今、敗けているなら今から勝てばいいだけ。
この日、社員旅行から帰ってきた涼子が珍しく苦言を呈したのは、仕方のないことだろう。
「はぁ……あんた、さすがに勢いに任せ過ぎよ……秋穂さん、で良かったかしら?」
「は、はい……」
「家に泊めるのは構わないけど、ご家族の方は大丈夫なのかしら?」
「あまり、大丈夫ではないと思います……でも」
今は、帰れない。
涼子も秋穂の雰囲気を察しているのだろう。さすがに追い出すような真似はしなかった。
宇津木家のキッチンテーブルで、涼子は秋穂と対面していた。
秋穂の隣には太一。彼は姉からの「逃げるなよ」と言わんばかりのプレッシャーに見事なカエル状態になっていた。
「せめて、ご家族に簡単なメッセージだけでも、送っておいた方がいいと思うわ」
「そうします。あの、本当に、ごめんなさ……」
「別にあなたが謝る必要はないわ。むしろこうやってまた別の女の子を連れ込んだうちの愚弟に私は物申したいところよ」
ジットリとした視線で見つめられ、太一は冷や汗を掻く。
確かに、知り合って間もない女性を我が家に招待しただけでは飽き足らず、しばらく泊めさせて欲しいとくれば、如何に弟に甘い涼子でも苦い顔をするというものだ。
……はぁ、なんでこの子は本当にこうも女の子ばっかり。
別に意識しているわけでもないだろうし、むしろ意識的に女性との交友をここまで増やしているのだとしたら、将来が不安でならない。
いや、逆にここまでナチュラルに女性との交友関係の幅を増やしている方が質が悪いか……
「あの、本当にご迷惑なら、私は」
「気にしないで。色々と言いたいことはあるけど、弟があなたを連れてきたなら、それなりに理由があるのでしょうし」
太一の倫理観までは疑っていない。
涼子はエプロンを着けて、キッチンに立つ。
「とりあえず、今日は大人数なんで手軽にカレーにしちゃいますけど、アレルギーとはありますか?」
「いえ、大丈夫です。カレー、好きです。あの、すみません」
「そう、なら良かった。太一」
「なに?」
「ちょっと食材切るの、手伝ってもらえる?」
「……分かった」
説明しろ、ということだろう。
秋穂はリビングに移動させた。
彼女は「なにかお手伝いを」と訴えたが、休んでいるように伝えた。
今日はさすがに精神的にも参っているだろうし、彼女がいる中で涼子に説明するというのも気が引ける。
「それで、今回は何があったの?」
「う~ん……なんて言えばいいのかな……」
今回は話が少し複雑で、太一も姉に現状を説明するのに難儀した。
「――そう、弟さんとそんなことが……話を聞いた限りだと、そうとう関係がこじれてるように感じるわね」
「僕もそう思う。でも、なんていうのかな……今回はさすがに、言葉が過ぎるんじゃないかな、って思って」
「そうね。見た目は確かにとても大事だけど、それ一辺倒っていうのも少し問題があると思うわ」
「でも、なんで西住くん、そんなに見た目ばかりにこだわるのかな」
見た目というのは確かに人付き合いをする上でとても重要だ。
しかし西住の場合は太一も行き過ぎていると思ってしまう。
彼の『性格が悪くても見た目がいい奴を信じる』という、あの言葉……
絶対的なまでの外見至上主義。
前に、それで不破との交友関係を解消させたほどだ。
一体、彼の何が、そこまで見た目へのこだわりを抱かせるのだろうか。
それに、彼のあの、姉に対する態度にも、太一は違和感を覚えずにはいられない。
「とりあえず、しばらく泊めるのはいいとして、この先どうするつもりなのか、ちゃんと考えておきなさいよ。さすがに、ずっと置いておくなんてこと、できないんだから」
「それは、うん」
涼子の裁定は相当に甘い。
そこを太一は理解しつつ、甘えさせてもらうことにした。
……どうするか、か。
ピーラーでニンジンの皮を剥きながら、考え事に耽っていると、
ピンポーンと呼び鈴が鳴った。
太一は作業の手を止めて、モニターを確認。
そこには、四人のギャルの姿があった。
「――ごちそうさまでした~」
大井が手を合わせる。それにならって他のギャル、秋穂も手を合わせた。
「さすがにこれだけ人数がいると狭いわね……」
涼子が苦笑する。
宇津木家は太一と涼子、ギャル四人に秋穂という大所帯になり、キッチンテーブルでは足りずにリビングのテーブルも使っての夕飯となった。
「あの、とても美味しかったです。私、野菜カレーなんて初めて食べました」
「うちの弟と不破さんがずっとダイエットとかトレーニングを続けるから、それに合わせてね」
カレーライス自体はかなりカロリーが高く、糖質も高いが、使われているのは漢方薬にもなるスパイスであり、適量であれば最高の健康食品と言える。
「さてと、それじゃ食器を片付けちゃうから、秋穂さんも皆とゆっくりしててね」
「あの、本当にお手伝いとか」
「いいのいいの。お風呂も準備できてるから、好きな時に入ってね」
「はい、ありがとうございます」
申し訳なさそうな様子の秋穂。
太一は彼女を連れて、ギャルが集まるリビングへ。
「ねぇねぇ、せっかくなんだし、お姉さんに『アレ』やらせてみたら?」
「え?」
霧崎はテレビの横に立て掛けてある例のフィットネスゲーム専用のコントローラーを手に取った。
「……確かに今日は全然動いてねぇな」
不破が落ち着きなくソファで体を左右に揺らす。
今日は秋穂の件に始まり、西住との衝突もあって運動どころではなかった。
「せっかくなら皆でミニゲームやろうよ。確かそういうモードあったよね?」
大井が太一の了承もなく勝手にゲームの準備を始めている。
なるほどやはり君も彼女たちの同類ですか。うん知ってた。
太一は既に諦めているが、秋穂の様子を確認する。
彼女は少し戸惑った様子で、状況を見つめている。
「あの、私……こういうの、やったことなくて」
「大丈夫ですよ」
困惑する秋穂に、太一は霧崎からリング状のコントローラーを受け取り、捜査を説明していく。
「慣れないと最初が動きがぎこちなくなっちゃうと思いますけど、ゲームなんで気軽な気持ちでプレイしちゃってください」
「う、うん……あの、宇津木君」
「はい?」
「へ、変な動きになってても、笑わないでね?」
そうして始まったフィットネスゲーム。
最初に慣れている不破と太一がミニゲームを実践し、秋穂と交代。
「んっ……ん~~~っ……こ、これ、けっこう、難しくないっ?」
「頑張れおねえさ~ん!」
「あっ、けっこういい感じじゃない? あーし始めてやった時ボロボロだったし」
「ふふ、お姉さ~ん、あとちょっと~」
大井、霧崎、鳴無のギャル三人に囲まれながらプレイする秋穂。
想像していた以上に、秋穂は初心者とは思えないほどよく動けている。
息こそ切れているが、初めてのプレイで無様を晒した太一と比べれば雲泥の差だ。
「おい、宇津木」
「は、はい」
「ちょっとこい」
すると、不意に不破から腕を掴まれ、強引に廊下へと連れ出される。
そのまま彼女は太一の部屋の扉を開くと、太一を先に押し込んで自分も部屋に入ってきた。
「宇津木、お前、あのクソ野郎の姉貴家に連れ込んで、これからどうするつもりなんだ?」
「それは……」
涼子と形こそ違うが同じ質問をされる。
「僕は……秋穂さんの気分が、少しでも軽くなればいいと思って、ラジオ体操を勧めました」
運動はそれだけで気分を高揚させる効果がある。
もしも何もやる気が起きない、無気力な状態が続いているなら、そのまま体を休めているよりも、動いたほうがいい。
太一は、自分がその切っ掛けになれればと思ったのだ。
「でも正直、これから先はどうすればいいのか、分かりません」
秋穂の抱えた問題……弟との確執は想像以上に根が深そうだ。
それ以前に、太一は不破と西住との関係改善についても頭を悩ませている。
だが今日の一件で話は余計に拗れてしまった。
ハッキリ言って、太一の処理能力を完全に超えた事態だ。
「はぁ……マジであのクソ野郎が。なにが、人間全部見た目だ、みてぇに言ってんだか……見てくれなんて悪いより良いに決まってっけどよ」
「はい。西住くんのは、行き過ぎてます」
「ああ、さすがにクソムカついた…………いや、待てよ」
と、不意に不破はグッと天井を見上げ、
「ああ……だよな」
なにか思いついたように、彼女はグッと太一に顔を近づけ、
「今あの姉貴が、あのクソカス野郎の価値基準で負けてんならよ」
どんどん西住の呼び方がひどくなる……
「今からあのボケカスゴミクソ野郎が思ってるより、あの姉貴の見た目を最高にイケてる感じにしちまえばいいんだよ!」
あいつが、何も言えなくなっちまうくらいに!
などと、不破は獰猛な笑みを張り付けて、そんなことを口にした。
「宇津木! さっそくプラン考えろ! 明日からすぐに始めんぞ!」
「…………分かりました」
太一の徹夜が決まった瞬間である。
しかしながら、そこまで悪い気分ではない自分がいることに、太一は気が付いていた。
エイエイ。(・ω ・ )○オ――!!
連続投稿は今日までになります。
なるべく間隔が空き過ぎないように投稿していく予定なので、よろしくお願いします。
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