表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
113/175

こんなドキドキしない名前呼び初めてだよ

 週明けの月曜日。説明会から帰ってきた霧崎と太一を、不破、鳴無、大井の三人は近所のファミレスで待った。


「お待たせ~。ごめ~んちょい長引いちゃった~」

「ほんと、この席きつかった……」


 鳴無が不破と大いに挟まれて机に突っ伏していた。同時に、左右の不破と大井も顔を青くして口元を押さえている。

 いったいここで何があったのか。テーブルの上にはドロッとした液体が並々と注がれたドリンクバーが二つ。

 霧崎は「小学生かお前ら……」と呆れた表情である。


「まぁ死に体の二人はおいといて――」


 今回の候補者は、前生徒会副会長の男子生徒に、会計の女子生徒。そして霧崎を除く、一般生徒からの立候補者が男子で一名……計四人で生徒会長の椅子を争うことになった。


「概ね例年通りって感じかな」


 霧崎は今回の説明会で配られた選挙ポスター作製用のPR用紙を取り出した。


「とりまこれに自己PRと公約を書いて提出して、選挙管理委員会がポスターを作って来週に張り出すんだって」

「あら、自分で作るんじゃないんだ」

「そうみたい。もうフォーマットがあるから、文章打ち込んで写真を張り付けたら完成だって言ってた」

「お手軽。でもそっちの方がらくでいっか」

「でも正直、何を書いたらいいかよく分かんないんだよねぇ……」


 懸念の一つだったポスター作りは、選挙管理委員会の方で準備してくれる。とはいえ、霧崎の目指す学校像というのが、


「皆で明るく元気な学校……くらいしか思いつかない」

「中学生……いえ、小学生の学級目標みたいね」

「だよね~」


 霧崎も机に突っ伏した。顔をベタっと張り付けて「ウッディ~ヘ~ルプ~」と縋るようなに見つめてくる。


「ううん……漠然としたものじゃなくて、明確で実現可能な案を出さないと……」

「例えば? そうですね……例えば……」


 太一は霧崎たちにぐるっと視線を一周させる。


「制服の規制を、一部緩和させるとか……髪色を自由に変えてもいいようにする、とか」


 現状、太一たちの学校でも世間の風潮に従い、昔ほど制服や髪型を締め付けられたりはしていない。それでも、不破や霧崎のような、派手な髪色は校則で禁止されているし、服装に関しても、規定された以外の服装……制服やカーディガン、靴下に上履きなど……の着用も、あまりにも着崩すことも、校則違反になる。


「服装ね~……まぁこれからの時期は、スカートの下にジャージとか着る女子も増えていくけど。いまだにあれってウチだと校則違反になるのよねぇ……」

「ああ、そういえば」

「ウチもさ~……冬は足元冷えるから、もうちょいそこは緩くしてほしんだよねぇ~……」


 あまり見た目はよくないが、防寒対策としては女子の間じゃ一般的らしい。そもそも、真冬にスカートだけじゃ足元が冷えるというのを、先生は理解しているのか……などと、霧崎と鳴無は口を尖らせる。


「男の先生はまぁ理解できないでしょうね。たまに無理やりスカート履かせてやりたくなるわよ」

「でもさぁ、意外と女のセンセの中にも渋い顔するのいるんだよ~? あれなんなんだろ? 自分が昔そういう環境だったから、ウチらにも我慢しろ、ってかんじなのかね~?」

「「はぁ~……」」


 霧崎と鳴無は愚痴を吐いてため息も吐き出す。

 太一には分かりづらい部分だが、確かにスカートは下からの冷気がモロに足元から上がってきそうで、素足のままでは凍えそうだ。


「まぁそんな感じです。とにかく実用的な面で通りそうな案を公約に掲げて、霧崎さんの人間性をPRするんです」

「ウチの人間性ってなによ?」

「前にも言いましたけど、面倒見が、」

「ああいいやめて。思い出した。こっぱずかしいからやめれ」

「あら? マイマイ、太一君になに顔赤くしてるの~?」

「アイリうっさい。もういい。ウッディ、とりあえずこのPR欄うめといて」

「ええ……」


 そこは自分で書いてほしいんだが……


 と、霧崎から用紙を受け取ったところで、小さな違和感に襲われる。


「霧崎さん」

「なに?」

「あの、霧崎さんの、名前……」

「名前? ああ……気にしなくていいよ。それ、『間違ってないから』」

「え?」


 霧崎は面倒くさそうに、手をひらひらと振って顔を背けた。鳴無が「なになに」と顔を寄せてくる。ふわりと香る女のニオイ。が、太一の意識は、真っ直ぐに手元の用紙に向けれている。鳴無も、用紙の氏名欄を目にした瞬間、目を細めた。


 そこに書かれた名前は、霧崎麻衣佳……ではなく、

 ――霧崎『真理佳まりか』であった。


 

  ∑(0д0) えっ!!


 

 夜――8時過ぎ。

 太一は自室で、机の上に置かれた一枚の紙切れを見つめていた。

 なんの変哲もない、A5サイズの用紙。おそらく、A4サイズの用紙に、同じ内容が2セット印刷されていたのだろう。それは、半分に割いただけ。切り口が少しだけ斜めになって、黒い枠線の一部を抉っている。

 

 ……なんだ、これ?


 例のポスター作製用のPR用紙である。ファミレスから、霧崎にそのまま押し付けられてしまったのだ。なぜ太一に預けたのか、霧崎いわく「ウチだとなくしそうだから」らしいが……そんなもの、今日の説明会で配られたクリアファイルにでも挟んで、カバンにでも入れておけばいい。

 

 しかし、霧崎は『どこか頑なに』、この用紙を自分で持ち帰ろうとはしなかった。


 しかし、それよりも気になるのは、ここに書かれた彼女の名前だ。


 ――『霧崎麻里佳』


 彼女の名前は、『霧崎麻衣佳』ではなかったのか……

 少なくとも、太一はずっとそう思って接してきた。初めてカラオケで彼女と出会った時も、霧崎は自分を『麻衣佳』と名乗ったはずだ。不破も、彼女の愛称は『マイ』である。


『それ、間違ってないから』


 ファミレスで、彼女はそう言った。つまり、彼女の本当の名前は、『麻里佳』ということになる。なぜ、彼女は自分の名前を偽っていたのか……それも、一年の頃から交友関係のある、不破にまで。


 ……なんだろう。ちょっと。


 ゾワゾワとした。なにより、このことが判明した時の霧崎の態度が、普段の彼女では考えられないほど、ひどく淡泊なように思えたのだ。

 ファミレスを出るころには、いつものように気さくで溌剌した笑顔を見せていたが。

 帰り際、鳴無から『あまりこのことに関して、深く詮索しない方がいいかも』と忠告された。太一もあの場では首を縦に振った。振るしかなかった。


「霧崎、麻里佳……」


 呼んでみても、ただただ違和感しかない。これまで認識していた名前と違うから、というだけでは、ないような気がする。


 ブー、ブー……


 ふいに、太一のスマホが机の上で振動した。画面には、


『こんばんは、ウッディ』


 霧崎からのメッセージ。


『突然で悪いんだけどさ』

『推薦人をやってもらうにあたって』

『ウチのこと、明日から名前で呼んでほしんだ』

『マイカって』


 途端、太一は一瞬だけ呼吸を忘れた。霧崎からの要望。名前呼び……


『ほら、せっかく一緒に選挙活動頑張るんだし』

『苗字呼びって他人行儀な感じするじゃん?』

『だから』


 ――『名前呼び、よろしくね』


 太一はスマホ画面を前に、咄嗟に動くことができなかった。女子を下の名前でなど、大井を除いて呼んだことない。大井にしても、かつて読み間違えた名前を、愛称として使っているだけだ。


 しかし、今回のこれは、そういうことではない。ハッキリと、彼女は自分のことを、『嘘の名前』で呼べと、言っているのだ。


 太一は、どう返事をすべきか悩む。『よろしく』と打たれたメッセージの跡には、サムズアップするイグアナのスタンプ。

 こんな時でもなければ、そのコミカルさに苦笑するか、あるいは名前呼びに羞恥を覚えていたかもしれない。


 だが、とてもじゃないが、笑えもしないし、恥ずかしさを感じるような心境でもない。


 既に既読は付いている。相手には、こちらがメッセージに目を通したことがバレている。


『じゃ、また明日』


 しかし、霧崎は太一から反応がないことなど気にした素振りもなく、やたらキザなポーズを決めるイグアナスタンプが送られてきた。そこで、太一はようやく、


『はい。また明日』


 と、短い文章を、霧崎に送ったのだった。



 ヒィーーー(ノ)ºДº(ヾ)ーーー!!!!!

5連続投稿ラスト!!

お付き合いいただき、ありがとうございました!!

次回!!クリスマスの25日に!また連続投稿、やっちゃうぞ!!お楽しみに!!!


『毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない』

書籍版、好評発売中!!!!!


作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、

『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。

また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ