身構えている時には、○○は来ないものだ……
帰宅する地下鉄の車内にて、霧崎は先ほどの意趣返しと言わんばかりに太一の頬を引っ張り、
「はい口角あげてそのままキープ」
「……」
周囲からの視線が痛いイタイ。まるで場所をわきまえずいちゃつくカップルのよう。シートに二人で腰掛け、霧崎は周りのことなどお構いなしに太一の顔を触りまくる。
「ウッディはとにかく無表情のままなのがダメなんだよ」
曰く、無表情というのは何を考えてるかわからない、人が不安になる顔らしい。
霧崎がトイレから戻ってきてすぐ、彼女はパッと伊達メガネを手に取り会計。
フレームが丸いタイプ。ラウンド型というらしい。魔法学校に通う眼鏡小僧が掛けてそうなデザインだ。
太一は霧崎からツンとした仕草で眼鏡が入った袋を押し付けられた。彼が慌ててお金を手渡そうとすると、
『いい。選挙とかいろいろ付き合わせてるから。これでウッディからお金取ったらウチさいてーじゃん?』
と、頑なに受け取りを拒否された。
結局、あの後は雑貨屋を適当に回っただけで戻ってくることになった。
「なんかさ~。男の子って無表情なのをクールとか勘違いしてそうなんだよね~」
「う……」
ちょっと胸が痛んだ。心当たりがなくもない。
「ああいうのは写真とか、顔が整ってるひと限定だから。てか顔が良くてもリアルな知り合いがずっとムス~、と表情変えないとかいやすぎるでしょ」
喜怒哀楽を顔に出すこと。霧崎はこれができている男子はクラスでも半々、と口にした。
嫌味で怒りっぽく、荒っぽい相手はそもそも近づかないでおこう、となるが、表情が変わらない人間は何を考えているのか分からなくて、これもまた近づきたくない。怒ってるのかな~、楽しくないのかな~、と。
「ウッディも最初はそんな感じしていたけど、今は割と表情コロコロ変わって、分かりやすくなったと思うよ。でも、」
ぐい~、っと霧崎は太一の頬を余計に上へ引っ張る。
「やっぱ真顔が多い! 頬の筋肉鍛えてもうちょっと愛想よくする練習~!」
「いひゃひゃひゃっ! まいひゃひゃん! いはいれふ!!」
「なに言ってるかわから~ん!」
理不尽! なんだか絡み方がどっかの金髪ギャルっぽくなっている気がしてならない。
「ほら、ウッディの自分で笑う練習! 愛想よければ目つきの悪さもちょっとはマシになるから」
「こ、こう……ですか?」
「……なんでちょっと顎がしゃくれるの? ふざけてる?」
これでも真面目だよ、ちくしょう。
地下鉄に揺られながら、なぜか太一は霧崎から笑顔の練習に付き合わされる羽目になっている。
口角が下がっているとそれだけで不機嫌に見える。特に太一の場合はそれが顕著だ。伊達メガネで目元の印象は少しだけ操作できる。それでもより人から好かれる印象に近づけるなら、やはり笑顔は必須だ。
柔和な印象というのも、基本は表情が笑みの形になっているかどうかだ。それは男も女も変わりない。
時代錯誤に、男がヘラヘラするな、なんて考えに囚われていては、流れに取り残されて孤立するだけ。
「ウッディは今日から口角持ち上げる練習。わかった?」
「わ、わかりました」
勢いのまま捲し立てれて太一は頷くことしかできなかった。
それにしても……
……霧崎さんからあれしろこれしろ、って言ってくるの、珍しい。
そう。これまで霧崎は直接的に相手になにか要望を伝えて言動に介入してくることはほとんどなかった。常に一定の線を引き、自他の領域に踏み込み過ぎない。
……そんなに選挙で勝ちたいのかな。
正直、彼女はそこまで選挙活動にのめり込むとは意外だが……はたしてそれだけだろうか。彼女の動機には、いまだ理解しきれない部分がある。
……まぁ、悪いことじゃないか。
物事に真剣に取り組む姿勢は否定されるべきものじゃない。結果的にうまくいかなかったとしても、なぁなぁで手を抜き、後から「本気じゃなかった」などと言い訳をして、じゃあ本気でやってやていたら、と後悔するのは……
……ダサい。
なんとなく、憧れの金髪ギャルなら、そんなことを言いそうな気がした。
( ̄ ̄▽ ̄ ̄) ニコッ
地下鉄から出る。見上げた空はどうにも表情が芳しくない。今にも泣きだす一歩手前。いつぞや、霧崎と初めて顔を合わせた時もこんな天気だったな、と思い出す。
「ありゃ、なんか振ってきそうな感じ」
「どうでしょう……」
午後から山間部に近い地域で雨が降ると予報されていた。この辺りはどうだろうか。駅から裏を見渡せば、灰色に霞む山々に暗い色の雲がかかっている。
「う~ん……今日はなんやかんやお金使っちゃったしな~」
地下鉄の往復運賃に伊達メガネ、あとついでに無駄の極みの鼻眼鏡……絶対にこれだけはいらなかっただろ。
「うし、急いで帰る! 降ったらその時はその時で!」
霧崎の家を太一は知らないが、駅から出てしばらく方角が同じ。
二人は並んで駅から通りに出た。どよんとした空ではゴゴゴという嫌な音が響いている。
「雷ですかね」
「じゃない?」
空気が冷たい。これはいよいよ急いだほうがよさそうだ。
と、駅からしばらく歩いていると、
――ピチョン。
頬に雨粒が落ちてきた。
「あら~振ってきましたわ奥さん」
よくわからない口調でイヤンと手を振る霧崎。
しかしそんな最中にも雨脚はどんどん強くなり……
「うぇぇぇぇぇぇ~~~っ!?」
「うわっ」
残酷なことに、太一たちの頭上から神様の嫌がらせとしか思えない規模の豪雨が降り注いできた。
地上に水撒きをするにしても加減というものを覚えろを言いたくなる。
アスファルトは瞬く間に雨粒に塗りつぶされて黒に染まっていく。
太一と霧崎は咄嗟にバッグを傘に走り出す。建物のひさしに避難しても雨が吹き込んでほとんど防げていない。
結局、二人は近くのコンビニまで全力で走る羽目に。
「うえ~……最悪なんだけど~……」
「今度から折り畳み傘、持って歩いたほうがいいかもですね」
「荷物増えるとかダルいんだけど」
全身から水滴を垂らしながら霧崎が愚痴る。太一は落ちてくる水滴を拭いながら、隣の霧崎に目をやるが……
「っ!」
視線を慌てて外した。
「どしたん?」
「いえ、その……服……」
「服?」
「え、と……」
「ううん? あ……」
霧崎も視線を落として気付いたらしい。つい先ほど。霧崎が太一をからかいながらチラ見せしてきた水色のブラが、雨に濡れて透けたシャツ越しにしっかりと見えてしまっていた。
「あ~。これはさすがにヤバいかな~」
霧崎は苦笑いを浮かべてバッグで胸元を隠す。彼女にもどうやら羞恥はあるらしい。
コンビニの店内は人がまばらに立っている。
二人と同じように、急に振り出した豪雨から避難してきた者も多そうだ。
太一はそっと彼女の後ろに立つ。
「ありがと。気ぃ利くじゃん?」
「いえ、はい」
下を向かないよう男しての本能と戦いながら、雨が止むのを待つ。
通り雨だったようで、ほんの十分程度で雨脚は弱まった。
しかし、霧崎は「くしゅん」と小さく、くしゃみが出て、
「うう~……ちょい寒いかも……ウッディ、ごめんだけどシャワー貸して~」
コンビニからは太一の家が近い。
「わかりました」
さすがに肩を震わせた霧崎をそのまま帰すことは躊躇われる。
二人はそのまま太一の家に向かった。
((((;´・ω・`)))ガクガク
さむさむ、と肩をさする霧崎。まだまだ残暑の熱は残っているが、さすがに濡れた食後で体温が下がっているらしい。
マンションのエントランスから、エレベーターに乗り込む。霧崎の肩は震えたままだ。
ここで漫画のように、肩になにか掛けてやれれば格好もつくかもしれないが、生憎と太一も濡れ鼠な上、シャツを脱いだ瞬間に露出狂の強面変態のできあがりだ。
玄関の鍵を開けて中に入る。廊下は薄暗く、しかし脱衣所だけが明るくなっている。
……あれ?
誰かいる? しかし今の時間、涼子はまだ仕事中のはず。不破かと思ったが、彼女がいつも愛用している靴は玄関にない。
……消し忘れたかな?
まぁそんなこともあるか。とりあえず太一は霧崎を中に入れ、タンスからバスタオルを準備。涼子の部屋から適当に着替えを持ち出し、霧崎に手渡した。下着はさすがに用意できないが、濡れた服をそのまま着ているよりはマシだろう。
「お風呂の準備してきますので、着替えながら待っててください」
「う~い」
太一はリビングの扉を閉め、脱衣所へと向かう。
消し忘れ……完全にそう思い込んだ状態のまま、太一は躊躇いなく扉を開き――
「は?」
「え?」
声がした。とても聞きなれた。
ありえない。だってここには誰もいるはずがない。家の扉は鍵が閉まっていたし、玄関には太一と涼子が普段履きしているサンダルとスニーカーしかなかった。
結論、太一たちが来るまで、ここには誰もいるはずがない。
しかし、いた。
今、太一の目の前に……服をいっさいに身に着けていない、完全に生まれたままの全裸姿で髪を拭いている、不破満天が。
両者はその場に立ち尽くし、無言のまま視線を交差させた。
(´⊙ω⊙`)!
こういうシーンはお好き?お嫌い?でもワタシは書きました!
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