わらいのたえない日常と非日常
お昼に食べた定食は思いのほか量が多かった。あの学食はどこぞの定食張りにおかずもご飯も盛りまくる計画でも立てているのだろうか。
どうも最近、加減を間違えてきている気がしてならない。学食を利用するのは男子学生ばかりではないのだ。その辺りを、アソコはもう少し考慮すべきではなかろうか。
2年4組の教室。本日は気温も少し落ち着き、窓から吹き込む風が心地いい。窓際の席で、霧崎は襲ってくる眠気に欠伸が出る。
「霧崎~。俺の授業は退屈か~」と、数学教師の立花教諭が苦笑している。
どうも最近、彼は例の空き教室での一件が教頭らにバレてしまったらしい。お相手の瀬名と共にだいぶ絞られたともっぱらの噂だ。
職場恋愛の果てに、どちらかが学校を去るのかと思ったが……何故か二人ともそのまま学校で教鞭を振るっている。情操教育に大変よろしくない二人が学校に残っていることで、年頃の生徒たちは彼らをダシに、別の噂話を楽しんでいるようだ。
身を挺して生徒たちの娯楽になってくれている二人には感謝すべきであろう。
ちなみに、霧崎のクラス担任は渦中の当事者であるもう一方の片割れ、瀬名である。
「数学の公式は~……安眠枕~……」
などと、霧崎は船を漕ぎながら適当なことを口走る。
周りでクラスメイトたちがクスクスと笑っている。このクラスにおける霧崎の立ち位置は、いうなればネコ。気まぐれで身勝手。完全な気分屋。近付いてくるときは愛らしく、興味が薄れればさっさといなくなる。
そして、今のように教師の苦言にも、素知らぬ顔してふざけた返答で応じる。
一学期はほとんど学校に登校してこなかった彼女だが、ここ最近は登校する頻度が増えた。
クラスメイトは、その影響に1組の宇津木太一や不破満天が絡んでいると薄々は勘付いているようだ。
霧崎自身、太一と不破のやり取りを肴に、退屈極まりない学校生活を送っている自覚はある。
「お~い。ほんとにそのまま寝るな~、お前これから生徒会長選挙に出んのに、それでいいのか~?」
「うぃ~……全身全霊で頑張りま~す……」
と、最後に腕を上げて、彼女はそのまま机につっぷした。
周りの生徒も、クラスメイト達も、わらったり、くしょうしたりしている。
邪気なく無意識に、彼らの胸中には、
――彼女が、生徒会長になど、なれるわけがない。
誰も、彼女を応援する言葉を紡ぐことはなく……ただ静かに、眠った霧崎を気遣うように、わらっていた。
ァハハハヾ(^▽^笑)ノ
霧崎は誰もいなくなった夕闇に沈む廊下を歩いていた。
無事に公約も決まりアピールポイントも記入された用紙が手元にある。
あとはこれを選挙管理委員会の誰かに提出すればいい。あとは向こうでポスターを作ってくれる。来週の初めころにたすきなんかも配られるそうだ。
今のところなんの問題もない。順調である。そもそも学校行事とやらでトラブルなどそうそう起きようもない。
昔から幾度も繰り返されてきた生徒会選挙。ノウハウも積み上げられているし、ただ過去の例をなぞるだけで無事に投票から当選まで終えることができる。
仮になにか起きても、ちょっとしたヒューマンエラー程度であろう。
少なくともこれまで生活してきた範囲内であれば、これといって目立った事件もなく、日々は常に一定の安定性を保って流れていく。
これを人は退屈と言う。刺激から遠く離れた現代日本において、日常とは常に凪の状態だ。波乱など望むべくもない。
面白いこと楽しいこと意外なこと……非日常を求めて彷徨うことができる彼らはこの上なく幸福である。
なにせ……非日常とは正解だらけの世界から爪はじきにされた挙句、なにが正しいのかさえ分からない暗闇に叩き落とされることなのだ。
彼等は知らない。日常という退屈な檻はどこまでも自分達を守ってくれることを……彼等かは知らない、彼等の望む非日常とは、どこまでいっても他人事でしかないことを……
霧崎は手元のPR用紙に目を落とす。名前と学年の箇所だけ歪な文字が躍っている。
太一の書いた霧崎のこっぱずかしいアピールポイントに公約。彼の性格が文字によく出ている。几帳面な字だ。きっと自分のことをどこまで真剣に考えてくれたのだろう。その痕跡が何度が書き直したであろう消しゴムの跡に見て取れる。
「『悩みがあったら相談してください、きっと心が軽くなる』ね……」
太一は言った。霧崎は面倒見がよく人当たりがいい……なんやかんやと相談に乗ってくれては助言をしてくれる。
……違うよ、ウッディ。
自分は楽しいことが好きだ、面白いことが好きだ、珍しいことが好きだ……それに振り回されている、他人を見ているのが好きだ。
……ウチは、絶対に当事者にはならない。
彼女の立場はいつだって傍観者だ。安易に助言なんてできるのも、他人事だからできること。面倒見がいい、というのも、ただの野次馬根性でしかない。
「なにしてんろうね、ウチ……」
生徒会選挙に興味があったのは事実だ。夏休み前に担任から話を聞いた時から、一般生徒からも選挙に参加できる、内心にも影響するというありふれた話を聞かされて……自分のような学校に噛み付く生徒には縁のないことと、なぜか切り捨てることできず。
いつの間にか、知り合って数ヶ月の男の子に、推薦人を頼んで選挙に参加しようとしている。
今ならまだ、立候補を取り消すこともできるだろう。どうせ勝ち目などほぼない戦いだ。無理に頑張ったところで、得られるものは精々目立ちがり屋というネタ称号くらいなものだ。
宇津木も宇津木もだ。最初から「向いてない、らしくない」とバッサリ切り捨ててしまえばよかったのに。そうすればこんな面倒なことを押し付けられることもなく、不破や鳴無、最近加わった大井に振り回されるだけの日常を送れたはずだ。
尤も、彼にとってはどちらにしても厄介事という点は変わりないだろうが……
ウチは……期待しているんだろうか。なにに? なにを? 生徒会選挙に出て、自分は……
「ああ……」
霧崎は自分を客観視する。無謀と知りつつ、自分がこんな風に前に出て、選挙に出たがっているのは……
……『私』なんだ。
茜色に染められて、足元に長い影が伸びる。霧崎は静かに、手にしたPR用紙を握り潰し……クズ籠の前で移動して、立ち尽くす。
「あ~ぁ……」
しかし、霧崎はぐしゃぐしゃになった用紙をそのままポケットに突っ込み、廊下の隅にしゃがみ込む。
……諦めたくないんだ、『私』は。
やれるからやるんじゃない……やりたいからやる……そうだ。これは自分が望んだこと。この選挙活動で、霧崎は……
「じゃあ、本気で頑張ってみよっか……『私』」
笑われるかもしれない、後ろ指を指されるかもしれない、泣くかもしれない……それもで、この選挙に『変化』を望むなら。
……ウチも協力したげる。防波堤になったげる。
「ウッディ、巻き込んでごめんね」
虚空を見上げ、霧崎は苦笑しながら、やたらと顔の怖い友人に謝罪した。
「――マイマイ」
声がした。廊下の奥、薄闇の向こうから、ぼぅっと姿を見せたのは、
「アイリじゃん。部活もしてないのにまだガッコに残って何してんの?」
ニッコリと人好きする笑みを浮かべた、鳴無亜衣梨だった。
(*_ _)人ゴメンナサイ
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