神様デート回を用意するならもっとマシなものにしてくれ
『わたしナニかやっちゃいましたかパートⅡ』
過ちは、繰り返されるというのか……
学校サボってきたるは大型スパリゾート施設。大浴場からお一人様ご用達ツボ風呂まであらゆる入浴施設を完備。子供も遊べる温水プールやスライダーもついて当然サウナだって揃ってる。一階のフロア全てを丸々使った多種多様な岩盤浴も用意と至れり尽くせりの施設である。
娯楽と安らぎを同時に提供。ここはましくテルマエユートピア。老人から赤子まで誰もが楽しめるアミューズメント温泉施設。
驚くことなかれこの施設、実際に地下から温泉を引いたガチなヤツ。
しかも水着を着用して男女混合で施設を回れる、これぞまさにカップルキャッホウパリピもニコッリ。
遊んでよし癒されてよし。
しかしここにまるで癒しなどとは真逆な顔をした少年が一人。
……うっそ~ん。
太一の口にした提案がまたしても彼自身の首を絞め上げる。ここまでくるともはやお家芸の領域である。
だがこんな十八番は望んでない。鉄板芸ならよそでやれ。ことごとく太一の考えが裏目に出ている。もはや出目が1しかないサイコロを振らされている気分である。誰か弁護士を呼べお空の神を告訴してやる。
「ここくんのも1年ぶりだなぁ。おら行くぞ宇津木」
「……はい」
片足が不自由な不破に肩を貸す。ロビーで受付と水着のレンタルを済ましていざ中へ。
さすがに男女で着替えは別である。不破は片足ケンケンで更衣室へと消えていく。
周りを見渡せば水着を着た男女の姿が幾人も。比率としては20代から30代が最も目立つ。平日の昼間にも関わらずなかなか人が多い。さすがは大型レジャー温泉施設といったところか。
インドア派を地でいく太一にはもはや異空間とそう大差がない。あのタクシー運転手も余計なことをしてくれたもんである。もっと手ごろかつ男女別で利用できる施設に案内してくれればいいものを。
いやある意味では不破の足を気遣った見事なチョイスではあるのだが、今この瞬間にタクシードライバーとしての本領を発揮しないでほしかった。間が悪いったらありゃしない。
手首に巻いた鍵付きのリストバンド。これ一つで施設内の自動販売機や食堂の利用、レンタル品の貸し出しが簡単にできてしまう。施設を出るときに利用料900円(岩盤浴施設利用を除く)と併せて一気に清算するシステムだ。
もっとも太一たちの目的はサウナのみ。使っても自販機で水を買うくらなものであろう。
それでも1000円近く飛んでいくため財布には決して優しくない。
近所の銭湯なら500円で風呂、サウナ、ビン牛乳の3種にありつけるというのに……
『いやまだアタシ一人だと歩いづらいんだけど。風呂場でケンケンとか自殺行為じゃん』
そう言われてしまえばぐうの音も出ない。だがそれなら霧島でも誘えばいいだろうに、なぜここで自分が彼女を支える羽目になるというのか。
「はぁ……」
一体いつからついてしまったのか、癖になった溜息が漏れ出てくる。
なんだったら一回ごとに生気さえも漏れ出しているような気もする。が、きっと気のせいではあるまい。メンタルポイントがカンナがけされる勢いで削り取られていくようだ。
おまけに今回は水着を着て人前に肌を晒さなくてはならないときた。なにを女性みたいなことをと思うかもしれないが思春期の男子が太った体を他者に見られることに抵抗を覚えるのは至極当然のことだ。それにインドアをこじらせてきた太一からすれば赤の他人の前で服を脱ぐという行為自体がかなりの苦行なのである。
が、いつまでものんびりしてはいられない。
不破を待たせて怒られるのもそうだが、彼女は足を怪我しているのだ。ここでもたついて不破の怪我がまた増えるようなことになっては目も当てられない。
太一は学校をさぼった理由をどう説明しようか、不破とまた二人きりでどんな精神攻撃をされるのか。とにかく胃に悪いことばかり、まったく辟易するしかない。
「行くか……」
意を決して水着に着替える。
ハンドタオルを片手に引き戸を開けると柔らかい熱気に出迎えられる。一気に視界が開け、目の前にはデカデカとしたスライダーがそびえていた。
時間帯もあるが学生の姿はほぼ皆無。いたとしても小学生以下の児童くらいなものだ。キャッキャッとはしゃぐ姿はなんとも可愛らしい。しかし太一の内心はそんな無垢な姿を前にしても癒しがもたらされることはなかった。彼がペドでなかったことが悔やまれる。こんな時ばかりは特殊性癖にでも開眼して目の前の現実から逃げ出したいものである。
もっともそれが仮に太一に幸福をもたらすかは謎であるが。
何なら警察の御厄介になるか不破にいびりたおされるかという四面楚歌でしかない。
しかしここで腐ってても始まらない。太一は不破を探す。しかしまだ彼女の姿はない。あの足である。着替えに戸惑っているのだろう。
太一は入り口の近くで待つことにした。再び視線を前に戻す。
大きな温泉プールで子供たちが親に見守られて遊んでいる。
無邪気な子供たちの姿が羨ましい。なんの憂いもなく、ただ純粋に与えられた娯楽を享受できることのなんと幸福であることか。
或いはそこかしこでアベック(死語)してる男女の二人組には殺意さえ湧いてくる。太一とて男女の二人組でこの場を訪れているというのにこの格差は一体何なんだ。
自分をこんな状況に陥れている誰かの存在を呪わずにはいられない。仮にそれがお天道様であっても構うものか。全力で呪詛の念を送り付けてやれ。なんだと罰当たりだって? しゃらくさい。当たる罰があるなら当ててくる相手を先ににゃんにゃんしてしまえばいいだけの話である。平和的だね。
太一のやさぐれた心が顔に出る。途端に彼の周囲から人気が去った。
親は子を連れ、カップルは顔を逸らしてそそくさ退散。遠巻きに太一を見つめる民衆は「え? ヤクザ?」、「かお怖っ」、「ママ~? あれな~に?」、「こらマ~くん、人を指さしちゃいけません! 殺されますよ!」などと好き勝手に囁いていく。
「おっす~おまたせ~」
そんな中で不破が登場。完全に染められた金の髪に、照明を反射する銀のピアス。そんな2人の組み合わせは余計に周囲の誤解を加速させていくことになるが、それはまだ本人たちの与り知らぬことである。
「んじゃ、さっそくいくか」
「そ、そうですね」
不破の水着はシンプルな黒のビキニタイプである。市民プールで見ていた競泳水着と違い、当然だが露出が多い。手にはタオル。痛めた足を庇うように少しだけ片足立ちである。
しかし以前と比べても明らかに全身から贅肉という名の呪いの装備がパージされつつあり、しっかりと女性らしい曲線的なシルエットが描かれている。無様に肉が水着の紐に乗っかてるということもない。特に顎の周りの肉が削げたことで顔の印象がだいぶ変わった。
ずっと彼女の変化は目にしていたが、こうして改めて全身を確認してみるとしっかりとダイエットの効果で出ていることが判る。
まだ僅かに摘まめる程度の肉は随所にみられるが、今の生活習慣を継続させていけば必ず理想的な体形を取り戻すことができるだろう。
「おい、あんま人のことジロジロ見てんじゃねぇよ」
「すみません!」
指を二本立てられて太一は条件反射で頭を下げた。まったくもってチョキなどじゃんけんだけで使ってほしいもんだ。目つぶしだけでなく鼻フックにも使えてしまうのだからなんとも攻撃力の高い形である。しかしそう考えるとじゃんけんの形は全て相手にダメージを与えられる形状をしているな、とどうでもいいことが太一の脳裏をよぎった。
「ったく……で、え~と、最初に風呂で軽く体を温めんだっけ?」
「は、はい……そうです」
「じゃ、適当にその辺に入ればいっか。ほら、肩かりっぞ」
「ど、どうぞ」
不意に薄着の不破が密着してくる。以前の服越しではない肌の触れあい。異性に全く慣れていない太一は、ここにきてようやく正しい意味でのドキドキを覚えた。頬が一気に熱を帯びて不破に視線を合わせることができない。
「あんた、顔キモイ。なんだ~? あたしとくっついて緊張してんのか~? ガッチガチじゃん。反応もきしょいんだけどw」
「う……」
散々な言われようである。が、不破からは以前のような強烈な攻撃性が感じられない。相変わらず人をバカにしたような態度こそいつもどおりではあるが、非常にマイルドな部類である。太一の感性もなかなかに安定して壊れ始めているようだ。
「ま、でもこないだはなんやかんや助けられちまったわけだし、帳尻合わせは必要じゃん?」
と、不破はなにを思ったか太一の腕をぎゅっと引き寄せ、より密着度を上げて来た。
そんなことをすればどうなるかなど紳士諸君ならお気づきであろう。彼の腕は不破の谷間にしっかりとホールドされることとなった。
「~~~~~~~~~~っ!?!?」
言葉にならない叫び、脳が鈍器で殴られたような衝撃に襲われ言語中枢がおしゃかになる。
「おい、しっかり歩けって。あんたがすっころんだら巻き込まれんのアタシなんだからな。そうなったらここの支払い全部もたせっから。お~ら! しっかり進め~w」
不破の顔は完全に相手をからかって遊んでいる者のそれだ。彼女も本来は異性との接触に躊躇などしないタイプである。ただこれまで太一とそういうことがなかっただけの話でしかない。
「あ、あの!? 不破さんは嫌じゃないんですか!? ぼ、僕にくっつくとか!?」
「ええ~別に~。つかアタシ、あんたをそもそも異性として意識したことねぇし。ま、これからもすっことは絶対にねぇけどなw」
「そ、そうですか」
なんとなく安心したような、それはそれで悔しいような、複雑な気分になる太一である。
不破からの精神&肉体攻撃(セクハラ?)に耐えつつ、なんとか温泉に入って体を温める。それにしても彼らの周辺からは相変わらず人が消えていく。不破はそんな彼等の視線の先に太一がいることに気付きつつ、『黙っていた方が面白そう』という理由で口をつぐみ、顔を背けて笑いを堪えている。更に内心では、これはこれで便利、とも思っていた。
ほどよく体温が上がってきたら、風呂から上がって全身の水気を拭きとっていき、いよいよサウナに突入した。
扉を開けると内部の熱気に顔が反射的に歪む。
が、中でデトックス中だった他の客たちは太一たちの登場に全員がぎょっとし、ほぼ二人と入れ替わるように逃げ出した。
「く、くくく……」
その様子に不破は太一に体を支えられながら口元に手を当てて笑いをかみ殺す。
しかし太一は無邪気にも「あ、ちょうど僕たちだけみたいですね」などとこの状況を生み出したのが自分だとはまるで思っていない。
それが余計に不破のツボを刺激して「ぶっ」とついに吹き出してしまった。
「え? あの、不破さん?」
「な、なんでもねぇよ……くく……いや、宇津木、あんた、サイコウだわ……くっ、くく……」
「???」
不破の不可解な態度に太一の頭には疑問符しか沸いてこない。
が、いつまでも入り口に突っ立ていては目的が果たせない。二人は段々になった席の一番下に隣り合って腰掛ける。
「どれくらい入ってればいいわけ?」
「え~と、たしか10分から15分くらいです」
「結構ながいんな」
「そ、そうですね」
不破とこれから最長で15分。これは熱で代謝を促進する健康法ではなかったのか。太一にとっては今の熱が釜茹で地獄と何が違うのか分からない。
何を話せばいいかもわからないし、沈黙も居心地が悪い。しかし振れる話題だってなんにもない。彼のコミュ障な部分がその本領をいかんなく発揮していた。せめてこの二人きりという状況だけでもなんとか回避できればと扉を見遣る。
が、ふと扉が開き人が入ってきたと思っても、太一の姿を見るやそっと扉を閉めて姿を消していく。
太一はその都度表情を輝かせ、都度ガックリと肩を落とす。しかし不破は太一の姿を観察してニヤニヤが止まらない。
と、不破は俯いて下を向く太一の背中に、パンと勢い良く張り手を喰らわせた。
「いった!? え? なんですか急に!?」
「一人で暗くなってんなよ。こっちまで気分沈むだろうが」
「えぇ……」
顔を横に向ける。足を組み口元に挑発的な笑みを浮かべた不破がいた。汗が全身に浮かび、顎から、髪の先から滴り落ちていく。
「あんたさ、もうちょっと姿勢くらい上げてろって。なんかそうやっていっつも体丸めてる奴と一緒とか、アタシが恥ずいんだけど」
「そ、そんなこと言われても……」
「あと、その話し方も直せし。いちいちつっかかんなって。なんかさ、オタク感丸出しなんよその話し方。聞いてる方、けっこうイラっとくっから」
急になんのなのだろうか。突如はじまった太一のダメだし。しかし、彼女からはそのキツイ言葉に反して太一を貶めてやろうという意思は見受けられなかった。
二人きりの空間。或いは彼女の気まぐれだったのかもしれないし、暇を持て余して太一を構っただけかもしれない。
「せっかくちょっとは見てくれもマシんなってきたんだしよ。だったらもっと自分変えてやれってなんないかなぁ、普通」
「……はい」
「いや『はい』じゃなくてよ……はぁ……まぁいいわ。つか、そろそろ限界~」
「もうそろそろ10分ですね。無理して体壊してもアレですし、もう出ましょうか?」
「え~? なんか中途半端って負けた気すんだけど。やっぱギリギリの限界まで行ってこその勝ちっしょ」
「なにと勝負してるんですか……」
呆れて太一がそう問うと、
「んなもん、自分に決まってんじゃん」
真っ直ぐに告げられた言葉が、思いがけずに太一の胸に突き刺さった。
ムシムシ(;`∀´)v (・Д・`;)ムシムシ
ダイエットはほぼ完了。
あとは追い込みかけて絞り切るのみ!
主人公の無自覚顔芸がこれからどんどん炸裂していくぞ!
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