お節介とは分かってても、ね?
昨晩、太一は自宅に帰った太一は秋穂にすぐ連絡を入れた。
『明日の朝、
5時半に今日の公園で待ち合わせできますか?』
顔を合わせて間もない相手を早朝に呼び出すことに多少の躊躇はあった。
しかし、秋穂は連絡を入れて間髪入れず、
『いいよ
もしかしてあまり人に聞かれたくない相談なのかな?』
と、こちらの事象を想像して気を遣った様子を見せてくれた。
確かに今の太一が抱えた問題は、あまり広く人に聞かせたい話ではない。
『そんなところです』
『じゃあ今日の公園で待ってるね
私も、あまり人のいない時間帯の方が外に出やすいし』
最後に若干、気弱な発言をしていた彼女だったが、どうにか約束を取り付けることができた。
『あ、できれば運動着を着た方がいいかもしれません』
『うん?
あ、確かに朝はすっごく寒いもんね
高校の時のやつまだあったかな?』
――そして、まだ空にうっすらと白みはじめた頃。
まだ夜の色が濃い5時過ぎ。
太一はスポーツウェアの上からメンズパーカーを羽織って外に出る。
「あら、太一~……?」
「あ、姉さん」
「今日はいつもより早くないかしら~?」
ぽ~っとした表情の涼子がトレイから出てきた。
相変わらず朝に弱い姉は、着崩れた寝巻から下着がチラ見えさせるはしたない格好だ。
「うん、ちょっと早めに待ってようと思って」
「そう……寒いから、風邪ひかないようにね~」
「うん、行ってきます」
「いってらっしゃ~い…………もうちょっと寝よ……」
ポケポケな姉を背に、太一は玄関を出た。
薄暗い通りには太一の他に人影はなく、朝が早い家の一部の窓に明かりが点いている。
普段と違う景観の通り。
まだ吐く息が白くなることはないが、顔や首筋を抜けていく冷気は、いよいよ冬が間近に迫っていることを思わせる。
……最近は不破さんと6時半頃に待ち合わせしてるし、急げば間に合うかな。
前と比べて同じ距離を走るのにも時間が掛からなくなってきたのもあり、ここしばらく待ち合わせ場所での集合時間を30分ほど後ろにずらした。
「えっと……」
待ち合わせ場所の公園に到着。
園内を見渡すと、昨日と同じくガゼボに秋穂の姿を認めた。
時刻は5時20分。
彼女は太一たちが通う学校の運動着に袖を通し、上にいつものストールではなくモコモコのダウンジャケットを着こんでいた。
はぁ~、手に息を吹きかけている。
太一は入り口に設置された自販機で温かいレモン飲料とミルクティーを買った。
「おはようございます」
「あ、宇津木くん、おはよう。やっぱりこの時間だと寒いね」
相変わらず顔色が悪いように見える。
太一は先ほど買った飲み物を秋穂に差し出した。
「秋穂さん、どっちがいいですか?」
「え? そんな……じゃ、じゃあ、こっち」
秋穂はミルクティーを手に取った。彼女は「あったか~い」とぎゅっとミルクティーのペットボトルを握る。
「な、なんかごめんね。私の方がお姉さんなのに……」
「いえ。むしろこんな朝早くに呼び出しちゃって、すみませんでした」
「ううん。私、むしろこの時間の方が落ち着けていいかも……日が高い時間は、ずっと外にいると気持ち悪くなっちゃうから」
「それなら良かったです」
太一たちは冷えた体に温かい飲み物を流し込む。
「秋穂さん、そろそろいいですか?」
「ああ、うん。いいよ。私なんかで、宇津木君の相談に乗れるか分からないけど」
「大丈夫です。あ、話をする前に、ちょっとだけ付き合ってもらっていいですか?」
「え? うん、なんだろ?」
太一はガゼボに設置されたテーブルにスマホを置いた。
そうして、太一がスマホから流したのは、学校で聞く機会の多い――ラジオ体操の音楽だった。
「――ね、ねえ宇津木君、なんでこんな早朝に私、ラジオ体操させられてるのかな?」
「朝は軽めの運動をすると、頭がすっきりするんですよ。せっかく相談に乗ってもらうんですし、ちゃんと頭をはたらかせたいじゃないですか」
「そ、そう、かな? で、でも……ラジオ体操なんて、ほんと、久しぶり――」
歳を重ねていくと、ラジオ体操とは無縁になっていく。
太一はまだ体育の授業前にする機会があるものの、必要に迫られた時以外はほとんどやろうなどとは思わなかった。
しかし、ダイエットを始めてからその意識が変わった。
ラジオ体操の歴史は非常に永い。
1928年から、国民の健康を守ろう、という趣旨でラジオ体操は始まった。
小学校に通う以前から、幼稚園、保育園でも運動前などに実施され、何気なくこなしている人も多いだろう。
だがしかし、なじみ深いラジオ体操を、ただの準備運動と侮るなかれ。
しっかりと実施するラジオ体操は全身を使った運動であり、呼吸を促し、消化器官の働きを改善。毎日続けることで肩こりや腰痛の予防にもなる。
特に前者はダイエットをしている者にとっては嬉しい効果だ。
後者の効果も、座ったままでいることの多い現代人にとってありがいものであることは間違いない。
ラジオ体操をこなすことで、運動不足の解消、姿勢改善まで見込める。
更には体内年齢、血管年齢まで若返るという研究結果もあるほどである。
彼女の目元に浮いた濃いクマも、血流改善で少しでも薄くなってくれれば……
たかがラジオ体操、されどラジオ体操。
そして、実際にしばらくこの体操をやってこなかった人間が、いざ実践しようとすると……
「はぁ、はぁ、はぁ……な、なんだろ……前は、普通にやってたのに、なんか、ちょっと、疲れちゃった……」
ラジオ体操の運動強度は、思いのほか高い。
太一は第一で再生をやめ、「お疲れ様でした」と秋穂に水を勧めた。
「あ、ありがと……なんか、準備いいね、宇津木君……」
「最近、ちょっとダイエットにはまってたので」
「そうなんだ~……確かに宇津木君、たくましい見た目してるもんねえ」
ほにゃ、っと気抜けるような笑みを見せる秋穂。
太一が自宅から持ってきた水は、常温で少し温く感じるはずだ。
しかし、せっかく温まった体を冷たい水で冷やすのはあまりおススメしない。
とても爽快なのは否めないが、あれは一時気持ちいだけで体には毒だ。
「あの、そろそろ僕の相談、聞いてもらってもいいですか?」
「うん。大丈夫だよ」
「はい、それじゃ――」
太一は、気持ち表情が明るくなったような秋穂の正面に座り、自分の抱えた悩みについて打ち明ける。
悩み相談。
しかし相談と言いつつ、太一が一方的に状況を話すだけで、秋穂は基本的に聞きの姿勢を貫いている。
そして、太一は今の状況を把握するように、不破と西住の状態を、名前はぼかしつつ説明していった。
「――という感じです」
「そっか。友達が他の人と喧嘩しちゃって、クラスでも影響力があるから周りも感化されちゃってる、と……宇津木くんも無関係じゃないにしても、本当に大変そうね」
「はい、でも……」
でも、
「なんとか、二人には話をしてもらって、お互いにわだかまりを解消してほしいな、って思ってます」
「そうなんだ。宇津木くん、頑張り屋さんなんだね」
「そうでもないです。そもそも、僕の勘違いのせい、っていうのもありますから」
「そう……でも、あまり無理はしないでね。人の気持ちって、とても複雑で……なかなか変えることは、できないから」
秋穂は過去の自分を思い出し、同じように他人に干渉しようとしている太一に、寂しそうな顔を向けた。
「ありがとうございます……あの、もしよければ、またこうしてお話、さてもらってもいいですか?」
「え?」
「秋穂さん、とても話しやすいので……なんとなく。あ、でももしも迷惑なら」
「ううん、いいよ。私も久しぶりに家族以外と話せて、楽しかったから」
「って言っても、僕がずっと喋ってただけですけど」
「それでも、いいよ」
「はい」
そこで、太一は公園の時計を確認する。
時刻は6時を少し過ぎたくらいだ。
今なら、小走りで向かえば不破とのランニングの待ち合わせに間に合うだろう。
「また連絡します」
「うん。それじゃ、ね」
秋穂に別れを告げて、太一は駅前の公園へと向かう。
実際のところ、秋穂に相談したいことがある、と持ち掛けたのは、半分以上建前だ。
本当は、
……少しでも、僕の知っている知識で、秋穂さんが元気になってくれればいいな。
なんて、お節介にもほどがある目的で、彼女との関係を継続させた。
西住にバレたら確実に面倒になることは目に見えている。
それでも太一は、彼女の境遇と過去の自分を重ねてしまい、放っておくことが、できなかった。
ファイトー୧(`•ω•´)୨⚑゛
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