そうです結局バレるんです
「ふわぁ~……」
「たいちゃんなんか眠そうだね」
「だらしねぇ顔しやがって。おら、ペース上げて眠気飛ばしてくぞ」
午前6時過ぎ。朝焼けの通りは楚々として冷気を放つ。日中はいまだに夏の暑さを残したままだが、早朝ともなれば空気は涼しい。ランニングするには丁度いい塩梅だ。
7月から8月にかけての、あのへばりつくような熱気から解放されて清々しい。
とはいえ、油断すると熱中症の危険は付きまとう。涼しいからと水分補給は怠れない。
……ていうか、ヤヨちゃんが本気で参加するとは思ってなかったな。
太一の少し後ろを走る大井を肩だけで振り返る。太一も不破も、走るペースは落としていない。それでも息切れすることなくぴったりと後ろを付いて来られるあたり、やはり体力はあるようだ。着ているのは高校のジャージ。太一と不破は二人で同じブランドのスポーツウェアに袖を通している。
大井曰――『なんかカップルで今から走りにいくみたい』などと。
不破は『アホか』と一蹴、太一も苦笑で応じた。しかし不破の態度に大井は、『ふ~ん』と、目を細めて含みが多分に交じった視線を送っていた。
『ま、そういう態度でもあーしは別に、一向に、なんの問題も、ないけどさ』
『なにが言いてぇんだよお前は……』
『だから、何も問題ない、って話じゃん』
朝っぱらからピリピリした空気を放つのはやめてほしい。
ただでさえ霧崎の選挙の件で寝不足なのだ。昨日も帰ってきてから、彼女をどう周りにPRするかさんざん悩んだ末に、結論も出ないまま机で寝落ちしてしまった。
そのまま朝を迎え、体がバキバキのまま走る羽目に。おまけに深く眠れなかったのか、目が覚めても眠気が取れない。おかげで先程から欠伸が止まらなかった。
「たいちゃん、ほんとに大丈夫? もしかして体調悪いとかある?」
「いや、少しだけ考え事してて……昨日はそのまま机の上で寝ちゃったから」
「んだよ考え事って」
「え? あ~、それは~……」
霧崎は別に、不破たちに選挙の話を秘密にしろとは言われていない。
とはいえ、知られたくないからわざわざ太一にこっそりと相談してきたわけで……
「なにか悩みとかあるなら聞くよ?」
「ひとりでウダウダ考えてもあんたじゃまともな結論とか出ねぇだろ。あの牛チチん時みてぇに」
「う……」
「不破さん言い方」
「こいつは少し強引に訊き出すくらいでちょうどいいんだよ。おら、んな大あくびするくらい何悩んでんだよ。話すまでランニング続けっからな」
「いやもうそろそろ戻らないと学校遅刻すると思うんだけど」
「そうなったらサボるだけだろ。イヤなら先に切り上げればいいだろうが」
「別に、あーしだって学校サボるくらいどうってことないし」
なにを張り合っているのやら。しかし、不破は本当に太一が口を割るまで走り続けるつもりだろう。こういう時、彼女は一度口にしたことをなかなか覆さない。
……ごめん、霧崎さん。
心の中で謝罪しつつ、太一は二人に事情を説明した。
(TwTlll)
「ぶはははははははっ!! マイ、生徒会選挙出るってマジかよw!?」
「きらりん、そんな笑ったら、マイマイに悪い……ぶっ……」
昼休み。中庭のベンチに不破の笑いが木霊した。真っ黒な髪を背中に流した鳴無亜衣梨が嗜めるも、彼女も口元が引きつり笑いを堪えている。
「ウ~ッディ~~~~……?」
恨みが存分に込められた視線を投げつけられた。太一は下げた頭を上げられない。霧崎はベンチで胡坐を掻き、頬を赤くしながら太一への非難を全身で表している。
いやでも仕方なかったんです。不破を相手に太一がいつまでも口を閉じていることなど不可能。天岩戸も彼女なら物理で開いて中の神様を引きずり出すに違いない。
実際、太一のインドア趣味全開だったところが、今では外に出ている方が多い気がする。彼女の強引さは陰湿に部屋で閉じこもることを許さない。それが不破という少女だ。
ま、だからとなんでもペラペラと喋っていい理由にはならんだろうが。
「ねぇたいちゃん。霧崎さんが生徒会選挙に出るのってそんなおかしい感じなの?」
「ああ~……いや、まぁ……」
耳元で問いかけてくる大井。しかし太一は言葉を濁した。
彼女の手には冷凍食品9割のお弁当。大井はおもむろにその中から彩のパセリを箸でつまみ、「食べる?」と差し出してきた。なにゆえこの状況で、あえてそのにっがいチョイス……本当に彼女は太一のことが好きなのだろうか。
そんな様子に気付いたらしい隣の不破は「あんたはこれでも食ってろ」と、強引に口の中へバナナを突っ込んできた。喉奥まで突き刺さって痛いわボケ。
「はぁ……そりゃさ、確かに二人に秘密にしてくれ、とは言わなかったけど……そこは普通に察してるって思うじゃん?」
「すみません」
バナナを引っこ抜いて謝罪。今回は勝手に喋った太一が悪い。
昼食時の購買で競争率の高い総菜パンを、彼女へ献上することになったのは必然的な流れである。
霧崎は肩をいからせながら、太一の買ってきた味噌カツサンドを頬張る。怒っているのは分かるのだが、その小柄な体系も手伝って少し可愛らしくも見えてくる。が、とりあえずスカートでベンチの上に胡坐を掻くのはやめたほうがいいと思う。中が今にも見えそうだ。
「だめ」
「ぐえ」
大井によって強引に首ごと視線を捻られた。やめろどこぞの着信後に呪殺される被害者みてぇになるだろうが。ご飯を食べている時のスプラッターは最悪である。
「はぁ……まぁでも、選挙活動始めたら、必然的に知られることにはなってたか」
遅いか早いかの違いだけ。全校生徒を前に自己アピールをすることになるのだから、いずれは不破たちの耳にも入っていた。
「てか、マジで生徒会選挙に出んのかよ」
「だからそう言ってるじゃん」
「マイマイ、なんか勝算とかあったりするの?」
「それをウッディと相談中」
「へぇ。マジなんだ。ウケるw」
「だから言いたくなかったんだって~」
「悪い悪い。ちょい意外だったから。マイって別に、ガッコの行事とかぶっちゃけそんな積極的なキャラでもないじゃん?」
……あ、やっぱり霧崎さんってそんな感じなんだ。
一年から霧崎を知っている不破が言うのだから、実際そうなんだろう。太一の印象も間違ってはいなかったようである。
口に突っ込まれたバナナは半分に折って不破へ返却。彼女はなんのためらいもなく食べ始めた。すると大井は「むっ」と眉根を寄せて、「はいこれ!」と先ほどのパセリを無理やり箸ごとねじ込んできた。甘さと苦さのハーモニー。
「生徒会選挙ねぇ……こっちの学校じゃ、ほとんど前期の副会長がそのまま繰り上がって会長に、みたいな感じだったけど。今回の対立候補って何人くらいいるの?」
大井が霧崎に問いかけた。
「まだわかんない。とりあえず例年通りなら前期の生徒会から何人か会長に立候補して、って感じだと思うけど。とりあえず来週に説明会あるらしいから。その時に分かるでしょ」
「そっか。でも、生徒会長に立候補って、霧崎さんって真面目なんだ。もしかして、成績もけっこう良かったりとか?」
途端、大井の発言に全員が視線を逸らす。彼女は「ん? え?」と訝しんだ様子で自分以外の四人を見回した。
「とりあえず、バレちゃったものはどうしようもないですし、切り替えて皆にも相談してみませんか?」
「バラした本人が言うなし……まぁでも、そうするしかないか~」
太一も昨晩、机の前で選挙に勝つ方法を考えてみたが、あまりいい考えは浮かばなかった。霧崎も妙案は思い浮かばなかったらしい。
ならば、ここにいる全員で知恵を出し合った方が、いくらか建設的というものか。
「まぁ、なんか納得できない部分はあるけど……皆、お願いして大丈夫な感じでOK?」
「まぁちょい面白そうじゃん? てか、マジでマイが生徒会長になったらむしろ笑えそうw」
「きらりんが参加するならワタシもいいかな~」
「たいちゃんが応援するなら、あーしもそれに乗っかるよ。霧崎さんのことはまだそんなに知らないけど、なにか思いついたら連絡する」
「はぁ……そんじゃ、まぁよろしく、ってことで」
逆にあまり乗り気じゃない雰囲気で、霧崎は溜息まじりに手を上げる。
この日、この五人で選挙活動用のLINEグループを作ることになった。
そして、送られ来た最初のメッセージというが……
『とりまマイとアタシら全員で水着んなって校門たてば』
『野郎の票で当選できんじゃね?』
という、明らかに色んな意味でアウトな不破の提案だった……というより、それで男性票が集まるのは、きっと霧崎以外の女子メンツであろう。小さい需要は確かにあれど、結局、男はデカイ方へ流れていく憐れな生き物なのである。
『喧嘩売ってんのか?』
『マジでナイ』
『シネ』
霧崎の返事は、珍しく辛辣であったという。
(´ω`#)・・・シネ!
『毎日家に来るギャルが距離感ゼロでも優しくない』
書籍版、好評発売中!!!!!
作品が面白かった、続きが読みたい、と思っていただけましたら、
『ブックマーク□』、『評価☆』、「いいね♪」をよろしくお願いいたします。
また、どんなことでもけっこうです。作品へのご意見・感想もお待ちしております。




