こんなドキドキしない名前呼び初めてだよ
週明けの月曜日。説明会から帰ってきた霧崎と太一を、不破、鳴無、大井の三人は近所のファミレスで待った。
「お待たせ~。ごめ~んちょい長引いちゃった~」
「ほんと、この席きつかった……」
鳴無が不破と大いに挟まれて机に突っ伏していた。同時に、左右の不破と大井も顔を青くして口元を押さえている。
いったいここで何があったのか。テーブルの上にはドロッとした液体が並々と注がれたドリンクバーが二つ。
霧崎は「小学生かお前ら……」と呆れた表情である。
「まぁ死に体の二人はおいといて――」
今回の候補者は、前生徒会副会長の男子生徒に、会計の女子生徒。そして霧崎を除く、一般生徒からの立候補者が男子で一名……計四人で生徒会長の椅子を争うことになった。
「概ね例年通りって感じかな」
霧崎は今回の説明会で配られた選挙ポスター作製用のPR用紙を取り出した。
「とりまこれに自己PRと公約を書いて提出して、選挙管理委員会がポスターを作って来週に張り出すんだって」
「あら、自分で作るんじゃないんだ」
「そうみたい。もうフォーマットがあるから、文章打ち込んで写真を張り付けたら完成だって言ってた」
「お手軽。でもそっちの方がらくでいっか」
「でも正直、何を書いたらいいかよく分かんないんだよねぇ……」
懸念の一つだったポスター作りは、選挙管理委員会の方で準備してくれる。とはいえ、霧崎の目指す学校像というのが、
「皆で明るく元気な学校……くらいしか思いつかない」
「中学生……いえ、小学生の学級目標みたいね」
「だよね~」
霧崎も机に突っ伏した。顔をベタっと張り付けて「ウッディ~ヘ~ルプ~」と縋るようなに見つめてくる。
「ううん……漠然としたものじゃなくて、明確で実現可能な案を出さないと……」
「例えば? そうですね……例えば……」
太一は霧崎たちにぐるっと視線を一周させる。
「制服の規制を、一部緩和させるとか……髪色を自由に変えてもいいようにする、とか」
現状、太一たちの学校でも世間の風潮に従い、昔ほど制服や髪型を締め付けられたりはしていない。それでも、不破や霧崎のような、派手な髪色は校則で禁止されているし、服装に関しても、規定された以外の服装……制服やカーディガン、靴下に上履きなど……の着用も、あまりにも着崩すことも、校則違反になる。
「服装ね~……まぁこれからの時期は、スカートの下にジャージとか着る女子も増えていくけど。いまだにあれってウチだと校則違反になるのよねぇ……」
「ああ、そういえば」
「ウチもさ~……冬は足元冷えるから、もうちょいそこは緩くしてほしんだよねぇ~……」
あまり見た目はよくないが、防寒対策としては女子の間じゃ一般的らしい。そもそも、真冬にスカートだけじゃ足元が冷えるというのを、先生は理解しているのか……などと、霧崎と鳴無は口を尖らせる。
「男の先生はまぁ理解できないでしょうね。たまに無理やりスカート履かせてやりたくなるわよ」
「でもさぁ、意外と女のセンセの中にも渋い顔するのいるんだよ~? あれなんなんだろ? 自分が昔そういう環境だったから、ウチらにも我慢しろ、ってかんじなのかね~?」
「「はぁ~……」」
霧崎と鳴無は愚痴を吐いてため息も吐き出す。
太一には分かりづらい部分だが、確かにスカートは下からの冷気がモロに足元から上がってきそうで、素足のままでは凍えそうだ。
「まぁそんな感じです。とにかく実用的な面で通りそうな案を公約に掲げて、霧崎さんの人間性をPRするんです」
「ウチの人間性ってなによ?」
「前にも言いましたけど、面倒見が、」
「ああいいやめて。思い出した。こっぱずかしいからやめれ」
「あら? マイマイ、太一君になに顔赤くしてるの~?」
「アイリうっさい。もういい。ウッディ、とりあえずこのPR欄うめといて」
「ええ……」
そこは自分で書いてほしいんだが……
と、霧崎から用紙を受け取ったところで、小さな違和感に襲われる。
「霧崎さん」
「なに?」
「あの、霧崎さんの、名前……」
「名前? ああ……気にしなくていいよ。それ、『間違ってないから』」
「え?」
霧崎は面倒くさそうに、手をひらひらと振って顔を背けた。鳴無が「なになに」と顔を寄せてくる。ふわりと香る女のニオイ。が、太一の意識は、真っ直ぐに手元の用紙に向けれている。鳴無も、用紙の氏名欄を目にした瞬間、目を細めた。
そこに書かれた名前は、霧崎麻衣佳……ではなく、
――霧崎『真理佳』であった。
∑(0д0) えっ!!
夜――8時過ぎ。
太一は自室で、机の上に置かれた一枚の紙切れを見つめていた。
なんの変哲もない、A5サイズの用紙。おそらく、A4サイズの用紙に、同じ内容が2セット印刷されていたのだろう。それは、半分に割いただけ。切り口が少しだけ斜めになって、黒い枠線の一部を抉っている。
……なんだ、これ?
例のポスター作製用のPR用紙である。ファミレスから、霧崎にそのまま押し付けられてしまったのだ。なぜ太一に預けたのか、霧崎いわく「ウチだとなくしそうだから」らしいが……そんなもの、今日の説明会で配られたクリアファイルにでも挟んで、カバンにでも入れておけばいい。
しかし、霧崎は『どこか頑なに』、この用紙を自分で持ち帰ろうとはしなかった。
しかし、それよりも気になるのは、ここに書かれた彼女の名前だ。
――『霧崎麻里佳』
彼女の名前は、『霧崎麻衣佳』ではなかったのか……
少なくとも、太一はずっとそう思って接してきた。初めてカラオケで彼女と出会った時も、霧崎は自分を『麻衣佳』と名乗ったはずだ。不破も、彼女の愛称は『マイ』である。
『それ、間違ってないから』
ファミレスで、彼女はそう言った。つまり、彼女の本当の名前は、『麻里佳』ということになる。なぜ、彼女は自分の名前を偽っていたのか……それも、一年の頃から交友関係のある、不破にまで。
……なんだろう。ちょっと。
ゾワゾワとした。なにより、このことが判明した時の霧崎の態度が、普段の彼女では考えられないほど、ひどく淡泊なように思えたのだ。
ファミレスを出るころには、いつものように気さくで溌剌した笑顔を見せていたが。
帰り際、鳴無から『あまりこのことに関して、深く詮索しない方がいいかも』と忠告された。太一もあの場では首を縦に振った。振るしかなかった。
「霧崎、麻里佳……」
呼んでみても、ただただ違和感しかない。これまで認識していた名前と違うから、というだけでは、ないような気がする。
ブー、ブー……
ふいに、太一のスマホが机の上で振動した。画面には、
『こんばんは、ウッディ』
霧崎からのメッセージ。
『突然で悪いんだけどさ』
『推薦人をやってもらうにあたって』
『ウチのこと、明日から名前で呼んでほしんだ』
『マイカって』
途端、太一は一瞬だけ呼吸を忘れた。霧崎からの要望。名前呼び……
『ほら、せっかく一緒に選挙活動頑張るんだし』
『苗字呼びって他人行儀な感じするじゃん?』
『だから』
――『名前呼び、よろしくね』
太一はスマホ画面を前に、咄嗟に動くことができなかった。女子を下の名前でなど、大井を除いて呼んだことない。大井にしても、かつて読み間違えた名前を、愛称として使っているだけだ。
しかし、今回のこれは、そういうことではない。ハッキリと、彼女は自分のことを、『嘘の名前』で呼べと、言っているのだ。
太一は、どう返事をすべきか悩む。『よろしく』と打たれたメッセージの跡には、サムズアップするイグアナのスタンプ。
こんな時でもなければ、そのコミカルさに苦笑するか、あるいは名前呼びに羞恥を覚えていたかもしれない。
だが、とてもじゃないが、笑えもしないし、恥ずかしさを感じるような心境でもない。
既に既読は付いている。相手には、こちらがメッセージに目を通したことがバレている。
『じゃ、また明日』
しかし、霧崎は太一から反応がないことなど気にした素振りもなく、やたらキザなポーズを決めるイグアナスタンプが送られてきた。そこで、太一はようやく、
『はい。また明日』
と、短い文章を、霧崎に送ったのだった。
ヒィーーー(ノ)ºДº(ヾ)ーーー!!!!!
5連続投稿ラスト!!
お付き合いいただき、ありがとうございました!!
次回!!クリスマスの25日に!また連続投稿、やっちゃうぞ!!お楽しみに!!!
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