苛立つ理由なんですか? 見つけにくいものですか?
「あ”あ”~っ、クソッ!!」
太一と口論して返ってきた不破は、部屋に積まれた布団の上から枕を掴みとって床に投げつけた。窓に投げなかっただけまだギリギリ理性が残っているとみるべきか。
彼女はガシガシと髪を掻き毟る。苛立った時の癖。
息も荒く、不破は手近なモノを手当たり次第にぶん投げたい衝動をどうにか抑えた。
スマホが先ほどからひっきりなしに震えているがそれも無視。今はまともに相手をできる余裕がない。
帰宅する途中、不破の外観に誘われたナンパ男もいたが、言葉を掛ける前にその剣幕に逃げ出したほどである。
イライラが止まらない。
なにかに当たり散らしたくてたまらない。
母親が仕事で家を空けていて良かった。
今の自分は誰彼構わず攻撃してしまいそうだ。
「なんだってんだよっ!!」
壁の薄いアパートである。今ごろ不破の声は近所に丸聞こえだろう。
しかしそんなことに構っている余裕が、今の不破にはなかった。
『不破さん、まだ西住くんのこと気にしてますよね』
太一の言葉を思い出す。
「んなわけあるか! あんな人を外見でしか判断できねぇクソ野郎のことなんか!」
そうだ。
今年の春から付き合いはじめ、5月になった途端いきなり「太った」という理由で一方的にフってきた相手だ。
あの時の屈辱を不破は忘れていない。思い出す度に、何度彼の顔を殴りたくなったか分からない。
それでも、もう自分とは縁の切れた相手だからと我慢してきた。
鳴無の一件もあって、今の不破は何か問題があれば退学させられるギリギリのラインに立っている。
霧崎やグループの会田たちから下手なことをしないでくれ、と釘を刺されている。
不破としても、今の状況と環境はそれなりに気に入っている。自分からわざわざぶち壊すような真似はしたくない。
だというのに……
「ああああ~~~~っ!! マジで意味わかんねぇ!!」
なぜ太一が自分と西住のことに口を出してくる。
自分だって彼にはさんざん振り回れた口だろうに。
秋穂の件を見ても、西住をかばう余地があるとは思えない。
……今さら何を話し合うってんだよ!
不破の中で西住との件は決着がついたことだ。
それを今になって蒸し返されることの意味が分からなかった。
それに加えて、太一は不破を挑発して勝負を申し込んできた。
あの太一が、不破に喧嘩を売ってきたのだ。
「あんにゃろ……」
売られたなら買う。
逃げるという選択肢は最初から存在しない。
太一が何を考えているのか知らないが、負けるつもりは毛頭ない。
どうにも最近の彼は調子に乗り始めている。
見た目が改善され、妙な行動力を発揮してこちらを驚かせることは何度もあった。
自分が鳴無と対峙した時も、その間に割り込んで……挙句不破に殴られて吹き飛ばされるなんてこともあった。
記憶に新しいものだと、霧崎の生徒会選挙でも、彼女の所属する4組の生徒が彼女を笑ったことに対し、周囲の目も考えずに啖呵を切ったりもしていた。
アレにはそれなりに付き合いのある不破も驚かされた。
行動が少しづつ大胆になり、今の彼は2学年でもそれなりに注目を集めている。
加えて、最近は大井や霧崎が、太一に対して……
「…………」
不破は姿見に映った自分を見る。
今日は普段あまり足を運ばないショッピングモールへ遊びに行くということもあって、少しだけ服装に気合を入れていた。
しかし、今は髪も乱れて見てくれは良くない。
彼女は服を乱暴に脱ぎ捨てると下着姿になって脱衣所へ。
熱いシャワーを浴びて気分を紛らわせた。
就寝用のナイトブラとパンツだけを履いて布団をしいてふて寝する。
「ぜってぇ泣かす」
太一との勝負に勝ち、もう二度とあのようなことを口走らないよう徹底的に言い含める。
太一の性格からして、一度キツク言っておけば二度と同じような真似はしてこないだろう。
それで反省すれば、今回のことは水に流してやるつもりだった。
今回の件は、秋穂と関わったせいで彼が妙な考えをもった可能性も考えた。
ならば、深く関わらせるようなことを言った自分にも、ほんの少しだけ責任の一端が、ある……のかもしれない。
が、なにはともあれ、もう二度と太一が西住のことを蒸し返すことがないよう、一度は伸びたその鼻をへし折っておく必要はあるだろう。
「ふざけんなよ、マジで」
しかし、不破はチクチクと、胸の内側から何かに刺激される感じを覚えていた。
苛立ちは違う、これはそう……まるで、母親に対して無遠慮な言葉を投げつけてしまった時にも感じる、あの痛みにも似た……
――ピンポーン。
すると、横になる不破の耳にインターホンの音が滑り込んできた。
――ピンポーン。
二回目。
今は誰の相手をしたくない不破は居留守を決め込む。
しかし――
――ピンポーン。
3回目のインターホン。
不破がイラっとした様子で「ささっと帰れよ」と布団を頭からかぶった。
――ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン……ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピンピピピピピピピピピッ。
「だああああああ~~~~っ!!」
鬼電ならぬ鬼ピンに不破はそれこそ鬼の形相で玄関にダッシュし、
「うるせぇんだよ!!」
「あ、やっと出てきた~。お、下着姿とかめっちゃ可愛い~んだけど~」
「てめぇ……」
「えへへ~。来ちゃった♪」
インターホンをいたずらに連打していた犯人は、夕焼けをバックに妖しい雰囲気を醸し出す……鳴無亜衣梨であった。
「……」
「ちょちょちょちょ! 無言でドア閉めるとかなし!」
「あ、こら!」
鳴無は閉じられるドアに滑り込み、強引に部屋へと上がってきた。
「へぇ~、ここがきらりんの家なんだ~」
「おい! 勝手に入ってくんじゃねぇよ! てか、なんでお前がアタシん家知ってんだよ!?」
「そりゃ~……愛の力ゆえに?」
「……」
かなりドン引きの不破。彼女にこんな表情をさせることができる相手も珍しい。
鳴無は家の主の許可など知ったことではないと靴を脱いで部屋の中を歩き回る。
「へぇ、もっと散らかってるのかと思ったけど、けっこう綺麗にしれるんだ~」
「ウロウロすんじゃねぇよ。てか今すぐに出てけ。なんならボコして無理やり放り出してもいんだぞ?」
不破が拳をコキリと鳴らす。
しかし鳴無は飄々とした態度を崩すことなく、「ふふ」と不破に振り返る。
「だいぶ苛立ってるみたいだねぇ……これは他の子が来なくてよかったかも……アタシなら、あなたに殴られてもなんともないし、むしろきらりんの激しい感情をぶつけてもらえるって考えたら、ゾクゾクしてきちゃうかも」
「……この変態が」
「まぁまぁ自覚してる。でも、改める気もないし。ワタシは、きらりんがだ~い好きだもん」
あっけらかんと言ってのける鳴無。
不破は勢いを削がれて鳴無を無視し、再び布団で横になった。この手合いは相手をすればしただけこちらが消耗させられる。
なら、一番は無視するに限る。
こちらが反応しなければいずれ飽きて帰っていくだろう。
「ふふ……きらりん、太一くんと喧嘩、したみたいじゃない?」
「……」
「話は彼から聞いたわ……西住、だっけ? ワタシが停学中にきらりんが付き合ってたカレシ」
「…………」
「向こうが一方的にフってきて、そのままお互い険悪になって関係は完全消滅。なのに、太一くんはそんな相手とあなたと彼を話し合いさせようとした……関係性の修復か清算か、目的は知らないけどほんと迷惑な話よね~」
「………………」
「きらりんはそんなこと望んでないのに、まるで自分が正しいことしてるみたいに『話し合いをした方がいい』なんて……何様って感じじゃない?」
「……………………」
「ほんと、太一くんみたいな勘違いした男とか、ほんとにナシ、」
「うるせぇ……」
「はい? ワタシはきらりんの気持ちを代弁して」
「うるせぇつってんだろ!!」
起き上がった不破に、鳴無の冷たい視線が向けられる。
「なんできらりんが彼をかばうの? 苛立ってたよね? 怒ってたよね? ムカついてたよね? ――なんで?」
「は?」
「きらりんは、なんで怒ってるの? なにに怒ってるの?」
「それは、あのバカが終わったことをまた蒸し返そうとすっから」
「違うでしょ」
「はぁ? 意味わかんねぇ」
「きらりんが怒ってるのはさ……太一くんが、西住の味方をするみたいに感じたから、でしょ」
「っ……」
「きらりんさ、自分で思ってるよりずっと、太一くんのこと気に入ってるからね」
「んなわけ!」
「あるじゃん。現に、こうしてお気にの彼が、きらりんのことフッた相手のこと気に掛けてるから……気に掛けてるように見えるから、そんなに苛立ってるんじゃん」
淡々と、冷え切った瞳で語る鳴無。先程までの部屋に入ってヘラヘラと浮かべていた笑みは完全に消え去っていた。
すると、鳴無は不破を押し倒し、その整った顔を近づけてくる。
「ワタシはきらりんが好き。キスもできるしこのままセックスとかになってもぜんぜんOK。レズとかキモイとか言われても別にどうでもいい。それくらい、ワタシはきらりんが好き」
「っ、お前……」
鳴無は髪をかき上げ、左耳にだけついたピアスを揺らす。
「でも、今のきらりんはダサくて、好きじゃない」
彼女は不破の胸の中心に指で触れ、表情を歪ませる。
「自分がなにに怒ってるのかくらい、ハッキリさせなよ」
声に出して、外に吐き出せ。
内側で完結させようとしたって、堂々巡りするだけでなにも解決などしない。
「愚痴、聞いてあげるから」
釈然とない様子で、鳴無は不破から離れる。
不破は布団の上で胡坐を組んで、
「お節介とか、マジでうぜぇ」
などと言いながらも、
「アタシ……宇津木と一緒にいっと、なんか妙に、モヤる時とかあって」
不破は太一について、最近になって色々と謎の感情に振り回れていることを打ち明けた。
それはきっと、一度は本気で殴り合い、感情や想いを隠さなくなった鳴無相手だからこそ、出てきた言葉だったのかもしれない。
「――さっきも言ったけどさ、きらりんはもうちょっと自覚しようよ」
そうして、鳴無は
「あなたは自分が思うよりずっとずっと、彼のことが気になってるんだ、ってことを」
不破にハッキリと、そう言った。
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