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ソレがカノジョの生きるイミ

 小学生の時だ――


 霧崎麻里佳きりさきまりか、十一歳。

 彼女にはふたつ上の姉がいた。名前は……霧崎麻衣佳きりさきまいか


 快活で裏表がなく、ひょうきん、愛らしく人にとても好かれる人だった。彼女は健康的に日に焼けた肌をしていた。オシャレだから、という理由で中学一年生にしてピアスを空けるような行動派。


『ねぇマリィ、これめっちゃ可愛くない!?』

『……いいんじゃない』


 姉は麻里佳をマリィと呼んだ。そんな可愛い呼び方、自分には似合わないと何度もやめるよう伝えたが、結局最後までその呼び方で通された。


『ええ、ちょっと反応うすくな~い』

『どっちかというと、痛そう』

『確かに穴開ける時はちょい痛かったかもw』


 麻衣佳は笑みを絶やさない人だった。

 対して、麻里佳はいつも部屋に閉じこもり、感情表現も乏しく、ほとんど外に出ないインドア人間。

 いつも絡んでくる姉の存在は鬱陶しいの一言で、ノックもなしに部屋に飛び込んでくるたび、いつも辟易させられた。


『マリィも開けてみない? けっこう気分変わるかもよ?』

『私はいいよ……そういうの、絶対に似合わないし』

『そんなことないって~! だってマリィ、ウチの顔とめっちゃ似てるし、絶対に可愛くなると思うよ!』

『お父さんとお母さんに怒られるから……まだ早いって』


 実際、姉もピアスを空けたことで母たちと少し揉めていた。


『マリィは真面目だな~』

『私、お姉ちゃんみたいな不良じゃないし』

『あ~、ひっど~い!』


 この姉の欠点を上げるとすれば、あまり学校の成績が振るわなかったことくらいか。

 しかし、それを補って余りある、魅力的な人だった。

 なんやかんや言いつつ、両親は麻衣佳を好いていた。素直な性格で、愛嬌もあって、太陽みたいな人。


 逆に、麻里佳は大人し過ぎるくらいで、自分のことをまるで表に出さない子供だった。母親はどうにかコミュニケーションを取っていたが、父親はどう接していいか分からず、会話も少なかった。麻里佳も比較的、母親のことは好いていた。


 それでも自分は姉の陰に隠れてしまう。麻里佳は家の中に自分の居場所がないような気がして、余計に殻へ閉じこもるようになって行った。

 黒い髪は長く伸ばされ、まるで御簾みすのように麻里佳の瞳を隠す。


 それは、外と自分とを隔絶する壁のようだった。


『マリィ! ねぇ聞いてよ! この前さ、クラスの男子から告られたんだけど、そいつ自分語りばっかでマジ寒すぎるっていうか! あれは絶対ナシ! マリィもそういう奴は気を付けなよ~!』

『……別に、私は絶対そういうのないから』

『そんなことないって! マリィもお姉ちゃんと同じで可愛いんだからさ! 今はそういう気分じゃないかもしれないけど、いずれは』

『お姉ちゃんと一緒にしないで』

『あ、マリィってば~』


 いつもいつも絡んできて、ウザかった。

 どうでもいい話を聞かされて、人の話は全然聞いてくれなくて……ほんと、なんでいつも構ってくるのか、不思議でならなかった。


 しかし、後になってから気付いた。彼女は、家の中で麻里佳が孤立しないよう、気を遣ってくれていたのだ。

 いつだって気付きは、遅すぎるくらいに後で、後悔とセットだ。


 だからこそ、いつまでも考えてしまう。

 なぜあの時に死んだのが、自分ではなく……姉だったのか。


 神様もどうせ奪うなら、綺麗な光を放つ宝石ではなく、路傍に転がる石ころのような、自分を連れ去ってくれれば良かったのに。


 ――それが起きたのは、夏の夕暮れ時だった。


 夏休みが終わった直後、母から姉妹でお使いを頼まれたのだ。一人では荷物が多いからと二人で駆り出された。

 母は夕食の準備をしていたし、文句を言いつつも「仕方ない」と麻衣佳たちは家を出た。


 少し前に降った雨のせいか、外は蒸し暑かった。

 薄く広がる雲が、夕焼けで赤い絨毯のような色をしていたのを覚えている。


『ふぇ~……あっつ~。なんでよりによってこういう日におつかいとか頼むかな~』


 帰り道の横断歩道、赤信号を待つ二人。

 隣に立つ麻衣佳は、両手の袋を乱暴に揺すって愚痴っていた。

 麻里佳も似たような心境だ。歩くたびに染み出てくる汗が鬱陶しくて苛立ちが募る。

 すると、チラと麻衣佳は麻里佳を横目に見つめて来た。


『なんかあんた、その髪の毛ものすっごい暑そう』

『……別にいいじゃん。好きでこうしてるんだから』


 麻里佳の髪はお尻まで伸びており、あまり手入れもされていないせいか、非常に重たい印象を抱かせた。

 麻衣佳は「長いのめんどい!」と、一時はバッサリと髪をカットしてショートにしていたが、最近は少し伸びてミディアム程度になっている。


『ねぇ、よかったらお姉ちゃんが切ってあげよっか? 大丈夫、絶対に可愛くしてあげるから!』

『いいよ別に』

『そんなこと言わないで! その前髪も切っちゃった方が、マリィは可愛いってお姉ちゃん思うんだけどな~』

『余計なお世話』

『まぁまぁそう言わないで。試しにちょっとだけ。絶対に良い感じにしてあげるから! あ、なんならちょっとウチの服とか着てみる? あんたとウチって体形とか似てるし、絶対に似合う――』

『いい加減にしてよ!』


 いつも以上にお節介な姉に、暑さも手伝って麻里佳は声を荒らげてしまった。そして、


『なんでいつも私「なんか」に構うの! お姉ちゃんは友達とかいっぱいいるし、お母さんとかお父さんとも仲いいし、そういう人とだけ付き合ってればいいじゃん! 私「なんか」放っておいてよ!』


 この日に限って、感情が溢れ出て止まらなくった。

 いつもいつも遠慮なしに絡んでくる姉の存在が、疎ましくて仕方なかった。自分のことなんか放っておけばいい。それなのに――

 声を上げる麻里佳に、麻衣佳は目を見開いていた。


『どうせ私「なんか」いなくなって誰も困らないし誰もなんとも思わないもん! お父さんとお母さんだって、お姉ちゃんさえいれば別に私「なんて」!』

『っ! ちょっとマリィ、あんたね!』


 麻衣佳が手を伸ばしてきた。信号はもう青になっている。麻里佳は姉の手から身を放し――車道側に下がった。


『もう私「なんか」に構わないで! 私は――』


 感情に任せて、気持ちを吐き出すのに夢中になっていた麻里佳は気づかなかった……気付けなかった。

 

 一台の黒い車が、猛スピードでこちらに向かって来ていた事実に。そしてその存在を、麻衣佳だけが知覚してしまった事実に……


『マリィ!』

『いや!』


 咄嗟に、姉は妹を自分に引き寄せようと手を伸ばした。

 しかし麻里佳はそれを跳ね除け、よけいにその身は車道側へ。

 歩道側の信号はいまだ青、だのに黒い車はスピードを緩める気配もなく、次の瞬間には麻里佳を撥ねる飛ばすところまで来ていた。


 だが、黒い車体が撥ねたのは、麻里佳ではなく――


「え?」


 なにが起きたのか咄嗟に理解できなかった。

 自分は車道の真ん中で尻もちをついて、目の前には、自分と同じく車道側に『飛び出した』姉の姿。

 次の瞬間、彼女の姿は凄まじい衝撃音と共に飛ばされ、宙を舞っていた。


 姉を撥ねた車は歩道側に乗り上げて電柱に衝突。

 地面に投げ出された麻衣佳の周りには、母に頼まれた買い物の品がぶちまけられ、赤い血だまりが拡がっていった。


「おね、ちゃん?」


 呼びかけても、姉は動かない。

 直後、偶然通りかかった通行人から悲鳴が上がり、麻里佳はハッとなって立ち上がり、


「――お姉ちゃん!!!!」


 ぐったりした麻衣佳へと駆け寄った。

 姉は、即死だったらしい。



 ・・・(   )



「……」

「そんな感じ……『私』のせいで、お姉ちゃんは死んだ」

「それ、は……」


 なんと声を掛ければいい? それはあなたのせいじゃありません? 

 バカな、赤の他人がそれを口にして、果たしてそれがどれだけ彼女の慰めになるというだ。


「あとはもう、めちゃくちゃだった。お父さんはもうすごい怒鳴り散らしてて、お母さんは抜け殻みたいになってた」


 事故の原因は、酒を飲んだままドライバーがハンドルを握り、その末の居眠り運転だったそうだ。


「こっちの信号は青だったし、過失は完全に車側にあるって結論になった……でも『私』があの時、冷静になって周りを見れてたら……もしそれで車に気付けてたら、お姉ちゃんはきっと、『私』を助ける必要も、轢かれることもなかった」


 誰も麻里佳を責めなかった。否、責める必要さえない。悪いのは車側であって、麻里佳はむしろ巻き込まれた側だ。

 周りも、『そういうもの』として麻里佳を扱ったし、慰めてくれた。


 しかし、


「あの事故のあと、お母さんが壊れちゃったんだ……お姉ちゃんが死んだ事実も、どこかおぼろげみたいで、いつもいつも、お姉ちゃんの分のゴハンも作って……『私』もお父さんも、全然何も言えなくて……」


 いつだったかな……と、霧崎は独り言ちる口を開き続ける。淡々と、まるで感情が乗ってない機械のように。


「中学校に上がってすぐの頃、お母さんが『私』のことを、お姉ちゃんと間違えたの」

「っ!?」

「すっごい嬉しそうな顔して、『どこに行ってたの?』って聞かれて、『私』はその時、麻里佳だよ、って言ったんだ。そしたら、お母さんは冷たい貌になって、『ああ、じゃあまだ、あの子は出掛けたままなのね』って……その時に思ったんだ」


 ――ああ、『私』はお姉ちゃんの『代わり』に『ウチ』にならないといけないんだ、って。


 太一の握る拳に力がはいった。

 しかし霧崎は尚も、あった出来事を、日記を読み上げるように無機質に、語る。


「長かった髪を切って、お姉ちゃんみたいに制服を崩して……安全ピンで、ピアスを開けた……はは……あれは、めっちゃ痛かったなぁ……」


 穴さえ開けばなんでも良かった。

 鋭く強い痛みに涙を流し、泣きながら針を耳に突き刺した。


「ウッディは、真似しちゃダメだよ」

「……はい」


 一体、彼女はどんな気持ちで、ピアスを開けたのだろう。


「でね、『私』が『ウチ』になって『お母さん』って呼んだら、あの人、もうすっごい嬉しそうでさ……代わりに、『私』が家に帰ってこないことにしたの……そしたらさ」


 家のゴハンは、四つから三つになった。


「~~っ」

「これが、『私』が『ウチ』になった理由」

「そう、ですか」

「うん。でもね……」


 霧崎は不意に、街灯越しに霞む夜空を見上げた。


「最近、ウチの中で『私』が欲を出したみたいなんだ」

「それって」

「そ、生徒会選挙に出たい、って……そこで、もしもウチが……『私』が当選できたら、もしかしたら『私』が認められるんじゃないか、って思ったんだ」


 それは、果たして、誰に対して認めらてもらいたいという、願いだったのだろう。


「どう? ガッカリした? ウチが選挙に出る理由は……どこまで行っても自分本位なもので、誰かのためなんて御大層なものじゃないんだよ」


 霧崎は自虐するような笑みを見せ、「はぁ~」と息を吐き出した。


「これで、ウチの話は終わり。ありがとね、こんなのに付き合わせちゃって」

「いえ……あの、まい……霧崎さんは、」


 先程の話を聞いてから、彼女を麻衣佳と呼ぶことに躊躇してしまう。


「この話をしたくて、僕を呼んだんですか?」

「まぁそういうこと。さっきも言ったけど、色々とフォローしてくれてるのに、ウチが選挙に挑む理由を話さないのは、ちょっとアンフェアかな、って思ったから」


 それだけ、と彼女はいつもの表情に戻って、太一から一歩、身を離した。


「マジでこんな話に付き合わせてごめんね」

「いえ」

「ウチ『なんか』の昔話聞かせられて、つまらなかったっしょ」

「……いえ」


 太一は……自分はこの場で、何を言えばいい。

 何を言っても、きっと上澄みを掬ったような浅い言葉にしかならないのではないか。


 それでも、なんとなく。

 今この瞬間、ここで話を終えては、行けない気がした。

 だから、


「霧崎さんは、すごいです」


 心のままに、語ることにした。


「え?」


 一歩ぶん先にいる霧崎は、太一の言葉に目を見開いた。



 ・・・(・ ・ )

次の更新は水曜日の予定になります

※安全ピンを使ってのピアスホールの開口はとても危険なので非推奨です、真似はしないでください※


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