見える笑顔が本物である保証はない
疲れた……
いつもの教室。四限目の授業。太一は自分の席で、教科書を立てて突っ伏していた。真面目に授業を受ける気にもなれない。
昨晩は冗談抜きに、気力と体力の両方を根こそぎ奪われた。
クラスの女子二人が泊まっていった昨日の夜。これで意味が色ごとの類であれば、まだ男として格好もついたかもしれない。
しかし、太一の疲弊している原因が、白熱し過ぎたレースゲームの結果というのは……
深夜遅くまで不破と大井はバチバチと勝負を繰り返し、回数を重ねるごとに徐々に大井の背中に張り付いていく不破。
そのため大井も余計に熱くなり、最後の局面では手に汗握るデッドヒートを繰り広げていた。
一方の太一はと言えば、二人に絡まれないよう、前に出過ぎず離れすぎず、絶妙な位置取りを気にしながら、もはや接待とも忖度とも言えない微妙なプレイを強いられた。
どちらに協力しても角が立ち、協力しなくてもお咎めを喰らう。
唯一と言っていい趣味で、そんな心労を負う羽目になるとは……以前のモ○鉄の時も大概だが、今回のレースゲームも相当に悲惨である。
結局、最後の最後に不破が大井から勝ち星をひとつ獲得した時点でゲームは終了。この時点で深夜二時過ぎ……睡眠不足はお肌の天敵という言葉を知らんのか。
しかも翌朝の六時にはしっかり起床して日課のランニング。ここでも不破と大井が無駄に張り合ってスピードを上げる上げる。
もはや全力疾走しているような有様だ。
おかげで、教室では絶賛二つの寝息が聞こえる始末。不破と大井……学校でも評判の問題児と、新学期に入学してきたばかりの転校生。何度注意されても居眠りを繰り返すため、教師も既に諦めている。
「はぁ……」
静かに溜息をもらす。
なにやら世の中、自宅に女子を招いてキャッキャウフフな甘い状況でゲームをしているような輩がいるらしいが……そいつら全員に一割でもこの苦しみを送り付けてやりたい。
君に届け、この想い!
「――で、あるからして」
教鞭をとる教師の声が遠い。
なんとか授業についていこうと気を張るが、昨晩からの気疲れ + 今朝の疲労が、太一を快眠の世界へと手招きしている。
結局その後、教室で響く寝息は、二つから三つに増えたのだった。
あまりにも堂々と居眠りされて、教師はちょっとだけ涙目だったという。
(T-T )ウルル
「まぁなんていうか……お疲れウッディ」
「……はい」
昼休み。学校の中庭。太一はほとんど逃げるように教室から出てきた。
霧崎に連絡を入れ、明日の校内放送に向けての対策を進めていく……予定なのだが、ハッキリ言って寝不足気味で頭が回らない。
口から出てくるのはほとんどが昨日の出来事に対する愚痴ばかり。まるで生産性皆無。
それでも話に耳を傾けてくれる霧崎には感謝しかない。
「でもほんと、ウッディの環境も一気に変わったよね~」
「変わり過ぎてまるで対応が追い付きません」
五月に不破と出会ってからというもの、太一の人間関係は一気に広がり、気苦労が幾何級数的に増えた気がする。
「まぁまぁ、女の子の方からグイグイ来てくれるだけで感謝しときなって」
「そうは言いますけど……」
周りの男子にこの状況を説明したら、果たして太一はどんな目で見られることやら。ただでさえ目つきの悪さも手伝って、最近は悪目立ちするようになってしまったというのに。
ここで女性関係にまで噂が波及するようなことがあれば、いよいよ太一の悪名も不動のものになるだろう。
なにをしたわけでもないというのに……学校の皆さんは他人のうわさ話が本当にお好きなようだ。
そんなに退屈ならこのポジションを今すぐ変わってくれ。
きっと退屈している暇もないくらいの刺激的な体験ができるだろうよ。
その辺の遊園地の絶叫系など目じゃないほどに……
「取り合えずさ、明日の校内放送に向けて対策会議でもしとこっか」
「そうですね」
話題を切り替える。いつまでも引き摺っていたところで時間は有限。優先順位をつけて目の前のタスクを消化していくとしよう。
「でも相談する、って言っても、これといって朝にやってること以上に何を話し合えばいいわけ?」
「う~ん。基本的には話す内容を精査していく感じですけど……原稿はもうできてるわけですし」
「まぁね」
さすがに放送直前になって原稿を用意していないなんてことはない。とはいえ内容は選挙で掲げる公約を具体的にまとめただけ。なにも特別なことはない……そう、何も。
「何度か読み返したけどさ~。これ聞かされてもすっごい退屈な感じしかないよね~」
「まぁそもそも選挙での校内放送じたい真面目に聞いてる人の方が少ないと思いますけど」
「まぁね~。てかウチも去年は全然興味なくて聞き流してたくらいだし」
おおよその生徒がそんなものである。
生徒会など、ただ面倒くさくて、内申点を稼ぐための手段でしかない。真面目な奴が、真面目に活動して、真面目に進学していくために所属している……ほとんどがそんなイメージだ。
そのほとんどが、過去になぞった先人の軌跡をなぞる様に、同じことを毎年繰り返すだけ。なにか大きく物事を変えてやろう、などと意気込んで、果たしてそれを実行できる者がどれだけいることやら。
「いっそのこと、原稿とかなしにして、全部アドリブでやってみるとかですかね?」
「さすがにそこまで器用じゃないから……まぁ相手の印象に残るかは別に気にしないで、ただ無難にいくってのもアリなんじゃない?」
「……そうですね」
ここで奇をてらいすぎても、むしろ悪印象につながりかねない。行き過ぎた個性は異端として弾かれる。何事も加減が大事だ。
「……でも」
「うん? ウッディ、どうかした?」
「いえ……」
今更ながら、太一は思う。
一般ウケを狙って、霧崎の格好を無難にまとめる意見をしたことは……本当に正しかったのだろうか、と。
むろん、本気で当選しようと思うなら、生徒は勿論、教師からの印象だって大事になる。悪目立ちするような格好も行動も、控えるべきだ。
それは、分かっていても……
……なんか、ちょっとつまらないな。
今更ながら、太一は霧崎の格好に口出ししてしまったことを、後悔した。
二人の頭上では、対立候補の生徒である、女子生徒の演説する声が聞こえている。
その内容は、まるで耳に入ってこなかった……
( ー̀ωー́ ).。oஇ
予鈴と共に、太一は霧崎と別れて教室の前まで戻って来た。
が、教室へ入ろうとした直前……
「太一くん」
「え? 鳴無さん?」
後ろから声を掛けられて振り返る。鳴無はどこか神妙な面持ちで、太一の手を掴むと、
「ちょっと来て」
これから授業という時になって、太一は鳴無に引っ張られるまま、例の空き教室へと連れ込まれた。
「あの、もうすぐ授業なんですけど」
「ちょっと話があるんだけど」
「……なんですか?」
もはや太一も慣れたもの。選挙に参加する生徒の推薦人がそれでいいのかと思いつつ、太一はその場に留まった。太一の周りのギャルは、とにかくマイペースなのだ。突っ込んだところでどうにもならん。
「太一くん、霧崎さんと今日は会った?」
「はい。ついさっき、明日の校内放送について」
「なにか変わったこととかあった?」
「いえ、特には……」
鳴無はなにが言いたのだろう?
「そう……彼女、全然気にしてない、ってことなのかしらね」
「あの、鳴無さん?」
「太一くん」
「はい」
思わず真剣な目で見つめられてドキリとする。
彼女は無駄に顔が言い分、こういう表情をされると思わず身構えてしまう。
「ちょっと前置きさせてもらうけど、別になにか問題があるわけじゃないのよ。ただ……」
鳴無は歯切れ悪く、
「あんまりその……霧崎さんの教室での雰囲気が、良くない気がしてね」
「え?」
それはどういう意味なのか?
以前、校門で霧崎がクラスの女子と話しているのを見たことはあるが、なにか問題があるようには思えなかった。
強いてあげれば、本気で応援するような雰囲気ではなかったことくらいだが……
「その雰囲気がね……なんていうか、選挙に出る霧崎さんを、面白おかしく揶揄するような感じで……」
「っ! なんですかそれ!?」
「大きい声出さないで。ただ、そんな雰囲気ってだけ。別に、それで霧崎さんがいじめられるとか、そういうんじゃないから」
鳴無曰く、どうにも教室内で、霧崎の生徒会選挙への参加が話題になっているらしい。それ自体は別に問題じゃない。ただ、教師も交えて、霧崎が本気で選挙に挑んでいると捉えている者は少なく、なかば『ネタ扱い』されているということだ。
「完全に記念受験とか、ダメ元とか、そんな感じ。生徒だけならまだしも、担任の教師まで一緒になって盛り上がってるみたいでね」
「誰か、霧崎さんを本気で応援してる人とかは……」
「確認した限り、ゼロじゃないかな。霧崎さんの普段の素行が、って言ってらそれまでだけど……ワタシ的には、あまり気分は良くないかな」
「霧崎さんは」
「教室では普段通りみたい。ワタシも又聞きしただけだから、なんとも言えないけど」
「そう、ですか」
どう言えばいいのだろう。確かに霧崎の普段の様子を見ていれば、選挙に積極的に参加するようなキャラには映らない。
それでも、昼休みや放課後に、太一や不破たちに頼んでまで選挙に挑んでいる背景を知っている身としては……確かに些か不愉快だ。
「まぁ、本当に別に、いじめとかはないわ……まぁ、いじめの定義によるけど。ワタシも当事者じゃなかったら、同じような反応をしたかもしれないし」
「……」
自分はどうだろうか、と太一も考える。もしも霧崎と知り合うことなく、ただ彼女が選挙に出ているという事実だけど知っていたとしたら。
……違う。
そうじゃない。今必要なのは『もしも』の自分ではなく、今の自分が何を感じ、どう思っているかではないか。
既に自分は、霧崎の選挙を応援する立場にいるのだから。
「取り合えず話はしたから。それでどうするか……どうしたいかは、太一くんに任せるから」
「はい。ありがとうございました」
話はこれで終わり。鳴無はさっさと空き教室を後にした。
太一は椅子を引っ張り出し、壁を背に考える。
……僕は、どうしたらいいんだろう。
推薦人として、彼女のために、なにをしてあげられるのだろう……初めての経験が多すぎて、どう行動するべきなのかまとまらない。
太一はポケットからスマホを取り出し、涼子にLINEで連絡を入れた。
彼女なら、この状況に対する答えを出してくれるのでは、と期待して……
( ー̀ὢー́ ) ウ ~ ン ・・・ 。
お付き合いをいただき、ありがとうございました
今週の投稿はここまで
次回の更新は三月の下旬から四月上旬にかけてを予定しております




