果たして彼女が勝ち取ったモノ
なんのつもりか、彼女は勝負を捨てたのか?
周りの候補者たちから向けられる奇異の視線。まるでアナーキー、外聞をかなぐり捨てたかのような少女の出で立ちは……しかし太一にはこれこそが正しいと思わせるものがあった。
――これが、今の霧崎なのだ、と。
「その恰好で、壇上に上がるんですね」
「そうだよ」
「自棄になった、とかじゃないですよね?」
「それは違うかな。これは、ウチなりの『本気』」
彼女はハッキリと首を横に振った。明確な意思のもと、彼女は今のスタイルで挑む決意をしたのだ。
「なら、よかったです」
「ウッディ、こんな格好した候補者が出て行って、まだ勝てると思ってる?」
「もちろん」
「わお、言い切ったね」
「霧崎さんの勝負で、僕が弱腰になるわけにはいかないと思ったので」
「はは……ほんと、ウッディってば、誰かさんの影響受けすぎ……でもま、悲観的な相方よりは万倍もマシか」
「はぁ~ぁ」などと、なぜか霧崎は肩を落とし「土俵の端っこで右往左往してる相手に負けてるとか、ないわ~」などと独り言ちた。
「ウッディ」
「はい」
「大人になった時に、恥ずかしいって感じる思い出にしようね」
「ベッドを転げまわるくらいですか?」
「一緒に壁もドンドンやっちゃうかな」
「それは、キツそうですね」
二人は笑い合う。今から自分たちは、青クサい思春期に満ちた舞台へ、上がっていく。
『――ありがとうございました……続きまして、』
スピーカーから司会者の声が聞こえてきた。二番手の演説が終わり、いよいよ自分たちのターンが回ってきた。
『生徒会長立候補、霧崎麻里佳さん……応援演説、宇津木太一くん、お願いします』
心臓が刻む鼓動は鬱陶しいほどに早く、ジワリ滲んだ汗が掌を湿らせる。
「それじゃ、いこっか」
正直に言えば、少し怖い。それでも今は――自分のできる全部を出し切ろう。
「はい」
壇上へ上がる。大勢の視線に晒されて、しかし意外なほど心は凪いでいた。
想像していたほどではない、先日の、名前も知らない誰かに啖呵を切ることに比べたら。
逆に、あまりにも場違いな格好をした霧崎に、生徒や教師たちは目を見開いていた。「なにあれ?」、「おい、なんて格好で壇上に上がってるんだ」、「目立ちたがり屋? いるよね~」などと、否定的な声が僅かに聞き取れた。
マイクの前に立つ。深呼吸を一つして、ポケットの中から原稿用紙の入った封筒を取り出す。
大した内容ではない、霧崎麻里佳という少女が、生徒会長としてどうふさわしいのか、当たり障りなく書いただけ。
それでも、できる限り、彼女の魅力を詰め込んだ、詰め込めたはずだ。
「――え?」
しかし、太一は封筒の口を開いて、動きを止めた。
――その中身は、空っぽだった。
Σ( ̄□ ̄|||)
封筒を手にしたまま固まる太一に会場内がどよめく。後ろから霧崎の心配そうな視線。
やらかした。
まさかこの土壇場で、特大級に。
冷や汗と共に高速で記憶を遡る。
昨晩、最後のチャックにと自室の机で原稿内容をチェックしていた。
そこから、そこから……
……も、戻し忘れた!?
そうとしか考えられない。出かけるとき、封筒の存在だけを認識して、そのまま中身もないそれだけを鞄に突っ込んだ。
なんたる凡ミス。
……内容はある程度なら覚えてるけど。
アドリブ? ただでさえ口下手な自分が?
……できるのか? 本当に?
グダグダになる未来しか見えない。思わず後ろを振り返る。
こちらを見つめる霧崎、司会者の生徒も一向に切り出さない太一に困惑している。
どうするどうするどうするどうする!?
まずい、頭の中が白くなってきた。なぜ自分はこんな大事な場面でやらかしてしまったのだ。
いや違う今必要なのは後悔することじゃないはずだ。格好悪くてもいいから何か言え、ここで時間を無駄にすれば霧崎の勝利など到底……
しかし口が開かない。開こうとするたびに閉じてしまう。
……僕はっ!
自己嫌悪に呑まれそうになった。
すると、
『おら~宇津木~! ボケっと突っ立ってねぇでさっさと始めろ~!!』
「っ!?」
顔を上げた。声は体育館の二階から。そこにいたのは、金色の髪を窓から吹き込む風に揺らした、不破満天だ。
『いまさら緊張してんのか~!? 引き受けたからには最後までマイのサポートしろや!!』
一部の教師が走り出す。不破はそれに気づいたように「やっべ」と一階を見下ろし、駆けだす直前にもう一度太一へ振り返り、
『やるからには勝てよ~!!』
などと言って、注目を集めながら不破は教師を躱して逃げていった。
……はは、なんで不破さんが一番目立ってるんだろ。
彼女は太一の異常にいち早く気付き、二階へと駆け上がった末、固まった太一に活を入れた。
そのあまりの胆力に、太一は笑みがこぼれる。
あれだけ注目を集めた後では、太一がアドリブでグダグダな演説をしても、そこまで気にするような者などいないだろう。
太一はマイクを外し、口元に引き寄せる。
「すみません、なんか用意した原稿、忘れちゃったみたいで」
なんて切り出しに、担任の倉島は片手で顔を覆いながら「何やってんだあのバカども」と独り言ちていた。他の生徒たちや教師たちからも、わずかに不安を感じている気配が漂っている。
「なので、もうこの際仕方ないので、時間が許す限り、僕が知る霧崎さんの……霧崎麻里佳さんのことを伝えようと思います」
――まず、彼女は学校もサボり気味で、制服とか校則なんて気にしないで着崩してるし、とにかくテンションが高くて、一緒にいると、僕みたいな人間はちょっと疲れちゃったりします。
――でも、逆に、彼女はそんな僕にも積極的に接してくれるような人で、僕が本気で悩んでいた時に、色々と協力してくれたり、面倒見もすごくいい人なんです。
――きっとそんな彼女じゃなかったら、僕はここで、演説してることはなかったと思います。
――何より……霧崎麻里佳という女の子は、どんな逆境の中でも、くじけず、前を向いて、努力のできる人です。きっと、今皆さんは、目の前にいる彼女の格好を見て、なんでこういう人が? って思ってるかもしれません。
――確かに、破天荒です、皆さんが感じている違和感は事実です。でも、そういう視線や周りからの評価とか関係なく、彼女はここに立って、挑戦する道を選びました。
――難しいことです。それをできる人は多くない。だからこそ、
――挑戦できること、そしてそれに、ひたむきに努力できること……辛いことがあっても、立ち止まらず、歩き続けることができる人、それが、霧崎麻里佳という女の子です。
――一歩を踏み出す勇気を持った彼女だからこそ、僕はこの学校の生徒会長に相応しい人物なんだと、心から言えます。
「どうか、皆さんの目に、彼女の活躍する姿が映ることを願って――僕は、最後の瞬間まで彼女を応援します。僕から、以上です」
ところどころ、噛んだり内容がまとまらなかったり、やはりグダグダになってしまった印象はある。
それでも、伝えたいことえを、最後まで言い切れたと思う。
霧崎の隣へ戻ると、彼女はこっそりと太一の脛に軽い蹴りを入れて、
「なんか良いこと言おうとしまくって、から回ってる感じしたんだけど」
「それは僕も感じてました、はは……やっぱり僕には、アドリブはまだ早かったみたいです」
苦笑する。しかし霧崎は「でも、ま」と、少し頬を赤らめて、
「頑張ったじゃん」
「はい、ありがとうございます」
と、霧崎からの称賛を受け取った直後、
「続きまして、生徒会長立候補、霧崎麻里佳さん、お願いします」
司会に促され、霧崎は「うし」と壇上へと上がり、マイクを手に取った。用意した原稿用紙も取り出さず。
「ただいまウチのドジな推薦人のご紹介に預かりました霧崎『麻里佳』です」
腰に手を当て、いきなり偉そうにふんぞり返る仕草で舞台の下を見下ろす霧崎。
彼女は自分のことを、麻里佳、と名乗った。
まいかと誤魔化すこともせず、ハッキリと。
「ぶっちゃけた話するけど、ここにいる皆どういう心境で集まってる? 今回は四人で生徒会選挙やってるんだけどさ、誰か推しメンいてそいつに絶対投票してやるぜ、とか思ってる人いる? 『私』さ、そんなの全体の一割もいないと思うんだよね。正直、」
――誰でもよくね、みたいなさ。
いきなり喧嘩腰スタイル。しかし会場からはわずかな関心が寄せられる。それでもまだ一部だ。
すると、
「こらそこの一年坊主共~、人の話聞かないで欠伸してんなよ~? 名前は知らんけど顔とクラス覚えたかんな? あとで覚悟しとけよ、さっき二階から声張り上げてたやべぇ女と一緒に突貫するかもだから」
ずばり、午後の眠気を誘う空間に霧崎の鋭いツッコミ&脅しが入る。その一年は体をビクリとさせて慌てて顔を上げていた。
いかにもな見た目のギャルに目を付けられてチワワよろしく震えている。
「なんかウッディ……さっきの推薦人がぐだりながら色々と私のこと褒めてくれたけどさ~、あれ全部事実だから、本気にしていいから、安心して投票してよ」
彼女は、壇上に上がった瞬間から、麻衣佳の姿で、『私』と自分を呼称して続ける。
「ていうか聞いてほしんだけどさ、私が立候補した時さ、クラスの連中皆、教師も一緒になって人の挑戦をネタにしてくんの? ありえなくね? マジで何回暴れてやろうか思ったかわんかないし」
彼女は生徒会長になるための公約や抱負については口にせう、前半は完全に愚痴がしめていた。
名指しされた教師はバツが悪そうに顔を逸らし、霧崎のクラスメイトたちは渋面を作っている。
「はぁ~、スッキリした。さてと、もう時間もないからちゃちゃっと公約とか抱負の話しよう、って思うんだけどさ、正直、制服の着こなしの自由化とか、あんま意味なくね、って思ってきた」
だって、
「もう皆、割と自由にしてるっぽいし」
そして、彼女は自由に、身振りやら手振りやら加えて口を開き、体育館全体を見渡す。
「服に無頓着なら制服を真面目に着ればいいし、オシャレしたい奴は勝手に色々と弄るし、私できるのは、精々が教師たちにあんまし口やかましく言わないように交渉することくらいかな」
中には、あんまし見た目の印象がよくないセンセもいるわけだしね~、などと、霧崎は教師陣を見遣った。
「まぁでも」
霧崎はそこで少し居住まいを正し、物思いに耽る様に顔を上げた。
「私が生徒会長に万が一にもなっちゃったらさ、皆が少しだけ、自分の意思を前に出すことを応援できるような学校にしたいな~、っては思ってるんだ」
霧崎は柔らかく笑んで見せた。
「抽象的でごめんね。でも、それはわりと本気、イベントで本気になりたい人が空気読んで手を上げられないとか、つまんないじゃん?」
それは、
「声上げんのが怖いひと、この中にいるっしょ。私んとこに来てよ。色々と聞いて、やれるところは、一緒にやってこ。そんで、後悔をちょっとだけ小さくしてみる感じ」
姉の言葉に素直になれず、何も言えないまま、今も後悔したままの彼女が発した、
「人生、明日あっさり終わるかもだし、やれること、やってこ」
彼女の本音。
「これくらいかな、色々と聞いてくれてありがとね。別に投票しなくてもいいから、私と絡みたい人は二年四組まで来てね、それじゃ」
霧崎は舞台で太一と目が合い、指を二本立てた。
司会が困惑気味に、「あ、ありがとうございました~……つ、続きまして」と、最後の候補者を呼ぶ。
これで全て終わった。
あとは投票結果を待つだけ。
「あれでは投票は集まらないだろ」
と、すれ違いざま、大賀美は二人に視線を向けることなく口にした。
「……挑戦する事、声を上げられない空気、か」
そして、最後に彼は独り言ちて、壇上へと上がって行った。
「なに、あれ?」
「さぁ……」
二人は首を傾げる。
「は~……あとでウチら、呼び出し食らうかもだね」
「そうですね……最近、そんなのばかりな気がします」
「ウッディもちょっとずつウチらの色に染まってきてるもんねぇ……ウチらもだけど」
「え?」
「なんでもない」
その後、演説の終わりに、案の定というかなんというか、学年主任の倉島に呼び出され、軽いお小言をお貰うことになった。
――後に、校内で流れた速報による、開票結果の発表があった。
有効票は約600、結果は……
霧崎麻里佳――181票
大賀美真人――296票
彼女の、敗北であった。
「ま、健闘したよね、ウチら! てか、めっちゃラインの連絡先増えたんだけど!」
しかし、彼女の表情に、陰りはなかった。
٩(ˊᗜˋ*)وィェーィ♬*゜
予約更新、やらかしました…
遅れて申し訳ありません!




