夕暮れ時のノスタルジックにひたりたかった
なぜ人は夕焼けを前にするとノスタルジックに浸るのか。
それは、沈みゆく夕日がもう戻らない時間を連想させるからではないか。
時間というのは不可逆で、どうしたって人間は時間を前に向かって進むことしかできない。
ドラ○もんが机から飛び出してくることもなければ、当然デロ○アンなんてとんでも発明が世に出て、我々を驚かせるなんてこもない。
ああ無常。
しかしそれでいい。過行く時間とは取り返しがつかないからこそ、儚くもかけがえのないモノと思えるのだ。
いつの日か神様が気まぐれに小さな頃に自分をタイムリープさせてくれるかもしれない。
二度目の人生をプレゼントフォー・ユー。
そんな妄想をするのは自由だが、あにくと都合のいい非現実に期待したところで、強固な世界の物理法則はなんにも変わらない。
とはいえ、そんなものに縋ってしまいそうになるほど、今の太一は追い詰められていた。
「ねぇたいちゃん、このAKIHOって、誰?」
「し、知り合いの、お姉さんです」
嘘じゃない。
「へぇ……ウッディさ、なんか最近この人と頻繁にやり取りしてるみたいじゃん」
「ちょっと、色々と相談に乗ってもらってまして」
建前とはいえ、これも嘘じゃない。
「……なんかこの名前、見覚えあんだけど」
「まぁ、色んな『あきほ』さんがいますよね」
別に変な名前じゃない。不破の知り合いが別人である可能性はまだ捨てきれないだろう。
「たいちゃん、この人ってさ、やっぱり女の子だよね? あきほって女の人の名前ってイメージだし……」
「まぁ、そうかな。女の人。ほら、前に話した帰り道で具合悪そうにしてた人がいたって。あれからちょっと縁があって、連絡先を交換したんだけど」
「ていうか、なんでたいちゃんの周りって女の人の知り合いばっかの? 狙ってるの? ねぇマジで狙ってる?」
「てか、りょうこんから聞いたけど、あんた最近は随分と朝早いみたいじゃん? なのに、アタシとの待ち合わせはいつも同じ時間だよな?」
「最近のウッディさ、ちょっと調子いいからって気が大きくなってない?」
「そんなことは全然ないと思います」
この面子を前になにをどう間違えば気が大きくなれるというんだ。
そんなぶっといメンタルなら今ごろもっとはっちゃけた人生送っとるわい。
時刻は4時前。
もうすぐ陽も傾いてくる時間帯。
太一はなぜかギャル3人に囲まれていた。
大井は太一のスマホを霧崎と画面を共有している。二人の瞳からはハイライトが消えていた。表情はいつもと変わらないのに、口元に浮かぶ笑みが妙に怖い。
助けてドラ○もん。
不破は「あきほ……あきほ……?」と呟いている。
頼むから思い出さないでくれ。
かつて西住と男女のお付き合いしていた彼女のことだ。秋穂と面識があっても不思議じゃない。
たのむ、バレないでくれっ、頼む!
さてなぜ太一がこんなプチ修羅場みたいな状況になっているのかと言えば……
時間は少し遡って約10分前――
不破の問題とは別に、秋穂のことも気に掛けていた太一。彼女と知り合ってから既に3日が過ぎていた。
本日は週末手前の金曜日。
世の中は明日に控えた土曜日に浮かれまくり。
放課後を教室。
部活へ赴く者、帰路を急ぐ者が扉からぞろぞろと廊下へ出て行く。
そんな中、太一も通学用バッグを手に立ちあがった。
まさにそのタイミングで、太一のポケットスマホが震えた。
長い振動、着信のようだ。
太一に通話を掛けてくる人間は限られている。
いつものギャル4人+不破グループの3人。あとは涼子と稀に両親から。
太一は姉かと思いスマホを確認。そこには、意外な人物の名前があった。
「秋穂さん?」
着信はメッセージアプリからのものだった。
太一は通話ボタンをタップした。
これが、後の面倒ごとに繋がるとも知らずに……
「秋穂さん、どうかしましたか?」
『う、宇津木君、こんにちは。今、電話しても大丈夫だった? まだ学校かな?』
「ちょうど終わったところです」
『そ、そっか。ごめんね、急に電話なんか掛けちゃって』
「大丈夫です。なにか僕に用でもありましたか?」
『うん……えっと、その……よ、よければ、なんだけどね……宇津木君の都合がいいなら……こ、これから、いつもの公園で、会えないかな、なんて』
「え?」
『あ、もしかして、用事とかあった、かな?』
「いえ、それは別に……ただ、いつもは朝に会うだけだったので、ちょっとびっくりしたといいますか」
『う、うん。ごめんね。で、でも、宇津木君の悩みって、タイムリミットみたいなのある感じでしょ? だから、できるだけ色々と話をできればなぁ、って……そ、それに――』
秋穂はなにかを誤魔化すように捲し立てた後、少しだけ沈黙した。
太一が「秋穂さん?」と声を掛けると、
『あのね……私も少しずつ、外に慣れていきたいな、って思ってて』
「……いいですね、それ」
太一は素直にそう思った。
きっと、最後の言葉こそ、秋穂の本音だ。
家は強固な殻だ。弱い自分を守ってくれる。
しかし、ずっと閉じこもることはできない。
人は、閉じた世界の中で生き続けることは難しい。
できなくはないかもしれない……だが、できることなら少しでも、外と関りを持っていた方がいい。
かつてひきこもりになり、今という時間を誰かと共に生きている太一は、そう思う。
「大丈夫です。何時くらいに待ち合わせしますか?」
『そ、それじゃ! 5時くらいでどうかな? いつもの場所で、待ってるから』
弾むような声。太一は「はい。それじゃまた」と通話を切った。
秋穂が少しだけ、前を向き始めている。
最近は、薄くだが化粧をして、見た目も気にしている。前はまるで化粧っけなどなかったというのに。
しかし、化粧とは関係なしに、秋穂の顔色は出会った時よりもいいような気がする。
それは、彼女の表情から自虐が薄くなったこともあるのだろう。
太一はスマホに目を落とし、時刻を確認する。
そこに、
「ねぇ、たいちゃん?」
ぬるっ、とまるで覗き込んでくるように大井が顔を近づけてくる。
「ちょっとスマホ、貸してね」
「はい?」
なぜか太一の周りには、大井の他に霧崎、不破もいて……
――そして、時間は今へと戻っていく。
「たいちゃんさ、この人のこと、なんかめっちゃ気に掛けてる感じがするんだけど……もしかして、これなの?」
大井は小指を立てた。
隣で不破が「おっさんみてぇ」と言っているが、大井は気にした様子もない。
むしろグイグイと太一に顔を寄せてくる。
「たいちゃんさ、あーしの気持ちは知ってるよね? それならさ、ちゃんと報告はしてほしいな~、って思うわけ」
「いえ、あの」
「いやね、重いってのは分かってるの、めんどくさい女って思われるかな~、って。でもさ、あーしは本気なのよ。マジでたいちゃんに振り向いてほしいわけ。なのにさ、そんな相手が別の女の方に意識向けてたらさ、モヤっちゃうのよ、どうしても。そこはできれば理解してほしいな~、って」
「ヤヨちゃん……お願いです、話を聞いて」
太一は結局、ゲロすることになってしまった。
秋穂が抱えた問題と、太一が彼女に対して抱いている感情……そして、彼女に手を差し伸べずにはいられない、自分の気持ちを。
「じゃあ、あーしも行く」
「え?」
「女の子の問題なら、ウチも行った方がいいよね」
「ちょっと」
「……アタシも、その『あきほ』って女に会ってみるわ。やっぱ、なんか知ってる奴な気がする」
「OH~……」
太一は頭を抱えた。
大井と霧崎はまだいいとして、不破は彼女と会わせても大丈夫だろうか? 絶対に面倒なことになる予感しかしないんだが?
しかし、今更「ダメ」と言えるような空気でもなくて……
「ちょっと、待ってください」
太一は、秋穂にこのことを連絡し、ついでに鳴無にも、
『ちょっと助けてください』
『なにごと?』
などと、連絡を入れた。
いざという時、彼女に不破の相手をしてもらうために。
あのタングステン制のクソつよメンタルでもって、不破の感情から秋穂の防波堤になってもらうのだ。
『よろしくお願いします』
『君も大概
遠慮とかなくなってきたよね』
『いいわ』
『きらりんとかまえる時間が貴重だしね♪』
これでよし。
秋穂の方は少しだけ戸惑った様子だったが。
『悪い人たちじゃないので
よければコミニケションのリハビリと思って付き合ってくれると嬉しいです』
リハビリどころか、かなり強烈な荒療治になりそうな予感がビンビンだが……
「じゃあ……行きましょうか」
さっきまでとは打って変わって、不安な未来しか想像できない太一であった。
( ˘•ω•˘ ).。oஇ
明日の投稿はお休みさせていただきます。
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