ふと思い出すことってちょっと痛む記憶だよね
放課後――下校する生徒たちに向けて声を張りアピールをする生徒会選挙の立候補者たち。
「きり、マイカさんは面倒見がよくてっ、頼りになる、面白いことが大好きな人です! 是非、投票! よ、よろしく、お願いします!!」
太一がたどたどしくも霧崎をアピールする。
しかし生徒たちは必至の形相で通行人に刃物な視線を提供している太一から遠ざかる。
もはや隣でたすきを掛けている霧崎よりも、太一の方がよほど存在感がある。完全に推薦人が立候補者を食ってしまっている状態だ。
文字通り、なんということでしょう、である。これでは選挙を手伝ってるのか妨害しているのか分からない。
太一はなんとか注目を引こうと、慣れないながら精一杯に声を出す。
が、その度に霧崎ではなく彼を視界にロックした生徒たちは逃げていく。
注目度だけで見ればバッチリなことは確かだが、違うソウジャナイ。
「はぁ……ウッディ、今日はもうやめよ」
「で、ですけど」
「いや、これじゃウチら、当選する前に他の立候補者に怒られそうだから」
チラと霧崎は他の立候補者に目を向ける。
さすがに太一たちの近くにいては選挙にならないと理解してか、少し離れた位置で演説に励んでいる。
それでも、太一たちのせいで足早に去って行く生徒は多く、やはり彼らの声も生徒たちに届きにくくなっている印象だ。
尤も、ほとんどの生徒が選挙に無関心というのが正直なところだろう。
それでも、真面目に取り組んでいる彼らの妨害になっている事実は変わりない。
「今日は今朝話した通り、ウッディの改造計画を実施しよ。なんか根本的に色々対策しないとダメっぽいし」
「すみません」
「いいって。ウッディの顔がおっかないのはウッディのせいじゃない……とも言い切れないけど。まぁ遺伝っぽいしね。気にしても仕方ない」
「はい」
うなだれる太一。せっかくやる気を出してもこれではなんの意味もないではないか。
「そう落ち込まなくて大丈夫。ウッディのその目つきをどうにかする方法、色々と考えてみたから」
本来は太一が霧崎をサポートしなくてはならいのに、逆に霧崎に気を遣わせてしまった。
「ありがとうございます。すみません」
「いいよ。ウチも色々とウッディに協力してもらってるし」
「公約とかアピールポイントを考えただけですけどね」
「だけ、じゃないよ。そういうの、自分じゃなかなか見つけられないし……特にウチは、苦手な方だから。アピールポイントを捜すとか」
「え?」
「ううん。なんでもない。それより、」
霧崎の言葉に首を傾げる。しかし彼女はなんでもないと話を切り、太一に振り返ると、
「これからまた、隣町まで行ってみよ」
「はい」
霧崎に促されるまま、太一は彼女の後に続く。いったい太一をどうするつもりなのか。いまだよく分からないが、太一は彼女に身を委ねることにした。
( ̄w ̄)
「――アハハハハハハハハハハハハハハハハハハッww や、ヤバい! おなか、めっちゃ痛い~~ww!!」
「…………」
駅から地下鉄に揺られること一五分。隣町の大手雑貨店の店内に霧崎の笑いが木霊する。周囲の客が迷惑そう。
彼女の目の前には、俗にいうパーティーグッズの鼻眼鏡をかけて、鼻の部分から吹き戻し……あれだ、口にくわえて吹くと丸まった紙が変な音ともに伸びる、別名ピロピロ笛……をピーヒャラ音を立てて伸ばす太一。
いまどき売れない芸人でもやらなそうな一発芸に全振りした挙句、華麗に滑って場がシラけるヤツである。
しかし真面目一辺倒なくせに顔だけはおっかない太一がこれを装備した時の破壊力は侮れないものがある。
ゲラゲラと笑い転げる霧崎。いっそその脳天に容赦ないチョップをお見舞いしてやろうか。
太一が鼻で息をするたびに吹き戻しが出たり戻ったりを繰り返す。そのなんともアホな見た目に霧崎の笑いが止まらない。
「や、やばい……マジ、息が、できない」
笑いすぎて本気で顔が真っ赤になっている。なんなら思いっ切り咳き込む有様だ。
「マイカさん……」
太一がパーティーグッズをそのままに霧崎に顔をズイッと寄せる。呆れて半眼になった太一。しかしバカみたいない顔が迫ってくる光景に霧崎は更に笑いが止まらない。
「マ、マジでやめてw……ほんと、ウチ死んじゃうからww」
腹を押さえてその場に蹲る霧崎。このまま本気で笑い死にさせたろか。誰が好きこのんでこんなバカみたいなことしていると。
「あ~、マジで笑った~……これ買っていこうよ。キララとかにも見せよ」
「えぇ~」
無駄な買い物過ぎる。しかし霧崎はパっと鼻眼鏡を太一から受け取るとそのままレジへ直行してしまった。
……そもそも伊達メガネを用意するはずじゃ。
霧崎のアイディアその1、伊達メガネ。
とにかくまずは太一の目元を少しでも柔らかい印象に近づける必要がある。
太一の顔の輪郭は俗に云うベース型。そこに切れ長の三白眼が合わさり相手に威圧的なイメージを与えている。輪郭はすぐにはどうこうできない。それよりもまずは目元に手を加えたほうが一番手っ取り早い。
そんなわけで、とりあえず伊達メガネを試すことになった。
が、なにをどうしてこうなった。霧崎はのっけから目的を忘れたようにパーテーグッズを手に取って太一で遊び始めてしまった。完全に脱線。
なんなら線路から華麗にアイキャンフライしているような状態だ。どうぞお空の愉快な旅を。昇天させる気かな?
「お待たせ」
「マイカさん、そろそろ」
「ごめんごめん。それじゃ適当に色々と試してみよっか」
雑貨屋入り口に展開されている回転スタンド。ずらっと並んだいくつもの伊達メガネ。色も形もバラバラで、ぱっと見どれを選べばいいのやら。
霧崎は適当なフレームが細いモデルを手に取る。
「ウッディ、ちょい屈んで」
言われるまま、太一は少しだけ膝を曲げる。
霧崎は「ありがと」と、太一に眼鏡を掛けようとする。その思わぬ無防備な距離感に太一は思わずドキリとさせられた。
これまで霧崎が太一に構わず距離を詰めてくることなどザラにあった。何を今更と思いつつ、見下ろす先は学校を出てすぐに着崩されて開いたシャツの胸元。
不破や鳴無とは比べるまでもないが、やはり女性的なふくらみはしっかりと存在しているわけで。
「ウッディ~、どこ見てんし~w」
「っ!! すみません!」
慌てて霧崎から距離を取る。そんな彼に霧崎は悪戯っぽい笑みを浮かべ「動揺しすぎ~w」と開いた距離を詰めてくる。
「別にウチなんて周りに比べてそんなないじゃ~ん?」
あえて自虐に走る霧崎。普段であれば地雷だが、太一の気持ちいいくらいの反応に、霧崎はあえて自分からコンプレックスを踏みにいく。身を削る芸は心身を病むから一般人には推奨しかねる。
霧崎はシャツの襟を引っ張った。谷間と呼べるほど深くはないが、それでもしっかりと女性らしい線が出ている。
「あるとかないとかじゃなくてっ、そういうの外ではやめましょうよ!」
「え~? 外じゃなきゃいいんだ~?」
太一をからかいスイッチが入っている。開かれたシャツの内側に水色の下着がチラと見えた。太一の顔が一気に羞恥に染まる。
「あははっ、ホント~、キララじゃないけどウッディってめっちゃ反応良いよね~w」
だから思わずからかいたくなってしまう。思春期の男子を玩具にするとはなんたる悪行か。しかし今の霧崎は確かに制服の胸元こそ開いているが、他は普段と比べるとだいぶ大人しい印象になっている。
その絶妙なアンバランスさが余計に彼女の行為を破廉恥に演出している。狙っているのか知らないが、これがギャップというヤツなのか。太一はひとつ賢くなった。
「ちょっ、ほかの人もいるんですらからっ!」
「ええ~? 別に皆ウチなんかに興味とかないっしょ~w キララとかアイリみたいに美人でも可愛くもないんだし~?」
「え?」
「うん?」
ピタと動きを止める太一。途端に真顔になる太一に霧崎も迫るのを中断する。
「マイカさん、可愛くないんですか?」
「はい?」
「いえ、だって……」
ふいに両者の間に変な空気が流れる。
「う~ん? キララはモデルやってたっしょ?」
「はい」
「アイリはスタイルと顔だけはめっちゃいいじゃん?」
「それも、はい」
「最近転校してきたアッキーもさ、けっこう綺麗系じゃん?」
「僕もびっくりしました」
「で、ウチは?」
霧崎は自分を指さす。太一はコテンと首を傾げて、
「明るくて、接しやすくて、可愛い感じ、ですか?」
「…………」
霧崎は無言のまま、ボケっと太一を見上げてくる。
と、頬が徐々に赤くなり、
「いたっ!?」
なぜか太一の脛を蹴り飛ばしてきた。いきなりなにしやがる!?
「いやいやいや、なにこっ恥ずかしいこと言ってんの? ウッディ、アッキーに告られてキャラ変でもした?」
「な、なんですか急に……」
聞かれたから素直に感想を返しただけのことではないか。脛をさすりながら太一は霧崎に非難の目を向ける。が、霧崎は口元を隠してジト~と太一を睨んでいた。
「ウッディさ、マジでキララにめっちゃ影響受けてるよね~。いや、てかウチを可愛いとか、なに真顔で言ってんの、って話」
「じゃあなんて言えばいいんですか……」
「知らない!」
霧崎は踵を返し、そのままスタスタと太一に背を向けて歩き出す。
「あの、眼鏡は?」
「ちょっとトイレ! 言わすな!」
……ならそんな大声で宣言しなくても。
太一は霧崎に掛けられた伊達メガネを外し、回転スタンドに戻す。
色とりどり、形もバラバラ、柄物からシンプルなフレームまで多種多様。
なんとなく、自分の周りにいる女子たちも、統一された外見なんてなくて、それぞれに個性があることを自覚する。
そんな、きっと当たり前すぎることさえ、少し前の自分には分からなかった。
それでも、太一はさきほど霧崎が自虐したように、彼女が可愛くない、とだけは、思えなかった。
同時に、あの手の自己否定の在り方を、太一はとても、身近に知っているような気がして、
「あ」
ふと、思い出した。
『だいたいさ、自分なんか、とか言ってる相手と付き合うのって疲れるじゃん? なんていうかさ、相手にただ肯定されたがってるみたいな感じ? それってさ、ただの依存じゃん?』
それは、かつて太一が、霧崎から言われた言葉。
当時は衝撃が強く、アレが切っ掛けで不破とぎくしゃくする羽目になった。
同時に、自分を見つめなおす機会にも、なった言葉だ。
「霧崎さん、さっき……」
『別に皆ウチなんかに興味とかないっしょ~』
あれは、咄嗟に出てしまっただけか。太一が気にし過ぎなだけ?
トイレと言って消えた霧崎。太一は彼女が戻ってくるまで、しばらくそんなことを考え続けた。
今週は『ギャルゼロWEB版』を四話更新します
各一日あけて、来週の日曜日まで更新予定です




