なんて今更、なイベントよ
「……」
「……」
どれだけ時間の制止を体感していただろう。数秒かもしれないし、数分かもしれない。
釘付けになるというより、あまりの展開に太一の脳みそは完全に思考停止状態に陥っていた。
「おい……」
声を掛けられて意識が現実に引き戻される。目の前には頬から耳、肩まで赤く染まった不破。風呂から上がったのだけが原因ではあるまい。
「~~っ!? す、すみません! これは違っ」
「いいからさっさと出てけ!!」
「ぐふっ!」
不破の脚が上がり、華麗な蹴りが太一の腹部に突き刺さった。
おかげでどっかのMSみてぇな名前を声に出ちまった。
太一は廊下の壁に背中を思いっきり打ち付ける羽目に。
ずるずると床に崩れ落ちる太一。
なんて今更なイベントだ。
どんなに一緒の空間で生活していても、このようなイベントだけは決して発生しなかったというのに。
まさか先月に幼馴染の真っ裸を拝んでから、一ヶ月程度で今度はクラスメイトの真っ裸に遭遇するなど、果たして誰が想像できたというのか。
いや……不破が泊まりに来ていた時は、太一は常に気を張っていた。
いつ、どこに不破がいるのかを把握し、近付かないように徹底していたのだ。
このようなトラブルに、決して遭遇しないよう……
が、ここにきて完全に気を抜いていた。
しかし待て。そもそもの話、ここは宇津木家である。確かに脱衣所の電気が点いていた、という不審な点はあった。
だが考えてみて欲しい。
まさか家に家族以外の誰もいないと思ったら、クラスメイトがお風呂に入ってました、なんて状況を想像できるか?
できるわけがない。
崩れ落ちる太一の目の前で不破が扉を乱暴に閉めた。
あれで不破もいきなり裸を見られるのは恥ずかしいようだ。
彼女の新しい一面を発見……って、やかましいわ。
どう考えても、今回のハプニングは太一にとって、単なるとばっちりでしかない。
おまけに……
「ねぇウッディ~。なんかすっごい音したけど、なんかあった……って、なにしてんの」
「いえ、なんでもない、です」
ダボダボな涼子のトレーナーに袖を通した霧崎が様子を見に来た。
が、彼女の前で、太一は蹴られたお腹ではなく、下半身の一点を抑えて蹲る。
……不破さん、あの恰好で蹴りはダメです。
色々と見て……見えてしまった。幼馴染の時以上の衝撃に、太一はしばらくの間、色んな意味で悶絶する羽目になってしまった。
_| ̄|○うぐぐ…
「――あぁ~……今回はキララの方が悪くね?」
「うっせ……」
時計の針は六時を指している。
雨に濡れた霧崎がお風呂で体を温め、そらからしばらく……
太一はリビングの端っこでスマホを両手で握りしめ、ネコ動画を全力で鑑賞中。
ほわほわフワフワな猫の動きを……しかし太一は血走った目で凝視している。
己の内側で暴れまくる三大欲求のひとつと、彼は現在進行形で熾烈な戦いを繰り広げているのだ。
なぜそこでネコ動画なのかは突っ込まないであげてほしい。
「てかキララ、いつウッディんちに来たん?」
玄関に彼女の靴はなかったはず。ではどこにあるのかというと……
「いつものゲームやらせてもおうと思ったんだよ。したらいきなり振ってきやがったから」
どうやら不破も例の豪雨に打たれたらしい。
彼女は宇津木家の鍵を涼子から渡されている。それは信用の証。
不破の制服は脱衣所のドラム式洗濯乾燥機で絶賛ドライ中。靴も中まで濡れてしまい、リビングの靴専用乾燥機に掛けている最中だ。以上、不破の靴が玄関になかった理由である。
「てかウッディに連絡した? さすがに無断で上がるとしてないよね?」
「りょうこんにはした」
「ウッディにもしろし」
「……しようと思ったら降って来たんだよ」
霧崎は半眼。その言い訳はいささか苦しい。結論、やはり今回は不破が悪い。
「はぁ……まぁキララも災難だけど、ウッディもとんだとばっちりだよねぇ」
「……」
「てかキララも今さら男に裸見られて怒るとか、ちょっと意外」
「いや怒るってか……驚いて、つい、って感じ」
「あぁ~、なんとなくキララっぽい。でも、あとでウッディに謝っておきなよ」
「わ~ってるよ」
フイ、と不破は顔を赤くしたまま顔を背けた。バツが悪そうに体を揺すっている。
見られてしまったものは仕方ない。
不破もさすがにこれが事故なのは理解している。そこで彼を責めるのが筋違いなことも。
しかし、不破は水着や下着姿程度なら嬉々として異性にも見せびらかすような大っぴらな性格だ。
さすがに裸を披露するような大胆な性癖はしていないが。
それでも、事故で真っ裸を見られて動揺する程度には、彼女も羞恥心を持ち合わせていたらしい。
……そんだけ綺麗な体してて、何がそんなに恥ずかしいんだか。
胸にコンプレックスを抱えている霧崎。
鳴無ほどでないにしろ、整ったプロポーションをしている不破。服の上からでも分かるメリハリのある体形は、同じ女性であっても羨ましい。
いや、同性だからこそ憧れてしまう。
「宇津木~。お~い」
不破が部屋の隅に退避する太一に声を掛ける。
しかし彼は不破の声を無視し動画に釘付けになっていた。
……ご愁傷様。
裸を見られた不破よりも、霧崎は『男』である宇津木に同情した。今夜はスヤスヤ眠れるかどうか……
視線が完全にスマホにロックされている。
が、不破はそんな太一の頭を掴むと、
「無視すんな!」
「ぐえ!」
締め上げられた鶏みたない声だ出た。太一の首が強引に不破へと振り返る。
「い、痛いです」
「お前がガン無視決めっからだろうが」
「そ、それは……」
視線を不破から外す。気まずい。ついでに、彼女を見ているとさっきの光景を思い出してしまいそうになる。
そして、不破の方もさすがに今回ばかりは顔が赤い。
「まぁ……いきなり蹴って、ごめん」
「あ、いえ」
少し太一は驚いた。不破からここまで素直に謝罪されたのは、何気に初めてではないだろうか。
いつもは少しキレ気味か、そうでなくとも荒っぽい対応がほとんどだ。
「ああ~、まぁなんだ? 蹴ったお詫び、って言ったらなんだけど……揉んどく?」
不破は少し恥ずかしそうに、両腕で胸を持ち上げて見せる。
が、途端に太一はビキッを硬直。思わず視線が目の前で揺れる二つの塊に注がれ、
「いやキララ、それはちょいマズ、」
と、霧崎が言うより先に、
――コテン。
「は? おい宇津木?」
不破の目の前で、太一は眼球をガン開き状態で、体育座りのポーズでその場に転がった。
霧崎が彼に近付き、目の前で手をひらひらを振ってみるが、
「……キララ」
「な、なんだよ」
「しんでる」
「はぁ!?」
いつぞや。キララに後ろから下着姿で抱き着かれた時と同様、太一の意識はお空の彼方へと吹っ飛んでしまったようだ。
しかし、彼は最後の抵抗にと、股間部分だけは、決して誰にも見られないよう、足の間で死守したのだった。
これぞ、涙ぐましい男の葛藤である。
が、それからしばらく……目を覚ました太一は、不破を直視することができず。
不破もまた、その日は終始、どこか太一を避ける様な有様で。
涼子は首を傾げ、霧崎からは盛大に呆れられることになった。
加えて、この日の夜、太一は一睡もすることができず、夜通し悶々とする羽目になったという。
憐れというべきか、爆発しろと言ってやるべきか。
とにもかくにも、翌日の太一は、その目つきの悪さに更なる拍車がかかったのは、言うまでもないであろう。
( ᯣωᯣ )ギンギン




