話してみると案外普通ってことあるよね
なんでこんな状況になっているんだろう……
「お前なに飲む?」
「あ、いえ。お構いなく」
時刻は17時過ぎ。場所は西住家のリビング。
太一はソワソワと落ち着きなくソファに座っている。
あてもなく視線を彷徨わせる太一の視界に入ったのは、棚の上に並んだいくつものトロフィーや盾、額に飾られた賞状たちだ。
「とりあえず紅茶でいいか? パックのヤツ」
「大丈夫です」
西住がキッチンでケルトにお湯を入れ、紅茶パックを適当なマグカップに放り込む。
「ほらよ」
「あ、ありがとうございます」
「あのクソ姉貴が迷惑かけたな。こんなんしか今はねぇんだわ。勘弁してくれよ」
「いえ、そんなことは……」
なにを話せばいいか分からず、最低限の言葉しか出てこない。
こんな時、不破や霧崎だったら臆せず相手に絡みに行くのだろうが、生憎と太一にまだそこまでの度胸はない。
「あの人、西住くんのお姉さんだったんだね」
「あんまし認めたくねぇけどな」
「お姉さん、嫌いなの?」
「いなくなっちまえばいいと思ってる」
「……」
辛辣な言葉が返ってきた。
太一はここに至るまでのことを思い出す。
ドラッグストアの近くでぐったりしていた西住の姉……西住秋穂をこの家に送り届けた。
そこで偶然、帰宅してきた西住と鉢合わせしたのだが。
『宇津木、お前なんで……てか、姉貴?』
『あ……りゅうちゃん、その、これは……』
『その呼びかたやめろつったよな? てかなにしてんだよ?』
『く、薬が、切れちゃって……外に買いに行って』
オドオドした喋りの姉に西住が徐々に苛立っていったのが分かった。
口を挟むべきか迷いつつ、太一が代わりに答えることにした。
『あの、この人、ドラッグストアの近くで動けなくなってて……』
薬を代わりに購入したこと、放っておくこともできずここまで送り届けたことを説明した。
『はぁ……お前、なんにもできねぇくせに人に迷惑ばっかかけてんじゃねぇよ』
『あうっ』
『っ、西住くん!』
秋穂の手を強引に引き寄せようとする西住。
ふらつく彼女は太一という支えを失って躓きそうになる。
太一は倒れそうになる秋穂をすんでのことろで受け止め、無体を働く西住に批難の目を向けた。
『彼女、道で蹲るくらい具合が悪いんだ……ちょっとは、気を遣ってあげて』
じっと見据えてくる太一に、西住はバツが悪そうに顔を逸らすと『ちっ』と舌打ちし、姉の手にあるドラッグストアの袋を盗み見た。
『はぁ……くそ……』
彼はツンと逆立った髪を掻きながら、今度は姉を支えるように手を伸ばす。
『自分で二階、上がれっか?』
『ごめん、ちょっとつらいかも』
『はぁ……こうなる前にお袋なりに予備のヤツ買ってもらっとけよ』
『うん……ごめん』
ずっと謝りっぱなしの秋穂。西住は彼女を支えながら玄関の戸を開け、
『家ん中で待ってろ。こいつに薬飲ませてくっから』
『え――』
そうして今に至る。
「――ったく。久しぶりに外に出たかと思ったら、よりによってクラスメイトに介抱されてるか、最悪だろ」
「えっと、お姉さん、ってことはもしかして同じ学校の先輩、とか?」
「いや。あいつ二年前にうちの学校卒業して、今は大学通ってんだよ……つっても、今は休学してっけどな」
途端、彼の表情が険しくなった。
その視線が、リビングに飾られたトロフィー、賞状に向けられる。
その大半に――『西住秋穂』という名前が刻まれていた。
「えっと、お姉さん、大丈夫そう? なんか、すっごい体調悪そうだったけど……」
なんなら、救急車案件かと思ったほどだったが。
「ただの生理だよ。ちょい前からひどそうにしてたし、時期的にもうそろそろ終わんじゃねぇの? 薬も飲ませたし、しばらくすりゃ落ち着くだろ」
「そ、そう。良かったです」
薬を買った時点で分かってはいたが、ハッキリ『生理』と言われるといたたまれない。
涼子のためにあの手の薬を買いに行ったことはあったが、それが赤の他人になると妙に気まずい。
「…………」
「…………」
特に話題もなく、紅茶をすする音だけがしばらくリビングに響く。
「お前、変わったよな」
「え?」
「ちょっと前なら、俺が何したってぜってぇ口答えとかできなかっただろ」
「あはは……そうかもね」
なにせ相手はクラスの中でも男子カーストトップの西住である。
少し前まで不破たちと盛んに交流していただけあって、言動もなにもかも派手、良くも悪くも目立つ生徒だったのは間違いない。
以前の太一であれば、声を掛けようとするだけで吐き気さえ覚えていたに違いない。
が、今は最低限、言葉を交わすことができている。
それに、思っていたより西住も落ち着いた受け答えだ。もっと、不破のような圧が強めの対応をされると思っていた。
いや、不破が特殊なだけで、これが普通なのかもしれない。
「まぁ不破さんと一緒にいれば、大抵の人とは普通に喋れるようになるかな」
これは嘘偽りない太一の本心だった。
が、そこで西住の気配が目に見えて変わった。
「ふ~ん……あいつと、随分よろしくやってるみてぇじゃん、お前」
「……そうだね、色々と、お世話になってるよ」
話題を間違えたことを理解しつつ、太一はどうにか表情を取り繕った。
「聞いた話だと、あいつお前ん家にしばらく転がり込んだことあんだってな?」
「成り行きでね」
「お前、あいつとヤッたの?」
「ぶふぅ~~~っ!」
「おまっ、きったねぇな!」
「げほっ、げほっ……な、なんでそういう話になるの!?」
ティッシュで机の上を拭きながら太一は西住に声を上げた。
しかし彼が逆に「はぁ?」と首を傾げてきた。
「お前マジか? 女を家に連れ込んで同棲みたいなことしときながらまだヤッてねぇのかよ」
心底意外だ、と言わんばかりの表情を向けられて太一は抗議する。
「そもそも、僕たちはそういう関係性じゃないですから。あと連れ込んでません。不破さんも、泊まれるところがないから仕方なく、って感じでしたし」
「おいマジかよ。お前はともかく、あのキララが……? お前ら小学生じゃねぇんだからよ」
「西住くんの考えはよく分からないけど、少なくとも不破さんは僕を『そういう対象』には見てませんから」
「……」
と、なぜか西住は急に黙り込み、鋭い視線を太一に向けて来た。
「はぁ……今日はあのバカが面倒かけたし、今のは聞かなかったことにしといてやる」
西住は乱暴にカップを手に取ると、グイっと中身を飲み干した。
しかし太一は訳が分からず、チビチビと残りの紅茶で口の中を湿らせる。
それからしばらく無言。
時計の秒針が数週したタイミングで、太一のスマホにメッセージアプリの着信音がなった。
「と、ちょっとすみません」
西住に頭を下げて内容を確認。
すると、不破からのメッセージだった。
「あの、僕そろそろ、お暇させてもらいますね」
「家族から連絡でもあったか?」
「……そんなところです」
なんとなく相手が不破だとは言い出しづらかった。
「お姉さんに、お大事にって伝えて下さい。それじゃ、僕はこの辺で」
「おう、じゃあな」
西住は特に太一を引き留めることも、見送ることもなくその場で別れを告げて来た。
廊下に出た太一。階段から二階を見上げると、そこに秋穂が少しだけ顔を出していた。
少しだけ、顔色が良くなっただろうか。
太一は頭を下げ、秋穂も小さく手を振ってきた。
太一は西住家を後にし、今度こそ家路につく。
思いがけない出会い、思いがけない邂逅があったものの、きっとこれ以上、彼と関わることはないだろう。
そんなことを考えていた太一。
――それから数日後、自分が西住家の問題に少しだけ顔を突っ込むことになるとは、想像すらしないまま。
パタッ…( っ゜、。)っ ツカレタ…
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