なぜそうなるのか自分でも分からない
翌日――昼休み。
太一は学校の屋上へと続く階段の途中にある踊り場で、大井と二人で弁当をつついていた。
「いい加減に白状しろ~。不破さんとなにがあったの~?」
「だから、別になにもないってば」
「絶対にウソ。だってたいちゃんも不破さんも、朝からなんか様子おかしかったし」
「そ、そんなこと、ナイデスヨ?」
「たいちゃん、ウソつくのへったくそだよね……」
呆れ顔で見つめてくる幼馴染。
太一の顔は隈が目立ち、普段の強面が無駄にアップデートされている。このまま更新し続けたら1.5飛ばしてバージョン2.0とかになっちまうかもしれん。
しかも彼だけに留まらず、なぜか今日は不破まで様子がおかしいときた。普段は太一に気安くベタベタ触りまくるくせに、今日は随分と大人しい。
とはいっても、太一が関わらない範囲の彼女は、いつも通りクラスで女王様やってたわけだが。逆にそれが、太一への露骨な反応の違いとして見える化していた。
「う~ん。あーし的に不破さんってさ、ちょっとしたことをそんなに引きずるような繊細なタイプには見えないわけよ」
なにげに失礼な発言が、そこまで間違っちゃいない。
不破はかなり大雑把な性格で、大井が言うように細かいことはほとんど気にしない。
「そんな感じの彼女がだよ、たいちゃんを前にすると露骨に態度が変わるの。なんか顔も赤くなってた気もするし……あのさ、もう単刀直入に訊いちゃうけど」
大井は太一を下から掬い上げるようにジ~っと見上げながら、
「ぶっちゃけ、ヤッた……不破さんと?」
「ぶっ!!」
口にしていたお茶を太一は思いっきり噴き出した。
「その反応、まさかたいちゃん! マジか!?」
「いやいやいやいや!!」
太一は首がねじ切れそうな勢いで頭を左右に振った。
「違うから! ヤヨちゃんが想像してるみたいなことは絶対にしてないから!」
「え~? でもなんかさ~、あ~しの勘が囁くんだよね~。たいちゃんたちからエロい雰囲気がしてるぞ~、って」
なんだその微妙に的中している嫌な勘は。確かに太一と不破は、先日のお風呂でバッティングした件で、少し気まずい感じにはなってるが。
……でも。
太一的に、不破には少し気になるところがあった。言っておくが、裸を見てしまったことではない。いやそっちはそっちで現在進行形で太一を悩ませている元凶なのだが。
……不破さん、男女のお付き合いとか普通にしてたんだよねぇ。
今更、太一に裸を見られた程度で、あそこまで動揺するものだろうか。
それとも、女性とは全員、自分の裸を異性に見られたら、気まずくなるようなものなのか……その辺りの感性に疎い太一には、判断ができなかった。
そんな思春期な思考に耽る太一をよそに、大井の追及は続く。
「もういいから話しちゃえよ~。なんかあったのはまる分かりなんだからさ~」
「いや、だから」
「まだ隠すか~。じゃ~いいも~ん。この前の夏休みに、たいちゃんがあーしの裸見た~、ってグループラインに流すから」
「ちょっと!?」
「それがいやなら! さっさとそのお腹の中にあるものをすべてゲロッちまいな!」
マジで胃の中身をぶちまけてやろうかこの女。
まさか本気ではあるまいが、スマホを構えられて太一は目に見えて慌ててしまう。大井はスマホを操作するフリをしながら「さぁ、どうする~?」と、無駄に演技が掛かったわる~い表情で太一に迫った。
「はぁ~……」
「ふふん。降参かい?」
「イエス」
太一は両手を上げて、項垂れながらことの経緯を語り始めた。
……なんでこんなことに。
本当は、昼休みは霧崎と選挙活動について話たかったのだが。
もうすぐ、立候補者たちが校内放送で、在校生に向けて自己アピールするイベントが控えている。
一日の放送で二人ずつアピールしていく流れだ。今回の立候補は四人のため、二日に渡って実施されることになる。
放送は明日から。霧崎の順番は最後。したがって、まだ内容を詰める話し合いに一日使うことはできる、のだが。
太一は大井から強引に連れ出され、こうして拘束されている始末。
挙句、先日の不破とのハプニングを暴露しなくてはならないという……
本当になんの得にもならないイベントだ。
「……つまり、たいちゃんがうっかり不破さんとお風呂場で鉢合わせて、裸を見ちゃったと」
「はい……」
全てをぶちまけた太一。顔は火を噴きそうなほど熱く、確実に顔面はトマトになっていることだろう。
もはや誰も得をしない暴露話の末、大井はといえば……
「ふ~ん」
「え、と……ヤヨちゃん?」
彼女は頬袋に木の実を詰め過ぎたリスよろしく、ふくれっ面。意味が分からず太一が狼狽えていると、
「前にあーしの裸見た時は、次の日にはケロッとしてたくせに。不破さんのことは引きずるんだ?」
「い、いやそれは……」
そもそも見た、というより、見えたと言った方が正しい。ここ重要。そもそもあれは大井のミスではないか。
しかも見えたのはほんの一瞬だ。記憶に焼くほどの時間もないほどに刹那。
しまいにはグーパンのオプションつきである。そんなもん注文した覚えはない。
「……今夜、たいちゃんちに泊まり行く」
「はい?」
なぜいきなりそうなる。意味が分からず首が横に倒れるしかない太一。
「どうせ今日も不破さん来るんでしょ!」
「た、たぶん」
不破はほとんど宇津木家で夕食を食べていく。最近は自宅で食べる機会も増えたようだが、一週間のうち、太一たちと食事を摂る機会はまだまだ多い。
「もう半分以上同棲じゃん! 同じ屋根の下でご飯食べてお風呂まで入って! 寝泊まりしてないだけの同棲じゃん!」
「それはさすがに」
暴論……いや、そうとも言い切れないか。
朝はランニングからシャワーを浴びて、そのまま一緒に朝食を摂って登校。
帰ればプールやフィットネスゲームをプレイして汗を流し、お風呂に入ってそのまま夕食を……うむ。文字に興すと、確かに同棲していない、とは言い切れない部分があるのは確かなようだ。
「もうさっ、ここまでして『まだ付き合ってない』とか言われた方が不自然なくらいじゃん!?」
「いや、そもそも不破さんは俺を男として見てないから」
悲しいがそれが事実。が、大井はポカンとした様子を太一を見つめ、
「は? え、たいちゃん……それマジに言ってる?」
「え? マジもなにも、事実だし」
「…………う~ん」
と、大井は太一から視線を外し、天井を仰いで体を左右にゆすり始めた。
……いや、別にこれはこれで好都合なんだけどさ? なんていうのかな~。
正直、対戦相手が実は土俵にも上がっておらず、単に大井が独り相撲をしていただけ、というのも、それはそれで笑えない話だ。
……たいちゃんが鈍いのか、不破さんが不器用なだけなのか。
あるいは、その両方か。
いずれにしろ、目の前の男の子が、いまだ異性に対して『憧れ』以上の感情を抱いていないというのは、大井からしても無視できない問題だ。
……小学校の時はあーし、高校では不破さん……たいちゃんにとってあーしらは『尊敬する友達』どまりなわけで。
それ以前に、自分が最初から“異性とお付き合いできるはずがない”と、思い込んでいるような気がする。
……まずはその認識を変えないとダメかな~。
大井は目の前で再びお弁当をつつきはじめた幼馴染の男の子を見やる。
どうすれば彼を、異性に対して前向きにさせることができるのか。
……あるいは、あーしや不破さんとは全く別の誰かから告白でもされたら、もしかして。
などと思いつつ、それそれでライバルが増えるという厄介な事態になるわけで……
「はぁ~……」
大井の口から思わず溜息が漏れた。この幼馴染に『特別な好き』を教えるには、いったいどうしたらのいいのか。
いっそ、泊まりに行って文字通りの意味で恥も外聞もかなぐり捨てて、お風呂を一緒して無理やり異性を意識させた方が手っ取り早いか。
……それはそれでなにか大切なものを失くしそうな気もするけど。
今の太一に必要なのは、まったりと自覚させていくゆとり教育か、それとも、劇薬を投入しての詰め込み教育か。
「とりあえず! はいっ、これ!」
「んむっ!?」
大井は自前の弁当箱に入った、少し焦げた卵焼きを、彼の口の中へねじ込むことにしたのだった。
……バーカ。
大井は自分の好きになってしまった相手の『こじらせ具合』に、内心で悪態を吐いた。
その原因に、自分のしでかしてしまった過去があることを自覚している。だからこそ……
……身を切らないとダメっぽいかな。
「たいちゃん」
「うん?」
「やっぱ今日、泊まり行くね」
「え?」
真っ直ぐに太一を見つめる大井の視線には、いっさいのおふざけはなく……
それは、ほんのりと波乱を予感させるものであった。
∑(0д0) えっ!!
今週の投稿はここまで
お付き合いをいただき、本当にありがとうございました
次回の投稿は二月の下旬か、三月のあたま頃になると思います
お時間をいただきますが、どうぞよろしくお願い致します




