自分から動き始めると興が乗るよね
太一たちが登校していくのを見送った秋穂は、先日訪れたばかりの宇津木家で一人、ソワソワと落ち着きなくリビングで体を揺らしていた。
慣れない間取り、慣れない景色、慣れない家具。
つい1時間前まで、ギャル4人が集まって騒いでいたのが嘘のような静けさ。
涼子は仕事で8時前に家を出た。出かける直前に『冷蔵庫にお昼ごはん入ってるから、温めて食べてちょうだい』と残していった。
なにからなにまで迷惑を掛け通しで、いよいよ自分の不出来を嫌悪しそうになる。
「はぁ~~~~~~~……」
これまた慣れない天井を見上げながら、秋穂は深く長い溜息を吐き出した。
自分はなにをやっているんだろう。
弟のクラスメイトの家に転がり込んで、自分からはなにも行動できず太一におんぶにだっこ。
きっと高校時代の自分は今の自分を見たら、烈火のごとく切れ散らかすに違いない。
思わずソファに転がりそうになってしまうところを、ふと目に入ったゲーム機に視線が吸い寄せられる。
『好きに遊んでもらっていいですよ』
太一からそんなことを言ってもらっていたのを思い出す。
秋穂はこれまでゲームはスマホの簡単なものしかやったことはない。
高校時代は体を動かす方が性に合っていたし、スマホはもっぱら動画鑑賞かSNS、アプリでクラスメイトとやりとりをするために使っていた。
周りから『これおススメだよ』と紹介されたソシャゲもいくつかあったが、結局インストールしても長くは続かず、すぐにアンインストール。
昨日は高校生ギャルに囲まれながら、パーティーゲームに誘われて慣れない操作に手間取った。
「……ちょっと、やってみようかな」
秋穂は先日はミニゲームだけだったフィットネスゲームを選ぶ。
これなら体感操作で他のゲームよりなんとなく触りやすいと感じたのだ。
「えっと、ゲームの起動は……え? これであってるかな」
四苦八苦。スマホで色々と調べながら、ようやくゲームを立ち上げた秋穂。
初期設定もなんとか終えてゲームをスタート。画面の指示に従って準備運動をして、チュートリアルが始まった。
さわりだけなら昨日のうちに遊んでいたため操作は覚えている。
しかし敵シンボルにぶつかっての戦闘はまだ未経験で、秋穂は最初に設定されているフィットネスをこなして敵にダメージを与えていくのだが……
「ん、んん~~……っ」
しばらく運動してこなかった体は少し硬くなり、以前はできていた簡単なメニューをこなすのにも難儀。
最初のチュートリアル戦闘を終え、バタ足でのジョギングからステージの敵とエンカウントしては戦闘、と繰り返し、クリアする頃には額から汗が滴っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ…………」
着ていた服が汗を吸っている。
部活をしていた時はこの程度の運動で息を切らすことなんてなかったのに、確実に体力も筋力も落ちている。
しかし、
「で、でも……ちょっと楽しいかも」
最初はゲームということで、運動と言っても『もどき』のようなものだと思っていた。
しかし実際にやってみると、想像していた2倍はキツイ。
部活をやっていた頃でも、使う機会の少ない筋トレをこのゲームでやっていたら、それなりに疲労感を覚えていたかもしれない。
だが、数年ぶりに実施した筋トレは、昔の生活習慣を思い出せてくれた。
最初のチュートリアルステージは全部で3つしかない。
最後のボスステージを挑む。
「う~~……キツイ~~……」
巨大なボスモンスはこれまでの敵と比べても明らかにHPの量も多い。よってこなさなくてはいけないフィットネスの回数も増える。
が、そこは最初のボス。ゲームどころかリアル体力をごっそりと持って行かれてしまったが、クリア難易度は高くない。
そして、
「か、勝った~…………」
もはや全身が汗びっしょりだ。
ステージを終えて床にへたり込む。すると、今日の運動を終えるかどうかの選択肢が出てきた。
「きょ、今日はもう、終り……」
終了を選択。フィットネス後の柔軟に「はぁはぁ」いいつつ取り組み、秋穂はゲームの電源を落とした。
「うう……ちょっと気持ち悪いかも」
気分ではなく、汗を掻いた体が。
今着ているのは自前の服だが、汗を吸った箇所の色が変わっている。
これはすぐに洗った方がいいだろう。
「勝手に洗濯機つかっていいのかな……」
同時にシャワーも浴びたい。
秋穂はスマホを手に取り、太一にメッセージを送った。
今の時間なら確か休み時間のはずだが。
『宇津木くん
急にごめんね』
『宇津木君のゲームを遊んだら
汗を一杯掻いちゃって
シャワーと洗濯機を借りたいな、って思ったんだけど』
申し訳ない気持ちを胸に、メッセージを送信する。
直後、秋穂の画面にメッセージではなく着信が入った。
慌てて通話ボタンをタップすると、
『あ、急にすみません。宇津木です』
太一の声が聞こえてきた。
『メッセージだと時間がちょっと厳しかったので……シャワーも洗濯機も、好きに使ってもらって大丈夫なので』
「う、うん。ごめんね、なんか……迷惑ばっかりかけ」
『あの』
ふと、太一が秋穂の言葉を遮るように問いかけてきた。
『ゲーム、楽しかったですか?』
「う、うん……あのリングを使ったヤツね、やってみたの。あはは……ちょっときつかった、かも」
『ああ。僕も最初は死ぬかと思いました』
「でも……その、楽しかった」
『なら良かったです。アレを続けたら、秋穂さんならすぐに痩せられると思います』
「そうかな……そうなったら、なにか変わるのかな」
『前、僕の姉さんに言われたことなんですけど』
――変わりたいとそう思った時から、人はもう変わり始めているんです。
『秋穂さんはもう一歩を踏み出せてます。今日、自分からゲームをやってみよう、って思ったんですから』
それだけでいい。たったそれだけの前進でも、進んだ事実には変わりない。
『こう言っちゃうとアレなんですけど、昨日うちに来た不破さんたちとか、本当に自由に過ごしてるんで、秋穂さんも気にしせず、やりたいと思ったゲームとか観たいテレビとかあれば好きに触ってみてください。シャワーも洗濯機も許可とか大丈夫なので』
むしろ、自分の持ってるゲームに興味を持ってくれると嬉しい、と残して太一との通話は背後から消えてくる鐘の音と共に切れた。
秋穂はスマホを手にしたまま、少しの間その場で目を閉じて、すぐに脱衣所へ向かった。
洗濯機に汗を吸った服、下着をネットに入れて放り込み、スイッチを入れる。
シャワーを浴びながら、鏡で思わず自分の裸身を見つめた。
過去の自分とは比べ物にならないほどたるんでいる。
髪も適当に伸ばされ、手入れもほとんどしてこなかったせいか傷みが激しい。
ハッキリ言って、見ていて辛くなる。
『動きが綺麗ですね』、『背筋を伸ばしているとカッコよく見えます』
今朝の太一の言葉を思い出した。お世辞、ではないという。
こんな自分にも、そんな風に思ってくれた。
秋穂は鏡の前で、背筋を伸ばす。
特にお腹に力を入れたわけでもなく、それだけでぽっこりとしたお腹が凹んだ。
『変わりたいとそう思った時から、人はもう変わり始めているんです』
秋穂はお湯とは別に、体の芯に熱を帯びるような感じを覚えた。
前髪をかき上げる。薄くなったとはいえ、クマの浮いた目元、手入れを怠ってきた肌は荒れている。
「久しぶりに、やってみようかな」
好きにしていい、太一の言葉を反芻させながら、秋穂は汗を流してから「すみません、ちょっとだけ」と涼子の使っている洗顔料を拝借、昔の感覚を思い出しながら、泡を立てて優しく顔に押し当て、擦らないように汚れを落としてからぬるま湯で洗い流す。
タオルも、擦らなうように押しあてて水分を吸わせた。
「はぁ……」
なんだか、気持ちよかった気がする。
本当は自前のもののほうがいいのだが、化粧水、美容液……それと乳液の代わりに使っているのか置いてあったワセリンを順番に肌へ重ねていく。
「……」
すぐに変化はない。
ただ、ちょっとだけ嫌いな自分から変わった気がした。
……気のせい、かもしれないけど。
「宇津木君」
私、変わってるのかな……変われて、いるのかな。
前に、進めているのかな。
もし、もしもそうなら。
「君が、引っ張てくれてるからだよ」
秋穂の顔に、少女のような自然な笑みが浮かんでいた。
(⁎ᵕᴗᵕ⁎)
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