それが彼女の勝負服
なぜ……?
なぜ、なぜ……?
なぜ……なぜ……なぜ……?
どうして自分は生きている……こんな疑問、考えるだけ無駄だと理解している。
それでも考えてしまうのは、未練なのだろう。
姉が死んで、姉になって、自分が生き残って、自分を殺した――
いつしか姉妹というモノさえあやふやで、麻衣佳が生きていた名残は少しづつ、現実世界から擦り切れて、存在が希薄になっていく。
そんなことは許されない。
姉はまだ死んでない。母が視ている自分が彼女である限り、彼女はずっと、この世に在り続けるんだ。
それが、たとえ虚像の上に成り立つ、仮初だったとしても。
( )・・・
夢を見る。
母からおかつかいを頼まれた、あの日の追憶。
蒸し暑い熱気の包まれて、重たい買い物袋に苛立ちながら立ち止まった、あの交差点。
『――ねぇ、よかったらお姉ちゃんが切ってあげよっか? 大丈夫、絶対に可愛くしてあげるから!』
ミディアムヘアを揺らして、いつものように遠慮なく、妹を構う優しい姉。
彼女はいつも、妹を「可愛い」と言う。そんなことない、本当に可愛いのは姉のような人を言うのだ。
だから、そんな人から「可愛い」と言われても、皮肉にしか聞こえない。
でも、ほんの少しだけ、あの時の自分に、姉の言葉を受け入れられる余力があったなら――
『別にいいけど……変な髪型にしたら怒るからね』
『おっ! マジ! マリィもちょっと前向きになったじゃ~ん! よっしゃ! 任せて、お姉ちゃんが絶対にマリィのこと、世界一可愛くしてあげる!』
『……信用できない』
『お姉ちゃんへの信頼度ひっく!』
なんて、他愛もないことを言い合って、家に帰るのだ。
結局、髪型はガタガタになって、姉と一緒に美容室で整えてもらうのだ。
『わぁ、やっぱりマリィはそっちの方が可愛い!』
そのあとに、一緒に外食なんかして、姉の着せ替え人形にされたり……
珍しくオシャレなんかして、父と母に驚かれてみたり……
『はは、マリィ! 今度、その恰好で一緒に遊びに行こう!』
ああ、なんて優しく淡い――残酷な夢だろう。
こんな温かい場所が、自分にもあったのだろうか。判らない。今となっては、全てが過去。
なにもかも過ぎ去って、この手の中には何もない。
――……夢から醒める、世界の色が褪める。
事故の時、最後に見た姉の表情は、よく覚えている。
『ああ、よかった』
死が彼女を捉える間際、姉の口が、そう言ったような気がした。
いつものような、人好きする、その笑みで――
( )・・・
月がかわった、いよいよ生徒会選挙も大詰めを迎えつつある。
残りは全校生徒と集めての演説のみ。それが終わったら、あとは投票の行方を見守るだけ。
とはいえ、応援演説という最後の山を前に、太一も緊張を禁じ得ない。
「もう明日だね~……なんか長ったような気もするけど、あっという間だった感じもするね~」
原稿を準備した。壇上ではそれを読み上げるだけだ。
霧崎との最後の打ち合わせ。とはいえ、ここまでくるともはや何か対策を考えることもない。
「勝てるかな~、ウチ」
「それは、投票されてみないと、わかりませんね」
「そこはさ、絶対に大丈夫、くらい言ってほしかったんだけど~」
アイスコーヒーの中で、カランと氷が転がった。
霧崎はいつもの模範的スタイルで、太一も伊達メガネを掛けている。
「霧崎さんは……もしも選挙で勝てたら……」
麻里佳として過ごすつもりなのか、なんて言葉が喉から出そうになり、口をつぐんだ。
……意味がない。
霧崎が麻里佳に戻ろうと、麻衣佳を貫こうと、どちらにしても、彼女が抱えたモノにいささかの変化もない。
自分にできることは、彼女の傍で、ふらつきそうになるその身を、僅かに支えることくらい。
「ねぇねぇ、ウッディ」
「なんですか?」
「明日、頑張ろうね」
「はい」
明日、全校生徒を前に、二人は最後の大勝負に挑む。
(ง •̀ω•́)ง ᶠⁱᴳʰᵀᵎᵎ
演説会、当日――
全校生徒が集まった体育館。空調設備もない中、押し込められた生徒の大半は愚痴や無駄話に興じるか、退屈そうに欠伸をしている。
一方、舞台の袖では、立候補者と推薦人が緊張と共に待機していた。
「さすがにここまでくるとドキドキしてくるね」
「そ、そうですね」
霧崎に言われるまでもなく、太一の心臓は普段より数割増しで鼓動が早い。
いっそこの矮小な心臓に鋼鉄製の剛毛でも生えてくれないもんか。
「ウッディ緊張しすぎ~w 大丈夫だって~、原稿読むだけじゃん? リラックスしてこ。てか、ウッディがそのまま壇上に出たら、確実にメンチビーム発射してるみたいになるからw」
「は、はい、頑張ります」
「いやだからリラックスしろっての~」
無茶を言う。思えば、こんなにも多くの人前に顔を出したのはいついらいだろうか。
しかし、推薦人が立候補者に励まされているなど格好がつかないにもほどがある。
太一は深呼吸を繰り返し、無理やり自分を落ち着かせた。
すると……
「ねぇ、ウッディ」
「なんですか?」
「ウチ、ちょいトイレいってくる」
「え? 今ですか?」
もうすぐ演説が始まる。霧崎の順番は四組中三番目。まだ時間はあるが……
「そんなに時間はかからないからさ」
「わかりました、できるだけ急いでくださいね」
「りょ」
早足に袖から消えていく霧崎を見送る太一。
すると、こちらを見つめる男子生徒に気が付く。
銀縁眼鏡の奥に神経質そうな瞳をした少年、大賀美真人である。
また小言でも言われるのだろうか、と身構えていると、彼はどこかバツが悪そうに、顔を逸らした。
少し意外な反応に、太一が首を傾げると、スピーカーから演説開始のアナウンスが流れた。
太一は意識をそちらに戻し、またしてもバクバクと激しくなり始めた心臓に気持ち悪さすら覚えた。緊張のせいか、ポケットの中の原稿用紙を手慰みしてしまう。
一組目の応援演説が始まり、そのまま立候補者の演説と続いていく。
「――以上です。ご清聴ありがとうございました」
少し硬い印象のあった一組目の候補者演説が終わり、二組目が壇上へと上がって行った。
次は、自分たちの番だ。
いよいよ緊張感がピークに達しそうになったその時、
「お待たせ~」
「霧崎さん、ギリギリですよ! もう次は僕たちの、」
と、太一が振り返った先、そこに立っていたのは……いつもの、制服を着崩し、耳にピアスをつけた、ギャルなスタイルの霧崎が立っていた。
「やっぱ、ウチ『ら』が勝負するなら、こっちかな、ってね」
ニッと、まるで人を食った猫のような表情で、太一にタンと一歩近づて生きた霧崎。
そのあまりにも場違いで、あまりにも慣れ親しんだ彼女の姿に、太一は思わず、呆気に取られてしまった。
( ゜Д゜)⁉
次回の更新は日曜日の予定です
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