波濤を超えろ……無理で~す!!
自室にて太一は大きく溜息を吐き出した。
「はぁ~……」
現状をどう見るべきか……自宅マンション、男子が住む部屋に女の子が二人、泊まりに来ている。
前に不破と霧崎が泊まっていったことはあるが、今回は少し毛色が違う。
なにせ一人は、太一に対してガチ目な告白をかまし、断ったにも関わらずグイグイとアピールを続けてくる幼馴染である。
字面だけで言えば確実に『爆死』の呪いを掛けられそうなシチュエーションの只中にいるわけだ。
しかしながら、ことはそう単純なものじゃない。
まずもって、太一にとって色恋とは、それこそ次元を跨いで触れる機会のなかった代物だ。まるで勝手がわからない。
大井のことは異性として意識もしているし、素直に言ってしまえば、好きだ……しかしそれはあくまでも友人として、一人の人間として、相手を好ましく思っているという意味だ。
太一にはそれが『恋愛感情』と結びつかない。
あるいは、誰かにこのことを相談するべきなのかもしれないが、生憎と同性の友人はゼロ。
ならば不破はどうだろうか、と考えてすぐに否定の思考が浮かんでくる。
最近の不破は様子がおかしい。具体的に説明しろ、と言われると難しいが、そこに大井が関わってるのは間違いない。
夕飯の席。あんな静かな不破は初めて見た。夏休みに遊びに行った祖母の家でも、ジッとしているような彼女ではなかったのだが……
「なんだかな~……」
一人、誰もいない空間に愚痴が溶けていく。どうも落ち着かない。
二人はお風呂に入っている。今日は涼子の部屋に布団を敷いて、三人で寝るらしい。
スマホを手に取る。時間は夜の九時過ぎ。
いっそ、このまま寝てしまおうか。
それがいい。今はあの二人の中に入っていく気力はない。あの目に見えないピンと張りつめた空気。
涼子からは謎に『まぁ頑張りなさいな』と励まされた。
一体何を頑張れというのか。状況からして意味が分からないというのに……いや。
……違うのかな。
あるいは、わかっていながら、太一が目を逸らしているだけなのか。
考えすぎて、自分のこともよく分からなくなってきた。
――コンコン。
と、そんな悩める思春期男子の部屋をノックする音が聞こえた。
涼子や不破ではない。彼女たちはわざわざ太一の了解を得たりしない。となると……
『たいちゃん、入るよ~……てか開けて~』
やはり大井だ。なぜか太一に扉を開けさせる。そこまで遠慮する仲でもないだろうに。
「はい、どうぞ~」
「やほ~。こんばんは~」
「なに? どうかし……た」
扉を開けて部屋を訪れた大井。彼女の姿は半分ほど見えなくなっていた。なぜなら、腕に布団を抱えていたからだ。
しかも、大井だけかと思ったら、その後ろには同じように布団を抱えた、不破の姿まであった。
二人とも就寝スタイルに着替えている。不破はいつものシャツにショートパンツ。大井はキャミソールの上から薄手のパーカーを羽織っている。
幼馴染の思いがけない無防備な艶姿。太一は咄嗟に視線を外す。
「急にごめんね~。あと足でノックしちゃった」
「はぁ……それはいいけど」
「てかどうでもいいから先に部屋入れろって」
「ああ、すみません」
太一は部屋に引っ込み、大井と不破が入ってくる。布団とセットで。
「たいちゃんに重大なお話があります」
「な、なに?」
盛大に嫌な予感をさせながら、太一は問うた。
「今日は、たいちゃんのお部屋で寝かせてもらいま~す!」
「文句ねぇな?」
「…………」
いや、あかんやろ。常識的に考えて。同じ屋根の下、男女で寝泊まりしているだけでもギリギリのラインである。ましてや同じ部屋で寝るなど論外だ。
「お姉さんには一応許可はもらったよ。『まぁ大丈夫でしょ』だって」
「……姉さん」
なにをしてくれとんじゃあの姉は。これで太一の中の野生が産声を上げてしまったらどうするつもりだ。こちとら健全な男子高校生だぞ。人狼街道まっしぐら。目つきの悪さも手伝って容疑者候補の筆頭間違いなし。
あの姉はなにを思って大丈夫などと無責任なことを……いや待て。太一の目の前にいるのは不破満天である。男相手にも容赦ない物理アタックをかます凶悪ギャル。
手を出したが最後、荒ぶる獅子を目覚めさせるは必定。太一のような目覚めたての狼など一瞬で噛み殺されるに違いない。
なるほど姉の判断は正しかったわけだ。とてもじゃないが手を出そうなどと思えない。ましてや太一は狼どころか、ただの皮を被っただけの草食獣である。
夜這いを仕掛けても確実にこちらがブチ○されること請け合いだ。
部屋に入ってきた二人は早々に布団を敷き始める。もはや太一の承認など不要と言わんばかりの暴挙である。
「はぁ……じゃあ、僕は今日、リビングのソファで寝るから」
「あはは~、たいちゃん冗談うまいじゃ~ん……逃げられるとか思わないでね?」
「…………」
部屋を出て行こうとしたら腕をがっしりと掴まれてしまった。
大井の口は笑みの形になっているが目の方はまるで笑ってない。
「おらチキンやってんじゃねぇよ」
すると今度は不破に服の襟を掴まれてベッドに引き戻される。
なんだこのコンビ。こちとら倫理観とかもろもろを尊重し、部屋の主自らが部屋を明け渡そうというのに何が不満なんだ。
「よ~し! 男女合同パジャマパーティースタ~ト!!」
などと、大井は意気揚々と布団の上で宣言した。
なんという圧倒的、かつ理不尽なビッグウェーブ。
六畳の部屋は二枚の布団に占領され、フローリングは鮮やかに隠されてしまった。
「あ、たいちゃん。ゲーム機持ってくるね~」
言うが早いか。大井は部屋を飛び出し、すぐにゲーム機を手に戻ってきた。当然、太一の所有物である。
「たいちゃんとゲームやるの久しぶり~。ねぇなにやる?」
「今から?」
「うん」
「ここで?」
「もち! あ、コントローラー貸してね」
「……わかった」
諦めの心境で、太一は溜息を吐き出す。
そんな彼の後ろで、不破は二人を黙って睨み据えていた。
(キ`゜Д゜´)
なにをやっているのだろう……
「よっしゃ~! あーしの勝ち~!」
「このっ、もっかいやんぞ!」
「別にいいよ~。なんどやってもあーしが勝つと思うけどね~」
「上等……その余裕面を泣きっ面にしてやるよ」
「不破さんってちょいちょいヤ○ザっぽくなるよね……」
8インチの小さいモニターをベッドに設置し、布団の上で横並びになって某有名配管工と愉快な仲間たちが大集結のレースゲームをプレイ中。
大井は不破を煽って勝ち誇るように胸を逸らした。
太一は不破と大井に挟まれ、居心地悪く三位に落ち着いた自分のキャラクターを見つめる。
別にリビングでやってもいいはずなのに、なぜこんな狭い場所で、こんな密着状態でゲームをせねばならんのだ。
おまけに、
……ヤヨちゃん、容赦ない。
昔から、太一よりゲームがうまかった大井。数年たった今でもその実力は健在で、不破はもちろん、太一もなかなか勝ち筋を掴めない。
何度か勝てそうな場面はあったのだが……不破と大井がやたらと大きく体を動かして間の太一に接触してくるため、気が気じゃない。
おかげで、あと一歩というところで大井から勝ち星を奪えない。
「ヤヨちゃん……なんかムキになってない?」
「へぇ~……ちなみになんでだと思う?」
なぜかジト~、っとした視線を向けられる。
ゲームが始まった当初は比較的楽しそうにプレイしていたのだが……不破が持っているコントローラーを見て、
『なんかたいちゃんの趣味じゃないよね、そのカラーリング』
と、何気なく問いかけ、
『いやこれアタシんだから。てか前にこいつから貰った』
『は……?』
この直後である。
大井はスンを表情を消し、次のレースを圧勝。そこから大井の無双劇が開幕。全試合がほぼ大井の独壇場。
かなりやりこんでいるのか、コースの最適なショートカットを的確に走り抜け、他の追随を許さないプレイングをしてみせた。
が、そんな一方的な状況を繰り返せばどうなるか。
「くっそが~……」
クラスのカーストトップ、絶対王者の機嫌は、もの見事に斜めに傾いていらっしゃる。
「おい宇津木! 次はアタシと二人であいつ潰すぞ! ぜってぇ一着だけは取らせねぇかんな!」
「あ、あの……」
不破がこれまで以上に太一に近づき、体重をグイッと傾けてきた。
「たいちゃんはそんなことしないよね~? てか正々堂々と勝負しようよ~」
「ちょっとヤヨちゃん!?」
すると、今度は大井が太一に絡みついてくる。太一の腕に自分の腕を回し、胸元に引き寄せる。二の腕に当たる柔らかい感触。いくら幼馴染とはいえやりすぎである。
……誰か助けて。
不破と大井は太一を挟みながら、互いを睨みつけてバチバチやっている。
太一は小さく、唸る波濤の如く押し寄せる状況に、完全に目を回す羽目になっていた。
((((@д@_))))…タスケテ




