散らかった部屋でも物が動かされてると意外と気付きます
鳴無と空き教室で別れた時には、既に一時限目の授業は始まっていた。
太一は西階段を上り、屋上へと至る扉の前で腰を下ろした。この学校は屋上への出入りが禁止されている。特別な用がない限り、ここへ立ち寄る者はいないだろう。一人で考え事をするに向いた場所だ。
『マイマイの名前のこと、きらりんには黙っておいた方がいいと思う』
彼女は直情的過ぎて、ストレートに霧崎へこの件を問い質す可能性が高い。名前を偽られたことに、彼女がどんな反応をするかも予測がつかなかった。キレるかもしれないし、どうでもいい、と放置するかもしれない。
彼女は良くも悪くもデリカシーに欠けている。太一や鳴無の時のように、それが結果的に良い方向へ転ぶこともあるだろう……が、今回は不破の強引さが状況を余計に混乱させることにもなりかねない。鳴無はそう判断したらしい。太一の彼女の意見には賛成だ。
『この件は、むしろ太一くんの方が最適かもしれないわね。マイマイのすぐ近くにいる口実もあるし、なにかと話をする機会もあると思うから。でも忘れないで』
――マイマイから話を切り出してこない限り、絶対に踏み込まないこと。
事態とは他人任せにしてはいけない、自分から動かなければ変わるものも変わらない……ただし、自分から動くことばかりが、正しいとも限らない。
時には、誰かに任せることも必要なのだ。今回は、それが霧崎からのアクションというだけのこと。
霧崎がこのことについて話す気があれば、そのまま耳を傾ける。そうでないなら、太一と鳴無の心の中で、彼女の本当の名前については秘めたままにしておく……
「ふぅ……」
ひんやりとした鉄の扉に背を預け、瞑目する。
結論は出ている。この件は、どうすることできない……いや、どうにかしようと思ってはいけない。
なにせ、なにも分からないのだ。
今の太一にできること……すべきことは、霧崎が挑もうとしている生徒会選挙に、推薦人として全力で取り組むこと。
彼女を全校生徒に周知させ、生徒会長にふさわしい人物であることを印象付ける。
「よし」
名前の件を考えるのはやめだ。今は、選挙に注力しよう。その方がいい。
今の自分にできることは、それしかないのだから……
(´。` ) =3
昼休み――太一は霧崎と選挙についての相談をするため、学食で顔を合わせていた。霧崎は毎度のことながら、ちゃっかりと日替わり定食を確保している。
何気にこのメニュー、競争率が激しく売り切れていることがほとんどなのだが……太一はむろん、いつものヘルシー弁当である。
「でさ、公約に関しては、ウッディが提案したみたいな、服装とか髪型の校則を緩くする、って感じで行こうかなって」
「いいと思います。特に霧崎さんの場合は、」
「麻衣佳」
「……マイカさんの場合は、外見がその……校則スレスレな感じなので」
スレスレどころか、ガードレールを突き破って崖下直行コースである。
「服装規制の緩和って、鳴無さんとか会田さんたちの話を聞いた感じですけど、けっこう女子の間で意識される部分じゃないかな、って思うんです」
「だと思うよ~。ウチのクラスでも、締め付けキツ過ぎ~、ってコソコソ愚痴ってる子とか結構いるし」
「はい。ただ、もしかするとこの提案……他と被る可能性もあります」
おそらく校則を変えるとなれば、実現性のハードルが低いこの案は、他の者も同じように公約として掲げてくる可能性が高い。
服装緩和は時代の流れ、風潮が追い風となり、現時点で自然と昔と比べても緩くなっている。それでも、利便性や状況における使い分けを是としない、昔ながらの風潮は今でも根強く居座っている……制服の衣替え、先日も話題に上がった、スカートの下にジャージなどがそれにあたる。
ファッションは我慢、とはよく言ったものの、着飾ることにこだわりがない生徒にまで、無理やり我慢を強いるのは、今の時代では流れに逆行していると言えるかもしれない。
多様性とは、なんでも認めてやればいい、ということではないが……それでも確実に、時代は移ろい、変遷の兆しは見え始めている。
「ただ、もし被っても、霧崎さ……マイカさんは他の方たち比べて、服装の規制緩和に関して、逆に説得力を持たせられるかもしれません」
なにせこの派手な外見である。現時点で自由な服装で登校している彼女を、他の生徒たちがどう見てくるかは意見が分かれるところだろう。
教師に縛られることなく、自分の好きな格好を貫く芯の強さを持った女子生徒に見えるかもしれない……逆に、規則を守らない不真面目な不良、という印象を持たれるかもしれない
いや、どちらかといえば、後者の方が多くなると予想できる。が、それでも霧崎の姿に同調する生徒も少なくないはずだ。
とはいえ……
「マイカさん。これは相談なんですけど」
「なに?」
「選挙活動中は、もう少しだけ、恰好を見直してみませんか?」
「見直すって、普通に制服を着ればいいってこと?」
「はい。あとは、その……髪色とかピアスなんかは、染めたり、外した方がいいと思います」
服装はまだいいにしても、髪色とピアスは完全にアウトだ。不破たちのような人種ならともなく、おそらくほとんどの一般生徒には威圧感しか与えない。
「ただ、マイカさんらしさが完全になくなってしまっても、印象が薄れちゃうので……悪目立ちしない程度に、着崩すのはアリだと思います」
制服はスカートの長さやシャツのボタンは第二ボタンまで、という規定が設けられている。そこをあえて無視し、真面目すぎないキャラクター性を印象付け、親しみを持ってもらう。むろん、それは諸刃の剣だ。生徒会長なんてものに対し、ほとんど生徒が抱いているのは『真面目な奴』であろう。
漫画やアニメで見るような奇抜な天才肌な生徒会長、なんてものはほぼ幻想にすぎない。どこかにはいるかもしれないが、九割以上がファンタジーだろう。
「僕が考えられるのは、これくらいです」
「ピアスはいいけど髪か~……これ染めるのってちょいめんどいんだよねぇ……まぁでもオッケー。今回は軍師殿に従いましょ~。ウチの体をどんどんいじくりましちゃってくださいな」
「ぶっ!?」
途端、周囲から一気に視線を集める。太一がバッと周囲へ顔を回転させると、それだけで彼らは顔を逸らしたが。
「変なこと言わないでください!」
「あはははっ。ごめんごめん。でもみんな反応良いよね~w」
「はぁ~……」
弁当の卵焼きを箸でつまみながら溜息をもらす。思いのほか普通に接することができている。名前呼びにはまだ慣れないが、難しいというほどでもない。尤も、それも彼女の偽りの名前を呼んでいるから、かもしれないが……
「でさ、ウッディ。ちょい訊きたいことあるんだけど、いい?」
「はい、なんですか?」
「うん。今朝さ……」
太一は顔を上げて彼女と目を合わせる。途端、背筋がゾクリと震えるような感覚に襲われた。
「ウチの机さ、なんかちょい、ひっくり返されてたっぽいんだよね~……ウッディさ……なんか、知ってたりする?」
「い、いえ」
「そ? なら別にいいけど。でもさ~、他人の机の中漁るとか、手癖の悪い人がいるんだね~。参っちゃうよ、も~」
口調は至って普通。なにも、いつもと変わりない……なのに、彼女の目はひどく虚ろに、太一の奥底まで見透かそうとするような、暗い色を湛えているように思えた。
「ウッディは、こういうこと、しちゃダメだよ?」
「しませんよ」
「うん。信じてる」
ニッコリと微笑む霧崎。太一は素知らぬ顔で、卵焼きを口に入れる……しかしそれには、ほんの小さな卵の殻が紛れ込んでいた。
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