家族がクラスメイトと外で一緒にいるのを見るとちょいハズい
……ああは言ったけど、なんで切り出せばいいのかな。
仲持とクラスの状況、それとこれから起こるであろう予測を話し合った日の翌日。
学校も終えて帰宅するだけの放課後。
宇津木太一は久しぶりに訪れた一人の帰路の中、薄曇りの空を見上げて頭を悩ませる。
脳内で小さな太一が円卓を囲んでいる。
議題は当然――『不破満天を如何に説得して西住昇龍と仲直りさせるか』である。
字面にしてみるとなんともチープに思えてくるが、相手はあの唯我独尊を地で行く不破満天なのだ。
ここ最近は以前のような攻撃性は"比較的”なくなっていきたような……気がするし、そうでもない気もする。
まぁ彼女の不条理な理不尽の回数が減ったのは確かだろう。
太一が不破の言動に慣れただけかもしれないが。
それはともかくとして、とにかくそんな触れれば爆発、暴発、感電、火傷しそうな危険極まりない女に対し、どう穏便にこちらの意見を通すのか、という話である。
今になって後悔の二文字が狂喜乱舞し始める。
そもそもの話、太一の説得に不破が耳を傾けるか否か。
『関係ねぇ』と一蹴される未来が容易に想像できる。太一は深く長いため息を吐き出した。
彼女とは既に浅からぬ付き合いだ。自宅に長期に渡って泊めていたこともある。不破の性格はそれなりに把握しているつもりだ。
仲持も言っていたが、
『キララは意固地になるとちょっとやそっとじゃ意見を曲げねぇ。あまり強引に話を進めすぎんのも悪手だから、注意しとけよ』
彼の言うとおりである。
不破という女は一度でもこうと決めてしまうと勢いのまま突っ走っていくところがある。
最近の太一も人のことは言えないが。
とはいえ、今の不破が西住に対してどんな感情を抱いているのか、それを把握できないことには話にもならないだろう。
……姉さんから話を聞いてもらうのも手だけど。
なんとなく、それは最終手段な気がした。
不破は涼子の言葉はわりかし素直に聞く傾向がある。
が、もし姉の言葉にも拒絶を示すようになってしまえば、いよいよ拗れる可能性が高い。
やはり、ここはまず自分から不破にアクションを掛けていくべきだろう。
しかし、それで不破が不機嫌になった挙句、出会ったばかりの時のような理不尽が降りかかってくるのでは、と考えるだけで胃痛がしてくる。
……まぁでも。
自分の胃に穴が開くよりも、不破が教室で孤立している光景を目にする方が、容認できない。
なんやかんやと、不破には恩義を感じていた。
自分をここまで引っ張ってきてくれたのは、間違いなく彼女だ。
大井との一件から、他人との接触をとことん断ってきた太一。
しかし、なりゆきとはいえ、太一は彼女と関わるようになって、世界が拡がったような実感を得た。
本当に、切っ掛けだけは今思い出しても苦いものだが、それも含めて不破との思い出だ。
……不破さんが下を向いてるところは、見たくないな。
いつだって彼女は、前を向いて全力で走っている姿がふさわしい。
……とりあえず、今日の夕方にまた家に来るんだろうし、その時に改めてどう切り出すか考えてみようかな。
もしかすると、どこかで適したタイミングに恵まれるかもしれない。妙案でも浮かぶかもしれない。
先延ばしの期待をしながら太一は最寄りのドラッグストア手前の交差点に差し掛かる。
この時間帯は通行人の姿もほとんどなく、車の交通量も控え目だ。
故に、太一は交差点の手前に立つ電柱の脇に見えた人影に意識が向いた。
真っ黒な髪を無造作に伸ばした女性だ。それにこれまた真っ黒なワンピースの上からベージュのチェックがらストールを羽織っている。
彼女は電柱に手を当ててその場に蹲っていた。
人見知りするタイプの太一だが、さすがにこれを素通りできるほど人間性を失ってはいない。
「――あの、大丈夫ですか?」
太一の声に彼女はゆっくりと振り返った。
直後「ひぃっ!?」という引き攣った悲鳴が上がる。
見上げ先に立つナイフのような三白眼を持った男。見下ろすような構図は迫力を一層割り増しさせる。
女性はペタンとその場に座り込んでしまい、ガタガタと震え始めてしまった。
「あ、ああああにょ、わ、わわわ私、お金とか全然持ってないですから~……」
涙目で手に持った財布をぎゅっと握りしめる女性。
長い黒髪が顔の半分以上を覆い隠し、隙間から覗く目元には濃いクマが見て取れる。
化粧っけもなく、震える唇は渇いているのかひび割れている。
「えっと、別にカツアゲしようとかじゃなくて……」
「じゃ、じゃあなんですか? も、もしかして……人攫い!?」
「誤解されそうなんでやめてもらっていいですか!?」
なんだろう。さっそく声を掛けてしまったことを後悔してきたぞ。
太一は小さく息を吐き、どうにか声を穏やかに語り掛ける。
「僕はただ、あなたが具合が悪そうにしてるから気になっただけです」
「え? あ……そう、ですか……すみません」
しゅんと下を向く彼女。
しかし実際のところ、その顔色が決していいとは言えない。太一の目にはほぼ病人のそれに見えていた。
「あの、改めて訊きますけど、大丈夫ですか? どこか具合でも悪いとか」
「いえ……その、なんと言えばいいのか……久しぶりに外に出て、ちょっと気持ち悪くなっちゃった、というか…………」
それとまぁ、と彼女は前置きし、少しだけ頬を赤らめてドラッグストアを見つめながら語った。
なんでも、普段から使っている痛み止め用の薬を切らしてしまったらしく、買い出しに出たのだが。
「わ、私、最近はちょっと家から出るのが、億劫で……いつも、家族に買い物をお願いしてたんですけど」
今日は家に誰もおらず、我慢できなくなって意を決して家を出たのだが、
「お腹は痛いし、吐きそうだし、目が回るしで……」
「そ、そうですか」
なんとなく、彼女の症状の予測がついてしまって太一も気まずい。
が、実際に彼女は辛そうな様子で……
「あの、よければ薬、買ってきましょうか?」
「え?」
「その、本当に良ければ、ですけど」
「…………………………………………お願いしても、いいですか?」
「分かりました」
なっがい沈黙の後、彼女は俯きながら千円札を手渡してきた。黒髪から見える青白い肌が、目に見えて赤く染まっていた。
非常に気まずい。
太一は薬の名前を女性から聞き、ドラッグストアへ向かった。
そして約五分後。
「ありがとう、ございます~……」
電柱にもたれた彼女は、さっきとは別の意味で涙目になっていた。太一は彼女にドラッグストアの袋を渡す。
「あの、帰れそうですか? もし辛いなら、タクシー呼びますか?」
「……そこまで、お金、ないです」
「そ、そうですか……」
う~ん、としばし思案。このまま放置するわけにもいくまい。
気まずさはあるが、太一は意を決して、
「あの、送っていきましょうか?」
「え?」
「その、良ければ、ですけど」
薬を買ってくる時と全く同じやりとり。
しかし今度の彼女は、先ほどより早く「はい」と頷いた。
「すみません、お願い、します」
袋をぎゅっと握りしめ、顔を隠してしまった。
太一は体を横で支えながら、彼女の家へと向かった。
移動中、終始彼女は「すみません、すみません」と繰り返す。
そして、ドラッグストアから歩くこと、実に20分……
「あそこ、です」
女性が示したのは、一般的な二階建ての一軒家だった。
……あれ、誰かいる?
家を囲むようにブロック塀の間の鉄製の門扉……そこに、太一の通う学校の制服に袖を通した男子生徒が近づいた。
「あ……」
と、女性が小さく声を上げ、それを拾った相手がこちらへ振り返る。
「あ」
「あ」
途端、女性に続いて太一も相手の男子生徒も声が漏れた。
「西住、くん」
目の前に立っていたのは、太一が頭を悩ませる問題の当事者の一人……西住昇龍だった。
( ゜д ゜)ァ.... !?Σ(・д・ ;)
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