あそことかそことかあっちとかでバチバチ
目の前に現れた鳴無。霧崎は「おっす~」と気安く手を上げて彼女を迎える。
「こんばんは。マイマイはこんなとこで小さくなって何してるの? いい歳してかくれんぼとか?」
「おいそれはウチが色んな意味で小さい、って言いたいのかこら~」
霧崎はそのままの体勢で鳴無の頭頂部からつま先までを視線で追い、一度落ちた視線を彼女の発育よろしい胸部装甲へとロックした。
「マイマイ目つきがえっち~」と、鳴無はおどけたように自身の胸を腕で隠す。それでも零れそうな彼女のバストは、まるでその細腕には収まらない。
霧崎は「ぐぬぬぬ~」と自分の胸元に目線を落とし、低く唸った。
「マイマイは、こんな時間まで何してんの?」
「これ、提出しようと思ったんだけど、ちょい選挙管理委員が捕まらなくてね~」
自分のクラスの選挙管理委員はすでに帰宅してしまっている。五限目から放課後まで眠りこけて、気付けば教室に残っていたのは暇を持て余した女子生徒数名のみ。
しかしホームルームを迎えても誰も起こしてくれなかったのか。薄情なものだ。
鳴無と同様、霧崎もクラスでは若干浮いた存在だ。粗暴だったり悪態を吐いたりといったことはないのだが、学校は平気な顔をしてサボり、授業はボイコット。
進学校で真面目な生徒の多いこの学校では、不破を始めとした素行の悪い生徒は、色々な意味で注目を集めやすい。同時に、深く関わりたいとも、思わない。
「もうしょうがないから、諦めて帰ろうと思ったところ」
「そう……で、なんでソレそんなぐしゃぐしゃなの?」
霧崎の手元にある用紙は皺だらけになっている。彼女は「あ~……」とバツが悪そうに後ろ髪を掻く。
「ちょっとむしゃくしゃして握りつぶしちゃった」
「そう。でもマイマイ、本気で生徒会長目指すつもりなんだ」
「そうだよ。そう決めた」
ついさっき。
「そっか……じゃあ、応援しなきゃね。マイマイと太一くんのこと」
「別に無理して応援とかしなくてもいいよ……正直……」
――人の机引っ掻き回すような奴の応援とか、マジでいらない。
「……」
「……」
二人の会話が途切れる。鳴無は口内が乾くような感覚に襲われながら、それでも表情を変えることなく首を傾げる。
「なんのこと?」
「心当たりがあるんじゃないの?」
「皆目」
「そ……」
白々しい会話。霧崎は根拠なく鎌を掛け、鳴無は表情も変えずにはぐらかす。
一瞬、二人の間に険悪な空気が流れた。
しかし鳴無は素知らぬ顔で……
「でもさ、大丈夫なの?」
「なにが?」
「太一くんが推薦人で?」
「なんで?」
「いや、なんでって……それは――」
鳴無の言葉を最後まで聞いた霧崎は「あぁ~……」と、天井を仰いだ。
(ノ∀`)アチャー
同時刻。昇降口で太一は上履きからスニーカーに履き替える。プールもなく、今日は例のごとく不破は母親と一緒の過ごすらしい。大井は布山と駅で隣町へと繰り出すようだ。そんなわけで今日は、太一ひとりである。
いつも隣に誰かしらいるのが普通になっていた。なにせ大井は同じマンションに住んでいる。用がなければ基本的に登下校は一緒になる。
9月に入り、少しづつ昼の時間が短く、夜の時間が伸びていく。これから更に顕著になっていくだろう。
太一は鞄を手に校外へと一歩踏み出す。
「すまない。少し待ってくれるか」
後ろから声が聞こえた。しかし、太一はそのまま止まることなく歩き続け、
「ちょっ! 待てって君だ君! 宇津木太一!」
正面に回り込んできた少年に足止めを喰らう。
「え? あ、僕?」
「そうだ。君いがいにいないだろ」
周りを見回せば、確かに太一以外に他の生徒の姿はない。彼は太一を目が合った瞬間「うっ」と顔を強張らせるも、すぐに取り繕う。
「すみません。てっきり別の人に声を掛けたのかと思ったので」
この学校で太一に声を変えてくる相手はかなり限られている。しかもその大半が異性という……故に、まさか自分に声を掛けられたとは思っていなかったのだ。
「……まぁいい。俺は2年5組の大賀美真人。前期の生徒会で、副会長をしていた」
「はぁ? 僕は」
「知っている。2年の問題児。不破のカレシだろ」
「いえ全然違います人違いです」
太一は手を左右に振って別人であることを訴える。そもそも問題児などと呼ばれるようことなど……特に心当たりはないですねぇ?
目の前に現れたのは、銀縁の眼鏡の奥で神経質そうな目つきをした少年だ。太一と同様、これまで一切手を加えたことがないであろうことが分かる黒髪。七三分け、というほではないが、見た目の性格を表すように整えられた髪型。
有体に言ってしまえば、優等生な外見をした少年だった。
「違うわけがないだろう。ちゃんと調べた。2年1組宇津木太一。あの男癖の悪い不破満天と付き合いのある男子」
「……」
彼の言動に太一は思わず閉口する。確かに不破の男性遍歴はあまり褒められたものではないが、身近な人物をあからさまに揶揄するような相手の口ぶりに、太一の目が吊り上がった。
「っ……まぁそんなことはどうでもいい」
太一の反応に気付いたのか、顔を逸らす大賀美。太一の顔面凶器がその威力を遺憾なく発揮されているようだ。
「君、4組の霧崎とかいう女子生徒の推薦人らしいな」
「そうですけど」
「なら、彼女に君から言ってくれないか――立候補を取り下げるように」
「っ!」
直後、太一はまなじりが裂けそうなほどに目を見開いた。
「彼女はいささか、生徒会長としての素質に……いや、それ以前に、この学校の生徒としてすら、自覚が足りなすぎる」
「それは、そうかもしれませんが」
「あまり回りくどい言い方では伝わらないかもしれないから、この際、ハッキリと言わせてもらう。彼女のような生徒が選挙に挑むというのは、我が校の恥になる」
「そんな!」
いくらなんでも言い過ぎだ、そう思い反論しようとしたが、
「仮にだ。君がこの学校の生徒ではない、一般人という立場だったとして考えてくれ」
毎朝、通勤通学をする際に、この学校の前を通りかかる。その時、派手な外見で悪目立ちするような生徒が、校門で声高に自分が生徒会長にふさわしいとアピールしている……
「正直なにかの冗談だと思うだろ? だがもし本当に、彼女のような生徒まで生徒会長として立候補しているのだと思われたら、この学校の風紀は随分と緩いのだと、そう捉えられてしまうかもしれない」
「……」
「彼女一人が嘲笑されるだけならまだいい。だが、他の生徒にまで累が及ぶかもしれない。受験を控えた先輩にだって迷惑が掛かるかもしれないんだ」
「……それは、でも……」
「俺から彼女に辞退するよう言おうかとも思ったが、身内から進言された方が、彼女も素直に耳を傾けると考え直してな」
「……これ、選挙妨害じゃないんですか?」
「まだ候補者の名前も張り出されていない。今ならまだ、ギリギリだが立候補の取り消しもできる。これは、君たちのためでもある。悪いことは言わない。立候補は取り消した方がいい」
――君たち自身が、笑いものになりたくないのなら。
「……」
彼の言葉は正論だ。霧崎の校内での印象は悪い。正直、選挙に挑む動機も曖昧で、真面目に取り組もうと思っといるのかさえ怪しい。
「やる前から、ぜんぶ諦めて、投げ出すなんて、できません……」
「なにを言っている?」
「確かに、生徒会長して、霧崎さんは、ふさわしいと言えないところが一杯あります……でも、彼女は『やってみたい』って言ったんです」
たとえうまくいく保証のないことでも、彼女は挑戦しようとしている。その動機事態、不明瞭なところが多いし、あるいは不順かもしれない。
だからといって、
「たとえ、どんな相手でも……挑戦する機会さえ取り上げるのは、間違っていると思います」
「その結果、周りに迷惑が掛かってもか?」
「はい」
太一の即座の返答に、こんど大賀美が目を見開く番だった。
「何かに挑戦するときは、誰かに迷惑を掛けるものでしょ?」
「……なるほど。君の考えは分かった……だが、その考えが間違いだってことは、すぐに思い知ることになるだろうけどな」
大賀美は吐き捨てるように言い放ち、太一に背を向ける。
「後悔してからじゃ遅いぞ」
去り際にそう言った彼の背中を、太一はしばらくの間、睨み着続けた。
(ꐦ°᷄д°᷅)
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