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覚悟、完了の瞬間

「――難しいわね」


 不破も帰宅した夜の九時過ぎ。リビングのソファに腰掛けて、姉弟は顔を突き合わせる。

 が、昼に入れた姉への相談の回答は、あまり芳しいものではなかった。


「結局、そういうのって当事者と第三者で見ているモノも、感じてることも全然、違ってるから」


 加えて、霧崎という少女に、周囲が抱くバイアス……偏見と言い換えてもいい。


「あまり参考にならないと思うけど、そういう外野の声っていうのは、私の経験上、無視するのが一番だと思うわよ」


 他人の意思や考えを変えるのは容易じゃない。それが集団ともなれば、なおさらだ。


「言われ放題っていうのは、気分のいい物じゃないけど。こういうのは、ぶつかって行っても、手応えなんてないに等しいから」


 空気を相手にどれだけ殴りかかろうと暖簾に腕押し。いや、それよりひどいだろう。なにせ、感触もなにもありはしないのだ。

 むしろ、積極的になんとかしようと動くのも、まずいかもしれない。集団というものは、マイノリティに対して厳しい対応をとるのが常だ。下手なことをすれば、現状をより悪化させることにもなりかねないわけだ。

 それこそ、本当にいじめに発展する可能性だって……


「私もさすがに気分は良くないわ。生徒だけなら思慮的な部分が足りないのは仕方ない、って思えるけど……先生まで一緒に、っていうのはね……」


 本来なら、担任の教師こそ生徒の挑戦を応援するべき立場ではないのか。それが、クラスの空気に同調してしまっている。


「はぁ……どうしたらいいのかしら……」


 溜息と共に、涼子は天井を見上げる。目頭を押さえて、表情を歪める姉。

 どうしようもない、と口にはしているが、内心では彼女も霧崎の状況をどうにかしたいとは思っているのだ。


 ただ、それがあまりにも困難であることを、大人になってしまった彼女は知っている。知ってしまった。


 無知は罪。しかし知恵をつければつけるほど、世界の制約を思い知り、雁字搦がんじがらめになって動けなくなる。


「僕は……」

「うん?」

「僕は、やっぱり納得できない」


 姉の言葉は理解できる。他人は変えられない。集団はもっと変えられない。人間というのは常に世界を色眼鏡で見ている。それは他人に対しても同様だ。

 常識、バイアス……もしそれが普遍的なものであったとして、果たしてそれが、他人の挑戦を否定してもいい理由になるのか?


 太一の答えは「NO」である。


「頑張ってる誰かのことを、ただ面白おかしく、話のネタにして、笑ってるなんてこと」

「……そうね。私も同意見よ。でもそういうことなら、私に相談するより、あんたはもっと考えなくちゃいけないことがあるんじゃないの?」

「え?」

「ていうより、あんたの中で、答えなんて最初から出てたんじゃないの?」

「……」


 言われ、太一は呆気に取られながらも、姉の言葉の意味を考えた。


 思わず涼子は苦笑する。後輩の相談事に乗ってあげることは多い。ただ、相手は話を聞いてほしいだけ、という場合がほとんどだ。

 

 ……前に満天ちゃんたちに、色々と相談してた時もそうだけど。


「あんたは単に、背中を押してほしいのよ。好きなようにしてみなさい、ってね」

「そう、なのかな」

「ええ。でも、好きにしてみればいい、っていうのは私の本心。だって応援してるもの、あんたたちの選挙活動」


 涼子はやれやれといった様子で、ソファにもたれながら腕を上げ、背中を伸ばす。


「ねぇ太一」

「なに?」

「ちょっと肩揉んでくれない?」

「ええ~。なんで今?」

「いいじゃない。あんたの相談に乗ってあげたんだから。ていうかメッセージ送ってきた時間、まだ授業中じゃなかったの?」


 ギクッ、と太一は顔を逸らす。涼子は分かりやすい弟の反応を半眼で見据え、手の平を上にちょいちょいと手招きする。


「ほら、今回はこれでなにも聞かないであげるから、ハリアップ」

「……はぁ」


 太一は観念して、姉の後ろに移動して肩を揉み始める。思いのほか、涼子の肩は硬くなっていた。


「はぁ~……デスクワークばっかりだとやっぱりダメね~」


 気持ち良さそうな声を出す涼子。

 太一は視線を下ろしつつ、この凝りの原因は、事務仕事だけが原因じゃないだろ、と、姉の体の一部を見つめながら思った。


「姉さん」

「ん~?」

「頑張ったら、報われるのかな?」

「絶対なんて言えないわ」

「だよね」

「でも、それをやらなくてもいい言い訳したらダメよ。なにかを成せるのは、いつだって『やった人だけ』なんだから」

「うん」

「あんたたちはね、やってる最中なの。挑戦よ。それができる人は、多くないわ。だから、もっと誇りなさい」


 姉の言葉に、太一は背中を押された気がした。

 気恥ずかしくて、あまり言葉にはできないけれど。いつも見守ってくれている姉に、太一は内心で「ありがとう」と呟いた。


「そんなわけで、三〇分コースでお願いね」

「ちょっと長くない?」

「いいでしょそれくらい。あんたの力加減、ちょうどいいのよ」


 思わず、さっきの感謝を返してくれ、と思いながら、太一はしぶしぶ、本当に三〇分間、涼子の肩を揉み解した。



 フェ~(-ω-`)ヘヘ(・ω・´)モミモミ



 翌日――


『え~と、以上。霧崎麻衣佳でした! みんな、よろしくね~!』


 昼休みの校内放送。他の立候補と比べて、軽い感じのする霧崎の演説だったが、これといって特に奇をてらうことなく、無難に終わりを迎えた。


 正直、これで彼女の印象が周囲に強く残ったのかと言われれば、そんなこともない。

 制服の着用に関する規制緩和。これが果たしてどれだけ実現可能な公約なのか、ということ以前に、ほとんどの生徒が選挙公約に興味すらない。

 おそらく、ほとんどの生徒の耳に届くことはなく、頭の片隅にさえ居座ることは適わなかった。


 現に、太一と霧崎が二人で校舎の廊下を歩いていても、ほとんどの生徒たちは選挙のことを話題にさえしていなかった。


「う~ん……なんか慣れないことして肩こっちゃった~」


 どこかのおっさんのように、肩をぐるぐると回す霧崎。

 ふと、昨日、鳴無から聞かされた話を思い出す。


『完全に記念受験とか、ダメ元とか、そんな感じ』


 同時に、今回の選挙の推薦人を頼まれた時に聞かされた、霧崎の動機が脳裏を掠める。


『実際に当選できるかは別にして』


 隣を歩く少女は、自分が当選するなんて思っていなかった。その考えは、果たして今も、同じままなのか。


「マイカさん」

「ん?」

「あの……ちょっと、話したいことがあって」


 今一度、彼女に選挙に掛ける意気込みを問おう。

 それで、自分がどう行動するかを決める。

 しかし、太一の問い掛けに、霧崎が声たえるより先に、


「あ」


 彼女が正面を見据えたまま声を発した。つられて視線を追いかけると、


「大賀美くん」

「……君たちか」


 以前、霧崎の立候補を取り消すように言ってきた、大賀美と鉢合わせた。


「ちょうどいい。少し話をしよう」

「え? なんで?」


 霧崎が首を傾げる。しかし相手は「すぐに済む」と強引に切り出してくる。


「先ほどは君の校内放送を聞かせてもらった」

「うへ~。改めて言われるとめっちゃ恥ずかしいかも」

「内容は無難にまとめられていた。正直、もっとふざけたことをするのかと思っていたよ」

「あ、そこはうちの頭脳労働担当がちゃんと原稿を用意してくれたんで」

「うん? 君が書いたわけじゃないのか?」

「ウチはああいう真面目なのニガテなんで」

「……それでよく生徒会に挑む気になれるな」

「自分でもそう思ってるよ」

「君のクラスに俺の友人がいるんだが、教室じゃほとんどネタ扱いらしいじゃないか」


 彼の言葉に、太一の眉がピクリと跳ねた。

 しかし、霧崎は表情を変えることなく、ヘラヘラと応じた。


「薄情だよね~。クラスメイトが必死に生徒会選挙に挑んでんのにさ~」

「自分の評価をもっと鑑みべきだったな。普段の行いの結果だろう」

「だね~。まぁ身から出た錆、ってことで受け入れるよ」

「……やはり君は選挙に出るべきじゃなかったんじゃないか?」

「かもね~」

「まぁ、君がどれだけ笑い者にされようが、俺には関係ないことだが……せめて、他の候補者の邪魔だけはしないでくれ。俺からはそれだけだ」


 などと、彼は最後に太一に視線を向け、一方的に会話を打ち切ってすれ違っていった。


「嫌われてるね~、ウチ」

「だからって、ちょっと言葉が過ぎるんじゃ」

「真面目に取り組んでる側から見ると、ウチみたいなのが参加してるのは不愉快なんだと思うよ」

「……マイカさんだって、真面目に取り組んでると、思います」


 今日の校内放送の原稿だって、太一は修正箇所を口出ししただけで、ほとんど霧崎が自分で書いたものだ。

 周囲に相談もした……有意義だったかは微妙だが。それでも慣れないながら、彼女は自分なりの挑戦してきたはずだ。


「ウッディ、人は外側から見た印象でしか相手を判断できないもんだよ」

「それは……」


 彼女の言葉を否定したくても、納得せざるを得なかった。

 今の太一は、まさしく外見だけで評価されている典型だ。どれだけ害はない、と自分では思っても、周囲は太一の見た目に恐怖する。


「でも、悔しいです。僕は」

「うん、あんがとね。まぁでもそんな暗くなる必要もないじゃん? ウチらウチらで、頑張っていくしかないわけだし」

「……はい」


 明るく、笑みを絶やさず……それでも、彼女の内心は、どうなのだろうか。


「マイカさん」

「なに?」

「今回の選挙に挑戦して、後悔、してませんか?」


 思い切って、太一は問うた。

 霧崎はいつものふざけた調子を引っ込めて、


「してない」


 太一を見据えてきた。


「始めたからには、最後までやり切るだけじゃん?」


 彼女の瞳に噓の色はなく、


「似合わないことしてる自覚はあるし、笑われてもしゃあなし」


 そこには一本、芯を通して、


「だからまぁ、とりあえずさ、自分で納得できるところまでやってみる感じ」


 だから、


「わかりました」


 太一は、最後まで彼女を応戦しようと、改めて心に決めることができた。


「やってみましょう、二人で」


 覚悟、完了の瞬間である。


 ただ、あるいは彼女の挑戦に、水を差すかもしれない。そんな覚悟だった。


 キリッ(`・ω・´)

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