些か早すぎる気分転換
霧崎が生徒会選挙に出ることはすぐにバレてしまった。
太一たちでLINEグループを作ってそこで選挙対策を話し合う……なんて思惑は、二日程度で完全消滅していた。
現在LINEに流れているのはとりとめもなく何の益にもならなそうな会話の応酬だ。
『新しく買ったハンドクリーム使ったら手が荒れたんだけど』
『この前コンビニ入ったら店員の態度がクソすぎるマジであいつやめろし』
『深爪した~めっちゃ痛いんだけど~』
『昨日の数学いきなり小テストとかだるいの極み。全部空白で出したわ』
『やば社会科のレポートやってない』
『ウチのクラスさ~ホームルーム長くてやんなるんだけど』
『そういえば今度また購買で新商品出すらしいよ。コンビニと提携して作ったってヤツ』
『あーしそういえばまだ学食って使ったことなかったかも。たいちゃん今度付き合ってよ』
『弁当あんだろうが』
『ええ~いいじゃん別に~』
などなど……画面をフリックしても表示されるのは意味のないやりとりの履歴ばかり。
こんな調子で本当に選挙活動などできるのだろうか。あまり肩ひじ張ってもしょうがないとは思うが、いささか緊張感に欠け過ぎてやしないだろうか。
……大丈夫かなほんと。
せめて言い出しっぺの霧崎だけでも、もう少し選挙活動に関する話題を振ってくれてもいいと思うのだが。
そんなことを考えてい矢先。
――『次の週末
悪いけどウチに付き合ってもらえる?』
霧崎から個別にメッセージが送られてきた。
週末――いつぞや鳴無と出掛けた時に待ち合わせた駅前広場。さすがに休日ということもあってか人の出入りが普段より激しい。目につくのは同じ10代の男女に家族連れや大学生といったところか。
あとはその辺のベンチで中年男が経済新聞片手に眉をしかめている。生憎と今の太一に日本経済に対する関心はない。来年で選挙権を得られるからといってどうしろというのだか……
見上げれば空は鈍色の雲に覆われている。雨が降るわけでもなく、快晴というにはほど遠いない。どっちつかずの中途半端。それでも残暑が厳しい昨今の気温事情を考慮すると、丁度いい塩梅とも受け取れる。
現在時刻は朝の10時半。霧崎との待ち合わせは11時だったが、なんとなく早く着いてしまった。彼女の姿もないし、どこかで時間を潰そうか――
「――お待たせ」
なんて思っていた矢先に声を掛けられて体を向ける。
そこにいたのは普段着に身を包んだ霧崎だ。デニム生地のフード付きジャケットに白地のシンプルなTシャツ。下はベージュ系のショートパンツにブーツという出で立ち。こういうのをボーイッシュというのだろうか。
「早いねぇ。予定よりまだ20分くらいあるのに」
「家にいても特にやることもなかったので」
不破は宇津木家で朝食を食べてすぐに出て行った。今日は会田たちと会う約束をしていたそうだ。
大井は引っ越してから最初の週末ということもあってか、必要な消耗品の買い出しに出掛けている。荷物持ちに誘われたが、太一も用があると断らせてもらった。『女のニオイがする』などと書かれたメッセージが彼女との最後の履歴。
というより、今の太一の周りには女子しかいない。女以外の気配が漂いようもないわけだ。嬉しいやら悲しいやら……
「それで、今日はどうしたんですか? もしかして選挙のことでなにか?」
「ううん。今日はそういうんじゃなくて、ただ単に遊び行きたいなぁ、って思っただけ」
「はぁ……」
太一の薄い反応に霧崎は「なんだよ~女の子から誘ってんだからもっと喜べよ~」と、からかうように腕を絡めてきた。
「なにか予定はあるんですか?」
「うん? これといって特に。ただ適当にその辺ブラブラしようかな~、って感じかな……てかウチがくっついても無反応かい」
さすがにこう何度もこうして接触を繰り返してしてれば、感慨も薄れていくというものだ。
それはそれとして、思わず、そんなことをしてて大丈夫なのか、と考えてしまう。
来週には説明会を経て立候補者も発表され、いよいよ選挙ポスターを作って張り出したり、校門まで演説したりと、本格的に動き出していくことになるのだが。霧崎からはいまいち緊張感が伝わってこなかった。
仮にも生徒会長を目指すなら、もう少し焦った方がいいような気もするのだが。
「まぁ、今日はウッディにウチをもっと知ってもらう機会ってことで」
「ああ、なるほど」
考えが顔に出ていただろうか。霧崎はそんな免罪符を提供してきた。
「ウッディは真面目だねぇ。推薦人、って言っても、結局は他人事だと思うんだけど? なのに、ウチよりよっぽど、真剣に選挙のこと考えてる」
「逆に、霧崎さんはあまり本気じゃないの?」
「ウチはウチなりに本気だよ。でもさ、考えてもうまい選挙の対策とか出てこないんじゃさ、机に齧り付いてても仕方ないでしょ」
だから、一回頭の中をリセットしよう、ということらしい。
「なにか別のことしている時の方が、案外いいアイディアとか出てくるかもしれないじゃん?」
「……そうかもしれませんね」
太一としても袋小路に嵌っていた自覚はある。ならば、霧崎の言うように、一度頭の中を整理するというのも悪くないかもしれない。
「とりあえずさ、先にどこかでゴハンにしない?」
「はい。あ、それなら実は、ちょっと気になってるお店があるんですけど」
「お、意外。ウッディが提案してくるなんて」
以前に鳴無と出掛けた時に、全て彼女に任せきりにしてしまったことは太一にとっても苦い記憶のひとつである。
あれから、自分なりに飲食店くらいは提案できるようにと、お店を調べてみたりしたわけだ。
「ちょっと電車に乗りますけど、いいですか?」
「いいよ。どこへなりともエスコートされてあげる」
駅ビルから地下鉄へと下って中心市街へ。休日の電車はやはり混み合う。既に並んでいる列には並ばず、一本分あえて乗り過ごす。関東のように一、二分刻みで電車がくるわけではないが、五分程度待てばすぐに次が来る。太一と霧崎は二本目に乗り込み、端の空いた席へと腰を下ろした。
「とりあえずご飯食べたらどこ行く?」
「う~ん……どうしましょう?」
二人で特に案もなし。尤も太一は霧崎から用事があって呼び出されたと思っていたので、遊びのプランなどまるで用意していない。
スマホでこれから向かう駅の近くで適当に遊べそうな施設を検索するが……映画館かボウリング、ゲーセン、あるいは近くのビルのテナントで漫画の原画展が開催されているくらいか。
「なんかパッとしないね。映画も特に面白そうなのないし……ウッディはなんか興味引かれるものとかあった?」
「いえ、僕も特には……」
やれやれまいった。これでは駅をまたいでただ昼食を食べに行くだけになってしまう。いや、別にそれでも構わないのだが、あえて遊びに出てきたのであれば、もう少し何か欲しいと思ってしまう。
時間というのは有限だ。ならば可能な限り有意義に使いたいと思うのが人情だろう。
が、霧崎はスマホから顔を上げて、
「ま、ご飯食べながら考えよ。時間はあるんだしさ」
「そうですね」
目的の駅に着いた。地下鉄を降りて入り組んだ地下街を抜ける。地上のアーケード近くへと出る階段を上り、太一はスマホを取り出した。
なにせ今回の目的地は太一もまだ行ったことがない。地図アプリで電子の妖精さんに導かれるまま、二人はアーケードを抜けていく。
途中、アーケードと並走するように伸びる北と南の大通りの内、北側へと出る路地へと差し掛かる。週末でごった返す人並みから外れ、案内は目的地が近いことを教えてくれる。
今回の目的地は、オムライスの専門店である。太一たちが住む街には大衆向けのファミレスはあっても、こういった特定のなにかを専門に扱った店というのはほとんどない。レビューの評価も悪くなかった。
が、それらしい建物はなく、あるのは目的地ではないラーメン屋と、年代を思わせるような変色した壁を見上げることができるテナントビルだけ。
「この辺?」
「みたいなんですけど……」
お目当ての店のレビュー写真を見る。しかし該当するような外観を持った店はない。が、よく周囲を見回せば、太一が探す飲食店のメニューボードが歩道に立て掛けられている。
「な~る。これはちょい見つけづらいね~」
「はい」
二人の視線の先。通りから『下』へ下る階段の先に、例のオムライス専門店が見えた。半分地下のような空間。こういうのを、隠れ家的、と言うのかもしれないが……初見でこれを見つけろ、というのは、少しばかり酷ではなかろうか。
「それじゃ、ウッディが見つけたお店がどんなものか、お手並み拝見といきましょうかね~?」
小柄な霧崎は下から太一をからかうように見上げてくる。お手並みを拝見されるなら、太一ではなくお店のような気もするが……
二人は階段を下り、入り口を潜った。
『毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない』
書籍版、好評発売中!!!!!
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。




