おい待てちょい待て主人公よお
「――散歩、ですか?」
早朝5時過ぎ。
太一はいつも不破と待ち合わせをしている公園を秋穂と共に訪れていた。
近くには不破の姿もある。彼女は太一の言葉に訝しむ様子を見せていた。
「おい、なんでんな年寄りみてえなこと今更やんなきゃなんねえんだよ」
「別に散歩は年寄りに限定されたことでもないと思いますけど」
不破のちょっと問題になりそうな発言に太一は苦笑した。
「見た目を改善つったらまずはダイエットとかじゃん? 散歩でどうにかんのかよ?」
「秋穂さんの場合、太っているのとは少し違うと思うんです」
見たところ、秋穂の顔や手足はたるみこそあれ贅肉がついているといった印象はない。
しかし服の上からも分かるほどにお腹だけがぽっこりと前に出てしまっているのだ。
「たぶん、秋穂さんは姿勢が極端に悪くなってるんだと思います」
姿勢が悪くなるだけで人の印象はガラリと変わる。それだけに留まらず、本来はスッキリしているはずのシルエットも崩れてしまうのだ。
太一から見ても秋穂は明らかに肩が丸まっている。
そのくせ背中が沿ってしまいお腹がまえに突き出した状態になっているのだ。
「試しに、少しだけ意識的に背筋を伸ばしてみてください。それだでお腹が凹むと思います」
秋穂は背筋を伸ばし、自然を前に反りそうになるところを不破に支えられながらその場に立つ。
「お、マジだ。だいぶぽっこり解消してんじゃん」
服の上からも分かるほど迫り出していたお腹が、意識して真っ直ぐに立つだけで見違えるほど解消される。
秋穂の格好……前髪を極端に伸ばして顔を隠し、俯きがちな視線からも分かる通り彼女は今、人目を極端に恐れている節がある。家の中でも体を丸めている時間が長いのだろう。それは家族からの自分を見る目さえ気にしてしまう状況下にあったが故に。
「秋穂さんの見た目改善は、基本的に体幹を鍛えて姿勢を矯正する方針が一番だと思います」
副次効果でお腹の筋肉も引き締まり、スタイルもよくなるはずだ。
とはいえ、根本原因である彼女の自己肯定感の低さをどうにかしない限り、同じことの繰り返しになってしまう。
太一の時は後ろ向きになると強引に前を向かせようとしてくる強ギャルの存在があった。
当時はそれでかなり振り回された印象もあるが、結果からしてみれば太一は前と上を向けるようになった。
同じことはできないだろうが、彼女にはまず『肯定』することを前提に付き合う必要がありそうだ。
「秋穂さんは陸上の経験もあるみたいなので、まったく運動してこなかった人と比べても筋肉のつきは早いと思うんです」
ブランクはそれなりにある、十代と比べて筋肉の生成は衰えもあるかもしれないが、いうて彼女は二十代前半。まだまだ体をいかようにもいじくれる年齢だ。
「散歩は歩く姿勢を常に意識しましょう」
準備運動としていつものラジオ体操を行い、太一たちは冷たい空気が満ちる早朝の公園を、ゆっくりと時間を掛けて歩く。
時間の目安はおよそ20分程度。
太一たちも一緒に試行錯誤しながら、秋穂と並んで歩いて行く。
まずはとにかく背筋を伸ばす、次いで胸を張り、視線は真っ直ぐ遠くを見るように。
肩ひじ張らずにリラックスして腕を大きく振り、腰の回転を意識して歩幅はいつもより広くなるように歩く。
地面を蹴る時もベタっと足裏全体を使うのではなく、爪先を使うイメージで。
「な、なんか歩くだけでこんなに色々意識したことないから、ちょっと変な感じかも」
「僕もです」
「なんとなくだけど、競歩の感じに近いかも」
言われてみれば、横から見た動きは少し似ているかもしれない。
「う~ん……なんかこれ走った方が楽な感じすんな」
不破は慣れない動きに眉間に皺を寄せる。
「それじゃ、不破さんは今からランニングしてきますか?」
不破がいなくとも秋穂との朝活は問題ない。
「お前はどうすんだよ?」
「僕はこのあと、秋穂さんのストレッチを手伝おうと思います」
体幹を鍛えるのと同時にストレッチで姿勢改善を促す。
できることはなんでも取り入れ、少しでも早く彼女の抱える問題を改善させたい。
「……一人で走ってもつまんねぇし、言い出しっぺのアタシが抜けんのはちげぇだろ」
「えっと、それはつまり?」
「アタシも一緒にやるつってんだよ!」
「いった!?」
ゲシッと太一のお尻に蹴りが入る。
久しぶりの不破の理不尽。
秋穂が「だ、大丈夫?」と心配そうに声を掛けてくれた。
「い、いつものことなので、気にしないでください」
「い、いつもこんな感じなの?」
前髪の奥からドン引きしたような視線の気配を感じる。
太一からしてみれば(納得はしたくないが)日常のことである。
そこに今さら疑問も疑念も抱く余地などない。毛ほどもない。そうでも考えてないとやってらんない。
「おら行くぞ! 姉貴をバチクソに仕上げてあのク○ッタレな昇龍をぐうの音もでねえほどにぶっ潰すんだからな!」
身内を前にあっけらかんと潰す発言をかますバイオレンスギャル。
彼女の中で昇龍の評価が完全にイーグルダイブを決めながら下降している現状。
彼女の溜飲を下げる意味でも秋穂の見た目を改善するのは方針として間違ってはない。
しかし懸念点も当然ある。
ただでさえ西住は一度不破からプライドを木っ端みじんに粉砕されていたるのだ。西住も似たようなことを不破相手にやらかしているため完全に弁護はできないが……
それでもここで西住の顔を今一度潰すことになれば関係か全はもはや不可能な領域になってしまうのではないか。
……でも、僕も今回の西住くんの物言いはちょっと許容できないし。
いかに家族相手とはいえ言っていいことと悪いことがあるのは当然だ。
西住の今回の秋穂に対する発言は度を超えていた。
反感びいきを抜きにしても今は西住の顔を立てる術を考える気には太一もなれなかった。
隣を歩く秋穂を見遣る。
足運びに気がいってるのか視線が少しだけ下向きになっている。それに気づいたように再び顔を前に向ける、と似たような動作を繰り返す。
慣れない動きのためか呼吸は少し荒く汗も浮き出ているが、慣れないなりにも動きにもっさりとした印象はなく、出会った時と比べても確実にキビキビと動けているように見えた。
「秋穂さん、なんか前よりも動きが綺麗ですね」
「へっ!?」
ふいに掛けられた言葉に秋穂は素っ頓狂な声を上げた。
「やっぱり陸上をやってたからなんでしょうか。背筋を伸ばしてるとカッコよく見えます」
「そ、そうかな?」
素直な感想だった。いつもはダボっとした服装で分かり辛かったが、こうして姿勢を矯正した状態で秋穂を改めて観察するとそのスタイルの良さが浮き彫りになる。
背丈は不破と比べて低いものの、小顔で足が長い。
これは、ぽっこりしたお腹をどうにかするだけでそうとう化けそうな印象がある。
「う、宇津木君はお世辞とか上手だね」
「……こいつに世辞言えるほど器用じゃねぇよ」
と、不破が横からボソッと呟いた。
それが耳に入ったのか、秋穂は太一から顔を背けて、頬を赤く染めていた。
太一は秋穂を前向きにさせるために、彼女の良いと思ったところを素直に口にしただけ。
バカ正直で生真面目な太一はそもそも対人スキルが決して高いとは言えず、お世辞を言おうとしても言葉にならない。
そこを理解している不破は、面白くなさそうな様子で眉根を寄せていた。
( 눈‸눈 )
更新が遅くなって申し訳ありません
月曜まで連投させていただきます




