ここで燃料が投下されるようです
「……なるほど。確かにちょっとそいつは厄介かもな」
翌日。登校直後の校舎裏。ホームルームまでの限られた時間、太一と仲持は状況を共有していた。
「でもちょい意外だったな」
「何がですか?」
「お前、もうちょいもたつくと思ってた。まさかあの相談したすぐあとにキララに切り込むとか」
「体育祭まで、そんなに時間もないので」
体育祭の開催は10月の下旬。
生徒会選挙が終わり、新生徒会は先代からの引き継ぎを経て体育祭の準備へ入る。
「確か今日にもロングホームルームで体育祭実行委員の選出をするんだったか」
「はい。開催までもう2週間もありません」
「まぁ、確かに動き出すのが早いに越したことはねぇけど。つっても、あのキララに意見言うとかかなり緊張すんだろ。俺でもまだ面と向かって何か言える勇気はでねぇってのに」
お前すげぇな、などと慣れない誉め言葉に背中が無性にむず痒くなる。
が、話をしたとはいえ、状況は何一つ好転していない。
むしろ、
「つっても、キララはトオリへの関心がもう全然ねぇ、ってか……ほとんど喧嘩別れみたいな感じだったし、なにかしらあいつもモヤってるのかと思ったんだけどな」
そうなると、キララに対して思うところがあるのは、西住だけ、ということになる。
「あいつは前回、完全にキララにメンツ潰されたからな……それとなくキララについてどう思ってんのか訊いてみたけど『知らね』だとよ。あれは完全に意識しまくってるな」
「そうですか……確かに、前に西住くんと話した時も、結構不破さんのこと、気にしてる感じの素振りでしたし」
「は? お前、トオリと話したのか? いつ……ってか、あいつお前に会ったのかよ」
「なりゆき、といいますか……学校から帰る途中で、西住くんのお姉さんが具合悪そうにしてるところに、偶然通りかかって」
そこから、お姉さんを家に送ったところで、彼と鉢合わせたのだ。
「都合よすぎんだろおい……つか、あいつお前とまともに話せたのか?」
「僕は緊張しちゃったけど、向こうはそんなに意識してる感じもなかったと思うけど」
「……ま、あいつもお前に弱み見せたくねぇだろうからな」
「弱み?」
「こっちの話だ。それより、問題はキララだな」
西住への関心がない、ということは、今の状態で西住と会わせてもお互いに意識の違いが出て拗れる可能性が出てきた。
「せめて思うところがあんなら、お互いに妥協して、ってのもあるんだが……トオリが一方的に、ってなると、最悪トオリがキララに突っかかって、また喧嘩になるかもしれねぇな」
「う~ん……」
「太一?」
「なんとなく、なんですけど」
太一、昨日の不破の様子を、改めて自分の所感を交えて説明する。
「不破さんの方も、西住くんのこと、全く気にしてない、って感じでもないように思うんですよね」
「……ふ~ん。なんでお前はそう思うわけ?」
「なんとなく、ですけど……不破さんにしては、ちょっとらしくなかった、といいますか……彼女にしては、話しの打ち切り方が不自然だったといいますか……すみません、うまく説明できなくて」
「要するに、なんとなくキララに違和感があった、ってことだろ」
「ですね。言っても、僕がなんとなくそう感じただけ、なんですけど」
「なるほど……」
仲持はしばらく考え込む。
しかし、そこで折り悪く予冷が鳴ってしまった。
「太一、スマホ」
「え? ああ、はい」
「連絡先、交換しとくか。なんかお互いに進展があった時、情報すぐに共有できねぇからな。さっきのトオリの話みてぇな」
「わ、分かりました」
太一はスマホ取り出し、仲持とメッセージアプリのIDを交換した。
「うし。んじゃ、とりあえず教室戻るか……ていうか、さっきからトオリからめっちゃLINE来てるし」
「僕も、不破さんたちから『どこに行ってんだ』って連絡来てますね」
「最近お前、めっちゃ一部の女子から人気あるもんな。全員、変な奴らばっかだけど」
「人気があるというか、体のいい玩具といいますか……はは」
「……お前、下手すっと刺されっから発言には気をつけとけよ」
「はい?」
太一は意味が分からず首を傾げたが、仲持は呆れた様子でため息を吐きながら、先に教室へと戻って行った。
太一も少しだけ遅れて、教室へと向かう。
すると、入り口のところに西住が立っていた。
不意に、彼と目が合う。
「ようやく戻ってきやがった。ほら」
などと、彼は面倒くさそうにしながら、太一の胸元になにかを押し付けてくる。それは掌に収まる程度の、二つ折りにされたメモだった。
「あのバカ姉貴から、お前に自分の連絡先伝えろ、って……ったく、なんで俺があいつのパシリなんかしなきゃなんねぇんだよ」
悪態を吐きながら、西住は教師へと入って行った。
太一は廊下でそのメモを開く。内容はメッセージアプリのIDと、とても几帳面な文字で書かれた『先日はありがとうございました。お礼がしたいので、よければ連絡をください』というメッセージだ。
「これ、秋穂さんから、ってこと?」
わざわざ弟に伝言を頼むとは。彼女は几帳面な性格なのかもしれない。
しかし、どうしたものか……
……会っても大丈夫なのかな。
西住はどうにも姉のことを嫌っているようだし、先日の話しぶりからして、不破と常に一緒にいる太一にもなにか思うところがあるような素振りだった。
ただでさ微妙な空気の中、自分が不破と西住の関係をこじらせる原因になりはしないか。
とはいえ、こうして手間を掛けてメッセージを送ってきた相手の気持ちを無下にするのも憚られる。
「う~ん……」
悩みが尽きなさすぎて、高校生のくせに脱毛症にでもなってしまいそうだ。
「とりあえず」
太一はスマホを取り出して、教室へ入るまでのわずかな時間で、秋穂の連絡先を、スマホへ登録した。
教室に入ると、太一の席を占領した霧崎がぐでっと軟体動物よろしく腕を伸ばして突っ伏していた。
いや教室に帰れよ。
見れば、不破に鳴無が絡み、いつものごとく邪険にされている。
「あ、たいちゃんどこ行ってたの? 何回もメッセ送ったんだけど」
布山と話していたらしい大井が太一を出向かてくれた。
「……ちょっとトイレが長引いちゃって」
太一は咄嗟に誤魔化した。仲持がそれなく太一の様子を盗み見ている。
「ウッディ~、おっそいよ~……」
「すみません。ていうか霧崎さん、そろそろ教室に戻った方がいいんじゃないですか?」
もう少しもしなうちに教師が来るだろう。
霧崎は「次の休み時間は教室にいろよ~!」と戻って行った。
鳴無も不破に教室から追い出され、しぶしぶ廊下を歩いていく。
「おい宇津木、連絡入れたんだからちゃんとレスしろっての」
「すみません、次から気をつけます」
最初の頃は、太一から絶対に連絡してくんな、なんて言っていたくせに。今じゃ連絡が少しでも遅れると怒りのメッセが飛んでくる。
「――おいお前ら~。さっさと席につけ~」
などとやり取りしていると、担任の倉島がのっそりとした動作で現れた。
太一たちは自分の席に駆け寄って腰を下ろす。
倉島が連絡事項を話している最中、太一のスマホが軽く振動した。
また不破かと思ったら、先ほど連絡先を交換したばかりの仲持からだった。
『お前さっきトオリからなに言われたんだ?』
倉島の様子を確認しながら、こっそりと返事を打つ。
『お姉さんから連絡先のメモを渡すように頼まれたみたいです』
『は?』
『なんでもお礼がしたいから連絡がほしいらしくて』
『マジか
お前それどうすんだ?』
『お礼を断るにしても、一度は連絡しようかと思います』
『まあそうなんだろうけど
それ、キララたちに気付かれないように気をつけろよ
ぜってぇ面倒なことになっから』
『分かりました
気をつけます』
それを最後に、太一はスマホを机の中に忍ばせた。
そして昼休み。太一は教室から出て、人の目につかないトイレの個室で秋穂に連絡を入れた。
『先日お邪魔させてもらった宇津木太一です
お体の調子は大丈夫ですか?
メモ、わざわざありがとうございました
お礼とかは特に気にしなくて大丈夫です』
仰々しいかと思ったが、そのままメッセージを送った。
太一は個室から出ようとしたところ、スマホが震えて画面を確認。
『宇津木君、昨日はありがとう
あの、もし負担じゃなければ、
やっぱりお礼はさせて欲しいです』
そこから立て続けに。
『よければ、今日の夕方に会えませんか?』
「どうしよう……」
お礼はいらないという太一に対し、向こうはお礼をさせてほしいという。
太一は少し悩んだ末に、
『分かりました
ただ、本当に無理はしなくて大丈夫なので』
『ありがとうございます!
それじゃ、待ち合わせ場所なんですけど――』
太一は会うことを了承した。
相手の言葉を断り切れない性格の太一。
とりあえず、この後で不破たちになんと言って誤魔化すか、そんなことを考えながら、太一は秋穂との待ち合わせ場所を確認した。
この時はまさか、この選択が少女たち静かな戦いへの燃料投下になるとは、思っていなかった太一である。
ソワ( •ω•` 三 ´•ω•)ソワ
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