できない? ならできることをやればいいじゃない、と誰かが言った。
「はい……いえ、むしろこちらこそご迷惑に……はい……ええ、弟にはちゃんと言い聞かせますので……え? 逆? 襲われる? ……いえいえ、確かに元気な子だなとは思いますがそこまでは……はぁ……いえ、うちの弟にそこまでの魅力は……はい……では、しばらくの間はこちらで……いえいえ、お気になさらず。我が家も賑やかになって楽しいですから……はい。では、失礼します」
涼子が固定電話の受話器を手に頭を下げたり手を振ったりと、相手に見えないにも関わらずジェスチャーを交えて話している。太一は思わず姉に対し『おばさんみたい』と評してしまう。
電話の相手は不破の母親である。
普段ほぼ家にいないらしく、怪我をした不破を一時的に宇津木家で預かるという流れになった。
……大丈夫なのそれ?
年頃の男子がいる家に女子が寝泊まりするなど問題ではないのか。如何に相手が不破とはいえ……
しかし会話の内容から察するに不破の母親はこの話を承諾したようである。
涼子が受話器を置く。彼女はなにやら苦笑していた。
「なんだか電話越しにものすごく謝られたわね。ちょっとこっちが申し訳なくなっちゃうくらい」
「あぁ……まぁ気にしなくていいすよ。あの人いつもあんな感じなんで」
「たは~。確かにキララママってすっごいおっとりしてるっていうか~、の~んびりした人だよねぇ? でもってかなり可愛い」
「ちょ、人の親に向かって可愛いとか言うなし」
「いやでも可愛いのは事実じゃん」
「だからやめろってのぶっとばすぞ」
「ちょ、いたっ! 言いながら肩パンすんなし!」
実に騒がしい。じゃれ合う二人に涼子は「防音はできてるけどあまり騒ぎ過ぎないでね」と小さく注意。
「とりあえず足の怪我が良くなるまでは満天ちゃんはしばらくうちで過ごしてもらうことになったから。これからよろしくね」
「っす。しばらく世話んなります。つか、ほんとにいいんすか? なんならアタシ、別にひとりでもダイジョブすよ?」
「気を使ってくれてありがと。でもそれだと逆にこっちが気を使うから、ほんとに気にしなくていいわ。狭い部屋だけど、自分の家みたいに寛いでちょうだい。太一のこともこき使ってくれていいからね」
「ちょっと姉さん!?」
「りょ!」
「不破さんもいい笑顔で頷かないで!」
「はははっ、ウッディこれから大変じゃんw」
「霧崎さんは他人事だと思って……はぁ」
ついに……ついに不破が宇津木家で24時間(学校があるとはいえ)過ごす日が来てしまった。
もしかしたらいつかこうなる日がくるんじゃないかと、可能性は低いながらもは想像していた。しかしまさかソレが現実に実行されてしまうとは。
怪我が治るまでの間とはいえ、不破と一つ屋根の下で寝食を共にすることになるとは。
どうやら空の上におわす神は太一に精神的負荷をかけねば死ぬ病にでも掛かっているらしい。これは本当にいよいよ終末戦争が必要と見た。
「ひとまずは明日の病院ね。タクシーを予約しておいたから、太一は満天ちゃんの付き添いね。学校には遅れるって私から連絡入れておくから。満天ちゃんの方も。お母さんが事情を説明するのに明日学校の方に連絡を入れておいてくれるそうだから」
「そすか。でも病院とか大げさじゃね? 動かさなきゃもうそんな痛くねぇし」
「ダメよ。捻挫だけならいいけど、骨にひびとか入ってるかもしれないでしょ。それに捻挫って一回やると癖になるから。ちゃんと一回は診てもらった方がいいわ」
「まぁ、りょうこんがそう言うなら……」
渋る不破を涼子が諭す。あの不破が素直になっている辺り、だいぶ涼子に懐いているようである。
「さて、それじゃ少し遅くなったけど、ご飯にしましょう。霧崎さんは食べられないものとかはあるかしら? アレルギーとか」
「ほぼ問題なし! キノコはちょい苦手!」
「ふふ。わかったわ。太一、少し手伝ってくれる」
時刻は8時を回っている。不破の足を冷やしたりテーピングしたりそれぞれの両親に電話をしたりと中々に忙しかった。
しかし、問題は不和が怪我をした挙句に宇津木家の厄介になったことだけではない。
……ダイエット、どうしよう。
そう。よりにもよって不破が怪我をしたのは、足首なのだ。
朝のジョギングはもちろん、水泳も無理。フィットネスゲームだってその大半の運動が制限されてしまう。
食事制限による効果だけでもダイエットは継続できる。だがダイエット成功までにかかる日数は増えてしまうのではないか。
不破との関係解消をなしとげるためには一日でも早いダイエットの成功が必要だというのに。
霧崎は不和を「太った」と言ったが、ずっと彼女を見て来た太一からすれば彼女の体形はあと少しで元に戻る手前まで来ている。
あと少し……本当にあと少しなのだ。
……なにか、できることはないかな。体をそこまで動かさなくても、できるダイエット。
諦めたらそこで試合終了だ、と誰かが言った。
ここまできてのんべんだらりとダイエットの成果が出るのを待つなどできない。
今日のカラオケで嫌でも思い知らされた。太一にとっていまだ彼女は相容れない存在だ。陰キャと陽キャ。カーストトップとカースト底辺。強者と弱者。
いずれ精神の摩耗が限界を迎えるのは目に見えている。
……カラオケは僕が巻き込まれることまで考慮できてなかった。なら次はもっと……それこそ僕が絶対に立ち入れないような何か。
そんなダイエット方法を考える。
隣で涼子は鍋に火を掛けながら中身をかき混ぜていた。今日は野菜たっぷりのポトフだ。ソーセージではなく鶏肉を煮込んでいるあたり抜かりがない。
「さすがに6月にもなると暑いわねぇ。鍋の前にいだけで汗が出てきちゃうわ」
……いるだけで、汗が出る?
「あ……」
途端、太一は先程遭遇した半裸の霧崎の姿が思い浮かび、突如閃きが走った。
「それだぁ!」
「えっ!? な、なによ急に大声出して!?」
「ありがとう姉さん!」
「え、なに? あんた大丈夫?」
「大丈夫!」
「そ、そう……」
……そうだ。なにも体を動かすだけが、汗を流す方法じゃない。
食後、太一はベッド代わりのソファの上でスマホを手にネットの海へと潜った。
思い付いた内容の実践方法と、効果的なやり方について。また、それで得られるメリットとデメリット……
「今度は、失敗しないようにしないと」
メモ帳片手に、太一は日付が変わるまで、調べものに精を出した。
....〆(・ω・*)メモメモ
翌日――
検査の結果、不破の骨に異常はなく、ただのねん挫であると診断された。
足首を固定され、しばらくは安静に、とのことだ。順調に回復すれば一週間程度で完治するらしい。
不和との病院からの帰り道。午後からの授業のためにタクシーに揺られる車内で、
「サウナと半身浴?」
「うん。不破さん、脚はしばらく使えそうにないから、なにか体を動かす以外にできるダイエットがないか調べてみたんだ」
「へぇ~。で、サウナと半身浴ってわけ?」
今までほとんど実行していなかったが、この2つにもダイエット効果があるのは有名な話だ。しかも、これなら男女で別れて入るしかない。よって、太一が巻き込まれることはほぼないと言ってもいい、完璧なダイエットプランというわけだ。
「半身浴ならうちでも気軽にできるし、むくみを取ったり代謝を促すこともできるって。あと美容効果も結構期待できるみたい」
昨日のメモを見せながら、太一は効果の解説をしていく。
「サウナは少しやり方とか覚えなきゃいけないけど、こっちもしっかりとダイエットに効果があるって」
「ふ~ん」
興味があるのかないのか分からないが、とりあえず話は聞いてくれているようだ。
「不破さんもけっこう絞れてきているように見えるし、あと少しで元の体形に戻れると思うんです。怪我で運動も制限しなくちゃいけなくっちゃいましたし、なにか代わりになるものはないかなって」
現段階での彼女の見た目は、以前スマホで見せてもらった時の姿とほとんど違いはない。これからするダイエットはほとんどダメ押しに近いものだ。だが不破はまだ理想とする自分の体形には到達していないと感じている。確かにまだ若干わき腹や二の腕など、たるみやすい箇所にはほんのりと摘まめる程度の肉がついてはいる。これを除去してようやく不破のダイエットは完走、というわけだ。
「なるほど。まぁこの足じゃしばらく動くのはしんどそうだし、サウナと半身浴なら体動かさなくていいから丁度いいかもな」
「そ、そういうことです……あの、どうですか?」
「いいんじゃね? アタシとしてもやっぱさっさと痩せちまいたいし、ようやく体も前の感じに戻って来た実感もあったのになにもできないってのはなんだかなぁ、って思ってたしな」
「じゃあ、今日から半身浴やってみましょうか」
「それもいいけどさ……もうこのままサボってサウナ直行しね?」
「へ?」
……あれ? この流れ、なんかデジャヴ。
「運転手さん。なんか良い感じにサウナあるお風呂にお願いしま~す」
「え? ええええええっ!?」
これは、まさか……
(((゛◇゛)))カタカタカタカタカタカタカタ
ネタ、尽きてませんよ?
尽きてませんからね!?
いやそれはともかく!
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