弾け始めるこの修羅場、助けて
「ただいま……」
「遅かったじゃん、今まで何してたんだよ」
18時過ぎ。玄関の戸を開けると、制服の上からエプロンを着けた不破に出迎えられた。
「すみません。帰り道でちょっと具合の悪そうな人がいて――」
かいつまんで事情を説明する。
しかし相手が西住の姉であることは伏せて。
「ふ~ん。てかそれなら連絡くらい入れろし」
「すみません、次は気を付けます」
「メシ、できてっから」
「はい。着替えたらすぐに行きます」
「おう」
リビングへと歩いていく不破。
太一のその後姿に、
「不破さん」
「あん?」
「夕飯、わざわざありがとうございます」
「おう。アタシの優しさに感謝しろよ」
今日から数日間、涼子は会社の社員旅行で不在になる。
去年は適当にコンビニやスーパーの総菜、カップラーメンで食を繋いでいたが。
今年は、
『ふ~ん。しばらくなら、アタシが作ってやろうか、メシ』
と、不破から提案されたわけだ。
正直、少し意外だった。
不破がここまで素直に、太一のために、という意思表示をしたこと。
怪訝な顔をしてしまった太一に、不破は少し不機嫌そうに、
『なに? イヤなわけ?』
などと、少しだけ拗ねたような顔をした。
『いえ、それじゃ、お願いできますか』
『おう』
それだけのやりとり。しかし妙に、背中が痒くなるような、ムズムズするような空気だった。
が、その話をしてたのは教室でのことで、
『あ、ならあーしも手伝おっか? こう見えて、実家じゃ花嫁修業で料理は叩き込まれてるんだから』
『はぁっ!?』
『じゃあウチもお邪魔しよっかな。バイトでたまに厨房入るし、簡単な料理ならできるよ』
『あのキッチンに3人も入らねぇよ!』
不破の提案に乗っかるように、大井と霧崎もなぜか参加を表明。
『皆が集まるならワタシも行く~!』
と、最後に鳴無がノリで手を上げ……
――宇津木家のキッチンテーブルの上には、普段の3倍以上はボリーュミーな食事が並んでいた。
「作り過ぎじゃないですか……」
思わず呆れた声が出てしまう。作ってもらっておいてなんだが、これは5人で食べるにしても多い気がする。
「仕方ねぇだろ! マイとアキラがバカみてぇに張り切ったんだからよ!」
「え~? キララだって無駄に対抗心燃やしておかず追加しまくったじゃ~ん」
「でもいが~い。不破さんってマジで料理できたんだ」
「マイうっせぇ。で、おめぇは何が言いてぇんだよ」
「いや不破さんってもっとこう、漢の料理! みたいながっつり炒める系っていうか」
「大雑把って言いてぇのかこら」
「自覚あんじゃ~ん」
不破、大井、霧崎の三人が卓を囲んで騒がしい。
鳴無は不破が作ったと思われるチキンサラダを一口。
頬に手を当ててうっとりと「おいし~」とご満悦。
不破の料理は冷しゃぶやおからを練り込んだチヂミなど、ヘルシー志向のダイエットメニューが中心。
大井は定番の肉じゃがやきんぴらなど、和食メインで作ったらしい。
対して霧崎はパスタや揚げ物といったジャンクなフードたちを作ったようだ。
さすがにキッチンが足りなかったようで、大井は自室で調理してきた物を持ち込んだらしい。
「はい、たいちゃ~ん」
「あの、自分で食べられるから……」
「え~、これくらいいいじゃ~ん」
さりげなく太一の隣の席をキープしてきた大井が、肉じゃがの芋を差し出してくる。
ぷくっと膨れる大井の押しに負け、太一は羞恥心もそのままに芋にかぶりつく。
「あふっ!」
「できたてだからね~」
ホクホクのお芋はそれそれは熱かった。
「で、どう? おいしい?」
「おいしい、です」
口の中がヒリヒリした以外は、味がしっかりと染み込んでて非常に美味。
「肉じゃがだけは前もって仕込んでおいたんだ~。さすがに短時間じゃ味が染みないからね」
露骨なアピールに不破と霧崎の瞳がすっと細くなる。
「ウッディ~」
「あ、はい――んむっ!?」
向かいの席から霧崎に声を掛けられて振り返ると、いきなり口の中にフォークで巻いたパスタをねじ込まれた。
「このトマトソース、ウチの自前。どう?」
「おいひい、でふ」
「にしし」
太一の感想に気を良くしたのか、霧崎がはにかんだ表情を見せる。
すると、太一の斜め向かいから不破がドンと皿を太一の前に置いた。
「食え」
それは取り分けられた冷しゃぶサラダだった。
眼光鋭く、まるで獲物を狩人のような視線に太一は「い、いただきま~す」と恐る恐る口をつける。
「……どうだよ?」
テーブルに肘をついて、ぶすっと不機嫌を隠そうともしない不破。口の中の物を咀嚼して飲み込む。
すると、この場の雰囲気にしては珍しく、太一の口から自然と感想が漏れた。
「やっぱり、不破さんの料理はおいしいです」
「……当然じゃん」
不破はぶっきらぼうに、フォークで自分の作ったチヂミを突き刺して口へ運ぶ。彼女の耳の先は、少しだけ赤くなっていた。
と、ジーっと不破と見つめる3対の視線。
「不破さんってあれだよね。わりとテンプレでツンデレだよね」
「あ? んだよそれ?」
「割とギャップ狙ってる、みたいな。意外とあざといな、って」
「露骨なおめぇと一緒にすんなや」
「いや~、キララも普通に露骨だとウチは思うんだけど」
「だから、なにが?」
「うへぇ~。ここまでやって認めないとか……ウチこんな相手に遅れとってんの~? めっちゃやるせねぇ~」
と、霧崎が先ほど太一の口に突っ込んだフォークをそのまま使って、コロッケを無表情に食べ進める。
大井は静かに「胃袋は先に掴まれちゃってるか」などとぶつくさ言いながら、不破の料理に手を伸ばしていた。
そして、鳴無は不破の隣から彼女の肩に触れ、
「きらり~ん、ワタシにあ~んしてほし~な~」
「ふん!」
「もがっ」
絡みつく鳴無に、不破は霧崎が作ったから揚げを丸々一個、口の中にねじ込んだ。
口いっぱいに放り込まれたから揚げを、鳴無はしかし、幸せそうな顔で咀嚼していた。
本人がそれでいいなら、なにも言うまい。
「あ、たいちゃん、せっかくだし今日は泊っていってもいいでしょ?」
「え?」
「あ、ならウチも久しぶりにウッディん家泊ってく~」
「はい?」
「チッ……まぁどうで明日の朝食も作らねぇといけねぇし、そのまま泊ってった方が楽か」
「不破さん?」
「じゃあワタシ、きらりんと一緒の布団で寝た~い! それで~、きらりんとエッチなこともしたいな~」
「てめぇマジで入ってきたらベランダに放り出すからな」
「ちょっと!?」
食事の席で、なぜかそのままギャル全員、太一の家にお泊り、という流れになり……一人果敢な抵抗を試みるも、太一の意見は『却下』の二文字に封殺され、いきおいのまま、お泊り会が実施されることになってしまったのだった。
……ここ、僕の家なんだけど。
家の住人であるはず太一の意見は完全に無視。これを悪行と言わずしてなんと言う。
太一はせめて、近所に騒音問題でクレームを入れられないことをだけを、切に願った。
_|\○_オネガイシヤァァァァァス!!
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております




