好感度ってさ、時間だけじゃないんだよね
西住と別れてマンションに帰宅した太一。
リビングに入ると既にいつものメンバーが集まり秋穂を囲んでいた。
「あ、宇津木君っ」
こちらに気付いた様子の秋穂が太一に振り返った。
思わず彼女の姿に目を奪われる。
これまで暗めのコーディネートにスタイルを隠すようなゆったり目の服装を好んで着用していた秋穂。
そんな彼女が今、明るいトーンのカジュアルコーデに身を包んでいる。
顔を隠していた前髪はサイドに逃がし、ボサボサだった長髪は緩くウェーブが掛かっている。かなり重たい見た目から随分と垢抜けた印象に変化したものだ……いや、どちらかといえばこちらの方が彼女本来のスペックなのだろう。
少し前に西住家で見かけた秋穂の高校生時代の写真と雰囲気が似ていた。
しかし写真の秋穂と比べるとだいぶ追い付いた印象でパワフルだった高校時代と差別化されているように感じる。
「どう、かな……? 変じゃない?」
「え、ええ。お似合いだと思います。その……とても綺麗だと思います」
「う、うん。ありがと」
テレテレ……感想を訊いた方も、訊かれた方も二人で顔を赤くする。そこだけ空気の糖度が上がったような感じ。
鳴無は「へえ~……太一くんも隅に置けないね~」などと一人だけからかうような独り言を漏らす中、霧崎、大井の二人は笑みこそ浮かべているが目が一切笑っていない。
不破は胸に沸くモヤっとした感覚に顔を顰める。
外見至上主義で実の姉を貶した西住に対する仕返しを実行する意味では、秋穂の変化は目的達成は喜ばしいものなのだが。
イライラが止まらない。
秋穂が太一に対して信頼感を寄せている理由もその経緯などを見ていれば納得できる。
加えて秋穂の見た目を徹底的に改善して西住に自分の発言を後悔させてやろうと画策して後押したのは自分だ。
太一の知恵と妙な実行力、秋穂が元々そなえていた努力の才能……そして今日の女子メンによる秋穂の服装&髪型でのイメチェン。
これらの要素がうまいことはまった結果として今の秋穂は通りを歩けば男の視線を集めるのには十分な容姿を取り戻した。
細かいところを突き詰めていけばまだまだ改善の余地は残されているものの、これは8割がた完成&達成とみても問題ないだろう。
順調である。思惑は確実に自分が思い描いていた通りに運ばれている。秋穂の元々のスペックとかポテンシャルやらが高いということを差し引いても、むしろ不破からすれば自分の時と比べて歯ごたえがなさすぎて拍子抜けしたほどだ。
服を買って自宅に戻ってからギャルたちに囲まれて髪型をいじられ(ノリとテンション任せ)、服を着替えさせた。
帰宅してきた太一の反応からも、秋穂のイメチェンは大きく成功したとみて間違いない。
にも関わらず、自分は太一が秋穂を前に顔を赤くしてる事実にモヤッている。
大井の時もそうだ。彼女が太一の幼馴染と知れて、海で二人が親密な距離感で接していた時も感じたこの感覚。
無駄に肌がヒリヒリして、胸がムカムカして、頭がジンジン痺れてくる。
「今日ね、皆に服を選んでもらったの。前は自分でこれいいな~、なんて思ったら手に取ってたんだけど……今はなんか、自分がこういうの着ても似合わないなぁ、なんて思っちゃうようになってて」
――秋穂は太一の前で自然な笑みを浮かべ、
「でも、皆に協力してもらってるのに、自分で自分を否定ばかりしてちゃダメだよね、って思って。思い切って買ってみたの」
「秋穂さんはちゃんと自分で前に進めてるんですね」
「太一くんが切っ掛けをくれたから……」
秋穂の太一を見る目が、なにか……
「あきほさ~ん、まだ全部終わってないのでもうちょっと付き合ってもらっていいですか~?」
すると、温度が上がっていた二人の間に大井が作り笑いを浮かべて割り込んだ。
秋穂は「え? え?」と困惑した表情を浮かべつつも連行されていく。太一も急な大井の動きに唖然。
まだなにかするつもりなのか、と訝しみつつ、女性ファッションに疎い自分は口出しすることができない。
大井は秋穂を窓際に立たせてスマホで写真を撮影。被写体の困惑もどこ吹く風で「うん、いい感じ」と納得顔だ。
すると、今度は霧崎も秋穂を囲んで「それじゃ次は余所行きスタイルから部屋着スタイルもいじってくよ」などと、太一がいる前に関わらず秋穂の服を脱がしにかかっていた。
鳴無は手に櫛やらヘアピンやらを装備して「それじゃヘアスタイルもいじっちゃおっか~」などと秋穂ににじり寄る。
目を回す秋穂をしり目に「そ、それじゃ~」とリビングを後にする。
しかし、不破が太一に近付き、彼に並んでもみくちゃにされる秋穂を一緒に見つめながら。
「男ってああいう感じの女子好きそうだよな」
「はい?」
「なんつうの? 守ってやりたくなるっていうか、素直でいじらしいっていうか? 前の姉貴のことは知らねぇけど、今はなんつうかそんな感じしてんじゃん?」
「まあ、たぶん?」
女性のタイプについてあまり考えたことのない太一は、不破の問い掛けに曖昧に応じた。
「宇津木もああいう感じの女が好みなわけ?」
「えっと、どうでしょう……というか、急にどうしたんですか?」
「さっきのあんた、めっちゃ鼻の下伸びてたから、ああいう感じのがタイプなのか、って思っただけ」
「…………不破さん、なんか怒ってます」
「は?」
なぜか睨まれた。
不破は金髪をクシャっと歪め「まぁ別にあんたの趣味とかどうでいもいいけどな」などと言いながら秋穂たちの方に歩いて行った。
「……うん?」
太一は首を傾げつつ、秋穂がいよいよ下着姿にされていることに気付いてその場を立ち去った。
部屋に入り、リビングでの喧騒を遠く耳に聞きながら、スマホのメッセージアプリを起動し、大井のトークルームを開き、
『さっきの秋穂さんの写真
送ってもらっていい?』
と、送信。
すると、廊下から勢いよく廊下を駆ける音がした。
「たいちゃん、なんで秋穂さんの写真が欲しいわけ?」
「ウチにも説明もらっていい?」
大井と霧崎の二人が部屋に突撃をかましてきた。
その目は妙に冷え切っており、口元の笑みと比例して胃が委縮した。
なぜいきなり自分が詰められているのか理解できず、太一は素直に今日の夕方に西住と会ったことを説明。
「明日、学校で写真を見せようかな、と……思いまして」
繋ぎは仲持にでも頼めば行けるだろう。
あとで今日のことを報告しておく必要もあるし、ついでだ。
「ほんとに、それだけ……?」
大井が疑いの眼差しを向けてくる。
「お姉さんの写真つかって変なことしたりしない?」
「なんですか変な事って」
「そりゃピーーーーとザーーーー以外にないっしょ」
「ぶっ!?」
霧崎から一切の躊躇なく出てきた直接的な表現に思わず吹いた。
乙女としての恥じらいは既にどこかに置き忘れた末にカラスの餌にでもなってしまったらしい。
「霧崎さん……もうちょっと言い方とか……いえそれより、変なことなんて考えてないです」
「ほんとかな……」
なんでそこまで疑われなくてはならないんだ。
こんなことならさっきのタイミングで秋穂に写真をお願いしておくんだった。
いや、もう部屋着スタイルでもなんでもいいから写真を撮らせてもらった方が手っ取り早いか。
「もういいです。秋穂さんに撮らせてもらえないかお願いしてみま、」
「「ダメ」」
「え~……」
変なところでシンクロしないでくれ。
二人からしてみれば、太一が秋穂の写真を欲しがったことで、秋穂が『彼は自分に関心があるのでは?』などと思わせてしまうかもしれない。
今の秋穂は精神が弱っていたことも手伝って、親身になってくれている太一に一歩でも踏み込まれたらすぐにでも落ちてしまいそうな状態でいる。
女として勘が告げていた。
――秋穂の想いはあと一押しで明確な形を得てしまう、と。
ここで太一に秋穂への必要以上の接触とリアクションを取らせてはいけない。
「写真でしょ。とりあえず送っとくから」
本人の承諾がないのは問題な気もするが……今の秋穂なら恥じらいを見せつつ、太一が欲しがってるなら、と普通にOKしそうだ。
太一のスマホに秋穂の写真を(しぶしぶ)送り、大井と霧崎が部屋を後にしようとしたその時、
「ねぇねぇ太一くん! これどう? めっちゃくちゃ可愛くない?」
「お、鳴無さん、これは……ちょっと~……」
と、鳴無に無理やり引っ張て来れられた秋穂は、ダブルジップのロングパーカーにショートパンツというスタイルを太一にお披露目。大きめのフードにはファーがあしらわれたデザイン。ゆったりと部屋でリラックスもできるし、近場ならこれで外出してもよさそうだ。
ショートパンツから伸びた素足がとても眩しい。非常にいい仕事をしてやがる。
モジモジと顔の赤い秋穂に、
「そういう格好も似合ってますね」
「う、うん……ありがと」
今の秋穂にはとことん肯定的な言葉を掛ける。
それが彼女に前を向かせる一番の特効薬になる。
太一は自分も恥ずかしいのを押し殺し、言葉を吐き出した。
「あ、そうだ。秋穂さん、よければその恰好の写真、撮らせてもらってもいいですか?」
途端、大井と霧崎は鳴無を羽交い絞めにして「え? なになになに?」と連行されていった。
とても余計なことをしてくれたこの女には制裁を加えてやらねばなるまいて。
そして、写真を求められた秋穂はと言えば、
「えっ……写真? この格好の? うぅ……どうしても、ほしい?」
「秋穂さんが嫌じゃなければ」
「……い、いいよ」
太一の申し出を、頬を赤くしながらも受け入れたのだった。
投稿再開しました。
次回から物語が動き始めます。
いよいよ体育祭に向けて、太一は不破と西住の確執へ切り込んでいく感じです。




