後悔しない選択はない、深いか浅いかの違いだけ
霧崎は昇降口の前で足を止めた。
『彼女のような生徒が選挙に挑むというのは、我が校の恥になる』
声が聞こえた。苛立ったような険の混じった男子の声だ。霧崎は物陰から声の主を確かめる。夕焼けのせいで顔は見え辛いが、そこにいたのは確か生徒会副会長と、太一の二人で間違いない。
なんとなく気配が剣呑な気がする。
『彼女一人が嘲笑されるだけならまだいい。だが、他の生徒にまで累が及ぶかもしれない。受験を控えた先輩にだって迷惑が掛かるかもしれないんだ』
……う~ん。多分これウチのことだよね?
この場にいる面子と会話の流れから、話題の対象が自分であると霧崎は思い至る。
……これ、ウチのせいでウッディが絡まれてる、って感じかな。
おそらくそうだろう。でければ、わざわざ副会長が太一に会っている理由が分からない。二人に接点はなかったはず。少なくとも霧崎の記憶には。
これは間に入った方がいいか。このままいくと自分のせいで彼まで責めの対象になりかねない。いや、もう半分ほど責められているのだろう。
……はぁ~。めんどいけどウチが適当に流して退散しよ。
先程の口ぶりから察するに、副会長は霧崎の選挙への参加が気に食わないようだ。
まぁ、それならそれで立候補を取り下げるだけのこと。
あまり波風が立つのは霧崎としても好ましくはない。下手に意地を張ってトラブルになれば、不破がまた暴れ出す可能性もある。
自惚れではないが、不破の中で自分はそれだけ親しい間柄であるという自覚がある。
せっかく一学期はギリギリ停学一回で事なきを得たのだ。せっかく太一も絡んで学校生活が面白くなってきたというのに、今さらこんなことで不破が退学になるなどバカらしい。
……ごめんね『私』……今回はちょい諦めて、
と、彼女が二人に一歩踏み出した時だった。
『確かに、生徒会長して、霧崎さんは、ふさわしいと言えないところが一杯あります……でも、彼女は『やってみたい』って言ったんです』
……だから麻衣佳って呼べっての。
突っ込むところはそこではない気もするが、なにしろ霧崎は再び足を止めた。
『たとえ、どんな相手でも……挑戦する機会さえ取り上げるのは、間違っていると思います』
『その結果、周りに迷惑が掛かってもか?』
『はい……何かに挑戦するときは、誰かに迷惑を掛けるものでしょ?』
太一の言葉は真っ直ぐで迷いもない。大賀美に対して宣戦布告とも取れる発言を浴びせていた。
「……なにカッコつけてんだか」
らしくない。それでも、ここ最近感じられる、彼の成長の片鱗をまたひとつ、垣間見たような気がした。
……なんでウチが生徒会長になりたいのかも、よく分かってないくせに。
霧崎はポケットにねじ込まれたPR用紙を取り出した。
そこには彼の字で、霧崎のアピールポイントが書かれている。
……なんでそんなに、ウッディが本気になってんだろ。
まったくもって、面倒事を押し付けられただけだというのに、なぜそうまで他人事に真摯に向き合おうなどと考えてしまうのか。
大賀美はなにか小さく吐き捨てる様に太一に残し、その場を去って行った。彼の姿を横目に流しながら、太一の背後に立つ。
「はぁ……」
「ウッディ」
「っ!? き、霧崎さん!?」
後ろから声を掛けられて驚きの表情で振り返った太一。霧崎は苦笑しながら、
「麻衣佳、つってんじゃん」
「は、はい。マイカさん」
「よろしい」
「あの……」
「なに?」
「今の、聴いてましたか?」
「バッチリ」
「それは……えと……」
「気にしないでいいよ。ああ言われることはウチも分ってたし。それに、最悪立候補を取り消してもいいって思ったしね。ウチだけならまだしも、ウッディまで悪者になることないじゃん?」
ま、顔だけは極悪人みたいだけど~、と霧崎は笑う。
彼女は自分の下駄箱から愛用のスニーカーを取り出し、そのまま履き替えて太一に振り返る。
「ウチはなんて言われても、笑われても仕方ないって。そういう立ち位置だし。自業自得じゃん?」
だから、ウッディもそんなに怖い顔しないで大丈夫、と彼女は自虐の笑みを浮かべる。しかし、そんな彼女に太一は、
「マイカさんが笑われるなんてこと、絶対にあったらダメです」
ハッキリと、言い切った。思わず、虚を突かれたように霧崎は表情が固まる。
「どうして? 別に、似合わないことしてたら、誰だって“おかしい”って笑うと思うんだけど?」
「似合うとか、似合わないとか、そいうことじゃありません」
太一の視線に射貫かれて、珍しく霧崎がたじろぐ。
「この際だから言います。マイカさんが選挙に挑む動機とか、正直どうでもいいです。ただ僕は……」
――どんなことでも、挑戦しようとしている人が笑われるのは、悔しいです。
「僕も、いつだって挑戦する側です」
太一は常に、目標とする人の背中に追い付きたいと、今も、昔も、手を伸ばした。幼い時は姉に、今は不破という少女に憧れて。
「だから、マイカさんの挑戦を応援したいと思いますし、支えられるなら支えたいって思うんです」
ダメで元々。挑戦するには後ろ向き。霧崎は自分の中にある心意気など、その程度と割り切っていた。それでも、挑むことに後ろ指を指され、笑わい者にされるのは気分がいいものではないはずだ。
「まったくも~……いつからそんな熱血キャラに転向したんだ~?」
「ね、熱血とかそういんじゃ」
「いやいや、今のくっさいセリフ、キララとかに聞かれてたら大爆笑されたよw」
「……つ、次は、不破さんもマイカさんを笑わないよう、ちゃんと言って見せます」
「できんの~? あのキララに~?」
「で、できると、思います……たぶん」
「あはは~w。無理そうなんだけど~w」
顔を赤くする太一を、霧崎はひとしきり笑ったあと……
「大丈夫だと思うよ。ウチが真剣なら、キララは笑わない。むしろ、ウチを笑った相手を殴りに行くような奴だから。ウッディも想像できるっしょ?」
「……そうですね。不破さんなら、あり得そうです」
「確実だってw。それに、たぶんアイリも、ウッディの幼馴染も……ウチの周りで、ウチの挑戦を笑うのは、いないよ」
「はい」
「うん……ねぇウッディ」
「はい?」
「ありがとね。副会長に啖呵切ってくれて」
「いえ」
柔らかく微笑む霧崎。
正直、太一としては見知らぬ相手に喧嘩を売ってしまったことに、小さくない後悔を抱いていたのだが……
……まぁ、いっか。
自分ごときの後悔が、彼女の為になったのであれば、御の字と言えるだろう。
「さて、それじゃさっきのウッディの勇士を、皆に周知していかないとねぇ」
「え?」
「ん~と……ウッディがさっき、生徒会の副会長相手に……」
「ちょっと待ってください! なにを書き込むつもりですか!?」
「ん~? ウッディがウチのために副会長相手に大立ち回りした、ってせっかくだからLINEグループに共有しておこうと思って」
「今すぐにやめてください!」
大立ち回りなどしていない。事実無根もいいところだ。
「あ、もう送信しちゃった♪」
「無駄に早いですねぇ!?」
直後、太一のポケットの中でスマホが震えた。それからは、スマホは延々と通知を報せるためにバイブし続け、
「おお~! めっちゃ盛り上がってるんだけどw」
「誰のせいですか!」
「あはははっ!」
「笑い事じゃなくて! って!? なんか僕がマイカさんに『気がある』みたいな話になってきてるんですけど!?」
「ネタの提供、ありがとうございます」
そんなガセネタをくれたやった記憶はねぇ! 通知は止むことなく、霧崎と太一がこのままくっつくくっつかないの話題で加速度的な盛り上がりを見せ……終いには、
『たいちゃ~ん? あとでゆ~っくり、あーしの部屋でお話しよっか~?』
大井からの個別メッセージが届いた。なぜか背筋に悪寒がはしる。別に悪いことをしたわけではないというのに、なぜか責められる格好になっている。
「ん? ウッディ、ちょい顔色悪いよ?」
「ホント、誰のせいだと……はぁ~」
後悔先に立たず。今更ながらに、太一は別の意味で、副会長相手に啖呵を切ったことを後悔した。
ε-(;-ω-` ) フゥ…
※お詫び
本日は、クリスマス企画として、五話一気投稿を予定しておりますたが…
本日朝、身内にトラブルがあり、数日の間、更新をお休みさせていただきます
楽しみしていただいてた皆様におかれましては、本当に申し訳ございません




