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吼える時は、いまだ!

 ――放課後。校門で生徒たちを見送ってのアピールももうすぐ終わり。

 校内放送以降は、全校生徒たちを集めての演説会が実施され、生徒の投票を経て生徒会長を決定する。


 演説そのものを傾聴している生徒は稀だが、中には立候補している生徒の友人やクラスメイトたちが足を止め、声援を送っている光景を目にする。

 そんな中にあって、太一の周りには、


「やっぱすっげぇ違和感な。マイのかっちりした格好とか見たことねぇし」

「ふふん。どうよこの真面目ちゃんスタイル」

「ワタシは普通に受け入れられるけどね。マイマイってなんやかんや言っても、この面子の中じゃワタシと同じ常識人だし」

「「「は?」」」

「ちょっとなんでそこでいきなり全員で意外なものでも見るみたいこっち向くのよ」

「自分が常識人とか真面目に言っちゃう人ほど非常識ってことあるよね。あーしが前に通ってた学校にも似た様なのいたな~」

「え? うそ。太一くん、ワタシって普通よね?」

「……」

「無言で目を逸らすな~!」


 太一と霧崎を囲んでギャル三人が集結していた。


「でも選挙ももうすぐ終わりね~。マイマイのこの格好も見納めか~」

「おおいウチが落ちる前提で話すんなし。普通に当選して生徒会長になったらこの格好を維持する感じなるじゃん」

「まぁそうだけど」

「てか逆にここまで来たら本気で生徒会長目指さないとウソっしょ」

「きらりんは前向きだよね~。でもそうね。せっかくここまで応援して来たんだし、行くところまで行ってほしい、ってのは正直なところかな~」


 いつもの三人組が話している横で、大井は太一に近づき、


「で、実際のところどうなの? 今回の選挙、霧崎さんに勝ち目はある感じ?」

「……ハッキリ言って、厳しいとは思う」


 例年でいけば、ほとんどの場合、前生徒会所属の人間が繰り上がって生徒会長に当選することになるだろう。

 今年は前年と比べ、立候補者が多い印象はあるものの……一年生はともかく、二年や三年の生徒たちはきっと対立候補である大賀美に票を入れる可能性が高い。


「でも、だからって敗けること前提には、したくないかな」

「そっか」


 本当に変わったなぁ……霧崎に真っ直ぐ視線を送る太一を見上げて、大井は思う。

 昔は自分の後ろに隠れて、手を引かれなければどこへも行こうとしなかったあの小さい少年が……


 ……人ってほんとに変わるもんなんだねぇ。


 彼の成長を間近に感じて、その成長を誰が促したのか……大井は視線を滑らせ、霧崎をからかいながらも応援している金髪のギャルに視線を向けた。


「やっぱ強敵だよねぇ……」

「うん? どうかした?」

「ん~? たいちゃんがあーしにどうやったら振り向いてくれるのかな~、って考えてた」

「ぶっ!?」

「やっぱ処女あげて覚悟決めてもらうしかないかな~」

「ちょっとヤヨちゃん!?」


 公衆の面前でなにを口走っているのか。太一は慌てて周囲を見渡す。幸い、今の発言を聞いている者はいなかったようだ。


「アハハ! たいちゃん本当に反応いいよね~w」

「冗談にしてもキツイって……」

「本当に冗談だと思う?」

「え?」


 思いがけず真面目なトーンで返されて、太一はたじろいだ。

 こちらを見上げてくる中世的な顔立ち。地面に引きずりそうな……実際、少しでもしゃがむだけで地面についてしまうほどに伸ばされた髪。太一が、長い髪が綺麗、と幼い頃に口にしたことが元で、ここまで。


「夏休み、あーしが桟橋で言ったこと、覚えてる?」

 

『たいちゃんのしたいこと、いっぱいさせてあげるよ。エッチも可』


「あれ、あーし的にはかなりマジで言ったつもりだから」

「……」


 頷けない。彼女の貞操観念が緩いとは思わない。いや、あんな大きな家で育てられたのだ。きっと普通の女子高生よりも、その辺りは厳しかったのではないだろうか。


「……さすがに今、ここで訊くのはちょっと不謹慎だと思うからやめるけど。いつか答えてね」


 ――たいちゃんにとってあーしは、『そういうこと』をしてもいい相手なのか。


「ヤヨちゃん、僕は……」

「今はいいって言ってるじゃん…………って、たいちゃん? なんか人、増えてない?」

「え?」


 大井が向ける視線の先を、太一も追いかけた。

 すると、いつの間にか、霧崎を囲む人の数が増えていた。


「マイち~、あいかわらず頑張ってるじゃ~んw。マジで生徒会長目指してる感じする~w」

「そりゃ目指してなかったらやってるわけないじゃ~ん」

「あははっ、マジでウケるしw」


 見知らぬ生徒だ。

 しかし霧崎との距離感が近く、かなり気安い印象だ。

 女子生徒が三人に、男子生徒が三人。


 不破と鳴無は、彼らの輪から少し距離を置いて様子を窺っている。不破が怪訝そうな顔をしている中、鳴無はいつもの微笑みを湛えている。が、口元が笑みの形になっているのに対し、目元は不気味なほぼ笑っていない。


「てか、一学期ほぼがっこ来なかったキリサキが生徒会長に選ばれたらさ、この学校マジでやべぇってなるな」

「いや逆にそれの方が面白くね? 割とガチ目に前代未聞ってかさ、絶対にネタんなるよな?」

「つーか霧崎、霧崎のその恰好さ~、マジで似合ってねぇと思うわ俺~」


 男子生徒たちの声が、太一には不快なもののように聞き取れてしまった。

 いや、男子に限った話ではない……


「いや~でもうちらのクラスから生徒会選挙に出る人がいるって聞いた時は、誰? ってなったけど、まさかマイとか意外すぎたわw」

「ほんそれ。しかもちゃっかり制服も真面目ちゃんな感じにしてるしw」

「でもさ~」


 ――ガチで生徒会長、目指してるわけじゃないっしょ?


 ひとりの女子生徒が放った一言に、不破の目つきが一気に険しくなり、太一も思わず体が前に出た。


 が、


「ちょい待ち」


 太一は大井に、不破は鳴無に制されてその場に留まった。不破は鳴無を射殺しそうな眼光で睨みつけたが、彼女は静かに首を振り、その耳元に語り掛ける。


「たいちゃん、色々と言いたい気持ちは分かるけど、今はちょい我慢」


 ここで下手に騒ぎ立てると、ただでさ低い当選の可能性が限りなくゼロになる。

 それは、ここまで努力してきた行為を無に帰す行為だ。


 きっと、不破も鳴無に似たようなこを言われたのだろう。

 霧崎のクラスメイトに厳しい視線を送りながらも、黙してその場を動かない。


 ……不破さんも、我慢してる。


 ちょっと前までの彼女なら誰に何を言われても突っ込んで行っただろう。が、それで自分の気晴れても、霧崎のためにならないのではそれこそ自己中というものだ。


 しかし、


「てかどう考えてもネタ枠じゃんw。まさか本気で目指してるとか、さすがにないって~w」

「もしガチだったら、さすがに冗談w、って笑っちまうだろw」

「いやもうお前わらってんじゃんw」

「でもクラス全員で投票してワンチャン、とかあるんじゃね?」

「うちらのクラス結束固い~、みたいな?」


 耳障りだった。この場の誰も、霧崎を本気で応援しようなどと思っていないことが伝わってくる。


 話のネタ……似合わないことをしているクラスメイトをダシに、自分たちで楽しむために。


 ケラケラケラケラ。不破たちが教室で、意味もなく笑っている声に似ているようで……その実、裏側で無自覚に、粘つくようににじみ出てくる悪意が感じられるようで。


「いや~、でもさ? ウチもこれで真面目に選挙やってんだよ~? 眠い目こすって早起きしたりさ~、服装変えて髪まで染めたんよ~?」

「え~? じゃあなに~? マイち~ってば本気で生徒会長目指してる感じなん~?」

「んなわけねぇじゃん! 霧崎だぞw」

「だよね~w」

「アハハ、さすがに本気だったらダサいってww」


 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――!!


 霧崎の、どこか困ったような、呆れた様な表情。彼女を中心に、嗤いが飛び交う。


 ふさわしくない人間が、似合わないことをしている。


 まるで静かに伝播していくかのように、周囲からヒソヒソと、クスクスと、囁くような嘲笑の気配がにじみ始める。そこには、霧崎の対立候補の生徒たちの姿も含まれていて……


 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ――!!


 相も変わらず、彼らの嗤い声が、耳障りに鼓膜を、内心を逆なでする。


 そして、遂に――不破が鳴無の制止を振り切り、動いた。


 金の髪が怒りに逆立っている。鋭く吊り上がる眼光には、明確な攻撃の意思が見て取れた。

 クラスを超えて、学年でも襲られるライオットクイーンの尾を、彼らは踏んだのだ。


 霧崎は不破の接近に気付き、焦りの表情を浮かべた。


「おい、お前ら――」


 近付きながらドスの聞いた声音を吐き出す不破。


 ――しかし、彼女が最後まで言葉を発すより先に、



「嗤うな~!!!!!!」



 辺り一帯を引き裂くかのような、太一の声が響き渡った。


 一人の男子生徒の咆哮に、その場にいた全員が呆気に取られる。

 先程まで全身から怒りの波動を放っていた不破でさえ、太一の上げた声にその動きを止めていた。


「…………くない」

「え? な、なに? てか、いきなり意味がわからな」

「本気で挑戦することは! 挑戦する人は、ダサくなんかない!!」


 太一のあまりにも凶悪な顔つきに、霧崎のクラスメイトたちは頬が引きつった。


「なぜ嗤っていられるんですか!?」


 人が、新しいなにかに挑むのには、勇気が必要だ。やろうと思っても、やれないことの方が多い。自分には無理だ、できっこない……諦める理由だけを必死に探して、挑戦する前から諦めてしまう。


 それでも、霧崎は自分には無理かもしれない、できないかもしれない、と口にしても――


 この選挙に、挑んできた。


「前に出て、頑張って……それで絶対に報われるなんてことはないかもしれない」


 でも、それを『やらなくていい』言い訳には、できない。


「僕にはできない。なにかに挑戦して、失敗するかもしれなくても、そんな不安を抱えても前に進める誰かを笑うなんてこと」


 霧崎と目が合い、そのまま彼女の後ろに立つ不破と目が合った。


「バカにするくらいなら、今すぐにでもここに立ってみたらどうですか!?」


 同じ土俵にさえ立たない、立てない彼らが、霧崎を笑いものにしていい理由が、あっていいはずがない。


「誰かに嗤われても、あなたたちはここに立てますか!? どんなに苦い思いをするかもわからないことに、挑もうと思えますか!?」


 こらえ切れなかった。どうしても、霧崎が、その挑戦が嗤われていることが。


「あなたたちに、彼女を嗤う資格はない!!」


 捲し立てるように言い切った太一は、ぜぇぜぇ、と息を切らしていた。


 すると「はっ」と不破が口角を上げた。彼女は止めていた歩みを再開させると、呆然としている霧崎を無理やり自分の方へと引き込む。


「うぉっう!? ちょっとキララ!?」

「いや~、マジでダッセ~」


 と、侮蔑を多分に含んだ瞳で前を見据える。

 途端、学年でも有名な不破の発言に気を良くしたように、これまで太一の強面に圧倒されていた霧崎のクラスメイトたちは、気を良くしたように声を上げ始める。


「だ、だよね。さすがに熱くなりすぎっていうか」

「ただの生徒会選挙じゃん? 別にそんなマジになるもんでもないし」

「あはは、ひとりで語っちゃって、マジであいつダサ……」


「ダセェのはてめぇらだっての」


「ひっ」と彼らは言葉を飲み込んだ。そこにいたのは、敵意を剥き出しに、場の空気が一気に氷点下にまで下げるような獰猛な眼光を湛えた、不破満天だった。


「今回の生徒会選挙さ~、アタシも手伝ってんだわ……で? てめぇらはなんだ? なにもしてねぇくせに人のやってることヘラヘラ嗤いやがって……」


 ――潰すぞ。


 前門の強面、後門の凶ギャル(強ではなく凶)。

 周囲で先程までヒソヒソクスクスやっていた生徒たちは足早にその場から逃走を図り、しかし不破はそんな彼らのことも視界に収め「覚えたかんな」とねめつける。


 太一はグッと拳を握り、霧崎のクラスメイトたちに近づくと、


「僕たちは本気です。応援する気がないのなら、せめて邪魔だけはしないでください」


 顔を強張らせ、強面をアップグレードさせて太一は言い放つ。

 加えて、不破が一言、


「次にアタシのダチ嗤ったら、マジで覚悟しとけよ」


 直後、男女六人は一斉にその場からそそくさ離れていく。

 彼らの背中を見送り、太一は「はぁ」と溜息を吐いた。


 やってしまった。確実に悪目立ちしてしまった。これは、霧崎の選挙に影響ができることは間違いないだろう。


「霧崎さん、勝手なことをして、すみま」


 と、太一が謝罪しようした時、


 ボフンと、彼のお腹に霧崎が顔を埋めてきた。


「あ、あの、霧崎さん」

「マイカだっつの」


 今はそこ、突っ込むところなのか? が、彼女はもぞもぞと太一のお腹に頭を押し付けながら、


「クサい……もうめっちゃクサかった」

「そう、ですね」


 熱くなり過ぎたとは、自分でも思う。ただ、言わねばと思ったのだ。


「でも……」


 霧崎は、顔を上げないまま、静かに太一の内側で、


「ありがと……」


 と、小さく呟いた。


 不破は満足気に太一の背中に回ると、彼の背中をバシッと叩き、鳴無と大井は呆れつつも、その顔には笑みが見えた。


 霧崎は太一からそっと身を離すと、顔を見られないようにくるりと背を向ける。


「はぁ~ぁ……これ、ウチの当選はほぼなくなったかな~」


 あっけらかんとした調子で、彼女は口にする。

 しかし、悲壮感はまるでなく、


「こうなったらさ、もう『ウチ』らしく、やるしかないよね」


 振り返った霧崎の顔には、不敵な笑みが浮かんでいた。

次回の更新は五月の中旬になります

また間隔があいてしまう旨、どうかご理解いただけますと幸いです。

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