意中の彼が伏兵製造機になちゃった
大井は日も沈みかけた隣町のカフェで、カフェオレを啜っていた。空調の効いた店内はほのかに温かく、外を歩いて冷えた体をちょっとずつ温めてくれる。
今日は実に騒がし……賑やかな一日だった。
目的は秋穂の服を買いに行くこと。最初は太一も誘ったのだが断られてしまった。
今は不破と彼女が中心のグループに鳴無が加わり、会話が盛り上がっている。まあアレは盛り上がっているというよりちょっかいをかける鳴無と不破がじゃれ合って騒いでいるだけか。会田たちがそれを冷やかしたりからかったりでもはや騒音レベル。店への迷惑待ったなしである。
大井は隣に座る秋穂に対人スキルを全面押し出した笑みを浮かべて問い掛ける。
「なんか色々と振り回しちゃってすみません」
「ううん、気にしないで。私も、楽しかったから」
などと言ってはいるものの、疲労の色を浮かべた顔での言葉では判断に迷うというものだ。
彼女は仮にも自分達より年上。こちらに気を遣ってくれている可能性もある。
「でも今日のお姉さんめっちゃ可愛かったよね」
なんて、正面に座る霧崎言われれば彼女は顔を赤くして視線をそらしてしまう。
確かに彼女は年上とは思えない、どことなく庇護欲をそそられる雰囲気を醸している。同時に、無性にいじりたくなる空気感もまとっていた。
……これで昔はやり手の生徒会長で、全国模試のトップで、陸上短距離で結果を出してたんだからねえ。
きっと、今とは比べ物にならないくらい、活発な性格をしてたんだろう。
人間、本当にどう転ぶか分からない。
過去の栄光も、ほんのちょっとした油断で全てが崩れてしまう。
改めて秋穂を見遣る。
彼女は買ってきた服の袋を見つめて柔らかい笑みを見せる。
こうして間近に彼女を観察すると、顔のパーツバランスが非常に整っていることがわかる。
最近は肌ケアも入念にしているという話だし、今日は薄く化粧がほどこされている。
目立っていたクマがほとんど隠され、彼女の魅力が引き立てられる。
それに、彼女は最近の運動習慣で姿勢がよくなり、今も意識的に背筋を伸ばしている。そのおかげもあってか、彼女のスタイルの良さが浮き彫りになってきた。
改善というの名の発展途上。この段階でこれなら、目的を果たした時に彼女はどこまで行ってしまうのか。
不破や鳴無というスタイルおばけという存在を間近に見てきた大井でも、そこに年上という要素が加わったらどうなるか分からない怖さのようなものがあった。
もしも高校時代の彼女が不破や鳴無たちと並んでも、その容姿は決して見劣りなどしなかっただろう。
大井は危惧していた。
海で再会してからの太一は霧崎の一件を踏まえても非常に厄介な方向へと成長しているような気がしてならない。
……秋穂さんのたいちゃんを見る目さ……ちょっと危ないよねえ。
状況的に仕方ない気はするが、最近の秋穂は太一と距離が本当に近い。
「その服、気に入ったんですか?」
「え?」
「だってさっきからずっと見てますし」
「そ、そう? 服なんて久しぶりに買ったから、浮かれてるのかも」
それに――と秋穂は続ける。
「宇津木君、こういうの好きかなぁ……なんて」
ピクッ。
大井と霧崎がその言葉に静かな反応を見せた。
表情こそ変わりなく、しかし彼女たちは確実に色のついた感情の波動を感じ取っていた。
すると、彼女はまるで畳みかけるように、
「ね、ねえ……宇津木君って、不破さんとお付き合いとかしてるのかな?」
「え? なんでですか?」
ビキッ。
危ない。表情が色々と崩壊しかけた。
霧崎も同じだろう。スマホを握る力強すぎてなにかメキメキ音をさせている。
「なんか、あの二人ってとても距離が近いように感じるから……それにもしお付き合いしてたら、私がずっと側にいるのは迷惑じゃないかな、って思うし」
「……それは、確かに」
理屈は通っている。
しかし大井は内心色んな意味で穏やかになれない。
まずこちらの事情を何も知らず、客観的に見たときに太一と最も親しく映るのが不破であるという点。
そして、異性に対してカレシ・カノジョの存在を確認する行動というのは、相手に気がある、というシグナルである可能性が高いからだ。
大井と霧崎は思案する。
ここで太一と不破は交尾と関係ではないことを伝えることのメリット・デメリットを。
まず、否定すれば秋穂という存在が非常に厄介な相手に変貌する恐れがある。
しかし否定しなかったらしなかったで、太一と不破の仲を自分達で肯定するような格好になってしまう。それは心理面的にもかなりキツイ。
ただでさえ自分達は『遅れている』という認識なのに、ここにきて気持ちまで一歩引いてしまうような発言はしたくない。
……いやいやいや、そもそもないでしょ。
だって、
太一はまだ一七歳、高校二年生。対して秋穂は(休学しているが)大学二年生……と聞いている。
成人した人間が未成年とお付き合いするなどあまり褒められたことではない。
一歩間違えば青少年保護条例違反である。
そうだ、つまりそこまで気にしなくても問題ないではないか。
いや、しかし待て。
確か最近になって成年と定める年齢は引き下げられて十八になった。
時間的な猶予があると言えあと一年未満であれこれ(実質)できてしまうということにならないか?
まずい思考がぐーるぐるしてきた。
「キララとウッディは別に付き合ってないよ」
「っ!?」
と、大井の不意を突くように霧崎が暴露した。
思わず目を剥きそうになってしまう。
霧崎からも秋穂が太一に気がありそうな様子は伝わっているはずだ。
彼女ほど他人の機微に敏感な人間がそこを間違えるとは思えない……まだ可能性の段階だとしても。
一体なにを考えて……
「ていうか、ウッディって別にウチらの誰とも付き合ってないし……『今』はまだ」
「そ、そうなんだ……へぇ……まだ」
おおい! 秋穂がなんか一気に乙女な顔になってないかこれ!?
ほんのりと頬を染めて、なんだかいきなり上の空になって買ってきた服をぎゅって!
これ確実に買ってきた服を誰かに見せて感想を貰う場面とかいろいろと妄想してるんじゃないか!?
大井はなにを考えているのか分からない霧崎に視線を向ける。
彼女は素知らぬ顔してレモネードに口を付けている。
なぜこのタイミングで競争相手を増やすような真似をする?
ただでさえ彼女は出遅れているというのに、これではむしろ自分の首を絞めるだけではないのか。
疑問符を躍らせる大井に対し、霧崎は少しだけ冷静になって今度の展望を想像する。
仮に、秋穂の気持ちが太一に傾いていたと仮定する。
もしもそれで秋穂まで太一へのアピールを開始した場合、太一はキャパシティーオーバーを起こしてテンパる可能性が高い。というか現時点でかなりパニック状態だろう。
しかし、そこでもしも仮に誰か一人でも太一の現状に寄り添って問題に向き合えばどうだろう。
太一の中でその人間の評価が迫ってくる『だけ』の相手から『頼れる相談役』に切り替わる。
霧崎も最初は出遅れている現状になりふり構わず太一にアピールを仕掛けてきたが、少し冷静になってみればそれは悪手に近い。
ならば攻めのスタンスを変えていく。
特に霧崎は太一から不破の一件など色々と相談を持ち掛けられた実績がある。
つまり頼るというハードルが太一の中で一番低いのは自分。
秋穂は幼馴染という気安さはあってもずっと好き好きアピールを繰り返しているため恋愛事に関しての相談などまずできない。
秋穂がアピール合戦に参加して太一が困惑した時、霧崎はこれまでのもうアピールを少し引っ込めて、冷静に彼の立場になって相談を持ち掛けられるように立ち回る。
そう難しくはないはずだ。それとなく彼の感情と現状に探りを入れるような言葉選びで会話を誘導すればいい。そしてタイミングを見て『なにか相談があるなら聞くよ』などと言って太一の気持ちに本格的に踏み込んでいく。
自分の気持ちに同調してくる相手を意識せずにはいられない。
競争相手を増やす可能性のある選択肢を選んだのは諸刃の剣ではあるが、今のところ自分に勝ち目があるとすればこの方向性か。
「……宇津木君、なんて言ってくれるかな……」
が、決して油断してはいけない。
というか油断などできるはずもない。
秋穂は相変わらずぽやんとしている。
正直、メンタルを一度壊された人間がいきなりレースに参加するというのはハードルが高い。
しかし、過去に色々とやらかしているギャルたちと違い、秋穂は現状太一が一切のマイナス感情を持っていない相手なのである。
それこそが、秋穂の持つ最強のアドバンテージ。
霧崎と大井は秋穂を見遣る。
同時に、ここにいはない太一のこと思い浮かべた。
最近になって一気に加速していく、彼の伏兵製造っぷりに、ほんの小さな苛立ちを乗せながら……
連投は今日までになります
この作品のタイトルは『毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない』です
秋穂はギャルじゃないので、タイトル詐欺にはなりません、ならないったらなりません
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