まれるだけじゃすまいという事実をわからせる。
「……くそ」
不破は頭から毛布をかぶった。
宇津木太一。
不破の繊細な部分に触れてきた不届き者。
彼のことは嫌いではない。むしろ涼子共々なにかと世話になっていることもありそれなりに信頼している。
それでも、
イライラする感情と、モヤモヤする気持ちがないまぜになって胸と腹を行き来する。
先日……鳴無がわざわざ家にまで押しかけてきた時のことを思い出す。
『きらりんが怒ってるのはさ……太一くんが、西住の味方をするみたいに感じたから、でしょ』
『きらりんさ、自分で思ってるよりずっと、太一くんのこと気に入ってるからね』
なぜか、あの言葉が自分でも驚くほどストンと腑に落ちてしまった。
鳴無からの指摘で気付かされた点には思うところもあるが……不破はベッドの上で膝を抱え、口を小さく曲げて拗ねたように言葉を吐く。
「宇津木は、こっち側だろうがよ……」
なに、西住の方に近付いてこっちを挑発してきてるんだ。
「……あんたはずっとアタシの……………………は?」
……いま、アタシ。
なにを口にしようとした?
不破は咄嗟に舌に乗りかけた言葉を飲み込んだ。
しかし、静かすぎる保健室の中で、自分の心臓が刻む鼓動が早まっていることに気付かされる。
「――~~~~っ! 寝る!!」
まるで言い訳でもするように、不破は毛布の中で枕を抱えて顔をうずめ、深呼吸を繰り返す。
朝からずっと走り回って疲れているはずなのに……
……寝れねぇ。
チラチラと脳裏をよぎるひとりの男子生徒のせいで、彼女の頭は冴えてしまっていた。
_(:3 」∠ )_
色々と長くなっている自覚はあります! 申し訳ありません!!
もう少しだけお付き合いいただけると嬉しいです!!
次回からは、いよいよ両名の決勝戦をお送りさせていただきますので!!
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