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知りたいですか、なら覚悟してね

 ――予想外だった。


「まさかウッディがあんな風に怒るとか、ほんと……」


 真面目過ぎか。

 自室のベッドで霧崎は頬を緩めた。

 別にクラスメイトからバカにされたことなどどうでもいい。彼ら彼女らにとって、自分が選挙に出ることがただのお祭りでしかないのは理解していた。

 

「あ~ぁ、ウッディのば~か」


 結局あの後、場は気まずくなってそのまま解散の流れになった。

 その足で近所のファミレスに立ち寄り、クラスメイトや担任教師のことをボロカスに罵ったりと大いに盛り上がった。

 

 きっと明日あたりから、また別の意味で周りから変な目で見られることになるだろう。

 

「せっかく穏便に済ませようと思ってたのに」


 クラスでは波風を立てず、外に出れば調子のいいことを言って場を円滑に回す……それが霧崎のロールプレイ。

 だが、今回の一件で霧崎に対する評価は変わったはずだ。

 

「は~ぁ……」


 ため息が出た。学校に行くのが今から億劫でたまらない。

 同時に、周囲が今度は自分にどんな対応をしてくるか、ほんの少し興味も湧いてくる。


 鳴無のように腫物を扱うような距離感を取るのか、それとも直接的に『調子に乗ってる』と意味も分からない攻撃を仕掛けてくるか。

 後者の可能性は低いと思う。なにせ霧崎は不破と付き合いがあることは周知されている。

 彼女の気性の荒さも同様に。

 嫌がらせの類はほぼないと思っていいだろう。


 なら、やはり腫物コースか。


「まぁ、どっちでもいいけどさ」


 どうでもいい、なんでもいい、好きにすればいい。ただ……


「ウッディには悪いことしちゃったかな」


 罪悪感。同時に、ほんの少しだけ胸の内が暖かい。

 あの臆病で、自分の考えをなかなか口にすることもできなかった彼が、自分のために声を上げてくれた。

 今日に限った話じゃない。対立候補の前期生徒会の副会長。彼が霧崎の選挙戦出馬に難癖をつけに来た時も、彼は真っ向から彼に対峙した。

 

 霧崎の気まぐれに巻き込まれただけにも関わらず。

 もっと適当でもよかったのに……


「はぁ~……」


 思わずため息が漏れる。

 なんでこうも似合わないムーブを次々とかますのか。

 おかげで……


「さいあく」


 感情の揺らめきを感じる。いつからだ。今日が劇的だったことは認めよう。

 ただ、それだけでこうも彼の見方が変わるものか。


 霧崎は枕で顔を覆い隠した。

 予想外だったのは自分の心の動きもだ。


 しかし、彼女は掴んだ枕をギリと握りしめ、自問した。


 この胸の疼きは、果たして『どちら』の自分が抱いた感情によるものなのか。


 ……『私』か『ウチ』か。


 霧崎はのっそりと起き上がり、脱衣所へと向かった。

 この複雑に絡まった思考が、お湯の熱で少しでもほぐれることを願って。



 ζς_(;´ω` _ζζフゥ~……



 ――宇津木家のリビング。


「てな感じで宇津木が周りの連中にいきなり啖呵きってマジでビビったっていうか」

「へぇ……この愚弟がね~」

「あの時のたいちゃん、カッコよかったよ~」

「あの、すみません。もう勘弁してください」


 太一は昼間の一件で話のネタにされていた。


「あら、いいじゃない。あんたにしては上出来じゃないの」

「うん、まぁ……」


 自分で決めたことだ。やはり、努力している人間が否定されるのも、笑われるのも我慢できなかった。

 かつて、どれだけ努力しても母から認めてもらえなかった自分と、彼女を重ねて見てしまったのかもしれない。


「前のたいちゃんって、ほんとに自分の意見とか言わなかったのにね……誰かさんの影響、もろに受けてたりとか」

「え? 誰か、って……誰?」

「そこで気付けないあたりはたいちゃんだよね~」


 ま、あーし的には好都合なんだけどさ、と大井は最後に独り言ちた。


「あれだけ言うってことはさ、霧崎さんの選挙、たいちゃんはそれだけ本気ってことだよね」

「それはね。実際に当選できるかは分からないけど、霧崎さんの挑戦したい、って気持ちは応援してあげたいから」

「……ほんと、真っ直ぐそういうこと言えるようになっちゃって」


 嬉しいやら悔しいやら。大井の気分は複雑だ。

 すると、太一の隣に不破が近づき、


「ったく、似合わねぇことしたなっw」

「おわっ、ちょっと不破さん!?」


 彼女は太一の髪を乱暴にぐしゃぐしゃをかき乱す。やたらと上機嫌で、こちらをからかうような雰囲気とは別の……まるで、姉が弟の成長を喜ぶような。


「いいじゃん。マジになってるのを笑われて気分悪いとか当然だし、あんたが何も言わなかったらアタシがあいつらシメてたかもだしな」

「それは本気でやめてください」


 本当にこれまでの活動が全部パーになる。

 それでも、彼女の気持ちは嬉しかった。不破も、霧崎を本気で応援しているという気持ちが伝わってくる。


 ふと、ポケットの中でスマホが鳴った。

 手に取ると、そこには霧崎からのメッセージ。


『今からちょい会えたりする?』

『話があんの』

『あんま時間取らせないから』


 現在時刻は夜の8時過ぎ。待ち合わせ場所はいつもの公園。太一は『分かりました』、『すぐに出ます』と変身した。Ⅴサインをした謎イグアナスタンプが送られてきた。


「ちょっと出かけてきます」

「およ? どったのたいちゃん?」

「うん。霧崎さんから、なんか話があるからって」

「ふ~ん……じゃあ、あーしはそろそろお暇しよっかな」

「アタシもそろそろ帰るわ」


 太一が出かけるのに合わせて解散の流れになった。

 大井はエレベーターで別れ、不破はスーパーで食材を買ってから帰るとのことで、途中で別れた。


 ひとり夜道を歩く。帰宅途中のサラリーマンとすれ違ってビビられながら、いつも朝のランニングで待ち合わせ場所に使っている公園へと足を運ぶ。


 徐々に夏の足音が遠ざかっていく中、夜の虫たちが合唱している。

 そんな中、街灯の下に設置されたベンチに霧崎の姿を認めた。


「こんばんは。お待たせしました」

「おいっすウッディ。別にそんな待ってないよ。むしろわざわざ呼び出してごめんね」

「大丈夫です。それで、話しっていうのは?」

「うん…………」


 呼び出した割に、彼女はなかなか話題を口にしない。

 太一から外した瞳はどこを見ているのか。頬を掻き、しばし逡巡した様子の霧崎は「うし」と顔を上げた。


「今から割とガチ目にシリアスな話するけど、聞いてくれる?」

「……分かりました」


 顔を引き締める。彼女の雰囲気が普段のお調子者のそれではなく、まるで別人のように思えた。


「あはは。自分で言っといてなんだけど、そんな肩ひじ張って聞く内容でもないから。歩きながらはなそ」


 霧崎はベンチから立ち上がり、街灯の灯だけを頼りに公園の奥へと進んでいく。彼女の隣に並び、太一はその口が開かれるのを待った。


「今日はありがとね。まさかウッディがあんな感じで怒るとかほんと意外だったから、マジでビックリしちゃった」

「姉さんたちに同じようなこと言われましたけど、僕はやっぱり、頑張ってる人がバカにされるのは、嫌だったので」

「そっか。でもさ、ウチが選挙に勝てる見込みなんてないわけじゃん?」

「それでも、僕は霧崎さんを、」

「マイカ」

「……マイカさんを、応援するって決めたので。最後まで、ちゃんとやり遂げたいんです」

「真面目だね、ウッディは」


 霧崎は「でも」と、どこか陰を滲ませるように呟く。


「ウチの選挙に掛ける動機を聞いたら、ウッディも幻滅するかもよ?」

「それは、明確な理由を話してくれるつもりになった、ということですか?」

「まぁ、そういうことかな。ここまで付き合わせたのに、さすがにフェアじゃないかな、って思ったし」


 これまで、どこかはぐらかすように、濁されてきた霧崎が選挙に……生徒会長を目指すと言い出した、その理由。

 ついに、彼女は口を開く気になったらしい。


 ただ、隣を歩く彼女の表情は、いつも通りに見えて、違和感に塗れていた。


「もう気付いてるかもだけど、ウチの名前は霧崎麻衣佳じゃない」


 分かっていた。しかし実際に本人の口から語られると、その衝撃は思いのほか大きかった。


「麻衣佳は、ウチの……お姉ちゃんの名前。ウチの……『私』の本当の名前は、霧崎麻里佳(きりさきまりか)


 知っている。本当に、偶然にも、知ってしまった。


「『私』は四年前……」


 ――お姉ちゃんを、死なせたの。


 霧崎の言葉が、太一に重く、のしかかった。

お知らせ&謝罪

『ギャルゼロ』3巻の発売決定! 現在鋭意製作中です!!


それと申し訳ありません、今月の投稿はここまでになります

次回の更新は6月の中旬頃を予定しております

大事な山場を迎えるにあたり、執筆にお時間をいただきたいと考えおります

どうかご理解をいただけますと幸いですm(_ _)m

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― 新着の感想 ―
[一言] 三巻決定おめでとうございます! Web版も気になるところでの区切りですが、続きを楽しみに待たせていただければと思います。
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